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くびれ

(一)

もともと“くびれ”とは語感と同じで首に関わるものです。
縊れるという字を書くと「首をくくって死ぬ」という意味になります。

首はまさに頭と胴の間にあってくびれているのですから、本来は「首れ」と書くべきものなのでしょう。

さて、そのくびれている身体の部位は何も首だけではありません。
そして、その部位は面白いことに首の字を使って表しております。

「足首」「手首」まさに首です。
ところが人体で最も“くびれ”が目立つ腰について「腰首」という言い方はしません。

これは和服の影響でしょうか。
和服は上腹部に帯を巻き、むしろ、腰のくびれを隠すためにあるような服装です。

朝鮮半島のチマ・チョゴリも女性の正装なのですが、同じように腰のくびれを隠しているかのようです。腰のくびれはある種のセックスアピールみたいな感じを与えますので、朝鮮や日本はそれを嫌がった社会なのかもしれません。

ちょうどイスラム社会に女性の顔を隠す習慣があるのと似ているのではないかと思います。

さて、ここで文化論を述べるつもりはありません。
人体における“くびれ”のある部位というのはその運動制限がありますと、極めて重大な影響を与えてしまいます。

手首の運動制限はスポーツなどで痛めない限りあまり実感が湧かないと思いますが、一旦そういう状況に陥ると、とてつもなく不便さを感じるものです。

足首も同じで、ほとんど歩けなくなるほどです。

ここでお話するのは、明らかな外傷性のものではなく、日常意識できない程度の運動制限についてです。

小生は足の専門家なので、施術の際、ザッと足を診て、ハリや力具合を見ます。あとは全息胚診断なり、脈診なりをするのですが、もう一つ、重要な視点があります。

なんと言っても足首の状態でしょう。動きに制限があるかどうか、これは非常に重要な要素なのです。

三関節原理を持ち出すまでもなく、本人が意識できない運動制限がありますと、身体全体のバランスが崩れ、やがて歪みとなって、身体に現れてくるものです。すでに現れているかもしれません。

また、足首は怪我をしやすい部位でもあります。
部活などを熱心にやった経験のある人は一度や二度、足首を挫いた経験があるのではないでしょうか。中には明らかな捻挫を経験している方もおり(それも複数回)、さらに骨折を経験している場合もあります。

このような方は十中八九、足首が拘束されているのです。
また“くびれ”がスキッとあるかどうか、というのも診方としては重要です。

これは美容的なものだけではありません。リンパ流の滞留の結果なのですから。
そして、如何にこの拘束を除去してあげるかということになるのですが、古傷の場合は実に難儀するものです。

(二)

明らかにそこに原因があると分かっていても、中々除去しきれない場合もあって、こういうときは少しイラつくこともあります。(施術者がイラついちゃ絶対良くないのですが)

古傷の場合、手技だけで行うのは難儀中の難儀だと申せましょう。

足首をしっかり補で固定し、関連する経絡の処置をするのがセオリーなのですが、それでも一回での施術では無理がある場合が多いものです。
(足首を回す程度では全然とれませんから、大概のリフレクソロジストは新しい拘束以外、除去しているとは思えないのです)

右足首の骨折痕が数十年の歳月をかけて胸骨の微細運動を阻害し(リンパ流停滞)、左乳房の癌にまでいってしまった例もありますから、手は抜きたくありません。抜きたくはありませんが、途中で来なくなることもありますので、力不足を痛感する場面ではあります。

手首については体重という負荷もかかりませんし、よく動かすところでもありますから、足首ほど拘束されるものではありません。

それでも、突き指のショックが手首にまで及んで、稀に拘束されている場合もあります。
しかし、足ほど大きくありませんので比較的楽な作業となります。

さてさて、続いて腰です。
腰首という言葉がないだけで、腰は紛れもなく“くびれ”があるところです。

かつここの運動制限は他の部位と比較にならないくらい早期に歪みを現出させてしまいます。腰の拘束というとあまりにも範囲が広く、その概念さえありませんが、ある年齢を超えると非常に多い「証」と申せましょう。

ボクはこれを「椎間関節潤滑不全の証」と名付けました。
整体をはじめてしばらくの間、痛みがない限りその重要性に気づきませんでした。気づかない以上、技法を考え付くはずもなく、こんにちまで来てしまったのはなんという痛恨事でしょう。

腰痛という自覚症状がなくとも、ここの運動制限、拘束、ブロックを取り除くと、実に軽やかになり(瞑眩が出る場合もありますが)、身体を弛緩させたにも関わらず、締まった感じがするものです。

また中長期的にも未病を防ぎ、身体全体の老化を遅らせることができます。身体の要、“肉月に要”という字はダテではありません。

このようにして“くびれ”があるところというのは重要な部位なのです。
ではホントの首についてはどうなんでしょう?

当然、首は重要です。これについては機会があれば別枠で論じたいと思っています。

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