« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

纏足の補足

前回、“皆さんも是非読んでみて下さい”で結びました。
でも実際、読む方は少ないと思いますから、「纏足」の中で枝葉末節な事柄、つまりどうでもいいようなことで感動したことをご紹介いたしますね。
(どうでもいいようなことなら、紹介するな!てかっ)

よく小生も使いますけど「絶品」という言葉があるじゃないですか。
ここのツクネは絶品ですよ~とか。
この「絶品」という言葉、もともとは素晴らしい書画に対する評価ランクの一つなんですって。
全部で四つのランクがありましてね。
下から言うと、
「佳品」(カヒン)
「絶品」(ゼッピン)
「神品」(シンピン)
「逸品」(イッピン)

こんなこと知らずに使っていました。
「絶品」よりまだ上があったとはねぇ。

逸品もよく使いますよね。これが最高ランクなんて知っていました?
同じイッピンでも一品のほうが一般的かな。天下一品とかね。
でもこれは和製漢語。
意味はよく分かります。「天下に並ぶものなし、ただ一つの品」ですから。
しかし正式な評価基準の漢語は「逸品」が正しいわけです。
「もはや、書画とは呼べない何か。書画の分類から逸脱している品」という意味なんでしょう。

日本では余程、漢学の素養がないと使わないのですが、「佳品」という言い方はありますね。
時々、俳句の選評欄で見かける言葉です。これはどちらかというと「佳品」より「佳作」の方が一般的です。今度「佳品」という言葉を見つけたら、ほう~と感心しましょう。

「神品」が序列第2位というのは意外ですね。纏足の登場人物もこの「神品」こそ最上位にすべきだと言っています。
ただ、「神品」というのは「神が創った品」という意味ではありません。
「その技、神(しん)に入り・・・」ということなんです。中国思想には唯一絶対神という概念はありません。だから、キリスト教的な解釈だと意味を取り違えてしまいます。
あくまでも人間が作って、その技術に神がかり的な何かがある、という意味です。
そういう意味でも「逸品」のほうが、人間以外の何かが創ったということを暗示しているのかもしれません。「逸品」が最上位に置かれるわけです。

「絶品」はこんな作品は絶えてもう二度と出ないだろう、つまり絶後という意味。
これも相当な誉め言葉だと思いますが、序列3位ですもんね。
先生の施術は絶品です、と言われても、そうか三番目か・・・と益々修行に励まなきゃいけません。

というわけで妙なところで感動してしまいました。

しかし、たかが纏足を愛でるというだけで、こんなことまで持ち出さなくていいだろうに・・と思うのですが、そうではないんです。
纏足評価のことを「蓮学」といって、ある女性の纏足を評価するのに、相当な素養というか、周辺知識というか、所謂「学」がないとダメなんです。
「蓮学」の道に通じた、なんていわれると、男としてはメチャ栄誉なことだったみたい。
纏足という摩訶不思議な奇習が一千年以上も続いた背景には、こうした評価者の地位が高かったというのも理由の一つなんでしょうね。
何でも「学」にすりゃ良いっていうものじゃないでしょうに。現代で言えば、「巨乳学」もありになって、フェチは全て学問になってしまいかねません。

ところで、日本は歴史上、中国文化、制度に学ぶところ大でしたが、この纏足と宦官制度、そして科挙制度だけは頑として取り入れませんでした。
かと言って、「お歯黒」という超気持ち悪い、かつ健康を害する奇習を独自に発展させたのですから、あんまり他所の国の文化を笑えた義理じゃありません。

(お歯黒と纏足、どちらが健康に悪いか。確たる証拠はないのですが、平均寿命で言えばお歯黒のほうが、分が悪いようです。纏足してお歯黒すれば史上最強であることは言うまでもありませんが、歴史上、そういう人物がいないのは残念というか幸いというか・・・)

ヨーロッパのコルセットでウエストを40センチに縮ませて、纏足して、お歯黒して、日本の帯で横隔膜を締め付けると、昔流の美人が出来上がります。さらに首にワッカを何重にもはめて首を長くし、下唇をこれもまたビローンとワッカで伸ばし、ついでに耳たぶを20センチほど長くすれば世界基準で美人です。身近な女性で想像してみてください。決してソバにいてほしいとは思わないはずですから。

