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老眼

先日、マサイ族の友人に会ったら、老眼で近くのモノが見えないとぼやいておりました。
なんでも、20代の後半から老眼が始まったそうです。
まあ、そうですわね。マサイの標準的な視力は5.0ですから。
5.0ってどれくらい見えるの?って聞いたら、土星の環が見えるけど、君達は見えないのかい?と少々鼻を膨らませて言っていたものです。
しかし、目が良すぎると老眼も早いですわね。
小生も日本人としては目が良いほうでしてね。社会に出るまで、1.5以下になった記憶はないんですよ。
そのせいか、ここ2~3年、老眼鏡なしでは社会生活を送れないほど、老眼が進んでいます。
まだ39なのに・・・(まあ気持ちだけ)

今のプロセスが一番ツライのだそうですね。
近くと遠くの切り替えが酷く時間がかかります。
中途半端に焦点を合わせるが故に起こるのだそうですが、これがホントの年寄りになると、もう焦点を合わせることさえしなくなるので、かえって良いのだとか。
微妙な距離の微妙な大きさのモノを見ると「あっ、段々ピントが合ってきたぞ・・・」なんてね。中途半端なんだよね~。イライラするくらいですよ。デジカメのフォーカス速度より遅いんだから。高性能のデジカメなど意味がありません。
でも今のところ、パソコン画面は裸眼で充分なので、これで良しとするか、と自分で慰めております。
ところが、パソコンを見終わってからがいけません。
全然、近くのモノが見えないのです。
昨日なんか、隣のチワワがベランダ伝いに訪問してきたのですが、小生、大アリクイと間違えてしまいました。

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人体で一番大きな骨

これは大腿骨で異論はないでしょう。
半世紀前の統計ですら、成人男子の平均が41センチ、女性で38センチもあります。
現在は身体が大きくなっていますから、もっと大きいでしょうね。
この大きな骨である大腿骨が事故や戦争など失われてしまった方もいらっしゃいます。
そこで、骨髄造血説に疑義を挟む余地がありましてね。
人体のかなりの分量をしめている下肢骨(勿論、大腿骨も含め)が両方、失われているのに貧血にならないのはおかしい!と言う具合。だから腸内造血説の根拠として言われていました。
ところが、脊椎骨での造血で充分間に合うようにヒトとは出来ているものだから、反証として両足切断の例を挙げるのは論外である、と骨髄造血説を支持する人は言うわけです。
東洋医学は2000年前から腸内造血説なんですけどね。
私見ですが、補完しあっているような気もしないでもないのですが、ホントのところはよく分かりません。

それはさておき、大腿骨は大きいので原始人が棍棒代わりに用いてたようです。
棍棒=お守り、というイメージなのでしょうか、今でも、身内の人が死んだら、大腿骨のみを保管しておく習慣のある地方があります。

Photo (写真は大腿骨を使ったペンホルダー。ワンクリックで拡大できます)

例えば、北海道では身内が亡くなるでしょ、そのとき、火葬する前に左の大腿骨のみを切断してもらい、肉をそぎ落とします。
そして、特殊な薬草から抽出した薬液に49日間漬けておきます。
49日経ちますと、四十九日法要の席上でそれを取り出し、皆で磨きあげるのですね。
磨きあがった大腿骨はお守りとしてもっとも近しい身内の玄関に飾っておくわけです。
これで、一家は無病息災!史上最強のお守りなんですね~。
北海道に旅行に行った際は観光地ばかりではなく、普通の民家を訪ねてみてください。
まず、そんなものを見ることはできないと思います。
だって大嘘なんだも。アハハのハ、騙されたでしょ。
(写真も本物じゃありません。プラスチック製だよ)

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骨の数

クイズ番組が流行っているようです。
あやかって問題を出しますよ。
さて、人体には幾つの骨があるでしょう?

実はこの問題、愚問中の愚問。
およそ、とか約、という形容詞をつけるなら、おおよそ(約)200個ということになるのですが、答えにおよそ(約)という形容詞はつきませんね。
条件を限定しなければ正しい答えは出てきません。
まず、子供と大人では骨の数が違います。

骨盤と言われている骨は子供ころには三つに分かれていますよ。
つまり、腸骨。坐骨、恥骨、
ところが思春期を過ぎたあたりから、この三つの骨は癒合されてきまして一個の骨になるわけです。便宜上、成人でも腸骨、坐骨、恥骨とは言いますけどね。でも一個としか数えられないほど癒合が進んでしまっています。(左右あるから2個だけど)
また仙骨も幼児期には五つありますし、尾骨も三つ。これらも大人になって一個に癒合するわけです。

さらに骨の破格(奇形より度合いが低いもの)は結構ありましてね。
肋骨が一本多いとか少ないとか、尾骨なんてのも破格が多い骨ではあります。
そうすると、問題の出し方としては「成人で、かつ正常な人の場合は幾つある?」としなきゃいけません。
それでも、手指、足趾の付け根等にある種子骨を入れるか、耳の中にある耳小骨を入れるか、という問題も残されますから、これも、除外して考えてください!と条件をさらにつけなければいけないわけ。
以上の条件を満たせば、正解は200個。

子供と限定されれば210個。

種子骨と耳小骨をいれた場合は・・・・
どうのなのかな、耳小骨は片耳に三つだから、六つプラスされて、種子骨は母趾に二つずつ、膝蓋骨(膝のお皿)が二つ、手は・・・面倒っちぃ!!

