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アドレナリン

アドレナリンは別名、闘争or逃走ホルモンと言われているのはご承知かと思います。
敵と戦うとき、また全力で逃げるとき、普通の身体の状態では対応できません。

そこで、アドレナリンというホルモンが分泌され、最高のパフォーマンスが出来るよう、設計されているわけです。

つまり、普段、出ないような力をそういう場面に出くわしたとき、出せるように(神様が)作ったわけです。

競技の本番でもこのアドレナリンは出まくります。一種の闘争ですから、当然です。
そして、練習では決して出ないような、記録などが出て、本人さえ驚き大喜びということになるわけです。

ところが、逆にパフォーマンスが低下して、練習時の実力さえ発揮できない場合もあります。特に日本の選手は本番に弱いと定評があったのはご存知かと思います。

小生の拙い経験をお話したいと思います。
小学生の頃はとにかく本番に強い体質でした。
例えば、体力測定で様々な種目が課せられます。
ソフトボール投げ、走り幅跳び、連続逆上がり・・・等々です。
体育の時間ではこれらの練習があったり、また放課後自主的に練習したりするのですが、思うように記録が伸びません。

ところが、本番。
練習時には決して出ない記録が出てビックリ仰天でした。
例えば、走り幅跳びなどは練習時の記録よりも50センチは伸びたでしょうか。
(4m30cm、小学生としては、まあまあでしょ)
ソフトボール投げは10mも伸びました。(50mだったかな)
総合では2位でしたが、いくつかの種目では新記録もありました。
2位(銀メダル)ではありましたが、自分にとって最高のパフォーマンスが出来たということで大変満足したことを覚えております。

ところが、中学生の頃から全く逆の本番に弱い体質になってしまいました。
あらゆるものにおいてそうなってしまったのです。
今考えると、思春期特有の自我意識の拡大なのでしょうか、余計なことを考えるようになったんじゃないかと思うわけです。
(失敗したらどうしよう)とか、(いいところ見せてやれ)とか、とにかく雑念が入ってくるようになったのです。
身体は硬直し、ガチガチです

小学生の頃は無心、無邪気で、心地良い緊張感だったものが、どうも雑念によって緊張が強すぎる体質に変わったようなのです。

アドレナリンのコントロールが上手くできないわけです。より本能的である小学生のときの方が、身体に備わったシステムを知らないうちに上手く利用していたことになります。

思春期以降はアドレナリンがかえって身体の緊張を生み過ぎて、パフォーマンスの低下を呼び、メタメタ、ダメダメです。

このように下手に知恵がある人間にとってアドレナリンは両刃の剣ともなり得るわけで、これをコントロールするのは容易ではありません。

100m短距離走でウサイン・ボルト選手が9秒69というトンデモナイ世界記録で優勝しました。こんな記録は練習では絶対に出ない記録でしょう。

かと思うと、メダルを期待されていた日本選手が一回戦で敗退したりもします。
(個人的には周囲から期待され、それを果たすことができず敗退する選手の悔しさ、情けなさは痛いほど共感してしまいます。人生に負けたわけじゃないのでガンバレ!と言いたい)

気持ちを制御するということはアドレナリンを味方につけることに他ならず、敵は相手じゃなく自分だという格言は真実です。

一流選手達が座禅を組んだり瞑想したり、イメージ法を取り入れたりするのはそのことを分かりすぎるくらい分かっているからに他なりません。

それでも、本番で上手くコントロールできない選手も出てくるのですから、とても難しい作業だということが分かるのです。

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