« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

小説「チャングム」を読んで

(一)

チャングムとはご存知、韓流ドラマ「チャングムの誓い」の主人公の名。
一世を風靡しましたね~。

小生、幾人もの人達からこのドラマの面白さを伝えられ、観るよう薦められました。
しかしどういうわけでしょうか、主人公が可憐な乙女で、かつその主人公が意地悪されたり、イジメにあったりする設定が馴染まないのです。最後、乗り越え、立派になると分かっていてもです。

ですから、2回くらい観まして、もういいや!でパスしました。
DVDが出ても借りる気も起こらず、最近ではネットで無料配信されたらしいのですが、それも素通りでした。

それでも、少しだけ気になっていたのは東洋医学や薬膳などがドラマの背景になっているということです。何せ、朝鮮では最も成功した実在の医女の物語なのですから。

さて、GW前、スタッフが気を利かせたのでしょうか、GW中の読書として、このチャングムの原作本を貸してくれて休暇に入りました。
003

(クリックで拡大できます)

(う~む、チャングムか・・どうかなぁ~読むかなぁ、まあ、暇だったら読むかもしれないなぁ)程度の気持ちでした。

文庫本で三冊。手にとってみると、ちゃんと三巻目で完結しているようです。
(あんな長大な物語が大きめの文字を使った文庫本三冊で収まるのか?)
という素朴な疑問が芽生えました。

ハードカバー本なら、少々厚くすれば一冊で収まるはず。
それほど長いものではありませんから、まあ読んでみようか、の軽い気持ちで読み始めたわけです。

すると、驚きましたねぇ。
場面展開の早いこと。それと巧みなストーリー構成力。

原作者はキム・サンホンという人なのですが、作家として並の才能ではないようです。
訳文もこなれていて非常に分かりやすい(米津篤八訳)。

(あれ、自分が観た2回分のシーンがないぞ)
そう、「チャングムの誓い」というドラマはこの「チャングム」という小説に基づいて作られているのですが、ドラマ化にあたり、原作にはないエピソードを付け加えているようなのです。

小生が心配した意地悪シーンも原作ではそれほどネチネチとページを割いているわけではありません。それでいて強烈な印象を残しています。

なるほど!小説としての出来が良いから、ドラマ化したんだなぁ、ということがあらためて分かった次第。あっと言う間に読み終わりました。

面白いですねぇ。あらためてチャングム!
実にタメになります。こういう仕事をしていると特にそうです。

背景にある東洋医学もよく調べて書いているなぁ、ですよ。
物語自体の面白さもさることながら(だから一気に読んだのですが)、東洋医学が軸になって進むところは圧巻です。

具体的な処方はどうでもいいのですが、その思想というか、考え方をチャングムが一人で体現しているかのようです。

一人の心根の優しい女の成功物語として読んでも、東洋医学思想の源泉として読んでも、また朝鮮医学の歴史モノとして読んでも、面白いことには変りがありません。
それぞれが感じとれば良いわけです。

その面白さを全部伝えることなど出来るわけがありませんから、例によって、どうでもよいような面白いことを、解説付きでご紹介したいと思います。

三巻目に出てくる「相思病」という病。
これは面白く示唆深い。

(二)相思病

ドラマをご覧になっていた方はご存知なのでしょう。
小生、浅学にしてこのような証(相思病)があるとは知りませんでした。

まずは小説のくだりを抜書きします。
ちょっと読んでみてください。

「殿下、恐れながら申し上げます。“思即気結”とは即ち、思いが過ぎれば気が減り固まり、循環が悪くなるという意味です。特に思いが過ぎると消化が悪くなり、食べ物を見ても食欲が湧かず、感覚と感情の全てを一人の人間にのみ、向けることになります。それが酷くなると、目はうつろになり、歩いていてもつまずくことが多くなり、腑抜けのようになってしまうこともあります」

「話を続けてくれ。これまで寡人(私)の胃腸病を正しく見立てた医員や医女はおらず、歯がゆかったのだ。チャングムが来てくれて幸いだ。遠慮なく寡人の気掛かりを解いてくれ」

「分かりました。相思病にもっとも効く治療法は、胸に結ぼれた気を解いてやることです。心と脾の臓に鬱滞している精気を解きほぐし、循環を正常に戻してやるのです。簡便な治療法として、殿下に強い衝撃を与える方法がありますが、これははなはだ不敬であり、正式な処方とは申せませんので、煎薬と黄土銀球丸(おうどぎんきゅうがん)で治療を施せばよろしいでしょう」

「黄土銀球丸?初めて聞く薬剤だが、どんなものだ?」

「黄土、つまり黄色くて細かな、食すこともできる土で小さな丸薬を作り、その上に銀を載せてよく乾かしたものを服用します。相思病に良い効果があります」

さて、背景を言えば、中宗という新国王(後にチャングムを寵愛する人柄の良い王)と謁見した際に一発で国王の病態を見抜いたわけです。それが相思病なのでした。
チャングムが説明している通りです。

国王は愛していた妃を政治的な問題で追放しなければなりませんでした。そのことがいつも頭にあり、チャングムのいう「感覚と感情の全てを一人の人間にのみ、向けることになります」状態が続いていたわけです。

こういう状態というのは愛する者との別れ(生別、死別問わず)があるときに生じやすいものです。

また恋患(こいわずらい)や失恋でも起きるでしょう。
ナント!東洋医学は失恋でも恋わずらいでもそのような状態に陥ったなら、病気と見なすのです。そして治療法があるわけですよ。

あ~小生も若かりし頃、失恋で酷く食欲を失い、腑抜けになったことがあるのですが、そのとき「黄土銀球丸」を知っていればなぁ~。
(日本では売ってないでしょうね。食べられる黄色い土の上に銀を載せるんですよ!)

なるほど相思病とはよく言ったものですね!
相手を思い過ぎる病なのですから。

続いて、下線部に注目してください。
簡便な方法として、殿下に強い衝撃を与える方法・・とあります。

これ以降、小説ではそのことに触れていません。黄土銀球丸以外で簡便な方法があるって言っているわけです。これは知りたいですね。

小生の推測に過ぎませんが、二つの可能性があるのではないか・・・と。
一つはヘンセキと言われる瀉血法。

ヘンセキは滞った悪血を直接メスのようなもので傷つけ、血を出して取り去る方法です。
玉体から血を出だすというのははなはだ不敬な話でもありますので、この表現にも合致します。

もう一つの可能性は、術者が国王の背骨に膝を当て、喝!!と言って気合を入れる方法です(よく武道で失神した者を目覚めさせるのにやるでしょ)
これも玉体に対して行うには不敬な方法です。

さて、どちらが可能性として高いでしょうか?
正しい処方ではない、という表現も出てきます。このことも考慮にいれれば、ヘンセキは中医学の中では柱の一つです。これを不敬であると言えても、正しい処方ではない、と言えるかどうか・・・

また精気の鬱滞のことを主に述べていますので、ここに悪血除去の方法論の入る余地があるかどうかの疑問も残ります。

では喝!!の方はどうか?
心と脾の反応部位はまさに胸椎にありますから、この方法かもしれません。

後でまた例を出しますが、当時、すでに手技や体術は医の中では非常に低い役割しか与えられていません。ですから正式な処方ではないという表現にも合致します。

Photo
ふ~む、どうやら、整体的な方法論を言っているような公算が強いですね。

チャングムの手技法観についても述べられているところがあります。

(三)チャングムの手技法観

第2巻にチャングムの抱いていた手技法についての考えを端的に述べている箇所があります。これも原文を抜書きしましょう。

「・・・しかし妙だな。お前を疑うわけではないが、わしは時々ここの医員を呼んで診てもらっているが、中風だとか言われたことがない。時折首が凝ったと言えば首を揉んでくれて、補薬を処方してくれる程度だ。・・・」