ことほど左様に骨の数の問題は愚問なのでした。
答えを出すのに骨が折れる。ジャンジャン

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延髄

延髄。小生等の世代の男子ですと、なんといってもアントニオ猪木の「延髄斬り」という必殺技を思い浮かべてしまいます。
(延髄を斬っちゃうわけ?死んじまわないのか?なんだか分かんないけど、凄そうな技だ)
なにせ、ある種のスープレクッス系の技に「原爆固め」と命名したプロレス界のこと。
(原爆固めに比べれば延髄斬りなんてのはまだ可愛いほうですね)

それはさておき、アントニオ猪木氏のお陰で延髄という言葉だけは早くから知っていたわけです。
その後、この業界に入って延髄の一般的知識、つまり、呼吸中枢であるとか、嘔吐中枢であるとか、血流も調整するとか・・・それくらいの知識は自然に記憶されてきましたわね。
さらにクラニアル系の手技の中に「第4脳室」という言葉も出てきて、これは延髄とエラク関連するらしい、とか・・・なんとなく周辺知識も広がってきました。

ところで、延髄のくびれと小脳の間にある空洞-第4脳室は何のためにあるか、ご存知でしょうか?
空洞と言っても、脳脊髄液で満たされているのですが、何の組織もなくポカンと空いていることには変りがありません。
実は重要な役割がありましてね。
ここに溜まった脳脊髄液の二酸化炭素濃度を延髄はセンシングしているわけ。
濃度が高いと、酸素の量を増やし、二酸化炭素を排出しなきゃいけませんから、延髄が支配するところの横隔膜、呼吸筋群を使って、呼吸の深さや頻度を調節します。

してみると、クラニアル系の手技の中に「第4脳室コンプレッション(4VC)」という技法がありますが、脳性脊髄液を排出し、一旦リセットするという目的もあるわけですね。
(新たな気持ちでやりましょう、みたいな)
あとは頭を15度角に持ち上げることによって、頚椎の歪みをなくし、脳脊髄液の循環を促す目的もあります。
(勿論、掌で作った気のボールを脳幹部に当てるというエネルギー医学的な理由もあるのですが、ここでは触れないでおきましょう)

いずれにしても呼吸が要であるという発想から生まれ出でた技法であることは間違いありません。一次呼吸と二次呼吸は密接な関係、つまり、リンクし合ってるともいえるわけで、自分の意思で無理に呼吸を調節すると、偏差が生まれたりするのは、基本的に第4脳室の不都合を放っておいたまま行うことに原因があるような気がします。

下図はクリックで拡大してください。それにしても、第4脳室というのは小さい。こんなにチビッコなのに大切なんですよ~。見かけで判断しちゃイカンという見本。
Photo

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三水会40回記念

なんでも、昨日の三水会で40回目なんだそうです。
単純に40ヶ月・・・丸三年と4ヶ月ですか・・・・
早いものですね。4年目に突入しているわけですよ。
参加者もさることながら、実は主宰者の自分も勉強になるんです。
三水会のテーマの調べ物をしていたら、(あっ、なるほど!そっか!そういうことね~)なんて気づいたり。知識の整理にもなりますわね。

昨日のテーマはぎっくり腰。
ぎっくり腰を分類したわけですが、これオリジナルなんだよね。
整理しながら気づきましたけど、こういう分類をしている書物はないもんな。
ぎっくり腰に対する様々な「?」がこれで理解できるのではないかな、と、秘かに自己満足しております。色んな症例に出くわしていますからね。それで、理論的にも技法的にも独自なものを確立できないんじゃ、センセ失格だわ。

札幌でも旭川でも或いは群馬でも地方都市には必ず、ぎっくり腰屋的施術院がありましてね。ぎっくり腰になってしまったら(ぎっくり腰?それならあそこが良いよ!)口コミされるとこです。これ、地方都市なら一個や二個はありますね。
スラスト系の技法を使うところが多いのですけど、施術の失敗もよく聞いていました(勿論、成功例も聞きますけど)
何故、同じぎっくり腰なのに失敗例があったり成功例があったりするのか?
ずっと疑問でしたね。
リフレ施術では失敗例はあまりないのですが、かといってすっきり楽になるということもあまりありません。整体的アプローチではスッキリ治ることがあっても失敗例があったりするわけです。
これを原因から遡って分類していく作業というのは結構時間がかかりましたね~。
出来てみりゃ簡単な話ですけど。

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久しぶりのブログです

随分とご無沙汰していたような気がします。

全国2000万の亜美之介ファンの方、お元気してましたでしょうか?