ではこんなのはどうでしょう。
補正下着でビチビチに締め付け、タイトなスーツを身に付けます。耳に穴を空け、シックなピアスを通し、さらに10センチはあるピンヒールでまとめます。
(とどめは化学薬品で染めたややブロンドがかったヘアー)
百年後、人々は眼を背けるかも知れません。

他所の国の人のことも昔の人のことも言えた義理じゃありません。

| | コメント (0)

纏足(てんそく)

纏足には興味がありました。
遡れば、昔々パールバックの「大地」という小説を読んで以来かな。
なんだってわざわざ、まともに歩けないほど、足を小さくする必要がある?
美人の条件?なんておバカな話なんだろ。
まあ、興味と言ってもそんな程度の認識ではありましたけど。

昨日、受講生の方に「纏足」(小学館文庫)という小説をお借りして、あまりにも面白くて、一晩で読んだのです。
作者はフウ・キサイ(漢字変換できないよ)。日本での初版は1988年だそうです。
知らなかった・・・こんな小説があるなんて・・・
この時期、中国でこんな小説発表したら、大変だったろうな、と思ったら案の定、結構、作者は批判にさらされたらしい。
なにせ、纏足は中国の文化的恥部ですからね。

それにしても、纏足については、この小説一冊あれば相当な通なれることは間違いないですよ(別に通になる必要もないか)。
注意深く読めば纏足のやり方まで分かっちゃう、くらいです。

いや~、この「纏足」という小説。興味本位で読み始めたんですけど、色んな意味で考えさせられますよ。
「ローマ人の物語」のような読後感があります。
ある種のせつなさ、悠久たる歴史への憧憬、移ろいゆく時代の変化、その狭間の中で翻弄される人間達、とまあ、カッコ良すぎかな。
俗なことをいえばフェチの極限も描写されていて実に興味深い。
簡単に言えば、元祖足フェチなんですけど、全く理解できなかった分野でしたが、男共が大真面目に纏足の薀蓄を語ってたりしてね。
醜悪の極みかと思いますが、さすが中国四千年。全く厭らしさがない。
というか、たかが纏足鑑賞くらいで、ほとんど学問の域に達しているのは笑えます。

なるほど、纏足の歴史にはこうした鑑賞能力がある男共の薀蓄もあずかっているところ大だったんだなぁ、とか思います。

最近、読んだ本の中では出色です。
足揉みを生業にしている者としては興味の尽きないこと請け合い、です。
はたと思い至りますもの。
なんで正当中国医学は足を無視してきたか・・・
無視したんじゃなくて、出来なかったんですねぇ。
纏足女性に足の施術は無理ですわ。
纏足していない女性もそれが引け目で足は見せられないですもの。
機会がれば是非読んで見てください。

| | コメント (0)

動画第2弾

動画第2弾をアップしました。

前回よりも手早くやれましたよ。

まだHPにリンク貼り付けてませんし、解説文もアップしていません。

近日中には出来るでしょう。

| | コメント (0)

不食人間

そういえば先日、テレビで不食人間のことをとりあげていましたっけ。
なんでも一切の食事を摂らず、水だけで生きられる人間というのが、現在でも世界に何人かいるらしい。日本にも明治の頃いたそうな。
医学的にはあり得ない話じゃないですか。

不食人間に詳しい医師の話によると一種の特異体質とのことですが、特異体質で済ませる問題ではないでしょう。
水と光だけで必要なエネルギーを作り出していけるわけ?
植物でさえ、大地の栄養分を吸収して生きていますのに。
百歩譲って、水と光からエネルギーを作り出せると仮定するにしても、植物には光合成能力があって、葉緑素というのを基本的に持っていますわね。
テレビに出ていた不食人間は別に肌が緑色というわけではなかったし、見かけ上、普通の人間と変わりませんでした。
一体、どうやっって元素変換しているのでしょうか。
低温核融合反応でしょうかね。

中国医学のバイブルに黄帝内経という古典がありますけど、その書によると、ヒトは三分の一が自然界からのエネルギー、即ち「気」を吸収して生きているのだそうな。残り三分の二を飲食物から摂るエネルギーで賄うことになっているとか。
逆読みしますと、修行かなんかで、徐々に食事を減らし、自然界のエネルギーのみで生きられるようになると、“霞を食って生きる”といわれる仙人になるのかな、と思ったものです。所謂、神仙の術っていうやつですね。
テレビでの紹介が本当だとすると、仙人とは特異体質の持ち主ということになるのですが、本当に存在したことになる?信じられないですね~、仙人は実在した!って。

