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纏足(てんそく)

(一)

纏足には興味がありました。
遡れば、昔々パールバックの「大地」という小説を読んで以来かな。

なんだってわざわざ、まともに歩けないほど、足を小さくする必要がある?
美人の条件?なんておバカな話なんだろ。
まあ、興味と言ってもそんな程度の認識ではありましたけど。

昨日、受講生の方に「纏足」(小学館文庫)という小説をお借りして、あまりにも面白くて、一晩で読んだのです。

作者はフウ・キサイ(漢字変換できません)日本での初版は1988年だそうです。
知らなかった・・・こんな小説があるなんて・・・

この時期、中国でこんな小説発表したら、大変だったろうな、と思ったら案の定、結構、作者は批判にさらされたらしい。
なにせ、纏足は中国の文化的恥部ですからね。

それにしても、纏足については、この小説一冊あれば相当な通なれることは間違いないですよ(別に通になる必要もないか)。
注意深く読めば纏足のやり方まで分かってしまうくらいです。

この「纏足」という小説。興味本位で読み始めたのですけど、色んな意味で考えさせられますよ。「ローマ人の物語」のような読後感があります。

ある種のせつなさ、悠久たる歴史への憧憬、移ろいゆく時代の変化、その狭間の中で翻弄される人間達、とまあ、カッコ良く言えばそんな感じです。

俗なことをいえばフェチの極限も描写されていて実に興味深い。
簡単に言えば、元祖足フェチなんですけど、全く理解できなかった分野でしたが、男共が大真面目に纏足の薀蓄を語ってたりしてね。

醜悪の極みかと思いますが、さすが中国四千年。全く厭らしさがない。
というか、たかが纏足鑑賞くらいで、ほとんど学問の域に達しているのは笑えます。

なるほど、纏足の歴史にはこうした鑑賞能力がある男共の薀蓄もあずかっているところ大だったんだなぁ、とか思います。

最近、読んだ本の中では出色です。
足揉みを生業にしている者としては興味の尽きないこと請け合い、です。

はたと思い至りますもの。
なんで正当中国医学は足を無視してきたか・・・
無視したんじゃなくて、出来なかったんですねぇ。

纏足女性に足の施術は無理ですわ。
纏足していない女性もそれが引け目で足は見せられないですもの。
機会がれば是非読んで見てください。

(二)

“皆さんも是非読んでみて下さい”で結びました。
しかし、実際、わざわざ買い求めて読む方は少ないと思いますから、かいつまんで面白いと思ったところを説明しますね。

よく小生も使いますけど「絶品」という言葉があるじゃないですか。
ここのツクネは絶品ですよ~とか。
この「絶品」という言葉、もともとは素晴らしい書画に対する評価ランクの一つなんですって。

全部で四つのランクがありましてね。
下から言うと、

「佳品」(カヒン)
「絶品」(ゼッピン)
「神品」(シンピン)
「逸品」(イッピン)

こんなこと知らずに使っていました。
「絶品」よりまだ上があったとはねぇ。

逸品もよく使いますよね。これが最高ランクなんて知っていました?
同じイッピンでも一品のほうが一般的かな。天下一品とかね。

でもこれは和製漢語。
意味はよく分かります。「天下に並ぶものなし、ただ一つの品」ですから。

しかし正式な評価基準の漢語は「逸品」が正しいわけです。
「もはや、書画とは呼べない何か。書画の分類から逸脱している品」という意味なんでしょう。

日本では余程、漢学の素養がないと使わないのですが、「佳品」という言い方はありますね。

時々、俳句の選評欄で見かける言葉です。これはどちらかというと「佳品」より「佳作」の方が一般的です。今度「佳品」という言葉を見つけたら、ほう~と感心しましょう。

「神品」が序列第2位というのは意外ですね。纏足の登場人物もこの「神品」こそ最上位にすべきだと言っています。

ただし「神品」というのは「神が創った品」という意味ではありません。
「その技、神(しん)に入り・・・」ということなんです。中国思想には唯一絶対神という概念はありません。だから、キリスト教的な解釈だと意味を取り違えてしまいます。

あくまでも人間が作って、その技術に神がかり的な何かがある、という意味です。
そういう意味でも「逸品」のほうが、人間以外の何かが創ったということを暗示しているのかもしれません。「逸品」が最上位に置かれるわけです。

「絶品」はこんな作品は絶えてもう二度と出ないだろう、つまり絶後という意味。
これも相当な誉め言葉だと思いますが、序列3位ですもんね。

先生の施術は絶品です、と言われても、そうか三番目か・・・と益々修行に励まなきゃいけません。

というわけで妙なところで感動してしまいました。

しかし、たかが纏足を愛でるというだけで、こんなことまで持ち出さなくていいだろうに・・と思うのですが、そうではないんです。

纏足評価のことを「蓮学」といって、ある女性の纏足を評価するのに、相当な素養というか、周辺知識というか、所謂「学」がないとダメだったみたいですよ。

「蓮学」の道に通じた、なんていわれると、男としては非常に栄誉なことだったらしいのです。纏足という摩訶不思議な奇習が一千年以上も続いた背景には、こうした評価者の地位が高かったというのも理由の一つなんでしょうね。

何でも「学」にすりゃ良いっていうものじゃないでしょうに。現代で言えば、「巨乳学」もありになって、フェチは全て学問になってしまいかねません。

ところで、日本は歴史上、中国文化、制度に学ぶところ大でしたが、この纏足と宦官制度、そして科挙制度だけは頑として取り入れませんでした。

かと言って、「お歯黒」という超気持ち悪い、かつ健康を害する奇習を独自に発展させたのですから、あんまり他所の国の文化を笑えた義理じゃありません。

(お歯黒と纏足、どちらが健康に悪いか。確たる証拠はないのですが、平均寿命で言えばお歯黒のほうが、分が悪いようです。纏足してお歯黒すれば史上最強であることは言うまでもありませんが、歴史上、そういう人物がいないのは残念というか幸いというか・・・)

ヨーロッパのコルセットでウエストを40センチに縮ませて、纏足して、お歯黒して、日本の帯で横隔膜を締め付けると、昔流の美人が出来上がります。

さらに首にワッカを何重にもはめて首を長くし、下唇をこれもまたビローンとワッカで伸ばし、ついでに耳たぶを20センチほど長くすれば世界基準で美人です。

身近な女性で想像してみてください。決してソバにいてほしいとは思わないはずですから。

ではこんなのはどうでしょう。
補正下着でビチビチに締め付け、タイトなスーツを身に付けます。耳に穴を空け、シックなピアスを通し、さらに10センチはあるピンヒールでまとめます。
(とどめは化学薬品で染めたややブロンドがかったヘアー)
百年後、人々は眼を背けるかも知れません。

他所の国の人のことも昔の人のことも言えた義理じゃありません。
美人の基準の変わりようは人間の感性の七不思議の一つですよね。

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