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遠隔操作

(一)

灸の深谷先生は、症状のあるところに取穴するのは「下策中の下策」と述べております。
これは当然、手技にも言えることであって、ツボの醍醐味は一見、症状とは無関係なところで、その症状を寛解せしめることでもあるわけです。

小生、若い頃は肩こりなど感じたこともなく、そういう辛さが分からないでいました。
ところが足揉みを受けたとき、肩や首まで楽になって、(う~む、感じてないだけで、肩こりはやはり小生にもあったのか)と思うと同時に、(足で肩が楽になるんて、なんて凄いんだろう!)と単純に感動した記憶があります。

リフレクソロジーなどはまさに遠隔操作の最たるものでしょう。
まあ、足で身体のあらゆるところへ影響を与えることが面白いと感じる感性をもっている人がこの世界にハマッていくわけですから、リフレクソロジストは遠隔操作に魅せられた人たちだと言えるでしょう。
(流派を問わず、がんばれ!と言いたいですねぇ。そして、もっと勉強せ~よ、とも)

さて、感じてないだけで、肩こりは一応人並みに持っているんだ、と思った小生は、その肩や首を直接揉んだら、もっと楽になるのかな、という素朴な疑問が湧きました。
そして、指圧、マッサージにかかったわけです。

ところが、かえって不快感が増しただけで、足を施術されたときのような爽快感がありません。こういう個人的な経験もあって、やっぱり足揉みが一番だ、と誇りをもってやっておったわけであります。

経験を積むうちに、自分の身体を基準にして考えると、間違いを犯す、ということも分かってきました。今考えれば、当たり前のことですが、個人のよる体質の違い、精神の有り様、様々なわけです。

当然、足だけで肩こりが取れる人もいますし、全然そうならない人もいます。
そうこうしているうちに、指圧師やマッサージ師達と共に働く機会も得ました。

生意気にも雇うときの面接官をやったこともあります。
そうすると、断然、そういう施術を受ける機会が増えてまいります。

機会が増えるにつれ下手な人と上手な人の違いがハッキリ、クッキリ分かってくるわけです。下手な人は症状をやたら攻めようとするのですね。

小生の肩が硬いのが分かると、そこばかり解そうとするわけだ。
段々、耐えられなくなってきます。
(中止させたこともありますもの)

上手な人は文字通り遠隔操作から入って、本丸に近づくという手法を採るわけ。
極上の気持ち良さと術後の楽チン感は格別です。
(な~るほど、ちゃんと工夫してるんだなぁ)と感心しました。

ところが、上手な人ほどこだわりがあって、クイックマッサージの施術を極端に嫌います。
しかし、そのサロンのメニューにある以上、それをこなさなければなりません。
(クイックマッサージが最初に流行った時期です)
15分やそこらで遠隔操作をやってる暇などあるわけがないですよね。

(二)

クイック嫌い・・・
小生も施術者だけにその気持ちは良く分かります。
しかし、会社の方針ですから、自分の判断でそれを撤廃するわけにはいきません。

で、面白い現象が起きてくるんですよ、現場では。
小生が上手だと思っている施術者はクイックに身が入りません。
ところが、下手だと思っていた施術者は症状を攻めるのが使命だと思ってますから、余計なことを考えることもなく、コリを15分間攻め続けます。嬉々としてやるわけだ。

そうすると、クイックの客層というのはそういうのを喜ぶ人も多いですから、上手下手の逆転現象が起きてしまいます。
ホントは逆転してるわけじゃないのですが、時間の制約と施術者のやる気がそういう現象を生み出しているわけです。
施術者自身が(こんなことやってたら、マズイよなぁ)なんて思ってやっているわけですから、そりゃ無理ですよね。

しかし、つくづく思いましたね。
クイックマッサージはクライアントだけじゃなく施術者をダメにするなぁ、と。
遠隔操作するツボの妙所を会得するなど、不可能な話です。

そういうことを分かっていながら、仕事とは言え、それをやらせていたのですから、小生も内心忸怩たる思いをしていたわけです。

しかし、ちゃんと罰が当たるようになっているわけで、後年、小生自身がクイックマッサージならぬ、クイックリフレをやらねばならない羽目になったのです。

(三)