食事というのは単にエネルギー補給だけではなく、現代では楽しみの一つです。
ストレス解消の手段としても重要です。
ということは現代で仙人体質を発現しようと思えば、完全にストレス・フリーの状態にしなきゃならないってことです。むしろこっちのほうが難しいかも、です。

施術家の立場でいえば、人体にはまだまだ現代科学では解明できていない未知な部分もあるし、気の存在も信じるし、科学的分析だけが真実であるとは思っていません。
しかし、単なるカルト野郎でもありません。あまりにも突飛なことを言われると、疑いたくなりますよ。

仙人は「不食」であることの他に「不老不死」を体現していなきゃいけません。
明治の頃、日本にいたといわれる不食人間(女性みたいよ)は特に群を抜いて長命であったという記録はないみたい。
本当の意味で不食である、ということではなくて、エネルギー効率がムチャクチャ良いというまさに特異体質なのかもしれませんねぇ。
ギャル曽根の逆バージョンっていうところでしょうか。
これだったら何となく分からなくもないです。
人類は飢えとの戦いでしたからね。数百万年の歴史の中で突如として、飢えに極限まで強い個体が生まれたとしても不思議ではないでしょう。
遺伝子の中にそういう極限的省エネ体質を発現するコードがあるのかも知れません。
将来、遺伝子治療が発達して、誰でも望めば、そういう不食体質になれる可能性もありますが、それが寿命とさほど関連性がないのであれば、金持ち階級はその治療を受けることはないでしょうね。食うにも困る貧乏階級がこぞって受けることになるでしょう。
だって、食事は楽しみの一つなんですもの。

被支配者である貧民階級が不食体質を持っていて、支配者である金持ち階級がそういう体質を持っていないという将来は興味を掻き立てられます。
「不食人間」対「要食人間」。新たな階級闘争の始まり。
時間があればこれを題材にしてSF小説のひとつも書きたいくらいだなぁ。

| | コメント (0)

向かない仕事

前にブログで約束したように、足脈についての拙論をHP上に載せたいと思い、動画で右往左往していたのも一段落したこの日曜、その仕事に取り掛かりました。
ところが文章を写すだけのこの仕事。やり始めた途端、嫌になっちゃいます。
とにかく面白くない。文章を作る分には時間を忘れ、フト気がつくと5時間や6時間、簡単に過ぎ去ってしまいますのに。しかし文章を写す仕事はダメですねぇ。ほんの10行で嫌になりましたよ。
というわけで、少しずつやることにしました。だって、休日ですもの。嫌なことしてたら、休まんないじゃないですか。

えっ?スキャンしてPDF化すれば良いって?
そう言うと思いましたよ。動画を編集できるのに、そんなことくらい出来ないわけがないってかい?(何気に自慢している亜美之介でした)
ところがですね、ほんのちょっとずつ直す箇所があるのです。
だから、そのままスキャンするわけにはいかないのでした。
結局、一から写し直しです。大半がそのままの文章なんですけどね。

事務系の仕事は向かないなぁ、やっぱり。
施術も嫌になることがありますが、そういうときは必ず、事務的かつ作業的ですものね。
そこに創造的、或いは想像的要素が入ってくると嫌にならないのですが、どうもサイクルがというかバイオリズムがあるようで、コントロールするのに四苦八苦します。
(これはマリリンさんに対するコメント返しになるかな)

さて、今日の晩飯。休日は栃木の御用米水田でとれたコシヒカリを食うことにしているのですが、米をといで浸しておくのを忘れてしまいました。今からなら面倒っちぃ。
コンビニ毒毒弁当を休日まで食う気はしないし。
冷蔵庫には何故かケチャップが大量にあります。
スパゲッティ・ナポリタンでも作りましょうかね。
(それも尚面倒かな)
まっいっか!お腹の空き具合で考えよう。

| | コメント (1)

動画URL

http://www.youtube.com/watch?v=4OrAqgScacM

上記が動画へのアクセスURLです。

”差し出がましいですが”さんが見つけ出し、コメント欄に載せていますが、コメント欄での表記は直接クリックで飛べないんですねぇ。

ということで本文中にコピペしました。ワンクリックで飛べますよ。

ワンクリック詐欺じゃないから大丈夫。ユーチューブだも。

| | コメント (2)

動画アップ!

