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日本式リフレクソロジー

(一)

独立したとき、しょっちゅう聞かれたのは貴方のリフレは何式?ということでした。
(何式?って聞かれてもなぁ~)

日本人ってどうして、どこに勤めているのか?どういう団体に所属しているのか?
華道をやれば何流か?茶道をやっても何流?ということを気にするのでしょうかね。
アインデンティを自分以外の組織、団体で証明しようとする悪弊があります。

さて、何式リフレクソロジー?と聞かれてハタと困りました。
基本的にはオリジナルですからね。

英国人でも中国人でもない小生が考え、やっている施術方法なので、小生式だというわけにもいかないので、日本人のボクがやっているわけだから日本式という答えが妥当かなと。

あんまり聞かれるのでホームページで日本式リフレクソロジーとうたいました。
当時(2002年)、日本式リフレクソロジーでネット検索してもそんなのないわけです。

小生のところしかないので、まあ、そんなものか、という感想を持ったものです。
ところが、最近、日本式リフレクソロジーで検索してみると、小生のところなんて全然上位に出てきません。

あるわあるわ日本式が・・・わんさとあるようになってしまいました。
なんだってこんなに増えたの?

それぞれその説明も様々でね。まあ、色んなことが書いてあります。
独自に考えついたのか、小生のHPに影響されたのか知りませんが、隔世の感がありますよ。

そういえば、ボクのところの卒業生が言っていました。

「先生、○○さんという卒業生がいますか?」

「○○さん?聞いたことないなぁ。どうしたの?」

「近所に癒し系サロンがあって、たまに受けにいっていたのですが、最初は台湾式のガリガリ系で揉んでいました。ところが最近、行ってみたら、ナント安定圧系に変わっていたんです。それで安定圧を使うんですねぇ。どこで習ったの?と聞いても、曖昧にして答えくれません。それで聞いてみたんですが・・」

「あっそう・・・待って、ちょっと調べてみるわ」

と名簿を調べてもそういう名前の方はいません。
「やっぱりいませんね、そういう方は・・・」

「前に先生のHPを紹介したので、それを見て参考にしたのかもしれませんね」

「HPを紹介したんだ?じゃ、それを参考したんだろうね」

ということがありましてね。
結構、ボクのHP、ヒット数は少ないのですが、業界関係の方がじっくり見るケースが多いようです。施術技術に特許はありませんから、文章を参考にして取り入れるのは全く問題ありません。

しかし、足裏に対する安定圧は難しくてね。
2年や3年くらいの施術経験では我流でやってもホントの意味でのマスターはできませんよ。基本を覚えて訓練していかないと。

我流でやると、身体を傷める可能性がありますので気をつけてくれないとね。
効かない安定圧をやるくらいでしたら、フリクションでやったほうが余程よろしいですし。
いずれにしても業界に多少でも影響を与えているというのは結構なことです。

さて、日本式リフレクソロジーの定義を真面目に考えてみると。
他所のところでは適当なこと言っていますが、マジでちゃんと考えると、矛盾が出てくるんですよね。だから、ボクも日本式とうたいながら、それを前面に出さないというのがあるんです。

まずね、リフレクソロジーという考え方そのものはアメリカで作られたものです。
だからリフレクソロジーはすべからくアメリカ式なのですよ。

しかし、それをベースに個人の考え方によって、技法が異なってくるわけ。
そうすると、それは個人ベースの問題ですから、個人の名前が冠されるのが正しいのです。例えば藤田式とか・・・

個人の名前、例えば武田式とかいうのは結構恐れ多いことでもあるので、或いはビジネス的にヒットしづらい理由もありますから、英国式とか日本式にするわけです。

厳密に言うと決して正しいことではありません。
だって、英国全土で統一された施術方法でもありませんし、日本全土で統一されたそれでもないのですから。

国の名前を冠するのはどう考えてもおかしいのです。

名前の由来として、呉若石という個人の名を冠した若石リフレクソロジーは正しいですね。最近は個人の名前ではなく、「石のように自然な方法」と強弁するのは如何なものか、と思いますが。

「呉若石という人物がこのような方法で実践したのが始まりである」と言ったほうがよほどスッキリします。

ボクも錯誤させているのですから大きなことを言えませんが、日本式リフレクソロジーにしても英国式リフレクソロジーにしても、或いは中国式にしても台湾式にしても実体はないわけですよ。

ただイメージとして英国式はあたりが柔らかく、癒し系と感じますし、台湾、中国式は強く擦り、痛いという感じを受けます。

何式?と聞く場合はこのイメージを前提として聞いているのでしょう。
今のところ日本式といわれてそれがどんな感じのものなのか、イメージできるヒトは少ないに違いありません。(いくらウエブページが多くなっていても)

文章で説明されたってわからないですからね。
体感しか記憶に残らないのです。

ですから日本式が増えていっているという現状を考えても、人々の体感イメージが定着するには時間がかかるか、若しくは結局、定着しないかのどちらかでしょうね。

さて、ここで悩むんですよ。
名前の由来としては正しくないにしても、日本式を前面に出してボクが頑張ってね、それで日本式の体感イメージを定着させるような方向性でいくか、それとも、勝手にやってくれとばかりに無視していくか。

少なくともウエブ上ではボクのところが初の日本式を名乗ったという自負もありますしね。
これホントに悩みますよ。

仮に日本式が良いということになって多少の評判が出てまいりますと、資本力があるところがあっという間に市場を席捲するでしょうし。

何せ、「日本式リフレクソロジー」というのは商標権が取れませんから。
一般語として解釈され商標権の対象外ということになるんです。

(二)

それでも折角の機会ですから、あえて日本式の意義を探ってみましょう。

欧米にはツボという概念がありません。
だからツボを点で取るという発想、つまり点穴という技法がないのです。

中国は当然ツボの本家ですから点穴技法があるわけです。
しかし、どうしたことか、足裏に関してはツボを取らず、反射区という面積のある平面を擦るという作業を行います。

刺激量は増大しますから、それはそれで治癒機序が働くことでしょう。
別に文句はありません。

また鍼にしても中国の鍼は太く、刺激量は当然多くなります。
刺激量が多いのを好む民族にいつのまにかなってしまっているんですね。

中国古典「黄帝内経」という鍼のバイブルには豪鍼といって限りなく細い鍼の効用が書いてありますのに。

小さい頃から鍼を打っていると、刺激の閾値が上がっていって、段々強いものになっていきます。これは手技も同じですね。

強い刺激の足揉みを受け続けると、閾値が完全に上がってしまって、多少の刺激にはビクともしなくなります。そういうヒトは英国式程度では全く反応しません。

かえって気持ち悪くなるくらいだというヒトもいるくらいです。
ボクがいうツボが潰れた状態でもあります
正確にいうとツボが奥まってしまった状態なのです。

擦るという作業によって摩擦が発生し、刺激量を増大させるものの、閾値があがり、ツボを奥のほうに押し込めてしまうわけです。

閾値を上げるというのは実は日本の指圧家も時々やることです。
例えば痛い部分があったとして、その痛みを軽減させるのに、他の部位を強圧し、それで痛みの閾値を上げ、結果、痛みが楽になったという現象があるわけですね。

でも、これはその機序を知っていてやっているわけです。
加減も難しいのです。また、しょっちゅうそれをやると弊害も出てくると知っているわけ(知らない人もいるかもしれませんが)。

身体の仕組みを知ってやっているのと、強い刺激が功を奏するのだと誤解してやっているのとでは全然違います。

中国系リフレの施術者がとにかく強い刺激を送りたがるのは、効果があるからだと思ってのことなのでしょう。

しかし、強刺激によって単に痛みの閾値が上がっているだけだと認識できているヒトは一体何人いるのか?甚だ疑問です。

今は随分と情報化時代なのでそういう知識も身に付けた施術家も多いと思いますが、依然としてこういう基本的なことを知らない施術者もいるのです。

だから、虚証のヒトに強刺激を送り、失敗するわけ。
まあ、足ですから安全なので大きな事故に至ることはほとんどないですけど。
首とか頭だったら大問題ですよ。

知っていてその技法を時々使うというのは、まあ「有り」です。たまに小生も使いますし。
だからフリクション系そのものを否定はしません。

また柔らかい当たりの刺激、つまり欧米系の刺激も感受性によっては治癒機序が働き、それによって楽になるヒトもいるに違いありません。それも「有り」です。

しかし、日本人に生まれ、せっかくツボにハマル感覚を知っているのに、それを使わない手はないでしょう。

英国式(と言われているモノ)がマッサージ的技法、中国式(と言われているモノ)が平面上の摩擦刺激に対して日本式は縦方向に深い刺激を送るというツボッた感じになります。

これの難しいのは、閾値が上がってしまったヒトに対する対応です。
いくら平面上に強い刺激を送られ続けられても、ツボは深くなるだけで、なくなるということはありません。ツボ処女のパターンが多いものです。奥まったところに到達できるどうか、これが日本式の難しいところでしょう。

力の大小ではなく圧面積の大小による調節。そして何より身体の力、特に肩の力を抜くというコツが要求されます。そうでなければ、圧が浸透していきません。このコツを掴むかどうか。これが難しいわけです。

日本という国は不思議な国ですね。
300年近くも鎖国をして明治維新により開国しました。産業技術は後進国だったわけです。しかし、ご存知のように、あっと言う間に国際競争力をつけ、強国の仲間入りをしたのです。

そもそも自力で鉄道を引くなんていうのは、欧米以外の国では考えられませんでした。
それをやってのけたのですから欧米人はビックリ!

時は移って、敗戦。経済は壊滅しました。世界でもっとも遅れた国に逆戻り。
ところが、あれよあれよと言う間に復興を果たし、経済大国の仲間入りです。

ベースに何があったかというと、教育レベルの高さとなんと言っても江戸時代に培われた細部を疎かにしない、あるいは、細部に拘る国民性というものがあったに違いありません。

故にプロダクツは現在、日本製が絶大な信頼を勝ち得ているわけです。

そして汎用技術もさることながら、先進特殊技術も日本のお家芸です。
その日本の技術がほしくて外国企業から買収されている中小企業もたくさんあるわけです。

日本が成功した要因の根本にあるのは細部の拘り、改良し続けるという民族特性によるものだと思うのです。

で、足裏を安定圧で行うというのは、大雑把に反射区というものを捉えて擦るとか、マッサージするとかではありません。

実に微妙な角度と位置を決めなければ影響を与え得る施術が出来ないのです。
これはまさしく細部に拘る民族特性が如実に表れるものではないでしょうか。

1度の狂い、1ミリの狂いも許されません。
職人気質の権化とならなければとてもじゃないですが、そういう施術の発想すら浮かばないのです。

こういうのはまさに日本という国の民族特性から来るものであって、中国人にも欧米人にも出来ないのです。

故にこれを日本式と呼んでも(厳密な意味では違いますが)あながち間違いではないと思うわけです。

(三)

日本人は屈筋優位の民族だと言われております。
つまり、手元に引き寄せて動作することが得意ということ。

これが、手先が器用ということに繋がってくるわけ。
そんなんで、日本人独特の身体動作の特徴が生まれてくるのですね。

とにかく、日本人の道具の使い方は特殊です。
(我々から見れば日本人以外が特殊ということになるのですが)

例えば、のこぎりは引いて切ります。しかし日本以外では押して切る。
カンナも同じで引いて削る。これも外国では押して削る。

ところが鉛筆をナイフで削るときは押して削ります。
外国人は引いて削るのです。
これは手元に引き寄せるが故のものなのでしょうね。

話は逸れますが、小生の祖母が鉛筆を削るとき、身体から少し離し、引いて削っていました。とても違和感を感じたものです。

日本人じゃない血が流れていたのかな?
そういえば、祖母が若いころ、馬に鞍も着けず、アブミもなしで裸馬を乗り回していたと聞いたことがあります(どんな娘時代なんだ?)

古代ローマ、カエサルの時代なら、実に優秀な騎馬兵になっていたことでしょう。
(大昔は鞍もアブミもなく、馬を乗りこなすのは大変に難しいことだったらしい)
ちょっと変わった祖母でした。

こういうのは例外として、基本的に日本人は述べたように身体動作が世界の人々と逆になるわけです。
これが屈筋優位と言われる所以なんですね。

手先が器用、細かい作業が得意という利点もあるのですが、不利な点もあります。
なにせ疲れる。つまり肩がコリやすい。

現実の施術の場合、本来的な器用さがあるので、あるレベルまでは割りと簡単に技術を習得できるのですが、屈筋に力が入ってしまうため、素直に圧が入るフォームが作れないわけ。この矛盾をどう解決するか、ということですね。

利点を生かしつつ、屈筋に力が入らないようにする。
増永師は「支え圧」とか「肘の使い方」に留意するように教えていたようです。

人によってピンとくる表現は違うのですが、ボクの場合は「肩の力を抜く」という表現が一番ピンとくる表現方法でした。

押しているときでも知らないうちに屈筋群が対抗する特性というのは最終的に肩に力が入るクセになりやすいものだからです。(少なくとも個人的にはそうなんです)

だから日本式リフレクソロジーの特徴である(と思っている)圧を持続的に安定させるに、最大の難関は屈筋群の邪魔をいかに排除するか、ということ。

これさえ克服できれば、もともと精密な手先の感覚を持っているのですから、狙った位置に正確な角度で入り、かつ、疲れず安定的に圧が浸透していく方法論をマスターできるというもの。

身体に力が入らず、しかも力強い。こういう感じの施術は難しいかもしれません。
しかし、そういう発想があるということだけでも有利です。
いずれできるようになるのですから。

これが実現できたとき、日本式だと胸を張って言えるのではないでしょうかね。

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