後年、ずっと後年の話ですけが、縁あってクッキー先生と働く機会がありました。
(クッキー先生がある会社の重役だったときの話です)
あるときクッキー先生が命じました。
クイックリフレのコーナーをデパート催事で作るので手伝ってくれ、と。
施術者としてです。

ガーン!(ウソだろ・・そんな、三日前に技術を覚えたような女の子と同じことやるのかよ・・・・)
施術後、足揉みマッサージ器の売り上げに繋がるようなトークをしてくれとも。
足揉みを正業にして以来、そんなことはやったことがありません。
クイックリフレさえもないわけです。

しかし、東京に出て来たばかりの頃、小生が朝飯を抜いていることを知ると、会社に小生の朝飯まで自腹で買って来てくれたり、公私ともに何かと配慮してくれた恩人です。
嫌だと言えるわけがありません。
(これがホントの遠隔操作だ)
「はい、分かりました!」二つ返事ですよ。

さて、やると決めた以上、やる気をなくした状態でやるわけにはいきません。
迷惑かけますし、自分の得にもならない。優秀な施術者がやる気をなくして評判を落としている例も見ていますしね。

(15分かぁ、足って二本あるよなぁ、ということは一本につき7分~8分だぁ)などと当たり前のことを考えてしまいます。

(でも足で良かったなぁ、これが身体のクイックマッサならお手上げだもんな)とちょっと前向きにもなったりして・・・

足は遠隔操作の象徴です。もし、妙所を掴むことができたなら、片足7~8分でも充分過ぎるくらいではあります。

しかし、問題はそれをその時間で掴みきれるかどうか、です。
こうなると、施術自体はリフレから完全に離れなければなりません。
土踏まずにほぼ限定しました。ツボ療法ですよ、ツボ療法。
これしか、道はありません。

幸いなことに経験から、病んでいる人はほぼ土踏まずのどこかにツボが現れることを知っておりましたから、この路線で行くことにしたわけです。

(三)

土踏まずに大体ツボが現れるにしてもそのツボがその人にとって最善のツボかどうかは分かりません。また、フォローが出来ない分、瞑眩が強く出るかも知れません。
でも、どこかで割り切る必要もあるわけで、そういう姿勢で臨みました。

結果からいうと個人的には良かったですねぇ。
様々な経験が出来ました。

中にはホントにツボがドンピシャで、病勢のタイミングもバッチリ合ったのでしょう。
一発改善なんて例もありました。

肩の問題、首の問題、腰の問題が土踏まずで取るツボだけで改善していくのですから、遠隔操作の極致です。これにはこたえられませんでしたねぇ。
(いや~このまま常勤してもいいかなぐらいの感じでね、お調子者なんだな本質的に)

なにせこなす数が多いですから、そういう例も沢山出てくるわけです。
勿論、イメージと違ったのでしょう、小首をかしげ不服そうに帰る人もいました。
(帰ってから瞑眩が出た人も結構いるに違いありません)

ちょっと申し訳なかったのは、リフレじゃなくツボ療法なので、足のマッサージ器の動きとは違う、単純推圧を使ったことです。
器械はローラーですからねぇ。要するにフリクションだ。それとは全く対極にある単純推圧じゃ、説明しづらいですよ。
販売にあまり繋がらなかったかも知れません。

会社には貢献できていないかも、だな。
ゴメンナサイです、クッキー先生。

頭部施術における経絡説

経絡説で頭部に三焦経が走行しているとしているのは大きな意味があります。

三焦経は膜の働きを表すものですから、ズバリ脳膜の問題を表現しているのでしょう。
肩のラインから首に来て、頭頂骨と側頭骨との縫合部を横切り、冠状縫合を横断します。

胆経もまた重要な頭部の位置を走行しております。そもそも胆経は関節を支配する経絡です。縫合部もまた不動関節(実際は動く)ですから、この関節の問題を表しているに違いありません。

