ジンジン効果
(一)
小生、初めてリフレクソロジー施術を受けたのは20数年前。
台湾式の権化のような官有謀氏のスタイルです。
クッキー先生は官氏本人の施術を受けたとブログに書いてありましたね。
小生は当時下っ端で、とても両足フル施術をやってもらえるような立場ではありませんでした。
ちょっとだけやってもらったのですが、それでも充分に痛さが分かりましたよ。
飛び上がりましたもの。ギャー!と言って(ホントに「ギャー」と言ったと思います)。
これがもし拷問だったとしたら、何でも白状しちゃうでしょうね。
「イタイ!イタイ!分かった!分かった!俺だ!俺が殺したんだ!」って、やってもいないことまで白状しますわ。(そう思う程痛かったわけです)
しかし、ほんのわずかであっても施術後は足裏が妙にジンジンしているわけです。
しばらくの間続いていました。
当時は理屈も理論もたいした分かりませんでしたので、このジンジンした感じをそのままズバリ「ジンジン効果」と名付けたわけです。
何故かというと、この足裏から始まっているジンジンが身体の中に入ってきて、何かしらの影響を与えているような感じがしたからです。
そして、妙に心地良さが続くのです。施術の痛みが効果を生んでいるんじゃくて、施術後のこのジンジンが効果を生んでいるだろうなぁ、なんて思いましたもの。
全くの素人考えでしたが、後に案外的外れなものではなかったと知るようになります。
さて、このジンジン感、面白い特徴があって、あまり強い刺激にさらされると、さほど感じなくなります。慣れてしまうのです。
相当に強い刺激でも痛くない、という状態を作りだしたとき、健康になれるという理論が主流のときでしたが、小生はそう思いませんでした。
身体が刺激に慣れる、つまり対応したときには効果が薄まるのじゃないのか??と逆の考えをしたわけです。
本質的に天邪鬼なんですねぇ。
今はそうでもないのですが、若い頃はモロに天邪鬼でした。
当時、何の根拠もなく、そう思ったわけですが、そう思ったら、そういう施術をしなきゃイカン!というわけで、まっしぐらに研究したものです。
若いということは素晴らしくもあり、無謀でもありますね。
(中間過程は省略して・・・・色んなことがありましたけど)
あるとき、子宮癌のクライアントさんを診ました。
施術後、その方曰く「先生の足のマッサージは痛くないけど、長い間ジンジンして気持ちが良い」と。
その方、子宮癌の再検査で陰性になりました。
この一事をもってこの方法が絶対正しいなどと思うほど偏差値が低いわけじゃありません。また癌に効くなどと宣伝するほど、インチキ体質でもありませんよ。
様々な要因が重なるわけですから。
しかし、ある程度の自信には繋がりました。
飛び上がるほど痛くしなくても、ジンジンがあれば効力があるんだな、と。
(そのクライアントさんがジンジンという言葉を使ったのには驚きましたねぇ)
(二)
実際、さほど痛みを与えず、ジンジンさせるのは難しいものです。
受ける側の感受性の問題もありますしね。
結局、単純推圧に行き着くのですが、この単純推圧がまた単純ではありません。
技法としては物凄く難しい。特にドンピシャリの刺激閾値で圧を安定させるのは、肉体的にも精神的にも負担がかかる。
自分が考えた方法を世の中に広めてやろう!という野望を持っていたのですが、現実には難しすぎて広まらないわね~、という感じです。
(主旨に賛同して、その効果を実感して頂ける方のみということで細々と塾をやっているわけです)
いずれにしても推圧のみで行う足の施術は難しいわけです。
歳を取ると根気もなくなりますしね。
しかし、推圧を使うと微妙なツボ処が分かってきます。
フリクションを使うにしても、台湾系や欧米系の大雑把な施術の仕方じゃなく、かなり細かいものになっていきます。フリクションは楽ですからね、さほど、精神的にも肉体的にも負担がかかるわけじゃありません。
わずか、数ミリのスジにこびりついた老廃物を削ぎ落とすようなことも出来ます。
と同時にさほど痛みを与えず、ジンジン感を出させることも出来るようになってくるわけで、推圧の練習は決して無駄というわけではないのです。
小生のリフレのDVDはかなり大雑把な施術の仕方をしておりますが、あれが出来なきゃ、推圧も出来ません。そして繊細なフリクションも絶対に出来ないわけですから、あれはあれでいいでしょう。
基本型がないと、一歩も前に進まないわけですから、どうしても作る必要性があったわけです。
(三)
実際、小生のリフレクソロジーはどのようなものかというと・・・・
小生のリフレクソロジーを受けた人はあまりいないでしょう。
授業や説明会で行う試技は基本型ですので、実践形式とは少し違います。
施術を受けに来た方も、そのほとんどが体内浄化プログラムを選択するので、足の施術はフット・マニピュレーションという形ですからね。
さて、小生のリフレはどんなんだ?
