覚せい剤物語
ネアンデルタール人のお墓に麻黄(マオウ)という植物が一緒に埋葬されていて、これぞ人類最古の薬草ではないか、と話題になったことがありました。
麻黄は漢方生薬でも様々な方剤に含まれ、実によく使われているものです。
単味では咳などによく効く民間薬として有名です。
そして1920年代、この麻黄の主成分を純化することに成功しました。
これがエフェドリンという物質。
麻黄もエフェドリンも一度は聞いたことのある名前ではないでしょうか。
ところがこのエフェドリン、喘息などの咳系症状には抜群の効き目を示したのですが、副作用があることが分かりました。
交感神経を活性化し過ぎるのです。
つまり、動悸、血圧上昇、不眠、興奮。
それに伴う心臓疾患の憎悪、脳血管系の疾病リスク・・・・
そこでこれらの副作用を防ごうとさらに研究を重ねた結果、エフェドリンと分子構造がさほど違わない丁度良い物質の合成に成功しました。
これが「アンフェタミン」(覚せい剤)!
アンフェタミンの効き方というのは独特でした。
エフェドリンのような副作用はなかったものの、服用した者は皆、一時的な高揚感と活力を得られたのです。しかも、眠らずにいらるというおまけまでついて。
アンフェタミンは広く吸入剤として用いられていましたが、これらの特性を活かし、本来の用途ではなく、戦時における兵士の士気高揚に用いられることになったわけです。
日本ではヒロポンの名前で一般人にも利用されました。
ある程度年配の方ならご存知の通り。
しかしながら、これも常用していくと、幻覚やせん妄、精神異常などの副作用がみられ、しかも依存性と禁断症状が強く、常用者は社会に適応できなくなるわけです。
戦時状態が解除されればこんなものを野放しさせるわけにはいきません。
麻薬の指定を受け、禁止薬物になったのは当然でしょう。
ところで、エフェドリンと分子構造がさほど違わないのに、何故、アンフェタミンが麻薬化するのか?これは脳科学が発達にするにつれ明らかになっていくわけです。
エフェドリンは血液脳関門でブロックされ、脳の中までは入ってゆかないのに対し、アンフェタミンはメチル基が一個少ないが故に、楽々と脳関門をくぐり抜け、脳の中に入ってゆけて、かつ作用するのです。
ということは脳の中にアンフェタミンと固有に結びつくレセプターがあるということになります。(ドーパミン・レセプターなのですが、ここらへんは面倒くさいので省略します)
いずれにしても、覚せい剤は麻黄の研究から派生的に合成された物質ということになります。そしてこれは、作った研究者も予測が出来ない不幸を生み出すことになってしまったのです。
若し、麻黄という植物がなければ、エフェドリンも生まれなかったでしょうし、あっても交感神経を緊張させ過ぎる、という副作用がなかったとしたら、覚せい剤は生まれなかったでしょう。さらに、この副作用をなんとかしようとする旺盛な研究心がなかったとしても生まれなかったにちがいありません。
そもそも、麻黄が咳に効くということを発見さえしなければ、やはり覚せい剤はなかったのです。
このように偶然の上にも偶然が重なり、現在の麻薬禍になっているわけです。
数万年前、人類が麻黄の薬効に気付いてから酒井法子の逮捕までの覚せい剤物語。
他人事とは思わず、誘惑される機会があっても断じて遠ざけなければなりません。
※現在、覚せい剤はもっと脳に入りやすくするため、メタンフェタミンという形に変えられています。ですからバージョンアップ、強力タイプです。その分、依存性も禁断症状も強く出ますので、その恐ろしさは何倍にもなっています。