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漢方とリフレクソロジー

大昔、何が怖かったかというと、生活習慣病ではなく、疫病に代表される感染症です。

それらに対処するために漢方が生まれたと言っても過言ではないくらいなのです。

こんにち、漢方というと西洋医学では対処できない不定愁訴や、慢性的未病症状に用いられておりますが、本来はそういう性格のものではありませんでした。

ただし、鋭利な効き方をする薬剤で病原菌をやっつけるという発想ではなく、あくまでその病人の免疫力を高め、自然良能で治病するという方法論を取るわけです。

それがこんにちでも通用する源泉になっているのです。
つまり応用が利くということになるでしょうか。

しかし、述べたように、本来は緊急の病に対処できるように発達してきたわけです。
ですから漢方を極めるとモルヒネでさえ効かない痛みを瞬時に無くすることさえ出来たと言われており、ホンマかいな、と突っ込みいれたくなるのですが、どうも事実のようです。

小生は漢方家ではないので、詳細まで勉強をしたことはありませんが、耐性菌の問題が叫ばれているこんにち、もう一度、漢方薬に注目すべきだろうと思う所以ですね。

健康な人はノンビリしていますが、耐性菌の出現は疫学者達をパニックに陥れているほど、大変な問題になっているのはご存知でしょうか。

薬剤が全く効かない菌は当然ながら自分の免疫力でやっつける他ありません。
ですから、体力の弱った病人が病院で耐性菌に感染し、亡くなる例があとを絶たないのです。検査や他の薬剤で弱りきっている状態ですからね。

そこに漢方に通じた医師がいれば、随分と違った処置がなされることでしょう。
しかし、西洋医学的なマニアル主義では漢方は究められない。ここのところに難しさがあって、現実にはうまく役割分担が出来ていない状況です。

リフレクソロジー(足揉み)も同じで、本来、足が疲れたからやってもらうとか、そこで何らかの癒しを得たいと思って施術を受けるものではありません。

勿論、それはそれの役割として重要なものなのですが、本当の目的は弱った病人の体液循環を助け、耐えられる程度の圧反射を起こし、全体として免疫力をアップさせることにこそ力を発揮するものです。

ここに至れば、もはや技術ではなく、やるかやらないか、若しくはそれが許される環境にあるかどうかの問題です。

漢方を究める医師が少ないのであれば、せめて安全なリフレなりを取り入れてほしいと思うのですが、それにはもう少し時間がかかるでしょう。

我々の仕事の中ではそのクライアントのほとんどが実証なのですが、「手当て」に代表されるが如く手技の真骨頂は虚証に用いられてこそ、その真価を発揮することができるのです。

残念ながらそのような機会に恵まれることは少ないのですが。
しかし頭にだけは入れておく必要があるでしょう。
いつでもそれに臨めるように。

恐れのない心の準備はしておくべきかと思うのです。
おそらくはそれが使命だと思うからです。

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