そう、自分でも忘れるくらいですから、亜美之介センセのリフレってこういう施術か!と多分、不快(深い)勘当(感動)に包まれるのじゃないでしょうか。
曲がりなりにも、官氏の流れを汲んでいるので、ちゃんと老廃物除去施術をします。
かなり細かい所にも拘ります。同じ位置で執拗に施術する場合もありますよ。
女性くらいの足でしたら、指の関節はほとんど使いません。親指を多用しますね。
ただ、足裏を親指でフリクションすると、指を傷める可能性がありますので、フリクションの方向が授業とは逆になることが多いかな。
そうすると、スジの一本一本が指に触れてきますし、絡み付いている尿酸結晶の按配も分かるというものです。
当然、自律神経反射も意識しますし、ジンジン効果も意識しますよ。
経絡効果はさすがにあまり意識しません。そういう技法ではないのでね。
勝手に経絡効果が出てもいいんじゃない、みたいな感じでしょうか。
反射区を意識しなきゃリフレにならないので、意識はしますけれども、2級反射区や3級反射区は飛ばすことが多いです。その分、足首拘束のリリースに時間を割きますか。
(※2、3級反射区というのは、経験上、どうしてもそこに全息胚があるとは思えない、つまり反射がないか弱いかの反射区です。だからといって、そこに絶対ないという証拠を提出できない、微妙なものですかね)
フリクション系独特の多少の痛みはあるでしょう。
ただ生理的な痛みというより効いている痛みというか、そんな感じです。
単純推圧のツボ的痛みともまた違うんです。
まあ、実際受けてみると、教えられたことと随分違うな、と思う人もいるかも知れません。
しかし、これは経験と歴史ですから。
施術というのは相手によって千変万化するものですし。
(北斗神拳みたいなものだな)
結果、間違いなく老廃物が減少して、後、ジンジンしていれば、作用機序がどうあれ、大きな影響を与えているわけです。
(四)
官有謀氏が前面に打ち出した老廃物除去理論、つまりデトックス、即ち毒出し、ちょいと専門的にいうと循環原理は一理あります。
ただ、やり方が極端過ぎる。
最初は劇的に効くこともありますけど、継続しているとあまり効かなくなってくるのが弱点です。やはり違う方法でジンジンさせなきゃ。
というわけで、その違う方法を模索していて行き着いたのが足証という方法論なのでした。
しかし、この足証という方法論は足単体で施術を済ませるようには設計されておりません。気が強く動きますから、瞑眩反応が強過ぎるわけ。
あ~気持ち良いよ~なんて受けていたら、後で酷い瞑眩が出ることがある。
(某有名夕刊紙の記者が取材に来て、足証のみをやってあげたことがありました。次の日は酷い瞑眩反応がきて仕事にならんかったらしい。そうそう、そういうこともあるんです)
それを防ぐという意味で、また相乗効果を出すという意味で整体をやることになるわけです。だから、整体をやるということを前提に作られた技法なのです。
もし、足だけで済ませてくれ、と言われれば、まあ、リフレになるでしょう。
明生館にそういうクライアントさんがいないというだけです。
(某有名夕刊紙の記者の場合は取材だから仕方がなかったんです)
正確にいうとリフレ・コンプレックス(劣等感じゃありません。複合という意味)。
足首リリースとの複合です。
これでジンジンさせるわけですが、効果は実証済み。
ほぼ3年間、これのみでやっていた時期がありましたから。
でも足だけだと飽きてきますし、ツマラナイわけだ。
守備範囲も中々広がらないですし。
だからと言って、効果が劣っているというわけじゃないんです。
リフレにはリフレのリッパな存在意義がありましてね。
精密に行えば、ちゃんと反射効果で内臓が活性されますし、デトックス効果もあります。
さらにジンジン効果があれば鬼に金棒でしょ。
どんな療法にもそれなりに意義があるので、そうは簡単に他の療法を批判できないわけですよ。
(インチキは別ですよ)
(五)
ある施術者のブログを拝見したところ、その経歴に「リフレなるものを習ったことがある」的な表現がありました。
