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美容整体

25歳も過ぎますと、骨も固まり、あらゆる意味で完成体に近づきます。
従いまして、O脚、X脚を完全に治しきるということはできません。

しかし、そのことがその人の歪みの問題であって、症状を現出させている基本的な要因である場合、やはり完全ではなくとも矯正しておかねばならないでしょう。

なぜなら、骨盤の位置異常や仙骨の収まりに影響を与えてしまうからです。
そういった意味で施術の効果を計る観点から、どの程度矯正されたか、診るというのは意義のあることと思われます。

特に意識せずとも三関節原理の基本手技を行えば矯正されていくものなのですが、微妙に角度を変え、また、O脚とX脚との違いを考慮した手技をチョイスするなら尚矯正されやすくなるものです。

そのことによって骨盤内臓器が正常な位置に戻りひいては症状の軽減もしくは消失を得られれば一石ニ鳥というものです。

ビジネス上、治療的分野と美容的分野の施術を分けてメニューを作りますが、本来一体不可分なものであるということは施術者なら当然知っていることであって、あくまで、商売上の問題を考えてのことでしょう。

整顔美容整体も同じです。
「苦痛に顔を歪ませる」などという表現がありますが、まさに顔の歪みは肉体的、精神的苦痛の表現なのです。

クラニアル的にいえば脳膜の歪みが反映されているに過ぎません。
それが極端に矯正されやすい人とそれほど物理的には変わらない人たちがいて、美容的観点のみでセールスしてしまうと、満足できない一群の人々から不評を買うことになるわけです。

そして2ちゃんねるに書き込まれ、ダーメージ商品の典型となって、信用を失うことにもなりかねません(なっているようですが)。

足から顔の歪みを治すという方法論もありますが、これも意識されない苦痛の表現である顔の歪みを足の施術によって苦痛を取り去り、歪みが矯正された結果というわけで、同じように物理的にあまり変わらないように見える一群の人々もいます。ですから、これもまた美容的観点のみのセールスでは信用を失います。

一等地でお客に困らない店舗なら次々とクライントが来て、また、効果が見える人も一定の確率で出ますから、なんとかある一定の客数を確保できますが、個人でサロンを開き、少数を相手にする場合は、それのみのセールスでは無理かと思われます。

顔は無意識であっても内面が如実に出やすいわけで、だからこそ、顔の望診という方法論が古代より行われてきたわけです。

分かりやすく言えば、顔の歪みを様々な観点から診て全身の歪みを診ようとしたものが望診なのです。当然、全身の歪みがなくなれば顔の歪みもなくなるわけで、それを顔だけ無理やり0.5ミリ変え、「ほら、矯正された!」と言い含めるのは施術者ではなく商売人でしょう。

商売人が悪いとは言いませんが、自らの首を絞めるだけではなく、真面目な同業者の信用まで失わせるのはどうかと思います。

美容整体は治療的一要素に含めるべきと思う所以です。
昨今、そのような考え方のサロンも出てきているようです。

おそらく今後、美容整体の考え方はその方向でいくでしょう。
ほんのわずか技法を変えるだけで対応できるのですから。

しばしば見られる腹部の邪骨について

邪骨とは何か?と言う問いに答えられる人はあまりいないでしょう。

日本の漢方史の中では最大に重要視されてきたものではありますが、西洋医学的な検証はなされておりません。しかし、現実にあります。そしてそれが病気の根であり、原因であることが多いという経験値を持っていたわけです。

それが腹を重要視した日本の伝統でもあり、日本人の感性でもあったのです。
しかし、最近はむしろ、西洋手技法の内臓マニピュレーションが紹介されるに至って、あたかも新しい方法論であると思われて使い始められているのは、日本人としては何とも複雑な気持ちではあります。

ある人がフルフォード博士、唯一の一般向けの著作「生命の輝き」のあとがきの中にオステオパシーで使う技法は日本の柔道整復の技法にルーツがあるかもしれない旨の記述があると教えてくれました。

ところが、私の蔵書を見るとそんな記述はどこにも見られません。おかしい、ということでその方は蔵書を帰ってからもう一度確認して、その記述があるところをわざわざファイル化して送ってくれました。

