« 静止点誘導 | トップページ | リンパ節 »

証整体

もともと小生の屋号枕詞は足心整体だったのですが、なかなか気にっておりました。

足心という言葉自体は江戸中期に活躍した禅僧白隠が最初に述べた概念(言葉)で、味わいのある文脈の中で使われております。

本来、昔からある言葉で、一般化されているものは商標権の対象にはならないのですが、一般化されている言葉とは言えない、と判断したのか、それとも知らなかっただけなのか、特許庁はこれを商標権の対象にしてしまいました。

あとあとのトラブルを避けるべく、足証整体に変更したわけですが、もう変更後の名前の期間のほうが長く、愛着も出てきましたね。

考えて名付けたのですが、当初考えている以上に面白い内容を表しております。
「証」は一種のカテゴリーという意味ですから(病態の)、足、または脚からきている身体の不都合は一括して、足証と呼べるわけです。

頭からきているのは頭証、首からきているのは頚証、仙骨なら仙証とも呼べるのですが、聞きなれないわりにはリッパに意味は為しているのです。

もし、足心のままなら、頭心、頚心、仙心ということになって、造語としてはあり得るでしょうが、漢方的には意味の為さない言葉になってしまいます。

ですから、証という言葉を使ったのは正解でした。
それがそのまま、カテゴリーを表しますから、頭証というべき人もたくさんいますし、頚証という人も、仙証という人もそれぞれたくさんいます。

極端な話、もしその人が腸腰筋の不都合で愁訴に至っているのなら、「腸腰筋の証」と診断してもなんら間違いではないのです。

また、身体は連動し大きなネットワークですので、どこかに不都合があれば、その影響はどこにでも及びます。

ですから、同じ人が頭の施術で良くなることも、足の施術で良くなることもあって、全然不思議ではありません。

アプローチをどこから始めるか、ということに過ぎなくなるのですが、それを足から始めるという意味において、まずは足証として診るという態度を表している枕詞なのでした。

施術家としての出発点が、足揉みであったという小生の特異な経歴がそうさせているのですが、これは類例があまりないでしょうね。

リフレはそれ自体が完結した療法ですから、他の施術を加える場合はまさに加えるだけであって、そこに連動性を見出すことはありません。

しかし、証として足を診るならば、カテゴリー1、カテゴリー2、カテゴリー3という風に原因になっているところを弁別することができるわけです。
弁別するだけではなく、そのまま足元から正すということも出来るわけですから、一石二鳥です。

小生が思う証(カテゴリー)は

1、 三関節+仙骨(仙腸関節含む)
2、頭蓋
3、各筋筋膜


と考えています。もっと細かく分類することもできますが、まずは大雑把な掴みが必要でしょう。

勿論、これらは連動しますから複数のカテゴリーに入る人もたくさんいるわけです。
そのうち、もっとも重症、あるいはそもそも原因であるところへ施術時間を割くのは当然です。

ここに背骨が入ってないのは不服かと思いますが、背骨は常に脳脊髄液のリンパ交換行う部位として緩めねばならないところですし、椎骨が24個もあって、かなり個別的な分類になってしまうのと、脊椎に歪みがあっても筋筋膜処理によって、痛みがなくなるという事実を総合的に考えれば、最初のカテゴリーから外しても良いだろうということにしました。

小生はカイロプラクターではないわけですし。

ということで、名称自体がカテゴリー選択を意味することになったわけですが、あとはそれに対応する技法があれば良いことになります。

技法についてはまた別の機会に論じたいと思います。

« 静止点誘導 | トップページ | リンパ節 »

リフレパシー随想」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。