小生、オカシナ天気にもめげず、何とか元気ではありましたよ。

世間では風邪が流行っているようですね。お気をつけくださいませ。

先日、久しぶりに外を歩いていたら、なんとなくどんよりとした空気で身体に違和感を感じました。誰にいうわけでもなく「なんか地震が起きるような気がする・・・・・」と呟いたところ、Kさんが聞いていたみたい。

その日夜、東京は揺れましたね。揺れで目が覚めたくらいでした。

Kさん、次の日曰く、亜美之介センセが変なこというから、ホントに地震があったじゃないの!変なこと言わないでください!

まるで地震が小生のせいであるかのような物言いです。

生まれて初めて地震の責任を追及されてしまいました。自信をなくしました。

それから、中国での大地震。酷い被害ですね。一刻も早く救助活動が実るよう祈るしかありません。さすがにこれは冗句のネタにはできない深刻さです。

日本も地震大国。他人事ではありません。東京もいつか来ます。それがいつなのかが分からない。予知ができるほど科学が発達したあとであればいいのですが・・・・

さて、施術百話の33話目をアップしました。三水会のメンバーは読んでおいてください。題名はぎっくり腰です。次回の三水会はこれについてやりますので。

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歯軋り

ブラッキーさんへ

歯軋りで思い出すのはウチの母のことです。
母は歯軋りが酷く、まだ母に抱かれて寝ていたほど幼き頃より歯軋りママでした。
物心ついた頃からですから、子守歌代わりに感じたくらいです。
ところがウチの母、顎関節症はおろか、虫歯さえなく、未だに全て自前の歯なんですよ。
ネアンデルタール人並みの顎と歯を持って生まれてきたみたいですね。
ホントは現生人類じゃないのかも知れません。
こういう例は異例中の異例でしょうから、歯軋りが酷いと様々な影響があるのでしょうね。
ブラッキーさんのブログを読みますと、もらい泣きするほどの愁訴で、気の毒で仕方がありません。
それでも一生懸命、工夫して過ごされているわけですから、頭が下がります。
小生、顎関節症の専門家というわけではなく、仕事柄、そういう方に接する機会が多いに過ぎません。
それでも何とか楽になってもらおうと、構造医学のTMJ対応療法を勉強したりと一応の研究はしました。
ただ、歯軋りからくるものは、歯軋りそのものをなくすことなしに根本の解決にはならないでしょう。
そんな簡単に治るものなら、とっくにブラッキーさんは治しているでしょうしね。

最近注目している学説は脳反射投影説です。
例えば、胃が悪くなると体壁反射を起こして、背中の筋肉が硬くなり、ひいては背骨まで歪んできますよね。このとき、硬くなった背中のツボを押すと、とても気持ちがよくて胃が動き出すことがあります。そしてそのまま胃の不調が改善されたりすることもあるわけです。
脳の場合もストレスで不調があった場合、脳には痛覚が全くありませんから、信号として頭蓋に反射を起こすしかなくなります。当然、頭部筋肉群や頭皮にも影響を与えるのですが、頭蓋骨そのものが歪む・・・と。
逆に胃の例の如く、頭蓋及び、頭筋群、頭皮から脳へのアプローチが可能であって、それにより脳の中で何が起きているか分からないにせよ、脳ストレスを除去できるのだという説です。
歯軋りは脳ストレスの一形態ですから、それにも有効であろうと思う昨今でした。
(ストレス)→(歯軋り)→(顎関節、頭蓋、頭筋、頭皮の歪み)→(それがまたストレス)→(歯軋り)→・・・・・悪循環ですね。
いわば、精神的ストレスと物理的ストレスのデュエット状態とも言えるわけで、アプローチは多角的でなくてはならない所以です。
医師であれば筋弛緩効果のある安定剤系から処方するのでしょうが、小生、医師ではありませんからなんとも言えません。

一度、筋緊張と頭蓋の歪み、そして頚椎の歪みをキレイに除去してみては如何でしょうか。
(整体的に)

亜美之介ブログのアクセス数はさほどでもありませんが、プロの方に固定ファンが多いようです。
そういう方にも参考になるかと思いますので、ブラッキーさんのブログURLを載せておきますね。

    http://blog.goo.ne.jp/bruxism/

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あごの話

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左図は下から見たもの。右は上から。(左図はクリックで拡大できます)