確かに、そのような記述が載っておりました。初版では載せたものの、色々不都合があると判断したのでしょう。版が代わって、その部分は削除したものと思われます。

骨格をいじろうとすればそのやり方は似てくるのは当然で、オステオパシーが柔道整復の技法を真似したのではないとは思います。

たまたま似ている部分があったという偶然でしょう。ですから、内臓マニピュレーションが日本の腹証を真似したものであるとは言えません。

むしろ、腹部に注目したオステオパスの観察力に敬意を表したいくらいです。

しかし、ここが複雑なところなのですが、日本にはその伝統がありながら、療術界では無視に近い扱いを受け、西洋的装いを纏うことによって、腹部への注目が集まっている昨今の現象はなんともナショナリズムを刺激されるのです。

個人的な感想はともかく、腹部への再注目は歓迎すべきことです。

ではオステパシーでの邪骨の捉え方はどのようなものでしょう?

内臓、腸間膜の癒着と捉えるようです。深部でのリンパ流、血流が何らかの原因で停滞したとき、組織が繊維化していくプロセスの一つとして捉えているようです。

それが甚だしいとき、実際に触知できるようにもなり、漢方でいう索状物はまさにそれであって、癒着の結果、起きるものと認識されるわけです。

科学的に正しいかどうかは分かりません。少なくとも、MRIなどでは写らない程度のものから進んでいくのでしょうから、現在の精度では中々証明できない、あるいは論議を呼ぶところでしょう。

面白いのは背骨の前面の血管に及ぼし、椎間板などの修復力が減衰することがあって、それが腰痛の原因にもなり得るとしているところです。

結果だけを言えば、腹証と同じ結論です。先の柔道整復といい、腹証といい、オステオパシーは日本人に相性がいい手技なのかもしれません。

いずれにせよ、邪骨という言葉を使っても癒着という言葉を使っても、言葉が違うだけで、それを重要視するということには変りがありません。

そして、それらが特に女性において甚だしく多いという現実があるわけです。
腹部の制限と言えないこともありません。

骨盤靭帯や取り巻く筋肉は筋膜を通じて股関節、ソケイ部へ影響を与えます。そしてここの流れまで阻害することになれば、当然、下肢は浮腫みはじめ、ダイコン足へまっしぐらということになります。
(正しくはダイコン足=ムクミではありません。足の細い人でも強烈にむくんでいる人はいます。よく発達した筋肉で太くは見えますが、浮腫んでない方もいます)

そうすると足のむくみ取りというのは、浮腫んだところをいくらドレナージュしてもダメだということが分かります。股関節の動きをつける、腹膜の浮腫みを取る、深部癒着を寛快させるということが重要になってくるわけです。

美脚は腹からなのです。
足を扱うリフレクソロジストが美脚路線に失敗し、内臓マニピュレーションを重視するオステオパスが美脚路線で実績を挙げるというのは考えてみれば当たり前なのかもしれません。

かつて小生がリフクソロジーという手技を深めていったとき、もっとも重要視した反射区は小腸など腸系でした。

何故かというと腹証という概念があったからです。「腹証の意義」などと題して専門誌に小論を発表したこともあるくらいお腹の働き、存在を意識しておりました。

それは多分に増永師の影響もあるのでしょうが、個人的な感性というのも影響していると思います。そして、現在、忠実なリフレクソロジーの手技を行わなくなったとはいえ、足裏に別の意義を見出したとはいえ、やはり、反射区でいえば大、小腸の部位を重要視しているわけです。

今、リフレクソロジーという手技をもっとも有効に活用しているのは、リフレクソロジストでも指圧師でもカイロプラクターでもありません。オステオパスなのです。

何故なら、彼等には(一部かもしれませんが)腸間膜癒着という概念があるからです。
全息胚原理によって、ある程度それを足裏で診断できます。そして、まず足裏から緩める。