三水会の前日に動画が完成!!(間に合った!!)

そして、なんと!大手動画サイトに投稿してしまいました。

いや偉いなぁ~ボクって!独力でやってのけたのですよ~。

こういうの詳しい人ならいとも簡単にできるのでしょうけどね。

今回はテストケースでしたが、編集機能やアフレコ機能の使い方が分かっただけでも大した進歩です(出来はともかくとして)。

そのうち、HP上にリンクを貼ります。

ノーナレーションなので解説文もHP上で公開したいと思っておりますよ。

このブログにもリンクは貼れるのですが、今ちょっと時間がないんで、観たい方はもうちょっと待ってくださいね。

まあ、なにはともあれ目出度いわ。

| | コメント (2)

動画

さすがのIT音痴である亜美之介も最近のトレンドに乗って動画でもアップしようか、と取り組んでいます。
(その前に写真だろ!おまい!)という声も聞こえてきそうですが・・・・
そんなわけで、ブログの更新がご無沙汰になっておりました。
一つのことが解決しないと、中々ブログを熱心に行えないという変なクセがあるのですが、
ブログというのは日記ですからホントはそういうものじゃないのでしょうね。
でも仕方ありません。そういう性格なのですから。

しかし、動画は苦労しておりますよ。
何で?何で取り込めない!
そんな基本的なことからアズッてます。
(アズるというのは北海道弁かな?空転して前に進まないという意味)
マニュアルを読んでも、語句の意味が分かりません。

「本機でDVDをファイナライズしてください」
なぁ~んだ、ファイナライズかぁ。ファイナライズすれば良いのね~。
ところでファイナライズって何だ?
とまあ、こんな調子です。

一番困るのは手順どおりやったつもりでも、全然、その通りにならないということ。
九九も知らないのにいきなり因数分解をしようとするようなもんですかね。

ここは粘り強いK女史にお願いするしかないのですが、K女史は忙しいらしく中々相手にしてもらえません。(最近はパソコンをみると吐き気がすると言っていますよ)

明日、休日ですので、ゆっくりシコシコと取り組むしかないです。
でも自信がないなぁ(超弱気)。

なんだってこの歳で新しいことに取り組まなきゃいかんのだ?
昔なら、50年も生きてきたら充分その経験だけで対応できたものを・・・
まあ、ボケ防止に良いのかも、です。

ということで「足首の拘束リリース」というわずか5分ほどの作品がアップロードされるかどうか・・・ああ、神のみぞ知る・・・

| | コメント (5)

肝腎要(かんじんかなめ)

肝機能に異常数値が出たとき、すでに肝臓の80%は機能していないのだそうです。
腎臓に異常数値が出たとき、すでに50%は機能していません。

ただし両者に違いがあります。
肝臓の場合は再生力がメチャメチャ強いので、節制することによって、元に戻ることが多い。それに対して腎臓は再生力がない。つまり、そのままか、悪くなる一方か、まあ、どちらかです。

先日、テレビで腎臓に関する実に興味深い特集をしていたそうです。
残念ながら小生は見逃してしまいました。
観た人の話によると、腎機能低下と診断された人の病気の発症率、5年以内に脳卒中、心筋梗塞が発症する割合24%、腎不全が1%とのこと。
これは実に興味深い。
東洋医学での「腎」は非常に広い概念を含んでいて、単に「腎臓」という臓器を指すものではないということはご存知のことと思います。
腎機能が低下することによって起きる症候群を示した概念だと言えなくもないわけです。
期せずして、それが証明されたような統計ではないでしょうか。
腎機能低下は動脈硬化を加速させます。
それによって血管系の疾病がおきやすくなるのでしょう。

東洋医学での見解は、先に「肝」に邪気がたまり、邪気が内向し、深くなると「腎」に移行してくるとしています。
これもなんとなく分かりませんか?
一般論としては述べたように肝臓には強い再生力がありますから、肝炎に罹っているとか、無防備なライフスタイルを送らない限り、大事には至りません。
ところが腎臓は実に治りづらい、しかも、一見、腎臓とは関係がないような血管系の疾病リスクが高くなるわけでしょ。
どちらの病が深いか?
あくまで一般論ですが、腎臓であることは明白です。
そういう意味で邪気の内向度で言えば、「腎」のランクが高くなるわけです。