胆経異常は関節が硬くなり、動きが悪くなることが多いわけですから、縫合関節そのものの動きを良くする効果があるのです。

膀胱経は自律神経と深い関わりがあって、その走行は、ほぼ仙骨をカバーし、背骨の際を通り、後頭骨即ち脳幹を統べていきます。

仙骨と後頭骨が連動する動きがあるとするオステ系、カイロ系の理論は膀胱経の走行からも正しいものと判断できます。

脾経はコメカミに到達しているわけですが、咀嚼(消化器系)とクラニアルの深い関係性を暗示しているかのようです。勿論、この部分はプテリオンと言って、クラニアルでは非常に重要な地位を占めるわけです。

督脈はいうに及ばず。
ラムダを通り、矢状縫合、そしてブレグマを通っていきます。

「肩こりは頭で取る」という理屈は筋筋膜理論でも説明できますが、経絡説ならもっと簡単です。少なくとも、膀胱経、胆経、三焦経異常から来る肩こりはそのままコル部位と繋がっていますから、頭で取りやすいわけです。

ヘッドマッサージが一部の人の間で人気なのは、不完全とはいえ、頭部経絡から、首肩のこりを取る、即ち爽快感があるからに違いありません。頭部の経絡が渋滞気味ですと、何をやっても抜けた感がないので、さもありなん、とは思いますね。

ある方にクラニアル手技を行っていたところ、「わぁっ!」と叫びました。
いい感じ!と思っていた矢先でしたから、何事か!夢でも見たんかいな!とこちらも驚いてしまいました。しかし、その方「身体がスッと楽になったのでビックリしました」と呟くように言ったのです。

クラニアル手技は5グラムタッチですから、実に微妙なものです。
全身の気血の流れを良くしたあと、最後の最後で経絡が繋がった瞬間です。

現代社会はストレス社会、即ち、頭でっかち社会でもあります。
頭部施術は経絡説を基にするにしても、クラニアル理論を用いるにしても、益々重要性が増していくことでしょう。

風邪と経絡実感

首すじに限らず、仙骨に限らず、なにせ身体を冷やすと風邪は引きやすくなります。

冬空の下、短パンとTシャツだけで一時間も外に立ってりゃ、確実に風邪を引くことでしょう。

小生が原稿を書くとき、暖房の按配と机の配置の問題で右側の大腿部がやたら冷える体勢でおります。そうすると、途端にクション、クションとクシャミをすることになるわけで、あわててフリースのひざ掛けをすることになります。

大腿部をすっぽり覆うと暖かい感じがして、まあ快適。

さて、冷静に冷えているところを体感してみれば、丁度、大腿部の胆経、三焦経(古典経絡にはない)あたりかな、と思うわけです。

そうすると、腕の三焦経(特に上腕)、胆経(古典にはない)の重だるさとツッパリ感が出てきます。また、背部の三焦、胆反応ゾーンもちょっと凝る感じがして、さらに腹部の同ゾーンも違和感を感じます。

よ~く、注意して観察すればまさに経絡反応を実感することができるのです。

不健康ですと、奇脈ルートもありますから、このとおりの反応は出ませんが、それでも身体というのはちゃんと繋がっているんだなぁ、ということだけは分かります。
経絡を実感するのは日常生活の上で、いくらでもあるのです。

大昔、経絡を指標に漢方薬を処方する方法もあったと聞きますが、傷寒論がハバを利かせた後はわずかに生薬の帰経作用という言葉が残されているに過ぎません。

経絡と湯液、両方の達人になるなどほとんど不可能に近いので致し方ないことでしょう。
片方だけの達人になるだけでもユルイ話じゃないですからねぇ。

天応穴(てんおうけつ)

足裏には正穴が一個しかありません。
ご存知「湧泉」穴です。

古来より鍼灸家はこの「湧泉」穴の取り扱いに苦労していたようです。
鍼灸の古典書に
「湧泉は足心神気のそそぎ流れこむ所なり。巧に非ずんば刺すことこと勿れ、急症に非ずんば灸すること勿れ。・・・・云々」とあります。

かなり注意を要するよ、ということですね。
確かに、こんなところは、「鍼は痛いし、灸は熱い」ものです。

しかし、この湧泉以外にも有効穴はたくさんあるわけで、刺激に強い踵や各趾下に取穴して、実効果を挙げていたようです。

これら足裏に出る有効穴は、深谷伊三郎先生によると、湧泉の変動穴じゃないか、と提示されておりますが、さすがに小生、賛成しかねます。
経穴主義の灸家らしい意見ではありますけど。

