歯軋り

ブラッキーさんへ

歯軋りで思い出すのはウチの母のことです。
母は歯軋りが酷く、まだ母に抱かれて寝ていたほど幼き頃より歯軋りママでした。
物心ついた頃からですから、子守歌代わりに感じたくらいです。
ところがウチの母、顎関節症はおろか、虫歯さえなく、未だに全て自前の歯なんですよ。
ネアンデルタール人並みの顎と歯を持って生まれてきたみたいですね。
ホントは現生人類じゃないのかも知れません。
こういう例は異例中の異例でしょうから、歯軋りが酷いと様々な影響があるのでしょうね。
ブラッキーさんのブログを読みますと、もらい泣きするほどの愁訴で、気の毒で仕方がありません。
それでも一生懸命、工夫して過ごされているわけですから、頭が下がります。
小生、顎関節症の専門家というわけではなく、仕事柄、そういう方に接する機会が多いに過ぎません。
それでも何とか楽になってもらおうと、構造医学のTMJ対応療法を勉強したりと一応の研究はしました。
ただ、歯軋りからくるものは、歯軋りそのものをなくすことなしに根本の解決にはならないでしょう。
そんな簡単に治るものなら、とっくにブラッキーさんは治しているでしょうしね。

最近注目している学説は脳反射投影説です。
例えば、胃が悪くなると体壁反射を起こして、背中の筋肉が硬くなり、ひいては背骨まで歪んできますよね。このとき、硬くなった背中のツボを押すと、とても気持ちがよくて胃が動き出すことがあります。そしてそのまま胃の不調が改善されたりすることもあるわけです。
脳の場合もストレスで不調があった場合、脳には痛覚が全くありませんから、信号として頭蓋に反射を起こすしかなくなります。当然、頭部筋肉群や頭皮にも影響を与えるのですが、頭蓋骨そのものが歪む・・・と。
逆に胃の例の如く、頭蓋及び、頭筋群、頭皮から脳へのアプローチが可能であって、それにより脳の中で何が起きているか分からないにせよ、脳ストレスを除去できるのだという説です。
歯軋りは脳ストレスの一形態ですから、それにも有効であろうと思う昨今でした。
(ストレス)→(歯軋り)→(顎関節、頭蓋、頭筋、頭皮の歪み)→(それがまたストレス)→(歯軋り)→・・・・・悪循環ですね。
いわば、精神的ストレスと物理的ストレスのデュエット状態とも言えるわけで、アプローチは多角的でなくてはならない所以です。
医師であれば筋弛緩効果のある安定剤系から処方するのでしょうが、小生、医師ではありませんからなんとも言えません。

一度、筋緊張と頭蓋の歪み、そして頚椎の歪みをキレイに除去してみては如何でしょうか。
(整体的に)

亜美之介ブログのアクセス数はさほどでもありませんが、プロの方に固定ファンが多いようです。
そういう方にも参考になるかと思いますので、ブラッキーさんのブログURLを載せておきますね。

    http://blog.goo.ne.jp/bruxism/

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あごの話

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左図は下から見たもの。右は上から。(左図はクリックで拡大できます)

ボクシングでジョーと言えば、顔の三大急所の一つ。
他の二つはテンプル(コメカミ)とチン(あごの先端)。
ではジョーとはどこのことか?
わかりやすく言えば、ちょうどエラあたりでしょう。
あるリングドクターの話によると、このジョーを打たれと、他のどこよりも頭の回転が大きくなるため、脳震盪を起こしてKOされる確率が高くなるそうな。
そういえば「あしたのジョー」というボクシング漫画がありましたっけ。
してみると自らジョーという急所をさらけ出した名前ではあるなぁと妙な感動を覚えるのは小生だけでしょうか(小生だけに決まってるけど)。

ところで、あご(下顎骨)は薄めの一枚の骨で出来ております。
あの折れやすい鎖骨でさえ、百キロの耐圧力を持っているのに、この下あごはわずか数十キロの耐圧しかありません。
ボクサーのパンチ力は軽量級でも百キロを軽く超えますので、まともに当たれば、折れるどころか粉砕骨折ですねぇ。事実、引退に追い込まれた名選手が数多くいるそうな。

さて、日常生活の中で下顎骨を骨折したという話はあまり聞きません。
転ぶにしても顔は無意識に庇うものだからでしょう。
その代わり?と言ってはなんですが、顎関節症といわれる症候群がやたらに多い。
現代人の顎は急速に小さくなっていて、歯の大きさがそれに伴い、小さくなっていればいいのですが、歯だけは元のままということが原因の一つとのこと。
要は歯が邪魔になって噛み合わせが悪くなっている、ということなのでしょうか。
小生、エラだけは人並み以上に張っていて、実にリッパな下顎を持っています。
その小生でさえ、親知らずが正常に生えてこず、エラい苦労しました。
(もう少しで口腔外科のお世話になりそうでした)
顎が細くて現代的な顔をしている若者達は推して知るべし、です。

前にも書いたと思いますが、顎の開閉は中部頚椎が基点となって行われるため、ここの調整をするだけで、症状が楽になったりもします。
他には咬筋に緊張があったりする例も多いですね。
頚椎の調整と咬筋の緊張除去によりその場での楽チン感は出せるにせよ、中々完治に至らない困った現代病の一つではあります。

ところが、顎関節症だとずーっと思っていたものが、中部頚椎のズレが原因で口が空けづらかったに過ぎない、ということもあります。
顎関節症を適応症に挙げている整体屋さんが結構おりますが、これは真性顎関節症ではなく、頚椎からくる仮性のものを治したという経験からだと思いますよ。
仮性にせよ、真性にせよ、頚椎が一つのポイントになることは間違いありません。
ただし、真性の場合はかみ合わせそのものが狂っているため、歯医者の世話にならねばならないでしょう。
またまたところが、歯医者でかみ合わせを治したと思っても頚椎のズレが直されていないので、症状に変化がない、という人もいます。
ややこしい話ですわね。
両方のアプローチが必要なのですが、歯医者さんは整体に興味を示さず、整体師は歯医者さんとのコネなどなく・・・ということで上手く連携できていないのが現状です(一部ではあるようですが)。
患者の不利益はこうしていつまでも続くのでした。

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チャングムはいたか?