「医術に長けた者でも、それぞれ見立てと処方が違いますから、そんなこともありましょう。ですが、首が凝っても、むやみに揉むことはお勧めできません」

「だが、首を揉めばすっきりするぞ。そのどこがいかんのだ」

「首を揉んですっきりすると、それを繰り返すことになりますが、繰り返していると首の骨を支える筋肉がゆるみ、骨に異常を来す恐れがあります。もしや県令様はうつぶせになって首に指圧をうけましたか?」

「ああ。座って指圧を受けることもあるが、普段はうつぶせだ」

「こちらの医員の悪口を言うわけではありませんが、そのようにして指圧を続ければ大変なことになります。まかり間違えれば、体が動かなくなり、全身が麻痺するかも知れません。指圧は一時の方便に過ぎず、治療が目的ではないのです。首の後ろが凝ったのは、様々な理由で血行が悪くなっているからです。根本から治療すべきです」

「首を揉むのはそんな危険なのか・・・・」

「はい」

「わかった。お前の言うことを聞くから、治療を頼む」

さて、チャングムは官婢の身分に落とされ、地方へ追放されました。ある県令(県知事みたいなものか)との初対面でやはり、その県令の病態(この場合、未病)を見抜くわけです。

県令は自分では健康だと思っていたのですが、チャングムの指摘が心当たりあるらしく、聞く耳を持つに至りました。そして以上のような会話が交わされたのです。

まず「指圧」という言葉を使っています。過去ブログでも述べておりますが「指圧」という言葉は大正時代に作られた純然たる日本における造語です。

原作者は韓国の人なのですが、韓国でも指圧という言葉が一般化しているのか、この言葉を使ってしまっています(或いは誤訳かも)。

チャングムの時代(16世紀)では適当ではありません。その頃でも使われていた言葉としては「按摩」が正しいのではないでしょうか。

それはさておき、この部分を一読すると、読者に誤解を与えかねないのではないか、と思うわけです。

手技はあたかも、一時しのぎで根本的解決にはならない、ということになっております。
それどころか、続ければ害になるとも・・・

実はこのような手技のことを慰安娯楽の手技として、厳しく指摘しているのが増永静人師なのです。やたら、症状を攻めるのはよろしくないと。

首が凝ったら首を揉む、肩が凝ったら肩を揉む、このどこがいけないのか?という開き直った反論に対して、増永師は難しい表現でたしなめているのですが、チャングムの論は分かりやすいものでしょう。

ただ、この説明だけでは手技そのものも否定しているような印象なので、小生が取り上げる動機となりました。

背景を少し考察してみましょう。
チャングムの時代、燕山君というとんでもない悪王がいて、この王は毎夜、酒池肉林、贅沢の限りを尽くしておりました。

なにを思ったか、宮廷内の医女まで宴会に狩り出し、お酌をさせることを思いついたのです。正式な医学を修めた医女にとってはタマッたものではありません。

現代で言えば白衣コスプレのキャバクラ嬢になったようなものです。
脂ぎったスケベオヤジが宴会の中で身体を触らせるのに絶好の機会ではあるでしょうね。

ヘタに医学を修めているのがアダとなります。ツボどころを知っているのですから、首を揉めだの、肩を揉めだの、腰を揉めだの、無理難題を吹っかけてきたでしょう。

できればそんなところへ出席したくないのでしょうが、国王の命令に逆らうわけにはいきません。そもそも酒を飲んで身体の触りっこなどしていてはろくなことにならないのは目に見えています。

こうして、医女たちは医学研鑽の時間も奪われ、次第に格が下がっていったわけです。
ですから、医学を修めた者にとって、手技は賤技にも等しくなります。プライドがズタズタです。

この習慣は燕山君の治世が長かったため、朝鮮全土に広まりました。
手技に対するあからさまな偏見はこうして醸成されてきたものと思われます。
とにかく按摩は医者のすることじゃない・・・と。

そういうところへ、明らかな未病を持った高位の者がそれに気づかず、首が凝るので首を揉んでもらっているという事実を知ったとき、その害を説くのは、心情から察してある意味自然なことかも知れません。

うつ伏せで首を揉むことに対しての警告
やり方によっては確かに危険。
特に施術者が筋強縮で行うと相手の頚筋を傷める可能性がありますね。

そういう意味では異論がありませんが、そうならないように施術するのがプロです。
あくまでも筋トーヌスで不要な力を使わず行うわけです。

ですから部分的には賛同できるもののミソもクソも一緒にされては適いません。

指圧は一時的な方便に過ぎず、治療が目的ではないのです・・
(指圧を手技と読み替えてください)

これには賛同しかねます。
一時的な方便というのは(危険であるという論にもつながりますが)、症状だけを攻めるという前提の上に成り立ちます。本当の手技はそうじゃないわけです。

症状だけを攻めるだけでいいのであれば、苦労しません。フル施術などというメニューも作らないでしょうし、勉強も研究もしなくて良いわけです。

凝りを解して、楽になってもらうことは応分において重要な役目ですが、それだけだと揉みクセや、筋硬化&軟化を生み出してしまいます。そのことは施術家なら当然のこととして理解し、あえて口に出すことでもありません。

できれば、患部や症状から遠い部分の操作によって、訴の解消があればそれに越したことはないのです。増永師の施術法において四肢を重要視する所以です。

また、中枢部(頭、脳)の施術は、基本的に力をこめるということもありません。
一見、症状とはなんの関係もないところへアプローチすること自体が手技の本質なのであって、そのことに注力するから手技法家なのです。

なぜなら、その人のエネルギーブロックを外そうとするわけですから。

そうは言っても、現状はマッサージハウス全盛で、凝っているところがあるから来る、そこを解してくれるから、来院するという厳しい現実があるわけです。

これについて小生は考えがあるものの、それを述べたところで改革になるわけでもなく、単なる憎まれ口になってしまいます。
チャングムが警告している通りになるということだけを付記しておきます。

繰り返していると、首の骨を支える筋肉がゆるみ、骨に異常が出る・・・
症状だけをやたら攻めてそれを繰り返していると、ゆるむ場合と硬化する場合があって、そのいずれもが、骨の異常を招きます。

どのような場合にゆるみ、どのような場合に硬化するのか。
数多くのマッサージジャンキーを見てきていますが、大体は硬化しております。

力任せに揉むと硬化します。また指圧系でもツボを外して押し続けるとこれまた硬化していきます。ツボを捉えて的確に押圧したとしたら、今度はチャングムが言うようにゆるみ過ぎてしまうのです。

共通するものは何かというと、述べたように局部的な施術方法にあります。症状を攻める施術はツボを外してもツボにハメても不都合が出てくるわけです。

押圧や揉みを否定する施術家はおそらくこの現象を見て主張するものと思われます。
硬化している人が多いということは指圧系ではなくマッサージ系の強い施術にかかりすぎたとも言えますし、指圧系なら完全にツボを外している施術にかかり続けたとも言えるわけです。

ゆるみ過ぎている人をめったに見かけないのは、ツボにハマッていない施術が多いのだろうと推測できるのですが、チャングムは「ゆるみ」と断言してしておりますね。

してみると、当時は局部的な対症施術であったにせよ、ツボは捉えていたということが言えるような気がしないでもありません。
(作者は現代の人ですが、書くに当たって資料、文献を参考にしたに違いありませんから、昔人のツボを捉える感覚は現代人のそれを上回っていたいう根拠にもなって、面白いなぁと思った一文です)

いずれにしても、症状だけを攻めては害があるということには賛同できます。
何度も述べていますように、手技法家は症状だけを攻めるものではありません。

それにしてもチャングム、誤解を与えるようなことを言っているのはちょっと憎たらしいのですが、可愛いから許せます。(概ね正論ですし)

え?可愛くないと許せないのかって?
そりゃそうですよ。西川史子みたいな女が出てきて言ってごらんなさいや。
なにを言っても許せません。
Photo
吉永小百合の若かりし頃に似ているような・・・
いずれにせよ、端正で正統派美人ですね。
(クリックで拡大できます)

(四)チャングムはいたか?