現在、日本には治療を要するほどに機能が低下している腎疾患者は500万人いると推定されています。ところがこのほとんどが本人も気づかず、治療はもとより、節制すらしていないのです。これだも、脳卒中や心筋梗塞が減らないはずだわ。
国民皆保険制度がある日本においてさえ、そうなんですよ。ましていわんや他国においてをや。

肝臓も腎臓もその機能の相当部分を失わない限り、自覚、他覚症状が出ない、という意味でも肝腎は要なのでした。
そして面白いことに省略系の古典経絡では両者(肝経、腎経)とも足に走行しているとしていますね。
さらに腎経に至っては唯一、足裏に配当させています。
正穴では「湧泉」一箇所。
鍼をこんなところに打つことはまずないわけですから、ここは手技を使ったものかと思われます。

いずれにしても、肝腎の要が省略形においてさえも足に走行を認めたという古人の知恵を生かさない手はありません。
結局、肝腎が要であるならば、足もまた肝腎の要なのですから。

※現在、肝心と表記することが多くなっていますが、もともとは肝腎と書きました。
誤記する人が多いため、肝心も有りだということになって、さらに、標準的には肝心にしようと決めたようです。繰り返しますが、本来は肝腎が正しいのです。

| | コメント (0)

悪性リンパ腫

先日、腎臓病が専門である内科のドクターがクライアントとして来られました。
人工透析の草分けといいますか、その道の権威といいますか、随分と長く医師として活躍してきたようです。
今は引退し、悠々自適の様子。
大きな透析センターの院長を歴任されたそうで、偉ぶらず、穏やかな人柄の良い先生です。
紹介者の話によると、患者さんからの人気も高く、引退した今でも前の患者さんから頼りにされているとのこと。
なるほど、さもありなん!という感じの紳士なのでした。
その先生の奥様が最近、悪性リンパ腫に罹り、その顛末を教えてくれる機会を得たのですが、ドクターであるその先生が驚いたという話です。

「僕の若い頃は悪性リンパ腫なんてのは不治の病の典型でね、もうそれに罹ってしまったら命はないものと諦めなければならなかったのですよ。しかし、今は違うんですねぇ。驚きましたよ。ここ5年くらいで治療法が劇的に変わって、もう治る病気になっているんです」
「はあ、そうなんですか」
「そう、治癒率が95%ですよ、人間60歳にもなると、なんの病気がなくとも5年以内に死ぬ確率は5%くらいはありますから、95%なんていうのは、ほぼ全治する病気と言っても過言ではないねぇ」
「そりゃ凄い!どういう具合に治療法が変わったんですか」
「数種の抗がん剤と免疫療法でね、組み合わせをするようですね」
「新薬ですか?」
「まあ新薬といえば新薬です、ここ5年くらいの話だそうです。幸い、保険が利く治療法になったのですが、保険適用の薬の中では一番高いんじゃないかな。保険が利いても一回あたりの治療費が8万5千円もかかってビックリしました。保険が利かなかったら30万ですよ」
「結構しますねぇ。命には代えられないですけど」
「まあ、そうです。それにしてもこの療法は面白い性質を持っていましてね、悪性度が高いほどよく効く。妻は2番目に悪性度が高くてね。これはラッキーだなんて・・変な話ではありますね」
「お元気になられたのですか?」
「お陰さまで・・今のところガンは完全に消えています」

概略ですが、こんな会話が交わされました。
医師でさえ、専門が違うと最新医療の現状を知る機会というものはありません。
(勿論、この先生、腎臓病に関しては最新中の最新医療を知っているのでしょうけど)
ましてや素人はその病気にでも罹らない限り、治療法の劇的な変化を知る機会など滅多にあるものではないでしょう。

我々自然療法家が訴えられ、裁判に負けるケースを精査してみると、基本的には、正規の医療を受けさせる機会を奪ったという理由が多いものです。
技法や考え方が違法であると判断されたケースはないはずです。
(当たり前ですけど)
いくら医療不信があるとは言え、全ての病気についての最新知識を持っているわけではないはずですから、専門医の受診を薦めることは当然として、自身もアンテナをはって、知識の向上を図らねばなりません。
クライアントの医療不信に乗じて、いたずらに施術を長引かせることは厳に慎まねばならないわけです。
専門医にかかった上で良き相談役という役割もまた担う必要がある所以です。