ボクシングでジョーと言えば、顔の三大急所の一つ。
他の二つはテンプル(コメカミ)とチン(あごの先端)。
ではジョーとはどこのことか?
わかりやすく言えば、ちょうどエラあたりでしょう。
あるリングドクターの話によると、このジョーを打たれと、他のどこよりも頭の回転が大きくなるため、脳震盪を起こしてKOされる確率が高くなるそうな。
そういえば「あしたのジョー」というボクシング漫画がありましたっけ。
してみると自らジョーという急所をさらけ出した名前ではあるなぁと妙な感動を覚えるのは小生だけでしょうか(小生だけに決まってるけど)。

ところで、あご(下顎骨)は薄めの一枚の骨で出来ております。
あの折れやすい鎖骨でさえ、百キロの耐圧力を持っているのに、この下あごはわずか数十キロの耐圧しかありません。
ボクサーのパンチ力は軽量級でも百キロを軽く超えますので、まともに当たれば、折れるどころか粉砕骨折ですねぇ。事実、引退に追い込まれた名選手が数多くいるそうな。

さて、日常生活の中で下顎骨を骨折したという話はあまり聞きません。
転ぶにしても顔は無意識に庇うものだからでしょう。
その代わり?と言ってはなんですが、顎関節症といわれる症候群がやたらに多い。
現代人の顎は急速に小さくなっていて、歯の大きさがそれに伴い、小さくなっていればいいのですが、歯だけは元のままということが原因の一つとのこと。
要は歯が邪魔になって噛み合わせが悪くなっている、ということなのでしょうか。
小生、エラだけは人並み以上に張っていて、実にリッパな下顎を持っています。
その小生でさえ、親知らずが正常に生えてこず、エラい苦労しました。
(もう少しで口腔外科のお世話になりそうでした)
顎が細くて現代的な顔をしている若者達は推して知るべし、です。

前にも書いたと思いますが、顎の開閉は中部頚椎が基点となって行われるため、ここの調整をするだけで、症状が楽になったりもします。
他には咬筋に緊張があったりする例も多いですね。
頚椎の調整と咬筋の緊張除去によりその場での楽チン感は出せるにせよ、中々完治に至らない困った現代病の一つではあります。

ところが、顎関節症だとずーっと思っていたものが、中部頚椎のズレが原因で口が空けづらかったに過ぎない、ということもあります。
顎関節症を適応症に挙げている整体屋さんが結構おりますが、これは真性顎関節症ではなく、頚椎からくる仮性のものを治したという経験からだと思いますよ。
仮性にせよ、真性にせよ、頚椎が一つのポイントになることは間違いありません。
ただし、真性の場合はかみ合わせそのものが狂っているため、歯医者の世話にならねばならないでしょう。
またまたところが、歯医者でかみ合わせを治したと思っても頚椎のズレが直されていないので、症状に変化がない、という人もいます。
ややこしい話ですわね。
両方のアプローチが必要なのですが、歯医者さんは整体に興味を示さず、整体師は歯医者さんとのコネなどなく・・・ということで上手く連携できていないのが現状です(一部ではあるようですが)。
患者の不利益はこうしていつまでも続くのでした。

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チャングムはいたか?

何度も言いますが、小生、ドラマは観ていません。
しかし、小説を読む限りにおいてもチャングムの天才ぶりには驚かされます。
あんな小さい頃から、診立てが出来て、生薬一つ一つの薬効についてもスラスラと諳んじることができるのですから驚きです。
実在のモデルはいるにせよ、所詮は小説。作者の想像力の賜物のような気がしないでもありませんでした。
ところが、日本でも漢方の名医の中には早熟の天才ぶりを発揮した人の記録が残っているのです。たとえば・・・

大塚敬節先生といえば、初代北里大学東洋医学研究所の所長をつとめた近代漢方の大御所であったことは関係者なら周知の事実です。
この先生の曾祖母に当たる人がよく言っていたそうです。
「私は八歳で医者をやった」と。幼なかった大塚先生、「そんなの大嘘に決まってる!」と、ハナから信用しません(まあ、当然ですわね)。
ところが、後年、大塚先生が漢方に興味を持ち独自の研究をすることになるわけですが、あながち曾祖母の言は嘘ではなかったのではないかと思うようになります。
そのキッカケはある書物に出会ったことでした。
「尾台榕堂」という幕末に活躍した名医がいます。
この人の残した「方伎雑誌」という書の中に自分の医者としての初陣の様子が書かれているのです。「尾台榕堂」は医家出身です。祖父、父、長兄いずれも漢方医でした。
たまたま、急患が出て往診を頼まれました。ところが折り悪く、それぞれが患者を抱え忙しく、往診することが出来ませんでした。そこで祖父がまだ幼い「榕堂」に言いました。「お前が行って診てくるように」と。
そのくだりを大塚先生が現代語に訳して書き残しているので、そのまま紹介しましょう。

“私が十三歳にとき、病家から往診を乞うてきた~中略~祖父の紫峯翁にお前が往って診てこいと命ぜられた。そこで往診して帰ったところ、祖父が、どうっだったと尋ねるので『傷寒で、頭が割れるように痛み、悪寒、発熱し、喘鳴もあり、身体中が痛み、脈は浮数で力がある』と報告したところ、お前はどの薬方を用いるかと訪ね給うたので『麻黄湯ではいかがでしょう』と伺ったところ、祖父は顔に笑みを浮かべて、よくできたと誉めて頂いたので三貼調合して、これを温服してウンと汗を出すがよいと、使いの者を帰した。翌朝また往診したところ、ウンと汗が出、苦しいところはなくなったという。ただ余熱が少しあるから、小柴胡湯に転じ、まもなく全快した。これが私の初陣である”

一家が医家ということを考えても、現実に患者を診立て、処方する、となると門前の小僧云々・・とは次元がまるで違います。この「榕堂」という名医、紛れもなく十三歳にして医者になったわけです。
このことから類推するに、大塚先生の曾祖母もまた、八歳で医者をやったというのは事実なのかもしれないと思ったそうです。

では、名医と言われている人は皆、そうであるか?というとこれがそうでもありません。
かの天才漢方医、吉益東洞、彼は一説によると、四十歳から医者になったと言われております。当時の平均寿命で考えれば、現在なら60歳くらいで医者になったようなものかもしれません。それでいて、現在の日本漢方にもっとも影響を与えている業績を残しているのですから、むしろこちらのほうが驚くべきことでしょう。

人には早熟型と晩成型があるようですが、漢方界にはその両極端があって、面白いものだなぁ、と思う次第です。

話を戻しましょう。
チャングムは少なくとも、当時の男尊女卑の風潮の中で医界の頂点まで上り詰めた人です。
如何に大変なことであったか。現在では想像もできないくらいのものだそうです。
それを可能にし、事実として歴史に残っているわけですから、作者の脚色があるとはいえ、チャングムの能力は抜きん出ていたことに間違いはないようです。
まさに十三歳で患者を診立て、生薬の効能など童謡を歌うかのような流暢さで説明できたものでしょう。
イ・ヨンエさんばりに美しかったかどうかは別にしても、小説に描かれているチャングムの能力はほぼ事実であったと思う次第。というか、小説の描写さえ上回っていた可能性さえあります
世に早熟の天才とはいるものですねぇ。

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プチ更年期

若い女性でも、まるで更年期のような症状を訴える人が増えています。
更年期障害は不定愁訴というくらいですから、その症状はヒトによって様々です。
例えば・・・

慢性的肩、首こり
頭痛
冷え
のぼせ
めまい
生理不順
イライラ
疲労、倦怠感
不眠
ウツ的気分
睡眠中、何度も目を覚ます
etc(要するに病気じゃないのに具合がよろしくないという症状です)

普通は閉経をはさんだ前後に起きるものですが、今や、20代から30代でも起きてしまう例が多いのです。
それで付いた名前が「プチ更年期」。名前の可愛さに惑わされてはいけません。
結構、深刻な問題ですよ。

病院などでよく言われる原因は、過労、ストレス、過激なダイエットなどです。
異論はありません。引き金にはなるでしょうね。
(その他、パソコンワークも関係すると思う)

本当の更年期障害とプチ更年期障害は少し発症メカニズムに違いがあります。
本当の更年期障害は卵巣の役目を終えたため、女性ホルモンの放出を命ずる脳幹部(間脳-視床下部)が混乱してしまい、自律神経の運営に支障をきたすというもの。
プチ更年期障害はまだ若い状態ですから、卵巣の老化はありません。成熟し安定しているはず。
つまり、卵巣自体(当該部に病変がないとして)には問題がないわけです。
どこに問題があるかというと、脳幹部(間脳-視床下部)に一方的な原因があることになります。その原因を作る原因として、先に挙げたものが列挙されることになります(過労、ストレス、ダイエット)

放っておくと、最悪の場合、若くして閉経が起きてしまいます。その弊害として、確実に不妊にはなりますし、骨粗鬆症にも動脈硬化にも罹ってしまうわけですね。
30代で閉経はツライものがありますよ。
ホルモン療法が主になりますが、ホルモン療法を忌避する方も多いようです。
しかし放っておいて最悪の状態になるより良いとは思いますね。