何度も言いますが、小生、ドラマは観ていません。
しかし、小説を読む限りにおいてもチャングムの天才ぶりには驚かされます。
あんな小さい頃から、診立てが出来て、生薬一つ一つの薬効についてもスラスラと諳んじることができるのですから驚きです。
実在のモデルはいるにせよ、所詮は小説。作者の想像力の賜物のような気がしないでもありませんでした。
ところが、日本でも漢方の名医の中には早熟の天才ぶりを発揮した人の記録が残っているのです。たとえば・・・

大塚敬節先生といえば、初代北里大学東洋医学研究所の所長をつとめた近代漢方の大御所であったことは関係者なら周知の事実です。
この先生の曾祖母に当たる人がよく言っていたそうです。
「私は八歳で医者をやった」と。幼なかった大塚先生、「そんなの大嘘に決まってる!」と、ハナから信用しません(まあ、当然ですわね)。
ところが、後年、大塚先生が漢方に興味を持ち独自の研究をすることになるわけですが、あながち曾祖母の言は嘘ではなかったのではないかと思うようになります。
そのキッカケはある書物に出会ったことでした。
「尾台榕堂」という幕末に活躍した名医がいます。
この人の残した「方伎雑誌」という書の中に自分の医者としての初陣の様子が書かれているのです。「尾台榕堂」は医家出身です。祖父、父、長兄いずれも漢方医でした。
たまたま、急患が出て往診を頼まれました。ところが折り悪く、それぞれが患者を抱え忙しく、往診することが出来ませんでした。そこで祖父がまだ幼い「榕堂」に言いました。「お前が行って診てくるように」と。
そのくだりを大塚先生が現代語に訳して書き残しているので、そのまま紹介しましょう。

“私が十三歳にとき、病家から往診を乞うてきた~中略~祖父の紫峯翁にお前が往って診てこいと命ぜられた。そこで往診して帰ったところ、祖父が、どうっだったと尋ねるので『傷寒で、頭が割れるように痛み、悪寒、発熱し、喘鳴もあり、身体中が痛み、脈は浮数で力がある』と報告したところ、お前はどの薬方を用いるかと訪ね給うたので『麻黄湯ではいかがでしょう』と伺ったところ、祖父は顔に笑みを浮かべて、よくできたと誉めて頂いたので三貼調合して、これを温服してウンと汗を出すがよいと、使いの者を帰した。翌朝また往診したところ、ウンと汗が出、苦しいところはなくなったという。ただ余熱が少しあるから、小柴胡湯に転じ、まもなく全快した。これが私の初陣である”

一家が医家ということを考えても、現実に患者を診立て、処方する、となると門前の小僧云々・・とは次元がまるで違います。この「榕堂」という名医、紛れもなく十三歳にして医者になったわけです。
このことから類推するに、大塚先生の曾祖母もまた、八歳で医者をやったというのは事実なのかもしれないと思ったそうです。

では、名医と言われている人は皆、そうであるか?というとこれがそうでもありません。
かの天才漢方医、吉益東洞、彼は一説によると、四十歳から医者になったと言われております。当時の平均寿命で考えれば、現在なら60歳くらいで医者になったようなものかもしれません。それでいて、現在の日本漢方にもっとも影響を与えている業績を残しているのですから、むしろこちらのほうが驚くべきことでしょう。

人には早熟型と晩成型があるようですが、漢方界にはその両極端があって、面白いものだなぁ、と思う次第です。

話を戻しましょう。
チャングムは少なくとも、当時の男尊女卑の風潮の中で医界の頂点まで上り詰めた人です。
如何に大変なことであったか。現在では想像もできないくらいのものだそうです。
それを可能にし、事実として歴史に残っているわけですから、作者の脚色があるとはいえ、チャングムの能力は抜きん出ていたことに間違いはないようです。
まさに十三歳で患者を診立て、生薬の効能など童謡を歌うかのような流暢さで説明できたものでしょう。
イ・ヨンエさんばりに美しかったかどうかは別にしても、小説に描かれているチャングムの能力はほぼ事実であったと思う次第。というか、小説の描写さえ上回っていた可能性さえあります
世に早熟の天才とはいるものですねぇ。

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プチ更年期

若い女性でも、まるで更年期のような症状を訴える人が増えています。
更年期障害は不定愁訴というくらいですから、その症状はヒトによって様々です。
例えば・・・

慢性的肩、首こり
頭痛
冷え
のぼせ
めまい
生理不順
イライラ
疲労、倦怠感
不眠
ウツ的気分
睡眠中、何度も目を覚ます
etc(要するに病気じゃないのに具合がよろしくないという症状です)

普通は閉経をはさんだ前後に起きるものですが、今や、20代から30代でも起きてしまう例が多いのです。
それで付いた名前が「プチ更年期」。名前の可愛さに惑わされてはいけません。
結構、深刻な問題ですよ。

病院などでよく言われる原因は、過労、ストレス、過激なダイエットなどです。
異論はありません。引き金にはなるでしょうね。
(その他、パソコンワークも関係すると思う)

本当の更年期障害とプチ更年期障害は少し発症メカニズムに違いがあります。
本当の更年期障害は卵巣の役目を終えたため、女性ホルモンの放出を命ずる脳幹部(間脳-視床下部)が混乱してしまい、自律神経の運営に支障をきたすというもの。
プチ更年期障害はまだ若い状態ですから、卵巣の老化はありません。成熟し安定しているはず。
つまり、卵巣自体(当該部に病変がないとして)には問題がないわけです。
どこに問題があるかというと、脳幹部(間脳-視床下部)に一方的な原因があることになります。その原因を作る原因として、先に挙げたものが列挙されることになります(過労、ストレス、ダイエット)