「リフレなるもの」というのはどこか見下したようなニュアンスがあって、酷く不快な気分になったものです。しかし気持ちは分からんでもないんです。
確かに巷に氾濫しているのは「リフレなるもの」かも知れません。
「リフレなるもの」で切って捨てたくなるような感情というのは小生もないわけではないのですよ。批判はしたくないのですが、いくらなんでも「なんちゃってリフレだなぁ」と思うこと度々ですもの。
しかし、施術者としての出発点がそこにあるのだとすれば、それは縁があったということでむしろ、大切にするというのが人間としての原点でしょう。
書くということは怖いことです。
小生も知らぬ間にある表現で人を傷つけているのかもしれません。
それはさておき、官有某氏の基本コンセプトは一面の真理をついております。
欠点を改良すれば良いだけです。
特に足裏デトックス理論は生かしておかなきゃいけない。
そしてジンジン効果も。
(六)
リフレの出発点はリラクゼーションではなく治療術であったということは明らかです。
(技法の是非はともかくとしてですよ)
勿論、日本の現行法において「治療」をうたうことはできません。
しかし、療法、療術としては民間資格ではありますけど認められているわけです。
ですから、リフレクソロジー療法でもリフレ療術でも問題ありません。
極端に走るのは何事もよろしくないのですが、リフレ=リラクゼーションという風潮には我慢できませんね。
リフレクソロジーの良いところは反射区というものが実体臓器で表されているということです。したがって、この実体臓器のことを勉強しなきゃいけない。
その臓器がどのような役目を負っているのか、その臓器がオカシクなるとどうなるのか?
基本的なことを頭に入れて施術しませんと、思いが伝わらないですね。
これは西洋医学で認められている働きだけではありません。
様々な考え方を学ぶ必要があるでしょう(東洋医学は当然ですけど)。
それを解剖、生理学のテキストを開いて勉強したところで、中々頭に入ってくるものではないわけです。
ところが、反射区というものを相手に施術するという行為の中では、俄然、現実味を帯び、興味も出てくる。
あれほど難しいと思っていた解剖生理が実に興味深く感じられてくるのです。
座学と実技が遊離しないでリンクしてくるというのがリフレの最大の長所かも知れません。
(七)
さて、ジンジン効果という題名から段々離れてきたので、話題を戻します。
ジンジン効果の作用機序はなんでしょうか?
おそらく単体ではないでしょう。
足もとからジンジンしているわけですから、絶えず神経反射が続いているという意味で自律神経反射機序があるとも考えられます。
また自分の身体での経験では、ゆっくりと足から上へ上がってくる感じもしますので、このスピードから考えると、期せずして経絡機序も働いているような気もします。
体液循環機序も働きますが、これは別にジンジンしてなくても働きますから、ジンジン特有なものではありません。
全息胚機序はどうかなぁ??
そもそも全息胚機序自体が別名、量子力学機序というくらいで、とても難しい概念です。
量子力学なんてピンと来ませんでしょ。
クォンタム・リフレクソロジーという表現がクッキー先生のブログで紹介されていたリンクページにありましたが、なんのことはない全息胚の高等な言い方です。
直訳すれば「量子力学的リフレクソロジー」
まあ、働いているかどうかはなんとも言えません。
ジンジン効果はジンジン機序とするしかないですかね。
どうも小生の場合はフネフネとかジンジンとか学問的香がしない名称が多いような・・・・
まあ、しょうもない技術をはったりかましてそれらしく体系化するよりは正直でいいのかも。
そういえば、フルフォード博士の著作の中で「生命力が活発に働いている頭蓋はあえて言うならジンジンする感じだ」(要旨)と触れたときに感じる様子を述べておりました。
その伝でいけば、生命力の発露そのものなのかもしれません。
了
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