さて、卑しくも自然療法家の立場である小生が、病院通いだけを薦めて終わらせるわけにはいきません。
反射区療法家なら、脳幹部が重点となることは言わずもがな、でしょう。
もう少し突っ込むと、視床下部の働きには腎経が大きく関与しておりますから、腎経も重点ポイントとなります。
何度か書いていますが、子宮の反射区に腎経の要穴が集まっておりますし、外踝下の卵巣の反射区には腎経の陰陽関係にあたる膀胱経の要穴もあります。
リフレクソロジストなら期せずして、腎-膀胱経ポイントを押えていることになるわけで、ことさら、これを強調するつもりはありません(そういえば、腎臓の反射区そのものも腎経の要所ですわね~。輸尿管も尿道の反射区もそうです。こうして見ると、反射区機序が働いたのか経絡機序が働いたのか、区別がつきませんね)

そんなこんなで「プチ更年期障害」にはリフレクソロジーが結構効くのでした。

リフレとは全く違う視点で見ますと、経験上、プチ更年期障害の方や不定愁訴の方は上部頚椎に問題がある場合が多いものです。
ここの微妙なズレが脳幹の働きを低下させているようなのです。
ネックセラピーの中で調整し、クラニアル系で脳幹そのものを活性させると、リフレクソロジーだけでは対応できない方にも効果的。

※上部頚椎とは1番、2番頚椎のこと。環椎、軸椎とも言います。
Photo Photo_2

それぞれクリックすると拡大できます

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チャングムⅢ

チャングムの手技法観

第2巻にチャングムの抱いていた手技法についての考えを端的に述べている箇所があります。これも原文を抜書きしましょう。

「・・・しかし妙だな。お前を疑うわけではないが、わしは時々ここの医員を呼んで診てもらっているが、中風だとか言われたことがない。時折首が凝ったと言えば首を揉んでくれて、補薬を処方してくれる程度だ。・・・」

「医術に長けた者でも、それぞれ見立てと処方が違いますから、そんなこともありましょう。ですが、首が凝っても、むやみに揉むことはお勧めできません」

「だが、首を揉めばすっきりするぞ。そのどこがいかんのだ」

「首を揉んですっきりすると、それを繰り返すことになりますが、繰り返していると首の骨を支える筋肉がゆるみ、骨に異常を来す恐れがあります。もしや県令様はうつぶせになって首に指圧をうけましたか?」

「ああ。座って指圧を受けることもあるが、普段はうつぶせだ」

「こちらの医員の悪口を言うわけではありませんが、そのようにして指圧を続ければ大変なことになります。まかり間違えれば、体が動かなくなり、全身が麻痺するかも知れません。指圧は一時の方便に過ぎず、治療が目的ではないのです。首の後ろが凝ったのは、様々な理由で血行が悪くなっているからです。根本から治療すべきです」

「首を揉むのはそんな危険なのか・・・・」

「はい」

「わかった。お前の言うことを聞くから、治療を頼む」

さて、チャングムは官婢の身分に落とされ、地方へ追放されました。ある県令(県知事みたいなものか)との初対面でやはり、その県令の病態(この場合、未病)を見抜くわけです。県令は自分では健康だと思っていたのですが、チャングムの指摘が心当たりあるらしく、聞く耳を持つに至りました。そしてこのような会話が交わされたのです。

まず「指圧」という言葉を使っています。過去ブログでも述べておりますが「指圧」という言葉は大正時代に作られた純然たる日本における造語です。原作者は韓国の人なのですが、韓国でも指圧という言葉が一般化しているのか、この言葉を使ってしまっています(或いは誤訳かも)。
チャングムの時代(16世紀)では適当ではありません。その頃でも使われていた言葉としては「按摩」が正しいのではないでしょうか。

それはさておき、この部分を一読すると、読者に誤解を与えかねないのではないか、と思うわけです。
手技はあたかも、一時しのぎで根本的解決にはならない、ということになっております。
それどころか、続ければ害になるとも・・・

実はこのような手技のことを慰安娯楽の手技として、厳しく指摘しているのが増永静人師なのです。
やたら、症状を攻めるのはよろしくないと。
首が凝ったら首を揉む、肩が凝ったら肩を揉む、このどこがいけないのか?という開き治った反論に対して、増永師は難しい表現でたしなめているのですが、チャングムの論は分かりやすいものでしょう。ただ、この説明だけでは手技そのものも否定しているような印象なので、小生が取り上げる動機となりました。

背景を少し考察してみましょう。
チャングムの時代、燕山君というとんでもない悪王がいて、この王は毎夜、酒池肉林、贅沢の限りを尽くしておりました。
なにを思ったか、宮廷内の医女まで宴会に狩り出し、お酌をさせることを思いついたのです。正式な医学を修めた医女にとってはタマッたものではありません。
現代で言えば白衣コスプレのキャバクラ嬢になったようなものです。
脂ぎったスケベオヤジが宴会の中で身体を触らせるのに絶好の機会ではあるでしょうね。
ヘタに医学を修めているのがアダとなります。ツボどころを知っているのですから、首を揉めだの、肩を揉めだの、腰を揉めだの、無理難題を吹っかけてきたでしょう。
(お返しにワシもお前の身体を揉んでやろう・・ヒヒヒ・・などという不埒な奴もいたに違いありません)
できればそんなところへ出席したくないのでしょうが、国王の命令に逆らうわけにはいきません。
そもそも酒を飲んで身体の触りっこなどしていてはろくなことにならないのは目に見えています。
こうして、医女たちは医学研鑽の時間も奪われ、次第に格が下がっていったわけです。
ですから、医学を修めた者にとって、手技は賤技にも等しくなります。プライドがズタズタです。
この習慣は燕山君の治世が長かったため、朝鮮全土に広まりました。
手技に対するあからさまな偏見はこうして醸成されてきたものと思われます。
とにかく按摩は医者のすることじゃない・・・と。
そういうところへ、明らかな未病を持った高位の者がそれに気づかず、首が凝るので首を揉んでもらっているという事実を知ったとき、その害を説くのは、心情から察してある意味自然なことかも知れません。(チャングムは気骨がありますね)

うつ伏せで首を揉むことに対しての警告
これには全く異論がありません。
うつ伏せの首押圧は危険です。小生もやりません。
首以外でもうつ伏せはあまりやりたくないのです。上半身をうつ伏せで行うのもかなり例外的になってきております(そこには勿論、個別の判断が働きますけど)。
下半身はうつ伏せでないと出来ない技法がありますから、病態によっては行うにためらいはありません。
要するに首と胸郭に負担をかけたくないわけです。特に首はまずい。
ですから、この警告には全面的に賛同します。

指圧は一時的な方便に過ぎず、治療が目的ではないのです・・
(指圧を手技と読み替えてください)
これには賛同しかねます。
一時的な方便というのは(危険であるという論にもつながりますが)、症状だけを攻めるという前提の上に成り立ちます。本当の手技はそうじゃないわけです。
症状だけを攻めるだけでいいのであれば、苦労しません。フル施術などというメニューも作らないでしょうし、勉強も研究もしなくて良いわけです。
(こんな簡単な仕事はないぞ)
凝りを解して、楽になってもらうことは応分において重要な役目ですが、それだけだと揉みクセや、筋硬化&軟化を生み出してしまいます。そのことは施術家なら当然のこととして理解し、あえて口に出すことでもありません。
できれば、患部や症状から遠い部分の操作によって、訴の解消があればそれに越したことはないのです。
増永師の施術法において四肢を重要視する所以です。
また、中枢部(頭、脳)の施術は、基本的に力をこめるということもありません。
一見、症状とはなんの関係もないところへアプローチすること自体が手技の本質なのであって、そのことに注力するから手技法家なのです。
なぜなら、その人のエネルギーブロックを外そうとするわけですから。

そうは言っても、現状はマッサージハウス全盛で、凝っているところがあるから来る、そこを解してくれるから、来るという厳しい現実があるわけです。
これについて小生は考えがあるものの、それを述べたところで改革になるわけでもなく、単なる憎まれ口になってしまいます。
チャングムが警告している通りになるということだけを付記しておきます。

繰り返していると、首の骨を支える筋肉がゆるみ、骨に異常が出る・・・
症状だけをやたら攻めてそれを繰り返していると、ゆるむ場合と硬化する場合があって、そのいずれもが、骨の異常を招きます。
どのような場合にゆるみ、どのような場合に硬化するのか。
数多くのマッサージジャンキーを見てきていますが、大体は硬化しております。
力任せに揉むと硬化します。また指圧系でもツボを外して押し続けるとこれまた硬化していきます。
ツボを捉えて的確に押圧したとしたら、今度はチャングムが言うようにゆるみ過ぎてしまうのです。
共通するものは何かというと、述べたように局部的な施術方法にあります。症状を攻める施術はツボを外してもツボにハメても不都合が出てくるわけです。
押圧や揉みを否定する施術家はおそらくこの現象を見て主張するものと思われます。
硬化している人が多いということは指圧系ではなくマッサージ系の強い施術にかかりすぎたとも言えますし、指圧系なら完全にツボを外している施術にかかり続けたとも言えるわけです。ゆるみ過ぎている人をめったに見かけないのは、ツボにハマッていない施術が多いのだろうと推測できるのですが、チャングムは「ゆるみ」と断言してしておりますね。
してみると、当時は局部的な対症施術であったにせよ、ツボは捉えていたということが言えるような気がしないでもありません。
(作者は現代の人ですが、書くに当たって資料、文献を参考にしたに違いありませんから、昔人のツボを捉える感覚は現代人のそれを上回っていたいう根拠にもなって、面白いなぁと思った一文です)

いずれにしても、症状だけを攻めては害があるということには賛同できます。
何度も述べていますように、手技法家は症状だけを攻めるものではありません。

それにしてもチャングム、誤解を与えるようなことを言っているのはちょっと憎たらしいのですが、可愛いから許せます。(概ね正論ですし)
え?可愛くないと許せないのかって?
そりゃそうですよ。西川史子みたいな女が出てきて言ってごらんなさいや。
なにを言っても許せません。
Photo
吉永小百合の若かりし頃に似ているような・・・
いずれにせよ、端正で正統派美人ですね。
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チャングムⅡ

相思病

ドラマをご覧になっていた方はご存知なのでしょう。
小生、浅学にしてこのような証があるとは知りませんでした。
まずは小説のくだりを抜書きします。
ちょっと読んでみてください。

「殿下、恐れながら申し上げます。“思即気結”とは即ち、思いが過ぎれば気が減り固まり、循環が悪くなるという意味です。特に思いが過ぎると消化が悪くなり、食べ物を見ても食欲が湧かず、感覚と感情の全てを一人の人間にのみ、向けることになります。それが酷くなると、目はうつろになり、歩いていてもつまずくことが多くなり、腑抜けのようになってしまうこともあります」

「話を続けてくれ。これまで寡人(私)の胃腸病を正しく見立てた医員や医女はおらず、歯がゆかったのだ。チャングムが来てくれて幸いだ。遠慮なく寡人の気掛かりを解いてくれ」

「分かりました。相思病にもっとも効く治療法は、胸に結ぼれた気を解いてやることです。心と脾の臓に鬱滞している精気を解きほぐし、循環を正常に戻してやるのです。簡便な治療法として、殿下に強い衝撃を与える方法がありますが、これははなはだ不敬であり、正式な処方とは申せませんので、煎薬と黄土銀球丸(おうどぎんきゅうがん)で治療を施せばよろしいでしょう」

「黄土銀球丸?初めて聞く薬剤だが、どんなものだ?」

「黄土、つまり黄色くて細かな、食すこともできる土で小さな丸薬を作り、その上に銀を載せてよく乾かしたものを服用します。相思病に良い効果があります」

さて、背景を言えば、中宗という新国王(後にチャングムを寵愛する人柄の良い王)と謁見した際に一発で国王の病態を見抜いたわけです。それが相思病なのでした。
チャングムが説明している通りです。
国王は愛していた妃を政治的な問題で追放しなければなりませんでした。そのことがいつも頭にあり、チャングムのいう「感覚と感情の全てを一人の人間にのみ、向けることになります」状態が続いていたわけです。

こういう状態というのは愛する者との別れ(生別、死別問わず)があるときに生じやすいものです。
また恋患(こいわずらい)や失恋でも起きるでしょう。
ナント!東洋医学は失恋でも恋わずらいでもそのような状態に陥ったなら、病気と見なすのです。そして治療法があるわけですよ。
あ~小生も若かりし頃、失恋で酷く食欲を失い、腑抜けになったことがあるのですが、そのとき「黄土銀球丸」を知っていればなぁ~。
(日本では売ってないでしょうね。食べられる黄色い土の上に銀を載せるんですよ!)
(狼男は服用できない処方だし)

なるほど相思病とはよく言ったものですね!
相手を思い過ぎる病なのですから。

続いて、下線部に注目してください。
簡便な方法として、殿下に強い衝撃を与える方法・・とあります。
これ以降、小説ではそのことに触れていません。黄土銀球丸以外で簡便な方法があるって言っているわけです。これは知りたいですね。
小生の推測に過ぎませんが、二つの可能性があるのではないか・・・と。
一つはヘンセキと言われる瀉血法。
ヘンセキは滞った悪血を直接メスのようなもので傷つけ、血を出して取り去る方法です。
玉体から血を出だすというのははなはだ不敬な話でもありますので、この表現にも合致します。
もう一つの可能性は、術者が国王の背骨に膝を当て、喝!!と言って気合を入れる方法です(よく武道で失神した者を目覚めさせるのにやるでしょ)
これも玉体に対して行うには不敬な方法です。

さて、どちらが可能性として高いでしょうか?
正しい処方ではない、という表現も出てきます。このことも考慮にいれれば、ヘンセキは中医学の中では柱の一つです。これを不敬であると言えても、正しい処方ではない、と言えるかどうか・・・
また精気の鬱滞のことを主に述べていますので、ここに悪血除去の方法論の入る余地があるかどうかの疑問も残ります。
では喝!!の方はどうか?
心と脾の反応部位はまさに胸椎にありますから、この方法かもしれません。
後でまた例を出しますが、当時、すでに手技や体術は医の中では非常に低い役割しか与えられていません。ですから正式な処方ではないという表現にも合致します。

Photo
ふ~む、どうやら、整体的な方法論を言っているような公算が強いですね。
憎たらしいチャングムめ!チャングムめ!
(今度読んだらイジメてやる!)

ということで次回はチャングムの手技法観について述べたいと思います。

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