何度も言いますが、小生、ドラマは観ていません。
しかし、小説を読む限りにおいてもチャングムの天才ぶりには驚かされます。

あんな小さい頃から、診立てが出来て、生薬一つ一つの薬効についてもスラスラと諳んじることができるのですから驚きです。

実在のモデルはいるにせよ、所詮は小説。作者の想像力の賜物のような気がしないでもありませんでした。

ところが、日本でも漢方の名医の中には早熟の天才ぶりを発揮した人の記録が残っているのです。たとえば・・・

大塚敬節先生といえば、初代北里大学東洋医学研究所の所長をつとめた近代漢方の大御所であったことは関係者なら周知の事実です。

この先生の曾祖母に当たる人がよく言っていたそうです。
「私は八歳で医者をやった」と。幼なかった大塚先生、「そんなの大嘘に決まってる!」と、ハナから信用しません(まあ、当然ですわね)。

ところが、後年、大塚先生が漢方に興味を持ち独自の研究をすることになるわけですが、あながち曾祖母の言は嘘ではなかったのではないかと思うようになります。
そのキッカケはある書物に出会ったことでした。

「尾台榕堂」という幕末に活躍した名医がいます。
この人の残した「方伎雑誌」という書の中に自分の医者としての初陣の様子が書かれているのです。「尾台榕堂」は医家出身です。祖父、父、長兄いずれも漢方医でした。

たまたま、急患が出て往診を頼まれました。ところが折り悪く、それぞれが患者を抱え忙しく、往診することが出来ませんでした。そこで祖父がまだ幼い「榕堂」に言いました。「お前が行って診てくるように」と。
そのくだりを大塚先生が現代語に訳して書き残しているので、そのまま紹介しましょう。

“私が十三歳にとき、病家から往診を乞うてきた~中略~祖父の紫峯翁にお前が往って診てこいと命ぜられた。そこで往診して帰ったところ、祖父が、どうっだったと尋ねるので『傷寒で、頭が割れるように痛み、悪寒、発熱し、喘鳴もあり、身体中が痛み、脈は浮数で力がある』と報告したところ、お前はどの薬方を用いるかと訪ね給うたので『麻黄湯ではいかがでしょう』と伺ったところ、祖父は顔に笑みを浮かべて、よくできたと誉めて頂いたので三貼調合して、これを温服してウンと汗を出すがよいと、使いの者を帰した。翌朝また往診したところ、ウンと汗が出、苦しいところはなくなったという。ただ余熱が少しあるから、小柴胡湯に転じ、まもなく全快した。これが私の初陣である”

一家が医家ということを考えても、現実に患者を診立て、処方する、となると門前の小僧云々・・とは次元がまるで違います。この「榕堂」という名医、紛れもなく十三歳にして医者になったわけです。

このことから類推するに、大塚先生の曾祖母もまた、八歳で医者をやったというのは事実なのかもしれないと思ったそうです。

では、名医と言われている人は皆、そうであるか?というとこれがそうでもありません。
かの天才漢方医、吉益東洞、彼は一説によると、四十歳から医者になったと言われております。当時の平均寿命で考えれば、現在なら60歳くらいで医者になったようなものかもしれません。それでいて、現在の日本漢方にもっとも影響を与えている業績を残しているのですから、むしろこちらのほうが驚くべきことでしょう。

人には早熟型と晩成型があるようですが、漢方界にはその両極端があって、面白いものだなぁ、と思う次第です。

話を戻しましょう。
チャングムは少なくとも、当時の男尊女卑の風潮の中で医界の頂点まで上り詰めた人です。

それが如何に大変なことであったか。現在では想像もできないくらいのものだそうです。
それを可能にし、事実として歴史に残っているわけですから、作者の脚色があるとはいえ、チャングムの能力は抜きん出ていたことに間違いありません。

まさに十三歳で患者を診立て、生薬の効能など童謡を歌うかのような流暢さで説明できたものでしょう。

イ・ヨンエさんばりに美しかったかどうかは別にしても、小説に描かれているチャングムの能力はほぼ事実であったと思う次第。というか、小説の描写さえ上回っていた可能性さえあります。

世に早熟の天才とはいるものですねぇ。

温泉の効能

前に温泉について少し書いたことがあります。
なにせ、小生の施術家としての本格的なキャリアは温泉から始まっていますからね。
温泉足揉みを日本で最初に始めたのはおそらく小生であろうと、秘かに自負もしていたりして。

言ってみれば温泉足揉みの発祥の地は旭岳温泉「湧駒荘」でもあるわけです。
Photo
(クリックで拡大)
因みに「ゆこまそう」ではなく「ゆこまんそう」と読みます。

大正の初期に当時の素封家、小西氏が初めてここに温泉場を開いたのがキッカケでした。

そう、旭岳温泉のもともとのルーツは「湧駒荘」であって、その名は現在も引き継がれているのです。

しかし、経営者&オーナーもすっかり変わり、小生が足揉みをやっていた頃の人達でさえ、誰もいないのは寂しい限りです(何度か転売されています)。

建て直す前の旧館(小生がやっていた頃の)正面の写真をネットで探したのですが、さすがにありませんでした(本館の後部にまだ宿泊施設は残っているらしいのですが)

ネットに公開されている写真で当時を思い出させるのは、湯船の縁にある木材がそのまま使われていることです。写真では分かりづらいとは思いますが、拡大して見てみてください。
Photo_2 (クリックで拡大)

「檜」であったか、「キハダ」であったか・・・いずれにせよ相当に年季が入っていて、往時を偲ばせるのに充分な貫禄がありますね。

さて、この湧駒荘、小生が入っていた頃は、老朽化した建物、設備等で気が引けたのか、泉質の割には割安な宿賃だったような気がします。
確か、一泊二食付で6千円くらいだったかな。

ですから、まさに湯治のお客も多くてですね、GW中などはずっ~と連泊する方もたくさんいました。

1990年のGWは小生もずっと施術でここに入っていました。
宿泊者も温泉に入る他、することがないですから、連日、施術に訪れるわけです。
すっかり顔馴染みになったものです。

ですから、温泉の効能というのはある期間入り続けて初めて真の威力を発揮する!ということを肌で知っているわけですよ。

湧駒荘の温泉の凄いところは、源泉をそのまま使用しているということでしょうか。
温めもしないし、水で薄めもしません。ホントにそのままです。
ずっと源泉を流しっぱなしにして、浴槽を洗うときだけ、止めます。

それでもこんこんと湧いてくるのです。掘らなくとも、勝手に湧いてくるのですから。
本当の意味での自然の恵みですよ。
(少なくとも小生が施術をしていた頃はそうでしたね)
ですから、所謂「通」な人たちが口コミで来るようなところでした。

温泉の効能を語るとき、当然、その泉質によって吟味されます。
成分を分析して、これこれの成分だからこれこれの症状によく効くとか。
単に経験だけではなく、科学の目が入ったところに、温泉ブームの下地が作られたような気がします。

それはそれで良いと思います。(あ~この湯は神経痛に効くんだな)と思って入れば心理的な効果もあるに違いありません。

ただ、長くこういう場所で施術していると、どうもそれだけではないような気がして仕方ありませんでした。

なんと言いますか、“場”のエネルギーみたいなものでしょうか。エネルギースポットと言えばニューエイジっぽい語感ですけど・・・・

小生、生まれて初めて“気”というものがあるのかもしれないなぁ、と思ったのも湧駒荘で湯治客相手に施術をしたのがキッカケだったような気がします。

後に東洋医学を学んだときに温泉の深い意味が分かりました。
本当の温泉は火山活動のつまり「火」の性質によって暖められます。そのお湯は「水」ですから、「火」と「水」、正反対の性質を持つものです。まさに陰陽一体なのです。