足裏のツボを手技によって徹底的に探っていき、かつ、臨床に応用した施術家を寡聞にして知りません。小生をもって嚆矢とするのじゃないかな、と秘かに自負しております。
(リフレでいう反射区はツボじゃありませんからね)

結論からいうと、身体に変調を来たしている人は高い確率で土踏まずの中にツボが現れるということです。
(勿論、その人にとって最も効くツボであるかどうかは別にして)
それが湧泉の定位置とは限りません、まさに変動しているわけです。
しかし、土踏まずの中であることだけは確かなのです。

様々な経験をした小生も、さすがに心底驚いたことがあります。
三水会の長老Yさんが、五十肩になったときのことでした。
(長老なんて言ったら、後で怒られるかなぁ)

右肩の「五十肩」だったのですが、左足の湧泉より外側下、足心より外側上、反射区でいうと、「心臓」と「脾臓」の間に近いところでしょうか、そこの部分を押圧したところ、「肩に響くぅ~!」というのです。

(なるほど、こんなところにツボが現れているのか・・・)と思い、当然、症状のある側、つまり右足にも強い反応があると思っておりました。
ところが右足にはそんな部位はありません。
(むぅ~なんでだろ?)
これは左股関節の問題が現れているところの右五十肩じゃないだろうか?と思ったものです。(股関節と肩関節は対角線上に問題が出る-構造医学の見解です)

いやはや、ツボといっても経絡といっても一筋縄ではいかぬものじゃわい、と一人ゴチたわけ。

しかし、良い経験をしたとばかりに、次の五十肩のクライアントさんが来たら、存分に試してやろう、と心密かに決めておりました。

いよいよ、そういう方が来たのですが、今度は足裏にツボが全く現れていませんでした。
まさにツボは固有のものです。

このような個人固有のツボのことを阿是穴というのですが、単に無名穴という場合もあります。こんなに効くのに、阿是穴(あっ、そこ!という意味)とか、無名穴じゃ、あんまりツボが可哀相じゃないですか。

長い間、ずっとそう思っていたのですが、それを「天応穴」と呼ぶ古典書があることを知り、これだ!これ!とエラク得心しました。
「天が呼応するところの穴」ですものね、カッコ良い!

しかし、呼び方がカッコ良い!だけじゃなく、実際に手技ではまさに天が呼応するかのように効くわけですよ。

地響き、天応ずる処、即ち是、妙効有りとせんや。

足裏は「天応穴」の宝庫です。

手技におけるツボ療法というのはこの天応穴を探せるかどうかにかかってくるのですが、身体全体から探すのは難題中の難題。

そこへいくと、足裏は範囲が限定されて、さらに土踏まずだけならもっと限定されます。
(たまに天応穴が現れていないときもあるけれど)

手技と鍼灸では性質が違いますから、「刺すこと勿れ、灸すること勿れ」じゃないわけです。むしろ「按じ給え、摩し給え」です。

「按じ給え、摩し給え」を実践したのが結果的にはリフレクソロジーなのですが、西洋で作られたため、ツボの概念がありません。

天応穴という妙所を素通りしてしまっている可能性があるわけで、実に勿体ない。

肩こりと文章書き

先日、作家の村上龍氏が、「ペンで小説を書いていた頃は肩が凝っていたけれど、パソコンで小説を書くようになってからは、肩というより、肩甲骨が凝るようになった」(要旨)と述べておりました。

分かる、分かる。確かに長時間のキーボード入力は肩甲骨の緊張を招きます。
なにせ、「病、膏盲に入る」ですからね、コリ方としてはこちらのほうが深い。

僧帽筋の厚い部位と菱形筋というデカイところが凝るわけですから、より大きな影響を与えることでしょう。

小生、作家でもないのに、休日ともなれば7時間ぶっとうしでパソコンの前で文章を綴っております。

前は三分の一がボツ原稿でしたが、今では逆になりまして、三分の一がアップ分、三分の二がボツ原稿・・・

日の目を見ることのない、凄い量の文章群が原稿ファイルに眠っているわけだ。
(こりゃ、いくらなんでも過激すぎるなぁ)とかね。

『あんまり、変なこと書くと、乗り込まれて襲撃されるわよ~』なんて、スタッフKが言うわけです。そんなバカな!と返しますが、やっぱ、どっかで気にするんですな。
明生館襲撃事件なんて嫌じゃないですか。