そして実際、お腹にも触れる。すると、足裏が訴える何か、と腹部が訴える何か、にある共通性を感じることもあるでしょう。

また、何の共通性も見出せないこともあるかも知れません。感じ方は様々で構わないのですが、少なくとも足裏が緩めば腹部が緩むということが分かるようになると思います。またいきなり腹部からだと警戒されますが、足裏からだと警戒心が解かれる率が高いものです。

それらのことを利用し、足裏と腹部の往復施術をするケースが多々あるということを知ったときは驚きました。これにクラニアルを加えれば、まさにボクがやっている施術のスタンダードになるからです。

いずれにしても腹部におけるある種のブロックは現実にあるものであり、これを何とかしようとするコンセプトは今や、珍しいものではなくなりました。また、足裏を含めた考え方というのも、異端ではなくなってきているようです。

しばしば見られる鎖骨の制限について

鎖骨の動きが制限されているなどと一般の方はまず思いますまい。

しかし、非常に微細な動きが制限され、肩こりにはじまり、様々な不定愁訴を訴える方が意外に多いものです。これは施術家の中でもオステ系の施術家なら同意して頂けるのではないかなと。

経絡的アプローチでもこの鎖骨制限の解除を伸展、運動系の技法の中で具現化しております。よく動きを分析してみますと、「なるほど・・そういう意味もあったのか」と感心しますね。

フルフォード博士がよく使った鎖骨の評価即治療法が小生の技法によく似ていたので、とても気分を良くしたものですが、何か身体に影響を与えようとすれば、どこか似たような技法になるのは当然です。

まあ、同じような技を使いながら、使い手によって雲泥の差が出るのはこの世界では常識ですから、有名なヒーラーと似た技を考えていたなんていうのは、それだけでは何の自慢にもなりません。

さて鎖骨の重要性ですが、鎖骨は胸骨と肩(肩甲骨)を連接し、ある意味、固定している重要な骨であることは間違いありません。

男性の中には鎖骨フェチといって、女性の鎖骨の美しさに欲望がかきたてられる、というタイプがいるのだそうです。

勿論、小生は鎖骨フェチでも足フェチでもありません(クラニアルフリークではありますが)。

ただ、時々、女性特有の浮き出た鎖骨を見て、片方の鎖骨の位置が違っているのを発見したりすると、気になって気になって仕方がないことがあります。

クライアントなら、施術できるので、腕の見せ所ということになるのですが、それがたまたま、電車の中とか、コンビニで見かけると、実にストレスが溜まります。

(呼吸システムがうまく働いてないんじゃないだろうか?肩に制限がかかって、早いうちに四十肩になるんだろうな、あ、やっぱり!あんな重そうなバックを肩にかけてる!)

こんな調子でジロジロみていたら、絶対怪しい奴に思われますので、見て見ぬふりをするのですが、それが実にストレスですよ。

ボクの出不精はそんなところからも来ているのかもしれません。
(特に夏は露出度が高いので身体の様々なパーツの不都合が目に付きます)

話がそれました。
鎖骨の制限は当然、呼吸システムにも影響します。
実に微細なものであってもそこからある種のエネルギーの流れ、或いはリンパ流、がほんのわずか阻害されれば、長い人生です、何かが壊れていくキッカケになるのです。

ニュートラルに戻しておくに越したことはありません。

しばしば見られる胸骨の制限について

胸骨の動きが制限されると、そこを通るリンパ流が阻害され、肺系、乳房系の疾病リスクが高くなります。

さらに呼吸システム全般に影響を与えますので、どこにその影響が出てもおかしくはない、ということにもなるわけです。

感情の抑圧によってもその動きが止まりやすいと述べました。
抑圧が嵩じますと、ウツ的な傾向を招くことは素人でも想像できるところです。

感情が抑圧されてしまうという根本の原因を除去すれば良いのですが、中々、すぐには出来ず、ある期間を待てねばならないことも多いのではないでしょうか。

しかし、肉体的に解決できるものは解決しておいたほうが良いに決まっています。
なるべく早い時期にニュートラルに戻しておくべきでしょう。

また、篩骨との連動によって、胸骨の動きが阻害される場合もあるとのことですから、クラニアル系の手技によって、その動きを回復させることも重要かと思われます。

近年、乳癌の発症率が高くなっていると聞きます。
篩骨との連動で考えるなら、若しかすると、花粉症の問題も幾分、これに関与しているのではないでしょうか。

篩骨は顔面部、鼻の部分にある骨ですので、この部分に炎症が起こり、長引けば、胸骨の動きを止めてしまう可能性は充分に考えられるからです。

クラニアル&セイクラルというくらいですから、頭蓋と仙骨の連動については解剖学的にさえ理解できます。

しかし、クラニアルと胸骨の対応関係は中々理解できず、ある部分ではかなり密接な関係があるような気もしないではなかったのですが、フルフォード博士の直感的、演繹的把握力によって指摘されていたことを知ったのは心強いことでした。

篩骨は紛れもなく、クラニアルの一部なのですから。

エステにおけるフェイシャルマッサージは女性の美に対するあくなき願望の現われかとも思いますが、以上のことを考えると、また違った側面も浮かび上がってきます。

篩骨と胸骨が連動するならば、顔面のマッサージを通じて、胸骨の開放を行い、無意識に抑圧された感情を解放している行為でもあるような気がするのです。

クラニアル手技の中で、顔面部へ働きかけたとき、なにかがスーッと抜けたような気がするという方が多いのですが、それも一つの現れかもしれません。

なにせ、胸骨の制限はしばしば見られ、中年女性の半数を超えるものと思われます。
足の施術を行いながら観察すれば推察することが可能なのです。

しばしば見られる前頸、横頸部の制限について

前頸部、横頸部の重要性については、今、なんの資料も見ずにざっと挙げることのできる神経でも、迷走神経、腕神経叢、横隔神経、肩甲背神経、副神経、などが通っており、これだけでも明らかです(経絡を加えてもいいのですが煩雑になりますので省略します)

後頸部がコリを感じやすいのに対して、「前、横頸部」はさほどでもなく、どちらかというと軽視されがちな部位ではあります。

ところが、臨床上、この部位に制限、若しくはブロックがある例が多いのです。

篩骨(シコツ)のブロックが胸骨にまで影響し、制限することがあると述べたのはフルフォード博士ですが、もしかすると、その途中にある「前、横頸部」までが影響を受け、制限されてしまうのかもしれません。

また、現代、夜空を見上げるなどという習慣もなく、大体がうつむき加減で仕事をするせいなのかもしれません(つまり前頸部がストレッチされない)

たまに夜空を見上げ、宇宙の広大さに思いを馳せるというのは精神衛生上だけではなく、肉体的にも良い影響を与えると思うのですが、残念ながら都会の夜空は見上げるほどの価値もなく、お金を拾う機会を逸するだけです。

いずれにしても、30歳も超えてしばらくすると、この「前、横頸部」に制限が見られるのです。
確率から言えば、7割~8割くらいでしょうか。

中々デリケートな部位でもありますから、静かに按圧します。
制限の強い人は強い響きを感じることでしょう。

この部位を和らげ、胸郭出口をやはり静かに按圧しておりますと、呼吸のリズムが微細な動きとなって伝わってきます。それを感じつつ、肩まで降りていくと、結局、肩の制限にいきつくのです。増永師が肩関節の前方変移を重視したのがよく分かります。

四十肩、五十肩がほぼ全員の人で起こることを考えると、日本人が持ちやすい普遍的な身体的歪みなのかもしれません。

その原因を遡ると、「前、横頸部」の制限、さらに遡ると、篩骨の可動性の問題、波及効果としては胸骨の拘束が浮かび上がってきます。

胸骨は感情の座でもありますから、抑圧された感情によってもその動きが止まります。そして逆転移を起こして、前、横頸部を制限する場合もあるのかもしれませんし、それが、篩骨の動きを止めることもあるかもしれません。

やはり、ここでも肉体と心を分離して考えることは出来ないようです。

※トリガーポイント理論では、この部位の制限をのことを斜角筋、胸鎖乳突筋のトリガー・ポイント形成と表現しますが、臨床上、有益な考え方です。

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