また、温泉はもともと地下水脈ですから、それが浄化され、飲用に耐えるのは「土」の性質が関与しております。さらに、浴槽を「木」で作り、岩風呂を備えれば「金」の性質も一体化できます。

ここに「木」「火」「土」「金」「水」という五行の“エネルギー場”が完成するわけです。
湧駒荘はこの全てを満たしておりました。

木で作った浴槽と岩風呂もありましたし、飲用に耐えるほどの浄化度です。マグマだけで温められ、水道水で温度を下げることもしません。完全無欠のエネルギースポットであったわけです。

何故、旭岳温泉が秘湯と呼ばれてきたのか・・・それが分かったのは随分後のことでした。

その“エネルギー場”に身体が馴染み始めるのに最低3日はかかるな、と思ったのも湯治客の反応やら、お話やらの中で体験的に分かってきたものだったわけです。
数多くの「通」がいましたからね。

勿論、小生も施術の日は必ず温泉に入っていました。仕事の終わりに最後温泉に入って疲れを癒す(なんという贅沢な環境!)。しかも無料で。
(そういえば食事も無料でした。温泉宿の賄い食事は美味いんですよ~お客に出す料理より美味いかもしれません)

ただ、若いときでしたので、身体の故障も不都合も全然なくて、全くの健康体でしたから、温泉に入ろうが入るまいが、元気なんですよ。

それでも、気が満ちていくのが何となく分かるようになってきました。
今なら分かりまくりでしょうね。

しかし、考えてもみてください。
湯治で連日温泉療法です。それに加えて連日、施術を受けるわけです。
それが一週間、続くわけですよ。1990年のGWは一週間連続でやりましたもの。
これでクライアントが元気にならないわけがないじゃないですか!

印象に残っているのはある無口な初老の男性でした。
ホントに無口でして、最初は何にも喋らないわけです。

施術後も何にも喋らない。気に入ったのか気に入らないのか、こっちとしては全然分からないですよね。それでも連日予約しますので、まあ、来てくれる以上は何か感じるものはあるのだろうとは思っておりました。

やがてポツポツと身上話を喋るようになってきたのですが、その方、会社を興して随分、成功されたようなのです。

それにしては元気がないというか、覇気がないわけです。湯治に来るくらいだから、体調が良くないんだろうなぁ、くらいのそんな軽い気持ちでした(当時は問診表を書いてもらうという知恵がなかったんです)

4日も経ったときでしょうか、衝撃的な告白を聞きました。
実はこの方、癌で余命3ヶ月。もはや末期で、現代医学では手の施しようがない状態だとのこと。驚いたこと。驚いたこと。そんな方を施術するなんて初めてのことです。

驚かないほうがおかしいでしょう。
医学的な知識もほとんどないですしね。どう対処していいか分からないわけですよ。
絶句です(ホント若いですよね、当時の小生)。

確か肺がんです。肺がんでこんな高地の酸素の薄いところで大丈夫なのかな、と思った記憶がありますもの。そして肺がんというのは末期でもあまり痩せない、ということもこのとき知ったような気がします。

道理で、覇気がないし、顔色もすぐれない感じがしてたわけだ。
変に納得してしまったのですが、そんな素人に毛が生えた程度の小生にでさえ、この方の変化はハッキリ分かりましたよ。

なんというか、語彙が少ないのはこういうときに困りますね。
ありきたりの言葉で言えば、“元気”になっていくわけです。
ドンドン元気になっていくのです。
宿を去る最終日などは、ジョークを飛ばし、大笑いさせられたのを覚えています。
(あ~、本来、この人はこういう人なんだろうな)と思ったものです。

さて、ここで肺がんが治り、奇跡的な生還を果たした、という報告があったという話なら、グッとくる物語になるでしょう。
現実は違います。実はどうなったか、分からないのです。

事情により小生は、ほどなく温泉足揉みから足を洗いました(シャレじゃないですよ)。
ですからこのケースの結末をお伝えすることができません。
HPのどこにも書いてない所以でもあります。

しかし、小生の初めてのケースであるということと、あの尋常ならざる回復力が非常に強い印象となって、心に焼き付いているわけです。

その他、多くのことを湧駒荘で学びました。
湯治というものの本質。そして、施術との相乗効果。

それを直接的に今に生かせていないのは小生の力不足以外の何物でもないのですが、いつかこの体験が役立つときも来るだろうと思っております。

また、温泉で施術している同業者にもある種エールを送る意味でこの記事を書きました。
自信を持って施術をされたら良いだろうと・・・

仮に経営者が、人使いが荒く「困ったちゃん」なやつでも、現場で学ぶことは数多くあります。施術家として血となり肉となるよう貪欲に吸収して頂ければと思います。

※ドイツ発祥のクナイプ療法というのがあります。なんのことはない、日本で言えば「湯治」のことです。大自然の中で悠然と温泉につかり、身体を芯から癒す。洋の東西を問わず、普遍的な方法論ではあるでしょう。あるエネルギースポットに身を置いたとき、自然治癒力が猛然と働きだします。そのエネルギースポットを簡単に探すのに、定評ある温泉を見つければ良いわけですから、火山国、日本ならではの便利さでしょう。世界中探したってこんな国はありません。地震が多いのは困ったものですが、その代わり温泉という恵みを天が与えたような、そんな気がしてなりません。そして、それを利用しないのであれば、日本人として受ける恵みを半分放棄したも同然です。

明生館(メイセイカン)

明生館をミョウショウカンと読む人はザラにいますし、中にはアキオカンと読む人さえいます(知り合いに明生さんという人がいるのでしょう)。
小生の名前まで明生さんだと思っていた人までいますもの。

名前を決めるときは結構考えました。当然ですよね、屋号ですから。
基本的には何でも良かったのですが、一つ思ったのは、濁音が入らない名前がいいなぁと。
フラットな音は言いやすいではないですか。
小生の本名は姓と名でそれぞれ一つずつ濁音が入りまして、なんかいいづらいわけです。
屋号は濁音なしでいこう!とそれだけは決めていました。
あとカタカナ系はガラではないな、とも、ひらかな系は可愛すぎるし、とも思っておりました。
すると漢字系ということになって、何か良い名前はないものかと・・・と。
2時間は悩んでいたでしょうか。(たった2時間!)

すると、天啓の如く閃いたのです。
「生を明らかに見る館」、つまり明生館。
おおっ!漢方的には深い意味があるぞ!
そんな深い意味でなくとも、「明るく生きる館」とでも言えば説明しやすいし。
まあ、こんなノリ。
「~療術院」とか「~施術院」「~堂」にしなかったのは前述のように濁音が入るからでした。そうするとあとは「~館」くらいしかないですものね。

明生館は別表記すると「目胃背肝」と書きます。
ご存知でしたでしょうか?
おそらく古くから知り合いだった方でも初耳に違いありません。
何故なら、今、考え付いたからです。

太陽神経叢

正式な解剖学用語では「腹腔神経叢」と言います。
簡単にいうとお腹にある「脳」のこと。
反射区療法が専門の施術家ならお馴染みの名前でしょう。

この神経叢は交感神経節ですので、ストレスによって最大に緊張します。
交感緊張は当然ながら、内臓の活動を低下させます。

過剰なストレスが内臓の働きを悪くするのはこのことに原因があるわけですね。
内臓の調子が悪いと、体壁反射と言って、背中の筋群を強張らせますから、このことにより血流、リンパ循環、神経伝達が阻害されて、さらにドツボにハマっていくことになるわけです。

こんな悪循環を繰り返していると、たちまち身体が疲弊してしまい、病気になって死んでしまいます。

そこで、昔、知恵者がおりましてね。
6日も働いたら、一日は休息しようと。

限度は6日じゃないかな、と。人々を働かせる権力者にとっては都合が悪いので、神様の命令だ!くらいの権威付けをしなきゃいけません。

こうして安息日が決められたわけですが、人類にとっては大変有益でした。
また過酷な環境で生きていますと、身体全体がオーバーワークに陥ります。
そこでせめて、内臓を休ませる期間を作らなきゃいけない、というわけでラマダン(断食)の習慣が出来ました。

ついでにアルコールは脱水作用が強いので、砂漠の民にとっては致命的な事態になりかねませんから、いっそ禁酒にしちまえ!でアルコールご法度の制度も出来ました。

宗教の戒律というのはある種、生きていくための知恵だったんですね。
現代に生きる我々にとっても示唆深い内容を秘めているのです。

週休2日の時代ではありますが、本当の意味で安息日を過ごしている人々はどれくらいいるでしょうか。休肝日を作らない酒飲みのこの多さはどうでしょう。

教条的になる必要はありませんが、フト、太陽神経叢の負担を思いやり、生活を振り返る必要があるのかもしれません。

そしてときどきリフレで太陽神経叢のケアーと行えば、このストレスに満ちた乱世、なんとか生き抜いていけるのではないでしょうか。

副腎

副腎は福神漬けとは違います。
その証拠に、副腎皮質ホルモンとは言っても、福神漬けホルモンとは言わないではないですか。

さらにカレーに福神漬けがなくとも食べられますが、副腎のない人体は考えられません。
ことほど左様に副腎と福神漬けは違うのですが、それでも理解できない人のために、副腎の講義を一席。

副腎は本来由来の違う内分泌器官が一つに合体したものです。
現在は「副腎皮質」と「副腎髄質」とに分けられていることはご存知でしょう。

昔、別々に存在していた名残なのです。
皮質が恋心を抱いたのか、髄質が一目惚れしたのかは定かではないのですが、いつのまにか恋仲になり、遂に同棲し始めました。

すると、意外に便利なことがわかりました。
別個の違うホルモンを出す個性を持つ二人だったのですが、本質的には同じ目的を共有することに気づき、協力しあって家庭を築くことに成功したのです。

気づいて築いたのですから傷つくことはありません。
そう!二人はソウルメイトだったわけです。

二人の共通の目的は人類をストレスから守るということでした。
つまりこうです。

ストレスを受けます。すると細胞が疲弊します。これはバカにできない。60兆個もの細胞が被害を受けて、最悪の場合、多臓器不全で死んでしまいます。

そこで、皮質はこの疲弊した細胞を癒すためにステロイド系のホルモンを分泌します。
しかし、癒し系はゆっくりジワジワと効いてくるわけで、即効性がありません。全細胞を癒すのに3時間もかかってしまうのです。

では、この3時間の間、無防備でストレスに晒されていなければいけないのか?
そう、ここで髄質がその空白を埋めるべく、頑張るわけです。

髄質はアドレナリン系のホルモンを分泌するのですが、これは鼓舞系、励まし系のホルモンです。癒し系のホルモンとは違い、即効性があります。

タダチに心拍を増加させ、かつ酸素取り込み量を増やし、血管を収縮させて末端まで栄養と酸素を送り込みます。これで癒されるまでの間、防御するわけです。

鼓舞し、励まし、そして後に癒す。なんという麗しい連携プレーであることか。
お互いに足りない部分を補い合うというまさに夫婦の鑑です。

因みに鼓舞系の髄質は旦那さんで、癒し系の皮質は奥さんです。
かつて副腎に性別をつけた施術家がいたでしょうか。

副腎の反射区を施術する際には是非、このことを考えてください。
ご主人に対するものなのか、奥さんに対するものなのか。
考えなしの行動はあらぬ疑念を抱かせ夫婦仲を悪くさせるかもしれませんので。

このストレスの多い現代社会。我々はこの夫婦の健気な無私の奉仕によってかろうじて生き延びているのです。

二人が恋に落ちたことを神に感謝せねばなりません。
いつまでも仲良く働いてくれることを祈るばかりです。

因みにステロイド系の薬剤を摂取すると、皮質奥さんは、旦那が愛人を作ったと勘違いしてしまい、協力しなくなります。

家庭がメチャメチャになりもはや修復不能までいくことだってあります。副腎の崩壊。これは怖い。そこまでいかなくとも様々な軋轢を呼んで、様々な影響が出てしまいます。

たまの浮気はいいのでしょうが(えっダメ?)、奥さんに絶対バレない程度に止めおくべきです。長期連用はもはや浮気ではなく、不倫のレベルですから、どこかで手を切るべきでしょうね。安保教授がステロイドからの離脱を薦めているのは道徳的にも正しいのです。

茶飲み話

漢方の真髄は体系だった学問書よりも、清談の中にこそある、と誰かの言を引用して書いていたのは大塚敬節先生だったような。

漢方を含め東洋医学は確かに学問というより“術”の色彩が濃いものです。
手技などはまさしくそうで「施術」というくらいですからね。

“術”は体系というよりコツというか五体で感じるセンスというか、頭での理解を超える部分が大方を占めています。

当然、体験の中で培った何かが、やはり体験の中で培った師の何気ない言葉にビビッと反応する瞬間があるような気がします。
論理的に納得するというのではなく、(なるほど!なるほどそうか!)と膝を打つ場面。

これには当然、弟子も相当な修練を積んでいるということが前提になるのですが、それにしても、改まった講義ではなく、茶飲み話の中で真髄が語られ、悟りにも似た理解を得たきたという連綿たる歴史が漢方にはあることを知ったのは有益でした。

こうして漢方が発達し、続いてきたというのは、現在のマスプロ教育と対極をなすものであることは間違いないでしょう。

それ以来、小生は茶飲み話風な中に自分の経験を交えながら、真髄とまでは言えないまでも、その時点で到達した考えや、アイデアを語るようになったのは言うまでもありません。

たとえ聞く者がその時点では全く理解できないだろうと思ってもです。
続けていけばいつか分かるだろうと。本質的に小生は楽観論者なのです。

しかし、時代は悠長に茶飲み話などしている暇などなくなりました。
それぞれ仕事を抱え、やることが山ほど。

てっとり早く、役に経つ方法を教えねばなりません。手っ取り早くと言っても、その場にそのようなクライアントがいなくては教えられないこともたくさんあります。また、その背景を理解して頂かなければ、意味が全く分からない事柄もあります。

ここにジレンマがあるわけです。

かつて、他の整体学校に通っている生徒さんが来院されたことがあります。
その学校の様子を聞くと、正直驚いたこと、驚いたこと。

2年くらいの履修期間だったような。
毎日行く義務はないのですが、当然、毎日行っても良いようでした。
行って何をするのか、というと、改まった講義はなし、ということは実技主体です。

この実技をたまたま来た同期生、あるいは先輩とやりあうわけですね。講師は要所要所教えるようです。それがずっと続くわけ。

とりわけ面白いと思ったのは昼ごはん。これは来た者全員、学校で作り、食するのだそうです。合宿制に似てなくもないのですが、泊まるところは各自別です。

相撲部屋でちゃんこ鍋を皆でつつくようなそんなイメージでしょうか。
しかし、解剖、生理の改まった講義もないようですし、そもそもこんな形態の整体スクールがあっていいものでしょうか。全く理解できませんでした。

授業料も国家資格を取る指圧学校にやや近いくらいです。
まあ、なんだってそんな学校に入ったものかなぁ、というのが正直な感想でした。

しかし、考えてみれば案外こういう形態の学校も良いのかもしれません。お金と時間に余
裕がある方は。これだけ接する機会があれば経験豊富な講師の話をそれこそ茶飲み話(食事でもいいのですが)に聞くこともあるでしょう。

将来の不安やどうやって開業するのかをジックリ相談する機会もあるでしょう。最初はカッコつけていてもこれだけ長くいて、しかも同じ釜の飯を食っていれば、やがて本音も出るでしょう。モチベーションが上がるか下がるかはその人次第ですが、卒業するころには相当な自信が芽生えている人が多いに違いありません。

システマティックなカリキュラムもまた合理的で良いとは思いますが、ある種の人たちにとってはこういうのも一つのやり方なんだなぁ、と思いました。
勿論、誰もがこういう形態に合うとは思いませんけどね。

またある人の主催しているスクールは主宰者が大手の講師だった方のようです。その授業は格好いいようですが、実践で食っていくことが難しいと本人はずっと思っていたようです。

そこで開業しても食べていける卒業生を育てるべく思い切って自身、独立してスクールを立ち上げたわけですが、写真を見る限り、増永先生のやり方によく似ていたのは微苦笑でした。

でもまあ、そこそこ生徒が集まってきているらしい。カリキュラムもかなり他所とはかなり違うシステムです。

この両方の例を見ていると、何かこう昔の漢方的な徒弟制度に似ていなくもありません。
教える者のジレンマが手に取るように分かる小生としては、あながち時代遅れと退けることなど出来ないものです。

或いは時代は(少なくともこの業界は)大手のシステム化されたカリキュラムに飽きてきているのかもしれません。

足首の施術

動画で最初にアップしたのが「足首拘束のリリース」ですが、ちょっと題名が悪かったかもしれません。

関連動画として「人妻拘束」などというちょっと違う系の動画が紹介されているではないですか!拘束という言葉に反応して、小生の動画を開いた人達がかなりいたようなフシがあります。

世に拘束マニアという人達が存在するかもしれないということを初めて知った次第。
超(ド)S級の人達であることは間違いないでしょうけど、そういう人達が小生の動画を観て、何を思ったのか、是非、知りたいところではありますねぇ。

勿論、小生がいう拘束は組織拘束、エネルギーブロックの意味なのですが、一般にはあまり馴染みがないので仕方ないのかも知れません。

どうしても誘拐系を思い浮かべるのでしょうね。日本語は難しい。
特に整体で使う用語は一般語とは違う意味で使われることが多いものです。

業界にどっぷり浸かっているせいか、「違う系」までは思いが至りませんでした。不快に思われた方、ゴメンナサイ。

さて、この足首の拘束というのは基本的に何を表しているのか?
解剖学的な具体名でいうなら、距腿関節と距骨下関節に他なりません。

付帯する様々な靭帯群、そして筋群も勿論含まります。
足首の動きが制限されているというのは、この部位の制限をいうわけです。

実は普通のリフレクソロジーであっても、この部分の制限をある程度取ることができます。
足裏が柔らかくなったとか、足首の動きが良くなったとか、リフレクソロジストなら施術の結果としてのフィードバックをそこに求めること度々のはず。

これはとりもなおさず、距腿関節、距骨下関節の不都合を除去した結果として得られる感触なのです。

リフレクソロジーにはリフレクソロジー特有の機序が働くのでしょうが、期せずして、拘束除去の効果もある、ということです。

小生がこのことを意識しだしたのは、自身が左足首の違和感を感じたあたりでしょうか。
フルフォードの三関節原理と相まって、足首のカルマは意外に多いことが分かるようになってきました。

中年まで生きてきて足首を捻ったとか、捻挫したとか、そういう経験が皆無のヒトはあまりいません。しかし、症状が出づらいところでもあります。

むしろ、膝や股関節、腰の部位に転位しているケースが圧倒的に多いのですが、元を質せば、足首の拘束である、というケースがバカにできないくらい多いのです。
(当然、逆バージョンもあるでしょうけど)

施術キャリアの中で一時期、膝痛のクライアントがやたらに多かった時期がありました。
割と素直な時期でもありましたから、反射区理論の基づいて一生懸命施術していたことは言うまでもありません。

当然、それなりに効果があって喜ばれていたものです。
しかし、あまりにも多く続くと、持ち前の好奇心(悪く言えば、天の邪鬼的性格)が次第に首をもたげてきました。
(この治癒機序は反射じゃないんじゃないか?)

検証するために施術家としてはあるまじき行為を行ったのです。
膝痛のクライアントに対して、あえて膝の反射区を抜かして施術する、というようなことをです。クライアントは実験材料ではありません。施術家はベストを尽くすのが正しい態度なのですが、検証するという誘惑には勝てませんでした。

結論を言えば、膝の反射区を入れようが、抜かそうが、治療効果には全く関係ないということが判明しました。

では何か働いているのか?経絡機序か?
(大いに考えられます)

単に循環が良くなっただけか?
(これも考えられます)

その当時は未だ、三関節原理などは思いもよらない時期でしたので、まあ、施術という行為は一つの理論では説明しきれない複合効果が働くのだろうなぁ、というところで打ち止め。

そして前述のように、自身の左足首の違和感とフルフォード理論に出会ったわけですが、これは後年のことです。

リフレ施術の大方をやれば、拘束除去の働きをすることも分かってきましたが、折角、足の施術をするのですから、そのプロセスにおいて、拘束除去をメインにおいた施術があってもいいのではないか?と思いはじめました。

試行錯誤を繰り返しているうちに、やがて現在の方法になったのです。
勿論、動画で紹介しているものが全部ではありません。

特にチャプター7(距腿関節、距骨下関節)のアプローチはもう少し合理的な方法があります(ちょっと難しいですけど)。

また膝の動きと密接にリンクしておりますから、膝の制限を解除しなくては、片手落ちになることでしょう(これは動画には全く含まれておりません)。

時間制限がありますから、気がついてみれば、リフレクソロジーとは似ても似つかぬ方法論になってしまいました。

しかし、ベースにはリフレ手技があることは間違いありません。
これなくして、現在の手技はないわけで、基礎としての手技はリフレに全て含まれているような気がします。

あまり考えるのが好きではないヒトは、教えられたとおり、リフレ手技を行えば良いと思いますが、拘束状態が酷いクライアントには不十分だと思います。

取り入れれば、違う可能性も見えてきて楽しいかもしれません。

仙骨施術

小生の動画に仙骨無痛ショック療法と題したものがあります。
うつ伏せで2種類、横向きで2種類、計4回の試技をアップしました。

ここだけの話(と言っても動画を見る人はほとんどこのブログを読むでしょうから意味のないことですが)、実はあの4回の試技で成功しているのは1回だけです。

まあ、見た目分かんないから良いだろうとそのままアップしました。
難しいんですよ、あれ。特に年取ってくるとね、どうも早業系はタイミングを取るのに苦労します。運動神経が鈍るのでしょうね。

失敗すると、それまでの色んな施術が無効になるほど影響力があります。
アップしておいて無責任ですけど、挑戦しないほうが良いかも。

じゃあ、仙骨のアプローチはどうすればいいのか?ということなんですけど、構造医学的アプローチは力がいるし、AKAのアプローチは腰痛に限定されるし、オステのアプローチはクライアントから不信がられるし、中々良い方法がありません。

仙骨は施術者泣かせの部位でもあります。

結局、仙骨はあまりイジラナイほうが良いということになって、「触らぬ神に祟りなし」を決め込むか・・・

しかし、今そこにある仙骨ですからね。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず」に従うか・・・

実は仙骨というのは、生きているときに限り、最大で2ミリほど動きます。
(0.2ミリという説もありますが、生きている人間の仙骨の動きを正確に測る術はありません。死んで一日もたてば全く動かなくなりますので、即死したヒトをその場で解剖しない限り正確な解答は得られないでしょう)

人為的に動かすにはゆっくりと上から圧を加えます。すると、その分、2ミリ沈むのです。
これで終われば単なる仙骨押圧になるのですが、そうではなく、充分に沈めた後、ファッと離します。漸増漸減が押圧の基本なのですが、ここではその原則を破ります。

その離す際に逆ショックが加わり、無痛で目覚めさせるには充分な衝撃となるわけです。
衝撃の来る方向が全く逆になりますが、これもありなんです。

正方向の衝撃圧よりも難しくないですし、失敗も少ないものです。
ただし、衝撃が少し弱いので何度かやる必要はあるでしょう。

安全にこういう方法を取るか、リスクを犯してでも果敢に挑戦するか・・・それとも放っておくか・・・思案のしどころ。

時は江戸時代。
「先生・・・どうなんでしょ・・・娘は治りましょうか?」
「ふ~む、オハナはな、薦骨の証と申して、湯液の功はもはや見込めぬじゃ」
「せん・・こつ・・のしょう・・?」
「そうじゃ、薦骨じゃ、骨盤の要のな」
「先生はせん・こつ?をやらないので?」
「分野が違うて。揉み医者で良い医者がおればいいのだがな」
「先生、なんとかその良い揉み医者というのを紹介してくだせぇまし」
「そうじゃな、この近くじゃと越前屋嘉平が良いかの」
「えちぜんや・・・かへい・・そりゃまた悪徳あきんどっぽい名前で・・」
「この際、名など関係なかろう・・どうしても嫌なら明生屋網乃助という者もおる」
「語呂が悪いような・・」
「これこれ、この一大事にそんなこと気にしてどうする。あい分かった。少々、遠いが遊船屋辰五郎も良いと思うが、どうじゃ?」
「船遊びが好きそうな旦那ですね、こりゃ気が合いそうだ、一つそれくだせいまし」
「全くあきれた奴だ、菓子じゃないんだから、一つくだせいまし、はなかろう」
「ヘ、へぃ・・面目ねぇ・・」

というような会話がどっかで交わされていたかどうかは分かりませんが、少なくとも江戸時代から、仙骨は重要視されていました。因みに仙骨は昔、「薦骨」と表記しておりました。

「神に供える骨」という意味です。推薦の薦ですから、なんとなく理解できるのではないでしょうか。

英語表記でもセイクラム(sacrum)ですから、神聖な意味を持たせていたのは洋の東西を問わず、共通する認識だったというのが分かります。

それにしても不思議な骨です。
かつてリフレクソロジーを主体に施術していたとき、他の反射区に対して仙骨の反射区の地位が低いのを疑問に感じていました。

通り一遍というか・・・

これじゃ自然療法の名が廃るとばかりに、反射区の位置を再検証して、施術の仕方を変えました。反射区を離れた現在のスタイルでも仙骨の反射区に相当する部位は行っております。

反射を通した間接刺激であっても影響を与えられるのではないか、という経験則に基づくものです。

夏になると、仙骨の一部が見えるほど、腰の浅いジーンズと丈の短いシャツを着る女性が増えてきます。

例え、純粋な医学的興味であったとしても、ジロジロ見つめていると、危ない人と誤解されるかもしれませんから、気をつけましょうね。

スカルプ施術

どうしてまぁ、こんなに頭皮が固く、つっぱっている人が多いのでしょうか。
毎日のシャンプー&リンスのせいだという人もいますし、毛染め剤の成せる業という人もいます。

はたまた、食品添加物の摂り過ぎという人もいます。
いずれも当たっているとは思いますが、確かなエビデンスはありません。

一つ言えることは頭皮の固い人に健康な人はいないということですね。
まあ、小生のところに来る人は健康じゃないから来るわけで、統計に偏りが出てしまいますけど。

「肩こりは頭から取る」とは某按摩師の名言ですが、現代は益々この言葉が重い意味を持ってきているような気がしますね。

スカルプ施術で、頭皮を緩めると、確かに僧帽筋を初めとする首、肩の筋肉は緩みます。
ただし、非常に個人差があるのですよ。

(おっっおぉぉお~!スッゲェー!緩んだよ、オイオイ、こいつはオドロイタ!)
というときもあれば
(ふむふむ・・フムフム・・踏む踏む・・ダメだこりゃ、緩まねぇ・・)
というときもあります。

万人に共通するルールなどありませんから、当たり前と言えば当たり前なのですが、ハッキリ違いが出るところがスカルプの面白いところかも知れません。

どちらにしても、ほぐれた感じを長持ちさせたり、瞑眩を防いだりすることは共通しますから、フル施術の中では欠かせないアイテムではないかな、と時間を気にしつつもやることにしております。まあ、施術自体も楽ですし。

小生のスカルプは少々変わっておりまして、悪く言えば「正統派ではない」良く言えば「オリジナリティ溢れる」という形容詞がつくでしょう。

押圧から始めます。

時間のないときは横向きで頭部のサイドから押圧していきます。
当然、経絡効果もあるでしょうが、このほうが頭皮そのものも緩むのですよ。

頭皮をマッサージしたほうが(まさにそれがスカルプマッサージなのですが)、解れそうな気もするでしょう。

しかし、実際はこのほうが緩む・・・考えてみれば当然で、薄いとはいえ、頭部には筋肉がありますし、腱膜もあります。

身体の場合、揉みよりも押圧が長期に渡って緩ませますから、これが頭部に当てはまらないという理由はありません。

その場の爽快感だけなら、揉みだけで対応しても良いのですが、施術家であれば当然ながら、自分の施術の効力をより長くもたせたいと思うじゃないですか。

長くもたせるという意味合いと共に先に述べたように経絡効果、そして縫合部への干渉等も同時に行いたいわけですから、これらの要求を満たす技法は決して揉みではなく、押圧になるのです。

頭が硬いからといって力を込めますと、逆効果になってしまいます。
あくまでも筋トーヌス状態で施術家のポテンシャルを移動する・・・と、そのような方法論であることはいうまでもありません。

面白いのは、親指の腹ではなく、示指の関節も使う親指との二指押圧で行うと、よりやりやすいですし、しっかりポイントを捉えることができます。

このようなスカルプも行い、さらにクラニアル・マニピュレーションも行えば、完全でしょうね。時間があれば・・・・当然、体内浄化プログラムは両方行いますが、一時間コースの場合は、ケースバイケースですね。

小生のスカルプはクラニアル・マニの代用にも若干ですが、なりますので、時間的にミドルコースの場合は、頭部はこのスカルプ施術のみというケースのほうが多いかもしれません。

このような事実から言っても、小生がスカルプを重視していることを理解してくれるのではないでしょうか。

先日、ヘッドマッサが大好きだ!という男性を施術しました。
彼曰くには「気持ちが良くて効いてる感じもするが、自分としてはもっとガサガサとワッサワッサと揉まれるのが好きなんだよね」というリクエストがあったわけです。

やろうと思ってできないことはありませんが、趣旨が違いますので、そのような施術は勘弁してもらった次第。

ボディの施術でも、強圧を好むクライアントがいるわけですが、施術家としてストレスが溜まるほどの力で行うのは自然ではありません。

力を入れる訓練をするよりも、より自然に圧が浸透していく身体の使い方を会得するほうが有意義です。

これによって、感受性が違うクライアントによって圧度を変えなきゃいけないという、大きな問題から解放されるからです。

まさにボデイだけではなく、このスカルプ系の手技もその訓練になるはずですから、是非に実践して頂きたいと思いますね。

按腹

         003            
按腹は安福と音が同じでとても縁起が良い。(因みにアンプクと発音します)