しかし5年前というと、小生はもうすでに麻布に来ていました。
ほんのちょっと前という感覚です。5年前なら助からないものが、今なら楽に助かるというのも凄い話です。

この仕事に関わってから悪性リンパ腫で亡くなった方が4人います。
そのうち一人はまだ子供が生まれたばかりという青年でした。
あ~今なら・・・と思い起こしました。
直接、施術し接しているだけに悔しい思いもするのですが、「寿命とは天命である」とは蓋し至言ではあります。

| | コメント (2)

健康食品やその他色んなこと

研究者は論文発表マシーンになれなければ生き残っていけないのだそうです。
既説を覆して新説を発表する、そうすると、また誰かが新説を発表してそれまでの説を否定する・・・とまあ、その繰り返しです。
科学の進歩とはそうしたものか、と納得することも出来なくはないのですが、これが直接健康に関わってくる分野ですと、ちょっと問題です。
健康食品などの成分はそのいい例だと思いますよ。

ちょっと前にβカロチンという物質が注目を浴びました。
当然、その成分を使った健康食品も出回ったわけです。
フルフォード博士によると、こうしたものは鵜呑みにできないので、自分の身体で試してから、評価するということでした。
で、試した結果、単に身体が黄色くなっただけ・・・それだけだ、と著作の中で述べております。

最近のニュースを読みましたら、なんでもβカロチン単独の摂取は癌を誘発するとの研究が発表されたそうです。
勿論、単独かつ大量摂取が条件になりますので、ニンジンやカボチャが健康に良いことには変りがありません。
しかしね~、あれだけβカロチン、βカロチンと騒いでいたものが、「発がん性」ですよ。
一体なんだったんだ?と呆然としてしまいますね。
小生、ニンジンが嫌いなので、無理してβカロチンいっぱいの飲料を選んでいましたのに。
でも、またその説も否定されるかもしれませんし、よく分かりません。

昔のヨーロッパでは煙草が健康に良いと信じられていました。
それで、小さな子供に無理やり吸わせていたんです。
小さな子は当然、そんなものは吸えないですよね。
そこで、教師が学校で煙草の吸い方を指導していたんですよ~。
吸えるようになった子は優等生、いくら教えても吸えない子は劣等生!
現代人はそれを笑うことができますが、百年後の人々から笑われるような間違ったことをしていないとは断言できませんよね。
体内に入れるものはあまり新奇性のあるものとか、臨床数が少ないものは止めたほうがいいかも、です。
自然界に存在しないもの、つまり人工的に合成されたものや、自然界に存在していたとしても純粋に精製されたもの、これらは色んな意味で気をつけたほうがいいのかも知れません。

でももう少し経つと食糧難と水不足の深刻な危機が世界中をパニックに陥れるはずですから、そんな贅沢なことを言ってられない時代がくるでしょう。

日本の食糧自給率が4割を切ったと報じられていますが、日本の中でも東京の食料自給率はなんと1%です。
本格的な食料の争奪戦が世界中で起こり、日本がそれに負けたら、100人のうち99人の東京人が飢え死にしなきゃいけないことになる。

小生、個人的に思うのですが、どう考えても、食料になるものを車の燃料にするなんて、納得できないわけ。
実際、とうもろこしを主食にしている貧しい国の人々が高騰のあおりで食べられなくなっているじゃないですか。
世界が今、負のサイクルに突入しかけているような気がしてなりません。
国益と国益がぶつかり合って、共通の危機に対応できる環境にはないわけですから、コンビニ弁当であろうと、健康食品であろうと、今から慣れておいて耐性をつけて置くしかないのかなぁってさ、思ったりもして。

しかし不思議な世の中ですよね。最新の光ファイバーでネットワークされていながら、毒の入った餃子を食わなきゃいけない、なんて。

さて、お腹が空きました。
これから、コンビニに行って、毒餃子とおにぎりモドキを買って食べますか。
ホコリで汚染されたコンビニおでんもいいな。
(これときどき蕁麻疹が出るんだよねぇ)
耐性をつけなきゃ。
生き残ってやるぞぉぉ~!!

| | コメント (0)

乳製品

牛乳を筆頭に乳製品を批判する食養家が多いようです。
理由は散々聞かされているのですが、主なものとしてはラクトース分解酵素が日本の成人にはない、つまり、栄養とすることが出来ないものなのだとか。
それどころか、カルシウムが排泄されてしまい、カルシウム摂取が目的なのに、かえってカルシウム不足に陥るというものです。
その他、様々な理由が列挙され、中にはアメリカの陰謀説まで唱える人もいます。
そこまで批判されてしまうと、さすがに牛乳大好き人間の小生としてはグラついてしまいます。(人の意見に左右されやすいのかなぁ、事実、牛乳で作るホットココアが大好きなのですが、今期の冬は一度も作っていません。冬の夜の楽しみの一つでしたのに)

しかし、先日、百歳を越えた人々に共通する習慣は何か?というテレビ番組を観ていたら、ナント!牛乳を毎日飲むという習慣があると答えた人が上位を占めていました。
これもテレビ局と政府の陰謀なのでしょうかね。
また、全国でも有数の長寿地域である長野県は牛乳消費量がこれまた全国で一位、二位を争うのだそうです。

むぅ~、これは一体どうなっているんでしょ?
陰謀史観を持つ人たちは、これらは全部陰謀である、若しくはデータ改ざんであると断じることでしょう。或いは例外的な分解酵素を持つ人だけが、恩恵に浴することができるとか・・・

小生がチビッコの頃、町に一軒だけ牛乳屋さんがありましてね。
その頃は豆腐を買うのもそうなんですが、牛乳も器を持っていってそれに入れて貰うんです。そんな買い方の時代でした。
一升瓶を持って行って牛乳を入れてもらい、買ってくる役目が小生。
なにせチビッコですから、一升瓶がとてつもなく巨大に感じましたね~。
落としたら大変なことになります。必死で落とさないように家まで帰ったものでした。
そして、家でその牛乳を沸かし、ホットで飲んだときのあの美味さったら、未だにその甘い香とともに鮮明に覚えております。
なんの知恵もないチビッコである小生が美味いと感じるわけですから、これは知識ではなく、本能でしょう。本能的に美味いと感じるものは毒であるわけがないと思うのですが・・

現在、小生はコンビニ弁当のプロです。(毎日食っているという意味)
防腐剤と防カビ剤の塊だと言われて久しいあのコンビニ弁当です。
これは不味いですよ。美味いと思って食べたことがない。食べなきゃ身体がもたないので食べているだけのシロモノです。
どうしたらこんなに不味く作れるのだろう?と疑問に思うほど不味い。
食品添加物はやはりある種の毒だと身体(味覚)が教えてくれているものだと思います。
化学調味料も便利ではありますが、変な後味が残ります。
これもあまりよろしくないという本能的なシグナルなのでしょう。
牛乳にはそういうシグナルを感じないのです。
(若しかしたら小生、例外的なラクトース分解酵素を持っている日本人なのかもしれません)

話しは変わりますが、コンビニラップに巻かれた三角おにぎりがあるじゃないですか。
あのおにぎりの海苔が妙にパリパリして高級っぽい感じがしたものです。
でも、どうも変だな~という感じがして、実験してみました。
ラップを外しましてね、あらたに家庭用のラップに包み、レンジで温めてみたんです。
そうしましたら、もはや海苔と呼べるシロモノじゃないものに変わっていました。
あれはなんと表現していいのか・・・藁で編んだ繊維状のものに味付けをしたような、なんとも言えないものですよ。あれは詐欺だな。海苔もどきです。
どうりで、おにぎりに関しては「温めますか?」とは聞かないはずですわ。

もっとも、身体に良いはずのシイタケでアレルギーを起こす人もいたり、蕎麦に至っては死ぬ人までいます。
食品に関してはかなり個別的に考えなければならないのでしょう。

中国毒々餃子の例もありますから、なんか変だなぁとか、不味いなぁ、とか思ったら自分の味覚を信じるべき時代に逆戻りの感がありますね。原始人と同じだ。
ハイテク時代なのに、本能を磨かないと身を守れない変な時代ではあります。

| | コメント (2)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »