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しばしば見られる腹部の邪骨について

邪骨とは何か?と言う問いに答えられる人はあまりいないでしょう。

日本の漢方史の中では最大に重要視されてきたものではありますが、西洋医学的な検証はなされておりません。しかし、現実にあります。そしてそれが病気の根であり、原因であることが多いという経験値を持っていたわけです。

それが腹を重要視した日本の伝統でもあり、日本人の感性でもあったのです。
しかし、最近はむしろ、西洋手技法の内臓マニピュレーションが紹介されるに至って、あたかも新しい方法論であると思われて使い始められているのは、日本人としては何とも複雑な気持ちではあります。

ある人がフルフォード博士、唯一の一般向けの著作「生命の輝き」のあとがきの中にオステオパシーで使う技法は日本の柔道整復の技法にルーツがあるかもしれない旨の記述があると教えてくれました。

ところが、私の蔵書を見るとそんな記述はどこにも見られません。おかしい、ということでその方は蔵書を帰ってからもう一度確認して、その記述があるところをわざわざファイル化して送ってくれました。

確かに、そのような記述が載っておりました。初版では載せたものの、色々不都合があると判断したのでしょう。版が代わって、その部分は削除したものと思われます。

骨格をいじろうとすればそのやり方は似てくるのは当然で、オステオパシーが柔道整復の技法を真似したのではないとは思います。

たまたま似ている部分があったという偶然でしょう。ですから、内臓マニピュレーションが日本の腹証を真似したものであるとは言えません。

むしろ、腹部に注目したオステオパスの観察力に敬意を表したいくらいです。

しかし、ここが複雑なところなのですが、日本にはその伝統がありながら、療術界では無視に近い扱いを受け、西洋的装いを纏うことによって、腹部への注目が集まっている昨今の現象はなんともナショナリズムを刺激されるのです。

個人的な感想はともかく、腹部への再注目は歓迎すべきことです。

ではオステパシーでの邪骨の捉え方はどのようなものでしょう?

内臓、腸間膜の癒着と捉えるようです。深部でのリンパ流、血流が何らかの原因で停滞したとき、組織が繊維化していくプロセスの一つとして捉えているようです。

それが甚だしいとき、実際に触知できるようにもなり、漢方でいう索状物はまさにそれであって、癒着の結果、起きるものと認識されるわけです。

科学的に正しいかどうかは分かりません。少なくとも、MRIなどでは写らない程度のものから進んでいくのでしょうから、現在の精度では中々証明できない、あるいは論議を呼ぶところでしょう。

面白いのは背骨の前面の血管に及ぼし、椎間板などの修復力が減衰することがあって、それが腰痛の原因にもなり得るとしているところです。

結果だけを言えば、腹証と同じ結論です。先の柔道整復といい、腹証といい、オステオパシーは日本人に相性がいい手技なのかもしれません。

いずれにせよ、邪骨という言葉を使っても癒着という言葉を使っても、言葉が違うだけで、それを重要視するということには変りがありません。

そして、それらが特に女性において甚だしく多いという現実があるわけです。
腹部の制限と言えないこともありません。

骨盤靭帯や取り巻く筋肉は筋膜を通じて股関節、ソケイ部へ影響を与えます。そしてここの流れまで阻害することになれば、当然、下肢は浮腫みはじめ、ダイコン足へまっしぐらということになります。
(正しくはダイコン足=ムクミではありません。足の細い人でも強烈にむくんでいる人はいます。よく発達した筋肉で太くは見えますが、浮腫んでない方もいます)

そうすると足のむくみ取りというのは、浮腫んだところをいくらドレナージュしてもダメだということが分かります。股関節の動きをつける、腹膜の浮腫みを取る、深部癒着を寛快させるということが重要になってくるわけです。

美脚は腹からなのです。
足を扱うリフレクソロジストが美脚路線に失敗し、内臓マニピュレーションを重視するオステオパスが美脚路線で実績を挙げるというのは考えてみれば当たり前なのかもしれません。

かつて小生がリフクソロジーという手技を深めていったとき、もっとも重要視した反射区は小腸など腸系でした。

何故かというと腹証という概念があったからです。「腹証の意義」などと題して専門誌に小論を発表したこともあるくらいお腹の働き、存在を意識しておりました。

それは多分に増永師の影響もあるのでしょうが、個人的な感性というのも影響していると思います。そして、現在、忠実なリフレクソロジーの手技を行わなくなったとはいえ、足裏に別の意義を見出したとはいえ、やはり、反射区でいえば大、小腸の部位を重要視しているわけです。

今、リフレクソロジーという手技をもっとも有効に活用しているのは、リフレクソロジストでも指圧師でもカイロプラクターでもありません。オステオパスなのです。

何故なら、彼等には(一部かもしれませんが)腸間膜癒着という概念があるからです。
全息胚原理によって、ある程度それを足裏で診断できます。そして、まず足裏から緩める。

そして実際、お腹にも触れる。すると、足裏が訴える何か、と腹部が訴える何か、にある共通性を感じることもあるでしょう。

また、何の共通性も見出せないこともあるかも知れません。感じ方は様々で構わないのですが、少なくとも足裏が緩めば腹部が緩むということが分かるようになると思います。またいきなり腹部からだと警戒されますが、足裏からだと警戒心が解かれる率が高いものです。

それらのことを利用し、足裏と腹部の往復施術をするケースが多々あるということを知ったときは驚きました。これにクラニアルを加えれば、まさにボクがやっている施術のスタンダードになるからです。

いずれにしても腹部におけるある種のブロックは現実にあるものであり、これを何とかしようとするコンセプトは今や、珍しいものではなくなりました。また、足裏を含めた考え方というのも、異端ではなくなってきているようです。

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