そのせいか知りませんが、最初の系統だった文献は江戸時代に太田晋斎という人が著した「按腹図解」というもの。

按腹で安福!という願いが込めれらていたような気がしないでもないです。

この太田晋斎という人、日頃、賤技と卑しんでいた按摩を見直す機会がありました。ありがちなストーリーですが、この人自身が病気になってしまったんですね。

あらゆる医者にかかり、あらゆる方法を試してみたのですが、一向に治る気配がありません。

そこで藁をもすがる思いでもあったのか、按腹を継続して行ったところ、あ~ら、不思議、完治してしまいました。

すでに江戸時代は近代按摩の時代に入っていましてね。所謂、曲技曲手と呼ばれる技巧の限りを尽くした手の動きをするものに変形しておりました。 

これを晋斎は自身の経験から治病には何の役にも立たないと退けたのです。
そこで有名な「女子供でもできる単純推圧にかえれ」という名言が生まれるわけです。

実際、彼が行ったのは単純推圧が中心で、その啓蒙書ということで按腹図解が作られたわけです。単純推圧にかえれ、というぐらいですから、かつての古方按摩は単純推圧中心であったということが分かる貴重な文献でもあります。

手技法の中ではすでに用いられなくなった単純推圧ですが、漢方家は診断のために普通にお腹を単純推圧して処方の手がかりにしておりました。それを手技そのものの技法として復活させた功績はやはり大田晋斎に拠る所が大きいと思います。

これが後々大きな影響を与えましてね。按摩といえば、按腹、別名「腹とり」などとも言われ、簡便な治病法として広まることになりました。

しかし、時代は大きく動くことになります。維新の混乱や医制の改革などで埋没していくわけです。漢方医そのものまで廃止されたわけですから、按腹を行う医者など存在し得るはずもなく、細々と民間療法の中で生き残っていきました。

その民間療法の中で異彩を放つのが玉井天碧という人物です。彼は指圧という言葉を最初に造語しただけではなく、彼ほど、その体系の中で按腹を重視した治療家は他にいないのだとか。

当時の手技療法家で、直接間接を問わず、玉井天碧の影響を受けなかった者はいないとも言われておりますから、按腹再復活の立役者だったのかもしれません。

昔は家で一人でも病人が出るとその家の没落を意味するほど、経済的負担が大きいものでした。ですから、民間療法は何も物好きがするのではなく、切実なニーズとして求められていたのです。

現在、我々は国民皆保険制度の中で、最先端医療を誰でも受けられる立場にあります。こうした現代人からは分かりづらいものですが、家庭で行われる民間療法は今とは比較にならないほど、重要な地位を占めていたわけです。

しかし、これも時代の流れで、按摩などの手技法が治病効果を期待するものではないという考え方もごく普通に受けとめられ、そのニーズは変化していくわけです。

所謂、ストレス解消、肩こり改善くらいの認識です。
病気を手技で治すなどという考え自体がマニアックになった結果、結局、曲技曲手の昔に逆戻り。按腹など業者の間では見向きもされないという現代の状況になり、今に至っているのです。

業者のせいばかりではなく、一般の人のニーズも関係するわけですから、時代の変化としか言いようのないものです。

しかし、時代はさらに変化しつつあります。医療保険の破綻は早晩来ますし、事実、保険金負担は増え、格差社会と相まって国民保険にさえ入れない人が物凄い勢いで増えています。アメリカの悲劇が今日本で起こりつつあるのですから、恐ろしい時代に入ったものです。

病院外来に来る患者さんの9割は病院に来る必要がない人たちと言われています。
この9割の人のために本当に医療が必要な人達が犠牲になっているという現実は将来の日本を暗示していて暗澹たる気分にさせてくれます。

そこで思うわけ。
もう一度、按腹習慣を復活させれば、医療費削減は勿論、健康寿命も延びて、健全な皆保険制度が担保されるのではないかな、と。

現在の長命化は健康寿命とは対極にあるものだと思いますよ。70歳で倒れて87歳まで生きたとしても、17年間寝たきりであれば、どうでしょうか?

統計上は87歳まで生きたと処理されますが、これを単純に長命であったと喜んで良いものでしょうかね。

こんにち、アルツハイマー、ウツ、依存症など精神、若しくは「脳」の働きに関わる病気が猛烈な勢いで増え続けております。
アメリカでは合計1億2000万人がこれらの病気で苦しんでいるのとのこと。
(なんと国民の三分の一強!)

ウソだろ!と思うのですが、ブッシュ元大統領はアル中でしたし、ジム・キャリーも重度のうつ病に苦しんでいるとカミングアウトしました。
(レーガンもチャールトン・ヘストンもアルツハイマーでしたしね)

有名人はあまりそういうことを公表したがりませんから、氷山の一角と見るべきでしょう。
アメリカのあの異常なほどのカウンセリングセラピー流行はなんとなく理解できなくもありません。

有名な分析医ですと、1時間300ドル、普通でも100ドルが相場だそうです。それでもクライアントに苦労しないほど盛況なのですから、ある意味、宗教的な懺悔の習慣があるアメリカならではなのかな、と思ってしまいます。

私見を言うなら、これほど増えた要因として一つ挙げられるのは内臓の負担が増えたということでしょう。飽食と栄養バランスの偏り、それらによる内臓負担の増大。行き着くところは内臓疾患ということになるのですが、たまたま内臓が丈夫な人は違うところに症状が出てしまいます。

なにせ、発生学的に「腸は脳の母」なのですから。
(この場合の腸はそこから派生するところの内臓器を全て含みます)

内臓の機能低下は脳の機能低下を生む・・・逆じゃありませんか?という反論もあるでしょう。

確かに子の問題で母がオカシクなってしまうこともあります。しかし、母がオカシイお陰で子供がオカシクなる例だって一般的でしょう。

ましてや各臓腑に脳の機能を配当した東洋医学では、精神疾患でさえ臓腑の異常と捉えるのを何の矛盾もないことと考えるわけです。
東洋医学は元祖ホリスティック医学ですからね。

だから按腹を習慣化すれば良い。
勿論、自分でやるより他人にやってもらうほうが何倍も効きます。しかし、やらないよりやったほうがいいですから、家族がやってくれないなら、自分でやるしかありません。そしてタマにプロにやってもらえば良いわけ。

足のセルフケアーよりも短時間で済み、かつ疲れません。
(足のセルフケアー習慣もいいのですが、身体が硬いと疲れてしまいます。結局、長続きしないのでセルフケアー機器の購入ということになるのですが、機械的なフリクション刺激は皮膚を厚くしてしまうので、毎日するのは如何なものか、と思います)

舶来のものを有難がるのもいいのですが、按腹のように日本で見出され、日本で独自に発展し、日本人の証にあった療法を見直すべきだと思いますねぇ。

その効果が広まってくるとまた言われますよ。
「按腹はもともと中国起源のものであって、日本人は真似したに過ぎない」とか、「按腹は我が朝鮮半島より起こり・・」とかね。

それを聞いた一般の人は、なるほどそうか・・と納得するに違いありません。
なにせ、「演歌の故郷は朝鮮である」という妄説を簡単に信じちゃう国民ですから。

良いものならどこが起源であっても構わないのですが、日本人ならもう少し日本という国に誇りを持てないものかなぁ、と思うわけですよ。

少なくとも、按腹を取り入れる業者は、それを「中国から古く伝わる秘伝」とかウソ八百並べて権威付けするようなことがないように願いたいものです。

※按腹は腹証と同義だと思って頂いてよろしいかと思います。腹証は「証」の字が入るように診断技術を含むニュアンスですが、按腹はお腹の施術そのものを表現したものです。施術を行っている外見上の違いは全くありません。

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »