ブログさぼってたなぁ
最近はとんとブログから遠ざかっておりましたねぇ。
独特の高揚感がないと中々文章って書く気にならないものなんですが、その高揚感が湧き上がってこない日々でございました。
なんなんでしょ。
忙しくて疲れていたんですけど、まあ、そういうことはしょっちゅうありますからね。
秋の気配が漂うと、気分がメロウになるんでしょうか。
乙女じゃあるまいし、そんなことも言ってられないので、また、ひと頑張りしなきゃ、だな。
そうそう、文章は書く気にならなかったのですが、いつもとおり、考えだけは巡らせていましたよ。哲学しているわけじゃないけどね。
現在の物理学では、宇宙に四つの「力」しか認めてないですよね。
「強い力」「弱い力」「電磁力」「重力」(強弱の力は核力です)
還元していくと、たった四つの力が宇宙を支配しているなんて、最初、知ったときは驚いたものです。
もしかすると、第五番目の力が存在するかもしれないと、ある物理学者が提唱したときはちょっとした話題になりました(最近のことです)。
証明不能な精神世界の話は横に置いておいて、結局、物理的な力に還元できるのなら、その力というのはエネルギーですから、その入力方法をどうするか、ということが整体の基本構造を決定するのではないかな、と・・・考えていたわけですよ。
あるエネルギーを入力するとそれに反応する生体というものがあって、どのような入力方法がどのような生体反応を引き起こすのか。この場合、核力は除いてもいいでしょうから、残る重力(圧やその他)と電磁力が問題なんだなぁ。
ヒトは微細な電磁波を発しているようですので、電磁力インプットというのも考えられるでしょう。ある種のヒーリングや気功療法が該当するのかな。勿論、電磁力という成分だけで「気」というものが成り立っているとは思いませんけど。
整体の基本概念というのは二つあって、一つはリリース(解放)、そして一つはエネルギーの入力です。
東洋医学でいうところの虚実補瀉が端的にそれを表している言葉なんですが、ただ生体という揺らぎのある存在に対して、単純な公式化は出来ないようです。
どうしても思弁的、抽象的な表現にならざるを得ない。それを読んで分かるなんて天才はいないでしょう。だから、実践的に理解していくしかない。また、特に東洋医学の概念を使わなくても肌で実感できればいいので、用語的には西洋手技の用語で理解しても構わないでしょうね。
例えば「サブラクセーション」というカイロでの概念がありますけど、現在、これを物理的な亜脱臼と理解しているカイロプラクターはいなくて、フルフォード博士がいうエネルギーブロック、組織拘束に極めて近い概念で考えているようです。
技法や体系が違っても、かなり概念的には近似的になってきていて、結局、目指すところは同じになっているのですが、手法の違い、治療体系の違いは未だ大きいかなと。まあでも、違いがあるからこそ、それに合う証の持ち主がいて、ある方法で治らなかった者が違う方法で治ることもあるので、それぞれの存在価値があるわけです。
どの治療体系を選ぶかは施術者個人の好みの問題であって、途中で変更する場合もあるでしょうし、最初から最後までそれを信じ、やり続けることもあるでしょう。
結局、還元すると、リリースとインプットの組み合わせをどうするか、そして、それを行うため、クライアントの身体をどう評価するか、ということにいきついていくわけです。体系が違うと、評価が違うので面白いものです。脚長差を絶対的な評価基準にするものがある一方で、脚長差など誰にでもあるものだから、そんな基準を作ること自体がおかしい、という体系もあります。
ネット時代ですから、様々な方法論や施術家の諸先生方の主張を一応閲覧することができますね。中には真っ向から対立する主張があります。しかし、どんな主張でも、必ず、アナがありますので、その理論のアナを探したり、否定を否定する論理を組み立てたり、結構、暇つぶしが出来て面白い時代です。一種の思考遊びみたいなものなのですが、こんなこと繰り返していると、どんな理屈でも理論でも否定して見せることができるようになってしまいます。だから、結局、思考遊びでしかないわけ。意地悪な性格になってしまいますので、皆さんにはお奨めしませんけど。
まあ、施術者個人の感性と好み、そこに落ち着いていくわけですよ。
ただ、勉強していくうちに、或いは経験を積んでいくうちに、好みが変わってきたり、感性が変わったりすることはあるので、インスパイアされる存在は貴重でしょう。
師匠というのはインスパイア、もしくはインスティンクトしてくれる存在なので、ありがたいと思わねばならないわけです。盲従したり、服従したりしなければならない存在ではありません。ある方法や考え方が提示され、それに刺激を受け、連鎖的に思考が発展していことに価値があるのであって、何かを教えてくれるのを受動的に待つとか、師の教えは絶対であるとか、宗教じゃないんだから、そういう感性を持つ人はこの業界には向きませんね。しかし、悲しいかな、新興宗教みたいな方向に向かうグループが随分あります。組織が出来るとヒエアルキーが形成されてきますから、統制を保つためにそうならざるを得ない状況もあるのでしょうが、それよりも師匠の性格が色濃く反映される結果なのだと思います。まあ、そういうのは嫌だな、ボクは。
・・続く・・

最近のコメント