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リフレクソロジーにおける補瀉の決定

補瀉の概念についてはこのブログでも、HPでも触れていると思います。
難解であるという意見が多いようですが。
確かに難解ではあるでしょう。

狭義の意味の補瀉と広義の意味のそれがありますので、混同してしまいます。
東洋系の考え方の特徴なのですが、厳密解釈によって理解されるものではないケースが多々あるわけです。

東洋医学系に惹かれてもイマイチ理解できない部分というのはその語句の意味が時々で変わってくるというのも原因のひとつかと思います。

瀉法というのは、「実」を取り除くという意味であることには異論がないでしょう。
補法は不足を補うことだということについても異論はないはずです。

しかし運用の仕方が違ってきます。
例えば鍼では一経の虚実の中で補瀉を行いますし、手技はそのフレックスさ故に二経に
虚実を求めます。

どちらが正当で、どちらが邪道ということではありません。採用する手段によって考え方の違いが許容されるのです。

さて、リフレクソロジーにおいての補瀉というのは、反射区個々について虚実を決め、補瀉していく方法が考えられるのですが、このやり方は煩雑を極めます。また時間もかかる。

そこで虚の半身に対して補法、実の半身に対して瀉法という考え方を採用する場合もあるのです。

どちらの足を虚とし、どちらの足を実とするか?
普通は左足が「陽」右足が「陰」ですから、左足に対して瀉法、右足に対しては補法というのがセオリーになりますが、これも個別的に考えねばなりません。

手ががりになるのは脈診でしょう。
リフレクソロジストなら足脈は最低でも取らねばなりません。
このとき、脈に左右差があって、弱い(若しくは取れない)方を虚と考えて差し支えないと思います。左右差がなければセオリーどおりで構いません。

症状から追っても、実の症状、虚の症状がありますから、無理です。
また整体での決め方は肩の下がっている方を虚の半身とすることが多いようですが、あくまでリフレクソロジーでの決定ですから、違っても良いのです。

鍼が虚実補瀉しなくとも効くようにリフレクソロジーにおいても虚実補瀉などしなくとも効くことは効きます。

効けば良いという考え方にケチをつけるつもりは毛頭ありませんが、ねらいどおりに脈気が回復してきたという醍醐味を味わうのは施術者にとって魂のご馳走みたいなものです。長く仕事を続ける上で必要なものではないでしょうか。

脈診については某団体が世界大会を行った際に小生が拙論を発表したことがあります。

主に胃気についての内容ですが、胃気については古来より相当重要視していることが古典によって分かります。そしてたまたま足脈は胃脈が取りやすいのでした。

ある経絡治療家の「未だかつて胃虚の人を診たことがない」という発言を何かで読んだこ
とがありますが、大変、疑問に思ったものです。

胃経は下腿、大腿前面を通り、女性で言えば卵巣を通って、乳腺の真ん中を貫き、さらに甲状腺から口へと行く経絡です。この経絡が虚した状態になることがあり得ないなどということがあるわけがないと・・・・・

まあ、見方が違うといえばそれまでなのですが、少なくとも、足の観点から言えば、胃脈の異常は日常茶飯事ですし、脈の盛衰がそのまま、その人の状態を表している場合も数多く見受けられ、より古典の記述に近い病態がわかるのは、古典が足脈重視であったという傍証にもなるでしょう。

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