それでも、書く!発表しなくても書く!
あ~スッとした!
とまあ、一種のストレス解消なわけです。
誰かに愚痴ってストレス解消するようなもんです。

ただ、その誰かはいない。単にパソコンの画面にのみストレスをぶつけるわけだ。
誰も犠牲者が出ない分、良いといえば良いのですが、その代償として、肩甲骨や腕が懲り、目が疲れるのです。
変なストレス解消策ですよね。

しかし、思うに、一日中、仕事でパソコン画面に見入り、キーボードを操作する人たちは一体どんな按配になっているのか、と。
肩甲骨に腕に目・・・最強3点セットですからね。

痛がる体質

リフレクソロジストにしても、他の施術家にしても、やたら痛がるクライアントを施術した経験はお持ちでしょう。

ツボの痛みというよりも、生理的に痛がるタイプです。
ツボの痛みはある意味不快ではありません。どこかに気持ち良さがあるものです。

ところが、この生理的に痛がるタイプというのは、単に痛いというだけで、施術する上で実にストレスが溜まる一群の人々です。

「刺激に過敏な人」と呼んでいますが、東洋医学上の分類は三焦経異常ということになります。これはくすぐったがり屋さんも同じです。

三焦経という経絡にエネルギーが不足している状態なのですが、専門的には三焦虚という体質ですから、経絡を利用する施術家は覚えておいて損はないでしょう。

こういうタイプの方に対して、痛いのを我慢させて、施術するのは愚の骨頂です。
三焦経にエネルギーが満ちるどころか、かえって散らしてしまいます。

ゆっくりじっくり馴染ませるようにやらねばならないのですが、街の揉み屋さんに行くとそんなことは考えてくれません。

結局、そういう方は指圧やマッサージは嫌いになるに違いありません。
それでも身体の調子が悪い人は、刺激量の少ない施術方法を採る施術院に行くわけです。

かくしてその施術院は三焦経異常の人ばかりが集まり、それなりに繁盛するわけだ。
しかし、そこで働いている施術者はそういうクライアントばかりですから、「証」という概念が発達しません。

たまにもっと強くしてくれますか!という違う証の方の要望があっても、「そんなことしたら、身体がダメになります」とかえって説教することになります。

強くすると言っても、限度がありますので、ある意味、正論ではありますが、間違った前提で言うのはよろしくない。

もっとよろしくないのは、過敏であるが故に、押圧やマッサージを嫌い、たまたまスラスト系で楽になった経験を持つ人たちです。

スラストは一瞬ですから、上手くやれば痛みがありません。
しかも、楽になった感じはする。

こうして、三焦虚の人がバキバキ、ポキポキを非常に好むという変な現象が起きてしまいます。三焦虚の人を毎度、クラックさせて、身体に良いわけがありません。

スラストは瀉法中の瀉法ですから、特に首なんぞやると、ただでさえ三焦経のエネルギーが不足しているところへもってきて、さらに散らしてしまいます。
(首は三焦経が走行する重要な部位。昭和40年代に書かれた増永師の著作にはムチ打ちはほとんど三焦虚とあります。現代ではヘッドレスト、シートベルト、エアバックが装着されていることもあって、小腸虚の方が多いかもしれません。少なくともウチはそうだなぁ)

長い目で見ると、頚椎ヘルニアへ・・・そこまで行かなくとも、椎間板の老化を促進してしまいます。

医原病ならぬ整体原病もまたあるということです。
心せねばなりません。

木魚療法

ポクポクポク・・・・木魚の音はなんともいえない哀愁を感じさせますね。
目出度い時に叩くのを聴いたことがないのですから、当然かもしれません。

さて、スタッフKがお通夜に行ったときのことだそうです。
右膝が悪いのはご存知のとおりだと思いますが、随分と良くなって、日常生活には支障が出なくなっておりました。

ところが、そのお通夜でお坊さんがポクポクポク・・・・と木魚を叩いていると、悪い右膝が木魚の音に合わせ、ズンズンズンと反応したそうです。

そのうちその反応がなくなったそうですが、帰り際、階段を使うときに違和感があったそうで、そのことを述べるのに、またウルサイわけです。

「どうして?どうして?どうして木魚に反応したの?」
「そりゃ、木魚の音が右膝に共鳴というか共振したわけさ」
「どうして?どうして?どうしてそうなるの?」
(オマイは赤頭巾ちゃんかよ)
「周波数が一致したんだろうね」
「なんで?なんで?悪い方だけに反応する?」
(あ~もうやだ。関節には固有振動というのがあってさ、不都合が生じると、その振動数が変化するわけだ。たまたま、その変化した振動数が木魚の音波振動と一致したんだよ!)
と説明する気にもなれません。
「まあ、色々あんだよ、ところで今は大丈夫なの?」
「今は大丈夫。でも帰り際の階段は使いづらかったのよ。瞑眩かしら?」
「そうかもね」
「じゃ、木魚療法というのもあり?」
「音叉療法というのもあるから、ありだろうね」
「じゃ、ウチは木魚療法をやれば!」
「固有のものだから、全部の患者さんが反応するわけじゃないだろ」
「だから、色んな大きさの木魚を用意して、どれが反応するか検査していくのよ」
「ズラッと木魚をたくさん並べてか?」
「そう!」

不思議な発想をするのは何も小生ばかりではありません。

※ホントにやったら足証宗-明生寺になっちゃうよね。

風邪

『普通の風邪は首筋(大椎)あたりから入って、悪寒がしてくるけど、インフルエンザは仙骨から入って悪寒がする』とスタッフKが申しておりました。

一概に言えませんが、小生もそういう経験があるような気がします。
勿論、温病といって、悪寒のない風邪も多いのですけど。

一概に言えないにせよ、首筋と仙骨を冷やさなければ、風邪やインフルエンザ予防には結構なるのではないかな、と。

外出時にはマスクをして襟を立てるか、マフラーをする。腰、仙骨あたりにホカロンかなにかで暖めておけば、転ばぬ先の杖になることでしょう。

葛根湯も良い薬だと思いますが、初期症状でかつ首の凝りがないとあまり効きません。
逆にいうと、これらの条件を満たして、汗が大量に出れば、一晩くらいでケロっと治る場合もあって、名薬の一つだなぁ、と実感できるものです。
タイミングと証次第というところでしょうか。
(初期ではあっても温病にはあまり効かないのが弱点です)

それでも罹った場合は仕方ありません。
少し、休息しろ!という天の声だと思って、寝てるしかない。
普段、健康な人は病人の苦しみに共感する良いチャンスかもしれません。
悪寒が走り、ブルブル、ガチガチと震えているときって、なんとも切なく、孤独な感じがしますよね。
病人というのは孤独なものだなぁ、と実感できる瞬間でもあるわけですよ。
(H5N1型ウイルスだったらそんな悠長なこと考えてられませんけど)

まあ、ノド元過ぎればなんとやら、で元気になればすぐに忘れちゃうのですが。

※温病=簡単にいうと、熱感から始まり、最後まで悪寒がない病態。今の風邪はこちらのほうが多いようです。

婆ちゃん先生

婆ちゃん指圧師、婆ちゃん整体師というジャンルの存在は中々侮れないものがあります。

半年に一回くらい来るクライアントさんが、若い頃、外国で酷く腰を痛めたとのこと。歩くのもままならないくらいになったので、現地のカイロプラクティッククリニックに行きました。

種々の検査をされて、治療を受けたそうです。しかし、丁寧に診察してくれたのはいいのですが、肝心の症状が全く取れず、さらに酷い状態になったと言います。

それで死ぬような思いで日本に帰ってきたそうな。
そして、紹介で、ある婆ちゃん先生のところへ行きましたとさ。

するとその婆ちゃん先生、『あら、あなた恥骨がズレているのよ』といって骨盤の当たりをヒョイヒョイとたいした力もいれず、操作したそうです。
すると、あ~ら不思議。あれほど痛かった腰痛がピタリと治まったそうな。