放っておくと、最悪の場合、若くして閉経が起きてしまいます。その弊害として、確実に不妊にはなりますし、骨粗鬆症にも動脈硬化にも罹ってしまうわけですね。
30代で閉経はツライものがありますよ。
ホルモン療法が主になりますが、ホルモン療法を忌避する方も多いようです。
しかし放っておいて最悪の状態になるより良いとは思いますね。

さて、卑しくも自然療法家の立場である小生が、病院通いだけを薦めて終わらせるわけにはいきません。
反射区療法家なら、脳幹部が重点となることは言わずもがな、でしょう。
もう少し突っ込むと、視床下部の働きには腎経が大きく関与しておりますから、腎経も重点ポイントとなります。
何度か書いていますが、子宮の反射区に腎経の要穴が集まっておりますし、外踝下の卵巣の反射区には腎経の陰陽関係にあたる膀胱経の要穴もあります。
リフレクソロジストなら期せずして、腎-膀胱経ポイントを押えていることになるわけで、ことさら、これを強調するつもりはありません(そういえば、腎臓の反射区そのものも腎経の要所ですわね~。輸尿管も尿道の反射区もそうです。こうして見ると、反射区機序が働いたのか経絡機序が働いたのか、区別がつきませんね)

そんなこんなで「プチ更年期障害」にはリフレクソロジーが結構効くのでした。

リフレとは全く違う視点で見ますと、経験上、プチ更年期障害の方や不定愁訴の方は上部頚椎に問題がある場合が多いものです。
ここの微妙なズレが脳幹の働きを低下させているようなのです。
ネックセラピーの中で調整し、クラニアル系で脳幹そのものを活性させると、リフレクソロジーだけでは対応できない方にも効果的。

※上部頚椎とは1番、2番頚椎のこと。環椎、軸椎とも言います。
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それぞれクリックすると拡大できます

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チャングムⅢ

チャングムの手技法観

第2巻にチャングムの抱いていた手技法についての考えを端的に述べている箇所があります。これも原文を抜書きしましょう。

「・・・しかし妙だな。お前を疑うわけではないが、わしは時々ここの医員を呼んで診てもらっているが、中風だとか言われたことがない。時折首が凝ったと言えば首を揉んでくれて、補薬を処方してくれる程度だ。・・・」

「医術に長けた者でも、それぞれ見立てと処方が違いますから、そんなこともありましょう。ですが、首が凝っても、むやみに揉むことはお勧めできません」

「だが、首を揉めばすっきりするぞ。そのどこがいかんのだ」

「首を揉んですっきりすると、それを繰り返すことになりますが、繰り返していると首の骨を支える筋肉がゆるみ、骨に異常を来す恐れがあります。もしや県令様はうつぶせになって首に指圧をうけましたか?」

「ああ。座って指圧を受けることもあるが、普段はうつぶせだ」

「こちらの医員の悪口を言うわけではありませんが、そのようにして指圧を続ければ大変なことになります。まかり間違えれば、体が動かなくなり、全身が麻痺するかも知れません。指圧は一時の方便に過ぎず、治療が目的ではないのです。首の後ろが凝ったのは、様々な理由で血行が悪くなっているからです。根本から治療すべきです」

「首を揉むのはそんな危険なのか・・・・」

「はい」

「わかった。お前の言うことを聞くから、治療を頼む」

さて、チャングムは官婢の身分に落とされ、地方へ追放されました。ある県令(県知事みたいなものか)との初対面でやはり、その県令の病態(この場合、未病)を見抜くわけです。県令は自分では健康だと思っていたのですが、チャングムの指摘が心当たりあるらしく、聞く耳を持つに至りました。そしてこのような会話が交わされたのです。

まず「指圧」という言葉を使っています。過去ブログでも述べておりますが「指圧」という言葉は大正時代に作られた純然たる日本における造語です。原作者は韓国の人なのですが、韓国でも指圧という言葉が一般化しているのか、この言葉を使ってしまっています(或いは誤訳かも)。
チャングムの時代(16世紀)では適当ではありません。その頃でも使われていた言葉としては「按摩」が正しいのではないでしょうか。

それはさておき、この部分を一読すると、読者に誤解を与えかねないのではないか、と思うわけです。
手技はあたかも、一時しのぎで根本的解決にはならない、ということになっております。
それどころか、続ければ害になるとも・・・

実はこのような手技のことを慰安娯楽の手技として、厳しく指摘しているのが増永静人師なのです。
やたら、症状を攻めるのはよろしくないと。
首が凝ったら首を揉む、肩が凝ったら肩を揉む、このどこがいけないのか?という開き治った反論に対して、増永師は難しい表現でたしなめているのですが、チャングムの論は分かりやすいものでしょう。ただ、この説明だけでは手技そのものも否定しているような印象なので、小生が取り上げる動機となりました。

