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足心を開く

実に東洋的な表現です
人によってはオカルト的というかもしれませんけど。

頭蓋-仙骨系は気功用語でいうと「小周天」循環になります。
当然、ここが中枢ですから、この循環の異常は生命維持に関わってくる重大な問題となります。中枢が狂うと、様々な症状となって現れてきますから、頭蓋-仙骨系の意義は大きいことは言うまでもありません。

中枢さえ生きていれば足が萎えて歩けなくなっても、つまり寝たきりになっても、何年か或いは何十年かは生存していられるわけです。

しかし、単に生きているというのと、健康で活動しているのとでは、ある意味生きているレベル若しくは意味が違ってきますね。
ですから、中枢さえ働いていればそれで良い!ということにはならないわけです。

健康で活動していく源泉は足にあることに異論がないでしょう。
その足は「小周天」を超え、「大周天」の要になるわけで、西野皓三氏が「足芯呼吸」を提唱したのは分かるような気がします。
(ソクシンを足心と表記せず、足芯としたのは商標の問題があったのでしょうか?)

さて、白隠に倣い、小生は足心と表記しますが、この足心の位置は足のほぼ真ん中と捉えても良いでしょう。HPに描かれているとおりです。

面白いのは、ヘディ・マザフレ以外の反射区チャートでは、腎臓の位置がかなり足心に近いということです。(ヘデイ・マザフレは湧泉に近い位置に設定しております)

こと腎臓に関する限り、湧泉は腎経ですので、より腎臓と関係が深いものですから、ヘディ・マザフレの反射チャートで全然問題はないと思います。

じゃ、他の反射区チャートは間違っているかというと、足心にかかるかぎり、別の機序が働いて効果があったものと思われますから、これもまた実効性があったことでしょう。

(今は反射区のことを論じているわけではないので、それについては別の機会に譲りたいと思います)

構造的、若しくは物理的に拘束されている状態が応力転位を起こさせて身体に悪影響を及ぼすことは本ブログでも書いてきたところ。

しかしそれとは別の「気」の理論で言っても、この足心が閉じていると、大周天循環が阻害され、これまた重大な悪影響を及ぼします。

頭蓋が閉じているかどうかは、極めて微細な動きを感知しなければいけないので、かなりの経験が必要なのは言うまでもありません。

しかし、足心の場合は、軟部組織であるため、あっさりとシコリを検出することができます。
昔、「なんでこの位置がこんなにシコッている?横行結腸の問題か?」などと??の連続でしたが、ここを足心と捉えれば、疑問が氷解します。

足心の位置は人によって若干ズレるのですが、この近辺が閉じている人が多いわけです。

手技でここを開いてあげると、気の循環が上手くいって、非常に爽快感が出るタイプの人と、逆に気が巡るために、別の阻害部位が俄然クローズアップされるタイプの人がいます。

首のモヤモヤ感を訴える人が多いかも知れませんが、場合によっては腰であったり、肩であったり股関節であったりと様々です。

モヤモヤ感を訴えるタイプの方がむしろ、その人の弱点が分かり施術ポイントが絞れるのでやりやすいと言えばやりやすいのですが、整体を使わない術者にとってはモヤモヤしたままで帰さねばならず、ストレスがたまることになるでしょう。

ですから、足だけで完結するリフレにおいては足心を開かせる手技はやりたくないという人もいるわけです。無理に薦める技法ではありません。

手技の方法論としても難しいもので、最低5秒以上の安定圧が必要です。
しかも、かなりの圧力が必要なので、慣れないと自分の身体を壊す危険性もありますから、強くその方法を薦めるということはなかったわけです。

しかし、最近、足心近辺が閉じ気味の人がやたらと多い。
(だから、訳の分からない変な病気が多くなっているのでしょうけど)

安定持続圧を横向きにかけるという高度な技法を使わずとも足心を開かせる技法はないものか?と模索しておりますが、安定持続圧と全く同じ効果がある方法は考えついておりません。
うつ伏せにして押すと術者自身の負担は軽減されるものの、何故か気の巡りは仰向け時よりもかなり劣ったものになります。

次善の策として、どんな方法でも良いから、足心近辺を解きほぐし、柔らかくすることが必要かと思います。

その前に「足心」というものをまず認識するということが必要なのですが、所謂、科学的香のしない名称であると同時に古典経絡説にも説明されておらず、思い至ることさえ困難だったものと思われます。

なにせ、文献的には江戸中期の白隠禅師が書き残したものにしか、残っていないのですから。(だからといって白隠の造語だとは思いません)

これを独力で発見して施術に応用し、かつ実効性を確かめるなんていうことは無理というものかもしれません。
小生はたまたま足心道のルーツを調べていて発見しただけで、そしてたまたま足の施術が専門だったという僥倖が重なったに過ぎません。

まるで、前世から決められていたかのような宿命的なものを感じたものです。

足心の重要性はこれから益々クローズアップされてくると思いますね。

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