それから、随分長い間、腰痛は出なくなっていたのですが、30年の時を超えてまた痛くなって、すでに婆ちゃん先生は亡くなり、どうしようか、と思っていたところ、紹介で来院されたというわけ。

年齢も年齢ですから、さすがに小生の施術、一回で30年持たせることはできませんが、半年くらいはもっているようです。恥骨の歪みはないですね。違う要因です。

それにしてもその婆ちゃん先生恐るべし!ですよ。
生前は名施術家だったのでしょうね。

さらに、ウチの卒業生にM氏という温和な男性がいます。人当たりもよく、良い方なんですけど、そもそもウチへきた動機というのは、母親が重病を患い(脳腫瘍)、ある婆ちゃん指圧師のところへ通い続け、なんと腫瘍の消失をみたそうな。

そしてM氏もまたその婆ちゃん先生のところへ通うようになったわけです。まあ、親子共々、というところでしょうか。

しかし、その婆ちゃん先生、事故に遭い、引退してしまいました。そして何年か後に亡くなったそうです。

そういうわけで、その方も紹介で最初はクライアントとして来ておりました。
よく聞いてみれば、その婆ちゃん先生、それこそ力も入れず、大したことをやっているように感じることはなかったらしいのですが、それでも術後、瞑眩反応など出て、ちゃんと効いているんだから、凄いなぁ、と、述べておりました。
(因みに母親は再発もなく健在で、今はM氏の施術を喜んで受けているそうです)

このように婆ちゃん先生は体力的に力を出しようにも出せないわけです。
しかし、えらく効果がある施術をする。
侮れないですねぇ。恐るべしですねぇ。

婆ちゃん先生は論理的に記述するとか、説明するとかは不得意だと思うのです。
だから、亡くなると無名になっちゃう。他にも名治療家の婆ちゃん先生がたくさんいるような気がしますね。
婆ちゃん先生は意外に盲点かもしれません。
婆ちゃんだからHPやブログなどやりませんしね。

現在若手の女性施術者でもいずれは婆ちゃんになるわけですから、この記事をキッカケにして、名物婆ちゃん先生を是非、目指してほしいですね。そして、情報を発信してほしいものです。

ツボ殺し

ツボで人を殺すことではありません。
それじゃ、必殺仕掛け人になっちゃいますものね。
発音の正確を期するため、表記しておきます。
「つぼころし」と発音します。「つぼごろし」ではありませんので念のため。

一穴の効用を多穴使用することによって、効果を相殺してしまう現象のことを言います。
あるツボを生かすツボと、あるツボを殺すツボがあるのですから、中々面倒くさい話ですね。(五行説の相生、相克関係に似ていますが、そんなハッキリしたものじゃないんです)

古典中の古典「黄帝内経」は多鍼を諫めておりますが、このようなことを経験から知ったいたのでしょう。

このツボ殺し、何も鍼だけではなく、灸にもあるようです。
鍼灸の性質上、そういうこともあるんだろうなぁ、と。

ところが、手技はこうした現象は起きづらく、さほど意識する必要はありません。
むしろ、鍼灸と同じような取穴法ではほとんど効かないでしょう。

また、足裏へ鍼、灸は余程のことがなければしちゃいかんよ、とも古典は教えています。
かほど、鍼灸と手技の性質は違うわけですね。

ただし、「ツボ潰し」というのは起こりえます。
思うにこっちのほうが「ツボ殺し」じゃないかなと。勿論、「つぼごろし」の発音の方で。

これはHPなどで何度も書いてまいすから、詳述は避けますが、ところ構わず、強圧を続けるとそうなってしまいます。

ところが、強圧というのは受療者の感受性によって違ってきますし、術者があえて2~3箇所選んで行う場合もあります。
ですから、一律に公式化できないところに難しさがあるわけです。

いずれにしてもツボは天地無用、壊れ物注意、取り扱い注意であることだけは確かです。

神門穴(しんもんけつ)

灸は急に効くから灸という。
という説もあれば、灸の効果は一ヶ月後に本格的に効き始めると唱える専門家もいます。

人によって病態や証が違うのですから、急に効くこともあろうし、かなり遅れてから効果を表す場合もあるに違いありません。

「便秘に著効あり」とされている名灸穴に沢田流神門穴(手首にある)というのがあります。
先日、酷く便秘に悩むリンズちゃんが、ここに灸痕をつけてきました。

「あっ、どうだった?出た?」と小生。
どうも著効がなかったようです。

自分でやっているのですから取穴位置と壮数に問題があるはずもありません。
さすがに「たちまち便通あり」とされている名灸穴もあまり頑固な便秘には時間がかかるようです。

小生は手技ですから、この名灸穴を使うことはありません。
手技には手技のやり方があるからです。
勿論、便通が良くなる人もいれば、頑固で中々、改善しない人もいます。

フト思いついたのですが、本来、鍼灸穴である沢田流神門穴を手技で行えばどうなるか?
経絡反応のやたら良いスタッフKという格好の実験台がいるではないですか。
スッタフKは別に便秘ではありません。
しかし、沢田流神門穴が、本当に瀉下作用があるかどうかははなはだ興味のあるところ。
反応の出やすいスッタフKを使って実験開始。

5分ほど、神門を揉んだでしょうか。
すると、30分も経たないうちにトイレに行きました。
「もう!変な実験するからこんな時間に出てしまって!」と怒られてしまいました。
それから、家に帰ってもう一度トイレに行ったそうです。
一日のうちに三回出たことになるわけですね。(朝の分を含め)
さすが経絡反応の良いスタッフKです。
どうしてこんな単純に効くのでしょう。
クライアントが皆そうであればどんなに楽か。

結論から言えば、鍼灸穴であっても、反応の良い人は手技でも効くようです。
手首で瀉下作用が起きるのですから、これも古典の妙ですわねぇ。

統計

面白い記事が載っていました。そのままコピペします。

[ワシントン 1日 ロイター] 慢性的な頭痛の軽減にはアスピリンなどの薬よりも鍼治療が効くとの調査結果を、米デューク大の研究者らが1日、専門誌Anesthesia and Analgesiaで発表した。

 片頭痛や緊張性頭痛など慢性の頭痛患者約4000人が対象となった複数の研究を再調査したところ、鍼治療を受けた患者では62%に改善が見られたのに対し、薬の服用では45%だった。

 また、実際の鍼治療では53%に改善が見られたが、医療対象とならない位置に鍼をうつ偽の治療では45%だった。効果が現れるには平均で5―6回の治療が必要だった。

なんでも統計をとらずにはいられないアングロサクソン系の伝統ですかね。

日本の場合、鍼灸の学校は専門学校扱いですが、アメリカは大学院扱いになります。
ある意味、鍼灸師のステータスは日本より高いわけで、こうしたことも統計をとる原因になっているのかもしれません。

統計は平均値でしかありませんから、名人、達人クラスになれば改善率はさらにアップすることでしょう。

色々なことを考えさせてくれるニュースかと思います。
効果が出るまで5~6回の施療が必要とか・・・

また、手技(アメリカはカイロ、オステ)での改善率はどうなんだろう?とか・・・
もっと言えば足揉みはどうなんだろう?とかね。

統計というのは正確にとるから価値があるのであって、単なる印象で言っては無価値です。

それでもあえて言わせて頂くならば、手技のほうが改善率は平均では上のような気がしますね。特に緊張性頭痛ではほぼ9割がたの改善率になるような・・・しかも一回で。
偏頭痛はちょっと手強いですけど。

いずれにしてもちゃんとした統計がないから公に主張することができません。
こういう統計が出されるということ自体、羨ましいなぁと思うわけですよ。
日本で薬より効果があるなんて発表したら袋叩きに会います。
少なくとも医学界では生きていけないでしょう。
決して大げさじゃないんですよ。

腎臓の専門医に「足の施術は腎臓に良い影響を与えます。研究されたら如何でしょうか?」と言ったところ、「そんな研究したら、海に沈められてしまいますよ」と返されたことがあります。

「海に沈められる」というのは、医学界での研究者としての地位を失う、という意味です。
なんだかなぁ・・・未だにそんな事情のようです。

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