背景を少し考察してみましょう。
チャングムの時代、燕山君というとんでもない悪王がいて、この王は毎夜、酒池肉林、贅沢の限りを尽くしておりました。
なにを思ったか、宮廷内の医女まで宴会に狩り出し、お酌をさせることを思いついたのです。正式な医学を修めた医女にとってはタマッたものではありません。
現代で言えば白衣コスプレのキャバクラ嬢になったようなものです。
脂ぎったスケベオヤジが宴会の中で身体を触らせるのに絶好の機会ではあるでしょうね。
ヘタに医学を修めているのがアダとなります。ツボどころを知っているのですから、首を揉めだの、肩を揉めだの、腰を揉めだの、無理難題を吹っかけてきたでしょう。
(お返しにワシもお前の身体を揉んでやろう・・ヒヒヒ・・などという不埒な奴もいたに違いありません)
できればそんなところへ出席したくないのでしょうが、国王の命令に逆らうわけにはいきません。
そもそも酒を飲んで身体の触りっこなどしていてはろくなことにならないのは目に見えています。
こうして、医女たちは医学研鑽の時間も奪われ、次第に格が下がっていったわけです。
ですから、医学を修めた者にとって、手技は賤技にも等しくなります。プライドがズタズタです。
この習慣は燕山君の治世が長かったため、朝鮮全土に広まりました。
手技に対するあからさまな偏見はこうして醸成されてきたものと思われます。
とにかく按摩は医者のすることじゃない・・・と。
そういうところへ、明らかな未病を持った高位の者がそれに気づかず、首が凝るので首を揉んでもらっているという事実を知ったとき、その害を説くのは、心情から察してある意味自然なことかも知れません。(チャングムは気骨がありますね)

うつ伏せで首を揉むことに対しての警告
これには全く異論がありません。
うつ伏せの首押圧は危険です。小生もやりません。
首以外でもうつ伏せはあまりやりたくないのです。上半身をうつ伏せで行うのもかなり例外的になってきております(そこには勿論、個別の判断が働きますけど)。
下半身はうつ伏せでないと出来ない技法がありますから、病態によっては行うにためらいはありません。
要するに首と胸郭に負担をかけたくないわけです。特に首はまずい。
ですから、この警告には全面的に賛同します。

指圧は一時的な方便に過ぎず、治療が目的ではないのです・・
(指圧を手技と読み替えてください)
これには賛同しかねます。
一時的な方便というのは(危険であるという論にもつながりますが)、症状だけを攻めるという前提の上に成り立ちます。本当の手技はそうじゃないわけです。
症状だけを攻めるだけでいいのであれば、苦労しません。フル施術などというメニューも作らないでしょうし、勉強も研究もしなくて良いわけです。
(こんな簡単な仕事はないぞ)
凝りを解して、楽になってもらうことは応分において重要な役目ですが、それだけだと揉みクセや、筋硬化&軟化を生み出してしまいます。そのことは施術家なら当然のこととして理解し、あえて口に出すことでもありません。
できれば、患部や症状から遠い部分の操作によって、訴の解消があればそれに越したことはないのです。
増永師の施術法において四肢を重要視する所以です。
また、中枢部(頭、脳)の施術は、基本的に力をこめるということもありません。
一見、症状とはなんの関係もないところへアプローチすること自体が手技の本質なのであって、そのことに注力するから手技法家なのです。
なぜなら、その人のエネルギーブロックを外そうとするわけですから。

そうは言っても、現状はマッサージハウス全盛で、凝っているところがあるから来る、そこを解してくれるから、来るという厳しい現実があるわけです。
これについて小生は考えがあるものの、それを述べたところで改革になるわけでもなく、単なる憎まれ口になってしまいます。
チャングムが警告している通りになるということだけを付記しておきます。

繰り返していると、首の骨を支える筋肉がゆるみ、骨に異常が出る・・・
症状だけをやたら攻めてそれを繰り返していると、ゆるむ場合と硬化する場合があって、そのいずれもが、骨の異常を招きます。
どのような場合にゆるみ、どのような場合に硬化するのか。
数多くのマッサージジャンキーを見てきていますが、大体は硬化しております。
力任せに揉むと硬化します。また指圧系でもツボを外して押し続けるとこれまた硬化していきます。
ツボを捉えて的確に押圧したとしたら、今度はチャングムが言うようにゆるみ過ぎてしまうのです。
共通するものは何かというと、述べたように局部的な施術方法にあります。症状を攻める施術はツボを外してもツボにハメても不都合が出てくるわけです。
押圧や揉みを否定する施術家はおそらくこの現象を見て主張するものと思われます。
硬化している人が多いということは指圧系ではなくマッサージ系の強い施術にかかりすぎたとも言えますし、指圧系なら完全にツボを外している施術にかかり続けたとも言えるわけです。ゆるみ過ぎている人をめったに見かけないのは、ツボにハマッていない施術が多いのだろうと推測できるのですが、チャングムは「ゆるみ」と断言してしておりますね。
してみると、当時は局部的な対症施術であったにせよ、ツボは捉えていたということが言えるような気がしないでもありません。
(作者は現代の人ですが、書くに当たって資料、文献を参考にしたに違いありませんから、昔人のツボを捉える感覚は現代人のそれを上回っていたいう根拠にもなって、面白いなぁと思った一文です)

いずれにしても、症状だけを攻めては害があるということには賛同できます。
何度も述べていますように、手技法家は症状だけを攻めるものではありません。

それにしてもチャングム、誤解を与えるようなことを言っているのはちょっと憎たらしいのですが、可愛いから許せます。(概ね正論ですし)
え?可愛くないと許せないのかって?
そりゃそうですよ。西川史子みたいな女が出てきて言ってごらんなさいや。
なにを言っても許せません。
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吉永小百合の若かりし頃に似ているような・・・
いずれにせよ、端正で正統派美人ですね。
(クリックで拡大できます)

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チャングムⅡ

相思病

ドラマをご覧になっていた方はご存知なのでしょう。
小生、浅学にしてこのような証があるとは知りませんでした。
まずは小説のくだりを抜書きします。
ちょっと読んでみてください。

「殿下、恐れながら申し上げます。“思即気結”とは即ち、思いが過ぎれば気が減り固まり、循環が悪くなるという意味です。特に思いが過ぎると消化が悪くなり、食べ物を見ても食欲が湧かず、感覚と感情の全てを一人の人間にのみ、向けることになります。それが酷くなると、目はうつろになり、歩いていてもつまずくことが多くなり、腑抜けのようになってしまうこともあります」

「話を続けてくれ。これまで寡人(私)の胃腸病を正しく見立てた医員や医女はおらず、歯がゆかったのだ。チャングムが来てくれて幸いだ。遠慮なく寡人の気掛かりを解いてくれ」

「分かりました。相思病にもっとも効く治療法は、胸に結ぼれた気を解いてやることです。心と脾の臓に鬱滞している精気を解きほぐし、循環を正常に戻してやるのです。簡便な治療法として、殿下に強い衝撃を与える方法がありますが、これははなはだ不敬であり、正式な処方とは申せませんので、煎薬と黄土銀球丸(おうどぎんきゅうがん)で治療を施せばよろしいでしょう」

「黄土銀球丸?初めて聞く薬剤だが、どんなものだ?」

「黄土、つまり黄色くて細かな、食すこともできる土で小さな丸薬を作り、その上に銀を載せてよく乾かしたものを服用します。相思病に良い効果があります」

さて、背景を言えば、中宗という新国王(後にチャングムを寵愛する人柄の良い王)と謁見した際に一発で国王の病態を見抜いたわけです。それが相思病なのでした。
チャングムが説明している通りです。
国王は愛していた妃を政治的な問題で追放しなければなりませんでした。そのことがいつも頭にあり、チャングムのいう「感覚と感情の全てを一人の人間にのみ、向けることになります」状態が続いていたわけです。

こういう状態というのは愛する者との別れ(生別、死別問わず)があるときに生じやすいものです。
また恋患(こいわずらい)や失恋でも起きるでしょう。
ナント!東洋医学は失恋でも恋わずらいでもそのような状態に陥ったなら、病気と見なすのです。そして治療法があるわけですよ。
あ~小生も若かりし頃、失恋で酷く食欲を失い、腑抜けになったことがあるのですが、そのとき「黄土銀球丸」を知っていればなぁ~。
(日本では売ってないでしょうね。食べられる黄色い土の上に銀を載せるんですよ!)
(狼男は服用できない処方だし)

なるほど相思病とはよく言ったものですね!
相手を思い過ぎる病なのですから。

続いて、下線部に注目してください。
簡便な方法として、殿下に強い衝撃を与える方法・・とあります。
これ以降、小説ではそのことに触れていません。黄土銀球丸以外で簡便な方法があるって言っているわけです。これは知りたいですね。
小生の推測に過ぎませんが、二つの可能性があるのではないか・・・と。
一つはヘンセキと言われる瀉血法。
ヘンセキは滞った悪血を直接メスのようなもので傷つけ、血を出して取り去る方法です。
玉体から血を出だすというのははなはだ不敬な話でもありますので、この表現にも合致します。
もう一つの可能性は、術者が国王の背骨に膝を当て、喝!!と言って気合を入れる方法です(よく武道で失神した者を目覚めさせるのにやるでしょ)
これも玉体に対して行うには不敬な方法です。

さて、どちらが可能性として高いでしょうか?
正しい処方ではない、という表現も出てきます。このことも考慮にいれれば、ヘンセキは中医学の中では柱の一つです。これを不敬であると言えても、正しい処方ではない、と言えるかどうか・・・
また精気の鬱滞のことを主に述べていますので、ここに悪血除去の方法論の入る余地があるかどうかの疑問も残ります。
では喝!!の方はどうか?
心と脾の反応部位はまさに胸椎にありますから、この方法かもしれません。
後でまた例を出しますが、当時、すでに手技や体術は医の中では非常に低い役割しか与えられていません。ですから正式な処方ではないという表現にも合致します。

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ふ~む、どうやら、整体的な方法論を言っているような公算が強いですね。
憎たらしいチャングムめ!チャングムめ!
(今度読んだらイジメてやる!)

ということで次回はチャングムの手技法観について述べたいと思います。

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チャングム

チャングムとはご存知、韓流ドラマ「チャングムの誓い」の主人公の名。
一世を風靡しましたね~。
小生、幾人もの人達からこのドラマの面白さを伝えられ、観るよう薦められました。
しかしどういうわけでしょうか、主人公が可憐な乙女で、かつその主人公が意地悪されたり、イジメにあったりする設定が馴染まないのです。最後、乗り越え、立派になると分かっていてもです。
ですから、2回くらい観まして、もういいや!でパスしました。
DVDが出ても借りる気も起こらず、最近ではネットで無料配信されたらしいのですが、それも素通りでした。
それでも、少しだけ気になっていたのは東洋医学や薬膳などがドラマの背景になっているということです。何せ、朝鮮では最も成功した実在の医女の物語なのですから。

さて、GW前、スタッフが気を利かせたのでしょうか、GW中の読書として、このチャングムの原作本を貸してくれて休暇に入りました。
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(クリックで拡大できます)


(う~む、チャングムか・・どうかなぁ~読むかなぁ、まあ、暇だったら読むかもしれないなぁ)程度の感想です。
文庫本で三冊。手にとってみると、ちゃんと三巻目で完結しているようです。
(あんな長大な物語が大きめの文字を使った文庫本三冊で収まるのか?)
という素朴な疑問が芽生えました。
ハードカバー本なら、少々厚くすれば一冊で収まるはず。
それほど長いものではありませんから、まあ読んでみようか、の軽い気持ちで読み始めたわけです。
すると、驚きましたねぇ。
場面展開の早いこと。それと巧みなストーリー構成力。
原作者はキム・サンホンという人なのですが、作家として並の才能ではないようです。
訳文もこなれていて非常に分かりやすい(米津篤八訳)。

