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失体感症

かつて、小生が雇われ講師だった頃、今考えれば信じられないくらい働いていました。
朝の7時か、8時には会議があって、それから、通常業務に戻って遅いときには夜の10時に授業が終わったりと・・・・

札幌への日帰り出張など普通でしてね。ある時などは午前中普通に仕事をして、昼過ぎ、札幌へ飛んで、そこで授業を行なったと思ったら、その日のうちに福岡行きの飛行機に乗っていました。

福岡に着いてビジネスホテルで一泊。次の早朝にはすでに福岡で仕事をして、その日のうちに新幹線で大阪入り。大阪で仕事をして、さらにその日のうちに仙台へ。仙台で仕事をしたら、その日の夜にもう帰京です。次の日は東京で普通に仕事。一泊2日で札幌、福岡、大阪、仙台に出張ですよ~。(交通機関の発達は凄いと感心もしますけど)

そんなことを休日なしの連続47日間稼動を敢行したこともありました。
勤めていた会社のオーナーさん、それを聞いて「君の仕事はプロじゃない、プロは自分で休みを作り出すんだ!」とエラク怒られてしまいました。

(自分が動かないと全体が回らないんだよ!)と心の中で思いつつも、それを言ったら左遷されてしまいます。

「はい、すみません・・・・」となんで人より働いて謝らなきゃいかんのだ。
(残業代も休日出勤手当てもないのですから、それを目当てで働いたわけではありません)中小企業労働者の悲哀を一身に感じておりました。

言うまでもなく、これは疲れますよ~。身体が鉛のように重くなって、もう限界だぁ、という感じになります。ところが、これが慣れてくると、まあ、普通に感じる。

実は身体が慣れてくるんじゃなくて「失体感症」という状態になるのです。
これは結構怖い状態でしてね。

フルフォード博士の著作の中に「東海岸と西海岸を常に往復するようなビジネスマンが60歳を過ぎて健康であるならば、幸運と言わねばならない」と一節があります。

アメリカは国内でも時差がありますから、余計に身体のリズムが狂うのでしょう。
こんな生活を続けていると、疲れるのですが、しかし、慣れてきます。ここに落とし穴があって、大半の過労働ビジネスマンは「失体感症」に陥っているのです。

本来、疲れるというのは休息しろ!という身体のシグナルです。そのシグナルを無視して過剰労働していると、もう身体もシグナルを出すのを止めてしまうわけですね。

実際、小生、血圧はマックスまで上がってきていたのにもかかわらず、それでも無理が出来るわけですよ。
そして、最後、前触れなしに破綻します。

このような「失体感症」は男性に多く、突然死が多い理由の一つでもあります。
疲れがピークを超えると、むしろハイな状態にもなりますわね。
ランナーズ・ハイのようなものかな。ワーカーズ・ハイとでもいうのでしょうか。

まあ、若かったからもったようなもので、今なら絶対に無理でしょう。
疲れがピークに達する前に死んでしまうかもしれません。

外食産業などの名ばかり管理職(店長)が若くして過労で亡くなるケースが増えてきて問題になりましたね。
あるテレビ番組で特集をやっていましたが、それはもう酷い過酷な勤務状態です。

勤務時間の長さと休日のなさではかつての小生のある時期に匹敵します。しかし、小生よりもはるかにその状態が長く続いています(小生がホントに過酷だった期間は半年くらいでしたから)

店長をこんな状態に置かないとやっていけないという事業そのものに無理があるんじゃないか、と思いました。

今でもそういう状態で働いている人たちがいるんでしょう。
本格的な格差社会ですね。
事故米を平気で売りつけて、高級外車を乗り回す奴もいるというのに。

それはさておき、失体感症に陥っている人たちも何人か来院されたことがあります。
(勿論、男性ですけど)
そういう人達って、身体をほぐして一時しのぎを求めてくるわけですから、こちらとしては単なるマッサージ屋みたいな感じでやらねばなりません。

これはツライ。そういうことをしたくないので、まともに施術をするでしょ。
すると、その人自身の本来持っている疲れがドッと出て、もう来なくなります。所謂、瞑眩反応というもの。

あるとき、「失体感症」の概念からフルフォード博士の言葉まで引用して、微に入り細に入り、説明したこともありました。
大きなお世話だ!みたいな顔されて、やはり、2度と来なくなりました。

作家の五木寛之氏が「世の中には縁なき人々というのもいて、そういう人に巡り合っても気にすることはないのだ」という言葉を何かの著作で述べているのを覚えています。
まあ、そう考えるしかないですねぇ。

「失体感症」に陥り、その生活習慣を一向に変えない一群の人々。自分の身体が破綻してしまうのは時間の問題です。

※自分自身が倒れてみて、決してスペシャルな存在などいないと痛感しました。無理を重ねた分、きっちりとその代償を身体で払わねばなりません。それが個人の体質によって早いか遅いかだけの話です。

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