(あれ、自分が観た2回分のシーンがないぞ)
そう、「チャングムの誓い」というドラマはこの「チャングム」という小説に基づいて作られているのですが、ドラマ化にあたり、原作にはないエピソードを付け加えているようなのです。
小生が心配した意地悪シーンも原作ではそれほどネチネチとページを割いているわけではありません。それでいて強烈な印象を残しています。
なるほど!小説としての出来が良いから、ドラマ化したんだなぁ、ということがあらためて分かった次第。
あっと言う間に読み終わりました。
面白いですねぇ。あらためてチャングム!
実にタメになります。こういう仕事をしていると特にそうです。
よく背景にある東洋医学を調べて書いているなぁ、ですよ。
物語自体の面白さもさることながら(だから一気に読んだのですが)、東洋医学が軸になって進むところは圧巻です。
具体的な処方はどうでもいいのですが、その思想というか、考え方をチャングムが一人で体現しているかのようです。
一人の心根の優しい女の成功物語として読んでも、東洋医学思想の源泉として読んでも、また朝鮮医学の歴史モノとして読んでも、面白いことには変りがありません。
それぞれが感じとれば良いわけです。

その面白さを全部伝えることなど出来るわけがありませんから、例によって、どうでもよいような面白いことを、解説付きでご紹介したいと思います。

三巻目に出てくる「相思病」という病。
これ面白いですね。
次回「相思病」について書きます。

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温泉の効能

前のブログ(椎間板という題)で少し温泉について書きました。
なにせ、小生の施術家としての本格的なキャリアは温泉から始まっていますからね。
温泉足揉みを日本で最初に始めたのはおそらく小生であろうと、秘かに自負もしていたりして。

言ってみれば温泉足揉みの発祥の地は旭岳温泉「湧駒荘」でもあるわけです。前のブログでも述べたかと思います。
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(クリックで拡大)
因みに「ゆこまそう」ではなく「ゆこまんそう」と読みます。

大正の初期に当時の素封家、小西氏が初めてここに温泉場を開いたのがキッカケでした。
そう、旭岳温泉のもともとのルーツは「湧駒荘」であって、その名は現在も引き継がれているのです。
しかし、経営者&オーナーもすっかり変わり、小生が足揉みをやっていた頃の人達でさえ、誰もいないのは寂しい限りです(何度か転売されています)。

建て直す前の旧館(小生がやっていた頃の)正面の写真をネットで探したのですが、さすがにありませんでした(本館の後部にまだ宿泊施設は残っているらしいのですが)
ネットに公開されている写真で当時を思い出させるのは、湯船の縁にある木材がそのまま使われていることです。写真では分かりづらいとは思いますが、拡大して見てみてください。
Photo_2 (クリックで拡大)

「檜」であったか、「キハダ」であったか・・・いずれにせよ相当に年季が入っていて、往時を偲ばせるのに充分な貫禄がありますね。

さて、この湧駒荘、小生が入っていた頃は、老朽化した建物、設備等で気が引けたのか、泉質の割には割安な宿賃だったような気がします。
確か、一泊二食付で6千円くらいだったかな(安いよね)
ですから、まさに湯治のお客も多くてですね、GW中などはずっ~と連泊する方もたくさんいました。
1990年のGWは小生もずっと施術でここに入っていました。
宿泊者も温泉に入る他、することがないですから、連日、施術に訪れるわけです。
すっかり顔馴染みになったものです。
ですから、温泉の効能というのはある期間入り続けて初めて真の威力を発揮する!ということを肌で知っているわけですよ。

湧駒荘の温泉の凄いところは、源泉をそのまま使用しているということでしょうか。
温めもしないし、水で薄めもしません。ホントにそのままです。
ずっと源泉を流しっぱなしにして、浴槽を洗うときだけ、止めます。
それでもこんこんと湧いてくるのです。掘らなくとも、勝手に湧いてくるのですから。
本当の意味での自然の恵みですよ。
(少なくとも小生が施術をしていた頃はそうでしたね)
ですから、所謂「通」な人たちが口コミで来るようなところでした。

温泉の効能を語るとき、当然、その泉質によって吟味されます。
成分を分析して、これこれの成分だからこれこれの症状によく効くとか。
単に経験だけではなく、科学の目が入ったところに、温泉ブームの下地が作られたような気がします。
それはそれで良いと思います。(あ~この湯は神経痛に効くんだな)と思って入れば心理的な効果もあるに違いありません。

ただ、長くこういう場所で施術していると、どうもそれだけではないような気がして仕方ありませんでした。
なんと言いますか、“場”のエネルギーみたいなものでしょうか。エネルギースポットと言えばニューエイジっぽい語感ですけど・・
小生、生まれて初めて“気”というものがあるのかもしれないなぁ、と思ったのも湧駒荘で湯治客相手に施術をしたのがキッカケだったような気がします。

後に東洋医学を学んだときに温泉の深い意味が分かりました。
本当の温泉は火山活動のつまり「火」の性質によって暖められます。そのお湯は「水」ですから、「火」と「水」、正反対の性質を持つものです。まさに陰陽一体なのです。また、温泉はもともと地下水脈ですから、それが浄化され、飲用に耐えるのは「土」の性質が関与しております。さらに、浴槽を「木」で作り、岩風呂を備えれば「金」の性質も一体化できます。
ここに「木」「火」「土」「金」「水」という五行の“エネルギー場”が完成するわけです。
湧駒荘はこの全てを満たしておりました。
木で作った浴槽と岩風呂もありましたし、飲用に耐えるほどの浄化度です。マグマだけで温められ、水道水で温度を下げることもしません。完全無欠のエネルギースポットであったわけです。
何故、旭岳温泉が秘湯と呼ばれてきたのか・・・それが分かったのは随分後のことでした。

その“エネルギー場”に身体が馴染み始めるのに最低3日はかかるな、と思ったのも湯治客の反応やら、お話やらの中で体験的に分かってきたものだったわけです。
数多くの「通」がいましたからね。

勿論、小生も施術の日は必ず温泉に入っていました。仕事の終わりに最後温泉に入って疲れを癒す(なんという贅沢な環境!)。しかも無料で。
(そういえば食事も無料でした。温泉宿の賄い食事は美味いんですよ~お客に出す料理より美味いかもしれません)

ただ、若いときでしたので、身体の故障も不都合も全然なくて、全くの健康体でしたから、温泉に入ろうが入るまいが、元気なんですよ。
それでも、気が満ちていくのが何となく分かるようになってきました。
今なら分かりまくりでしょうね。

しかし、考えてもみてください。
湯治で連日温泉療法です。それに加えて連日、施術を受けるわけです。
それが一週間、続くわけですよ。1990年のGWは一週間連続でやりましたもの。
これでクライアントが元気にならないわけがないじゃないですか!

印象に残っているのはある無口な初老の男性でした。
ホントに無口でして、最初は何にも喋らないわけです。
施術後も何にも喋らない。気に入ったのか気に入らないのか、こっちとしては全然分からないですよね。それでも連日予約しますので、まあ、来てくれる以上は何か感じるものはあるのだろうとは思っておりました。
やがてポツポツと身上話を喋るようになってきたのですが、その方、会社を興して随分、成功されたようなのです。
それにしては元気がないというか、覇気がないわけです。湯治に来るくらいだから、体調が良くないんだろうなぁ、くらいのそんな軽い気持ちでした(当時は問診表を書いてもらうという知恵がなかったんです)
4日も経ったときでしょうか、衝撃的な告白を聞きました。
実はこの方、癌で余命3ヶ月。もはや末期で、現代医学では手の施しようがない状態だとのこと。驚いたこと。驚いたこと。そんな方を施術するなんて初めてのことです。
驚かないほうがおかしいでしょう。
医学的な知識もほとんどないですしね。どう対処していいか分からないわけですよ。
絶句です(ホント若いですよね、当時の小生)。
確か肺がんです。肺がんでこんな高地の酸素の薄いところで大丈夫なのかな、と思った記憶がありますもの。そして肺がんというのは末期でもあまり痩せない、ということもこのとき知ったような気がします。
道理で、覇気がないし、顔色もすぐれない感じがしてたわけだ。
変に納得してしまったのですが、そんな素人に毛が生えた程度の小生にでさえ、この方の変化はハッキリ分かりましたよ。
なんというか、語彙が少ないのはこういうときに困りますね。
ありきたりの言葉で言えば、“元気”になっていくわけです。
ドンドン元気になっていくのです。
宿を去る最終日などは、ジョークを飛ばし、大笑いさせられたのを覚えています。
(あ~、本来、この人はこういう人なんだろうな)と思ったものです。

さて、ここで肺がんが治り、奇跡的な生還を果たした、という報告があったという話なら、グッとくる物語になるでしょう。
現実は違います。実はどうなったか、分からないのです。
事情により小生は、ほどなく温泉足揉みから足を洗いました(シャレじゃないですよ)。
ですからこのケースの結末をお伝えすることができません。
HPのどこにも書いてない所以でもあります。

しかし、小生の初めてのケースであるということと、あの尋常ならざる回復力が非常に強い印象となって、心に焼き付いているわけです。

その他、多くのことを湧駒荘で学びました。
湯治というものの本質。そして、施術との相乗効果。
それを直接的に今に生かせていないのは小生の力不足以外の何物でもないのですが、いつかこの体験が役立つときも来るだろうと思っております。
また、温泉で施術している同業者にもある種エールを送る意味でこの記事を書きました。
自信を持って施術をされたら良いだろうと・・・
仮に経営者が、人使いが荒く「困ったちゃん」なやつでも、現場で学ぶことは数多くあります。施術家として血となり肉となるよう貪欲に吸収して頂ければと思います。

※ドイツ発祥のクナイプ療法というのがあります。
 なんのことはない、日本で言えば「湯治」のことです。
 大自然の中で悠然と温泉につかり、身体を芯から癒す。洋の東西を問わず、普遍的な  方法論ではあるでしょう。あるエネルギースポットに身を置いたとき、自然治癒力が猛然と働きだします。そのエネルギースポットを簡単に探すのに、定評ある温泉を見つければ良いわけですから、火山国、日本ならではの便利さでしょう。世界中探したってこんな国はありません。地震が多いのは困ったものですが、その代わり温泉という恵みを天が与えたような、そんな気がしてなりません。そして、それを利用しないのであれば、日本人として受ける恵みを半分放棄したも同然です。

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デジタル加工

 面白いというか、衝撃的な写真をネットニュースで見かけました。
 ご存知キャメロン・ディアス。
 まずは二つの写真、じっくりとご覧あれ。
Photo

Photo_2

(それぞれワンクリックで拡大できますよ)

修正後と修正前の違い、驚いちゃった。
日本でもアイドルの写真修正の是非は問題になりましたが、ハリウッドでは常識みたい。
美容整形だけじゃなかったのね~。
しかしこんなにも簡単に加工ができるわけですから、お見合い写真の意味合いなんか、現代では全然変わってきますよね。

昔のアナログ写真のときでさえ、お見合い写真は5割ほど割り引いて見なきゃ、なんて言われていました。
現在の技術なら、10割引きで考えなきゃいけない?
つまり、本人じゃないと思ったほうが良いってことさ。

これ、どの程度のソフトがあれば出来るのでしょうか。
技術の進歩を考えると、それほど高額で高度なソフトじゃない気もするけど。

ここでちょっとした疑惑があるんだ、この写真について。
ホントは修正前と修正後が逆じゃないかって。
つまり、キレイな方のキャメロンが普通で、わざと修正してシワシワにしたのが加工品・・?
キャメロンは主役を張れば、ん千万ドルのギャラを貰うプロ中のプロでしょ。
そういう人が無防備にこんな写真を撮らせるかな・・?
不意打ちで撮られたって言ってもカメラ目線ですし。
だから、誰かがイタズラして、わざと変な写真に作り変えたとかさ。
デジタル加工は美しくもできるわけだから、同じように醜くもできますわね。
うがちすぎかもしれませんけど、あり得る話です。
事の真相を知るには生身のキャメロンに会わなければいけません。
それで、亜美之介もGW中、ちょっとLAまで行ってきますわ。
アポはすでに取れています。
本人とメシでも食いながらよく観察してきます。

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椎間板

Spine 大人になるまで生きてきて椎間板を知らない御仁はいないと思います。
簡単に言えば、椎骨と椎骨をつなぐクッションの役目を担うもの。
このお陰で我々はある程度、身体の自由が利くことになります。
この椎間板はコラーゲン質の所謂、軟骨で出来ていて、骨より柔らかいものです。
柔らかいから椎間板ヘルニアのような障害が起きるのだろうと思いがちですが、ある意味外れています。
強度自体でいえば、椎骨の耐圧は400キロ~500キロですが、椎間板は600キロもの耐圧力を持っているのです。
ですから、全身打撲で脊椎骨折があっても椎間板は無事、なんていうこともあり得るわけです。
これは柔らかいが故に強いとも言えるわけで、人体というのは上手く出来ているものですね。
こんな性能の良い椎間板なのですが、一つ弱点を持っています。
それは老化しやすいということ。骨よりもはるかに老化しやすいのです。
コラーゲンですからね。お肌を考えればよく分かりますでしょ。
お肌にもコラーゲンが含まれていて、それがある意味、ハリを持たせているのですが、ある年齢になりますと、どんな若作りのヒトでもタレてきます。
美容整形のリフトアップでもすれば別でしょうが、普通は大差なくタレてくるものです。
だから、肌に気を使い、コラーゲン入りやらヒアルロン酸やらエラスチンやら入りの化粧品で手入れをするのですね。ちゃんと手入れしますと、それなりに老化を遅らせることはできます。
ところが、椎間板の老化を防ぐ手入れというのは難しいものです。
そもそも目に見えないわけで、自分の椎間板がどうなっているのか、分かりませんしね。
老化が進むと椎間板の中心にある髄核というゼリー状のものが、減って弱くなった外殻を突き破ってくる場合があって、これを椎間板ヘルニアというわけ。

Photo
「椎間板減るにゃ~」というネコ語はあながち間違いではないのですcat

椎間板というのは血管が通っているわけではありませんので、栄養補給の手段は限られています。リンパ液が浸透して滋養しているのですが、筋肉が硬くなって、それを邪魔することになります。筋肉の硬化は老化により起きますから、結局、加速がついて椎間板が潰れていくわけです。
椎間板がいつ頃から老化するかというと、想像より早い時期ですよ。もう20代前半から始まります。

日頃から運動などで若い筋肉を維持していくのが望ましいのですが、それを実行しているヒトは小生を含めて多くはありません。
「脊椎狭窄症」や「椎間板減るにゃ~」の予備軍は相当な数に登ると思います。
運動嫌いのヒトは定期的に筋群を緩めてもらうより他ないでしょうね。

なっちまったヒトはどうするか?
現在、椎間板は一度磨り減ると、もう元には戻らないと言われています。
難しい言葉でいうと「不可逆的」であると。
しかし、それを鵜呑みにする必要はないと思います。
発症自体が高齢であることが多いので、復元力が働きづらく、そういう結論になることは分かりますが、かつて動脈硬化(アテローム状)も不可逆的といわれていました。しかし今では学説が変わっていますからね。
充分な環境があれば復元するものと思いますよ。
あんまり高齢だと難しいですけど。
50代くらいまでなら充分可能性があります。

あとライフスタイルね~。これが問題なんだ。
「椎間板減るにゃ~」で腰痛を起こしているヒトは、折角、施術しても普通に仕事をしたりと、無理していますわね。
そもそも、西洋医学で入院制度があるのは、「こんなの、普通に生活してて治るわけないじゃん。もう入院しなよ」という意味でしょ。
我々の最大の弱点は入院制度がないということなんです。
そこで、前に旭岳温泉で日本初の温泉足揉みをやったとき、考えました。

(写真は小生が施術していた頃の旧館ではありません。建て直してしまいました。旧館は昭和3年建築のオール木造という凄いものでしてね。文化財並みでしたよ。湧駒荘と言って小生の発祥の地みたいなものかな。クリックすれば拡大できます)
Photo

たまたまそこは湯治温泉でしてね。
施術とセットで売り出したらどうかって。
毎日好きなときに温泉に入って、毎日必ず一回は施術するわけよ。
10日もそんな生活をすれば相当に復元力は働きますわ。
温泉との相乗効果って高いものがありますからね~。

観光で2泊とかそんなんじゃダメよ、全然。
湯治は最低でも10日はほしいところ。
それがダメだったら、妥協して一週間。それ以下は湯治にならない。
温泉に身体が馴染むまで三日かかりますからね。
それからですから、身体が変わっていくのは。
でも、これダメなんです。法律の壁があって。
温泉自体の効能は謳えますが、例えば「腰痛改善湯治(施術付)」なんていうのは商品化できないわけ。
まあ、小生も週2日しか入っていませんでしたから、そのうち知恵を絞るのも嫌になって、立ち消えになりました。
湯治との相乗効果というのは凄い威力なんですけどね。
腰痛に限らず、なんだって効きますよ。
温泉に行ってきたという話はよく聞きますけど、10日ほど湯治に行ってきましたっていう話はあまり聞きませんよね。現代は忙しい世の中なんですねぇ。
日本にはこんな凄い療法があるのに・・・
それに施術を組み合わせてごらんなさいや。
史上最強の自然療法ですよ。
え?なに?湯治の途中で元気になり過ぎて・・大酒飲んで身体壊すって?
ふ~む、傾聴に値する意見だな。bottle

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