« 粘菌と経絡 | トップページ | 魚の目から考えること »

茶師と漢方医

茶師(ちゃし)

小生、日本茶が好きなくせして、茶師という存在を知りませんでした。言ってみれば、日本茶のブレンダーのようなものでしょうか。

やはり日本茶は奥が深いようで、各産地や、気候などの条件で、同じお茶葉なのに、そのテイストは微妙に(かなり)異なるらしい。
(産地によって異なるのは当然として、同じ産地で同じ畑でも茶葉を積む日の天候によって、まるで違うものになる)

そこで茶師と呼ばれるプロフェッショナルは、各茶葉の良い面を引き出すべくブレンドします。日本茶だけにブレンドという言葉は使わず「合組」というらしいのですが。
この「合組」は才能と経験が必要なので、素人がやるのは絶対無理なようです。

単品ずつ試飲すると普通のお茶でしかないのに「合組」すると、魔法でもかけたように美味いお茶になるのですから、やりがいのある仕事ではあるでしょう。

さて、これらは茂木健一郎氏が司会をやっているNHK番組「プロフッショナル」で観たことなのですが、その茶師が非常に印象に残ることを言っていました。

「お茶はマジマジと正面から見ると、かえって分からなくなる。まず、遠目でチラッと見て、その雰囲気とか印象を感じることから始める」(要旨)と。

これを聞いたとき、小生はビックリ仰天しました。寝そべって観ていたのですが、思わず、身を乗り出し、正座して聞き入りましたよ。

何故かというと、実は日本漢方史上、超有名な漢方医がこれと全く同じことを言っているのです。勿論、漢方医ですから、対象はお茶じゃなく、患者なのですが。

その漢方医は病人の様子を遠目でちらりと見やり、全体の印象を元に診断すれば大きな間違いをしなくて済むと述べております。

望診の極意をさらりと述べているわけですが、これがどれほどの修行とどれほどの知識を有しなければできないことか、小生はよく分かります。いきなりそれをやろうとしても絶対に出来ません。この言を知ったのは約12、3年前のことですが、以来、遠目でちらりと見るようにはしているのですが、これが中々分かるものではないのです。

その茶師(前田文男さんというらしい)は父親から「お前はお茶が見えてない!」とキツク叱られ、仕入れ担当から外されたそうです。負けじ魂の強い人だったのでしょう、それ以来、来る日も来る日もお茶を見続け、触り続け、飲み続けたそうです。しかし、一年経っても、二年経っても、さっぱりお茶が見えないわけだ。

5年経ったとき、フトしたことで「あっ、このお茶は不細工だけど何かが違う」と思ったらしい。触ってみると重みがある。そして、その不細工な形をしたお茶を合組したところ、イメージどおりのお茶になったらしいのです。

おそらく、言葉や文章では表現不能の悟り方だと思います。
どん底の5年間だったと述懐しておりましたが、この体験なくして、日本有数の茶師になることなどできなかったでしょう。

かの増永師も「経絡は見ようとすればするほど見えなくなる、待つことが大切だ」と述べております。漢方や手技の極意は実にお茶の世界にも当てはまって、大いに感動いたしました。

このようにチラッと遠目でみて分かるということに対して、茂木健一郎氏は脳科学の立場からコメントしておりました。

曰く「正面からマジマジと観察すると意識が働いてしまう。意識の中には様々な知識があって、知識が互いに邪魔しあい、混乱し、正解にたどり着かない。ところが、遠目でチラッと見るということは無意識で見ることになる。無意識の中では、余計な知識が働かず、頭の中にある正しい知識がスーッと浮かび上がってくるものだ」(要旨)

膨大な知識の中から正解を一つ選び出すのには、意識が邪魔するというのは面白いものです。かといって、何の知識もないのに、瞑想さえしていれば、無意識が働き正解を導き出すというものではありません。知識はやはり必要なのですが、これを引っ張り出す心の有り様が名人の名人たる理由なのでしょう。

修行の段階というのはまず知識を蓄えることです。
そして経験を積み、さらに心の有り様を鍛錬していきます。
それには膨大な年月がかかるでしょう。
片手間でやっても身につくものではないのです。

昔の漢方医はこう述べています。
「もし心が多端にわたるときは術の精妙に至りがたいから、よく多端を省いて、一筋に心をこめ、これを思い、これを求めるときは、豁然と感得するのであって、そのときは、手の舞い、足の踏むところを知らないほどの喜びがある」

まさに茶師(前田文男氏)は5年間、この漢方医が述べたとおりの修行をして、豁然と感得したに違いありません。そして、お茶に対する望診を会得したわけだ。

小生等の仕事には考えさせられる内容の良い番組でした。

※漢方医=和田東郭。吉益東洞の門下で俊英の誉高く、後に一派を起こした有名な医者。一般には知られていませんが、漢方の世界で知らぬ人はおりますまい。

合組(ごうくみ)

合組-日本茶におけるブレンドのことだとは述べたとおりです。
大和言葉でいえば「組み合わせ」という普通の言葉なのですが、この「組み合わせ」の妙というのが面白いものです。

漢方の方剤はまさに各生薬の「組み合わせ」の妙を利用したものですし、鍼灸もまた、取穴の「組み合わせ」の妙です。

料理の世界でも、企業が開発する新商品でも、「組み合わせ」という言葉自体がキーワードになっておりますね。

ことほど左様に「組み合わせ」というのは重要な概念です。
組み合わせることによって、まるで違う性質になるのは化学の世界、素材や材料を扱う世界では当たり前のことです。

人間とは、自然界にあるものを如何に組み合わせるか、という命題に挑戦してきた生き物なのかもしれません。

手技の世界でも、純化した一つの技法よりも、性質の違う技法を組み合わせることによって、その効果が倍加することは度々経験するところです。
(相殺してしまうこともありますど・・・トホホ・・・まあ、それはこの際、横に置いておきましょう)

例えば、押圧のみで対応しても運動法のみで対応しても、その効果は限定的なのに、それを上手く組み合わせることが出来たとき、想像以上の効果を発揮します。

結局、同じ学校で、同じような技法を習っても、クライアントの体質、症状の違いによって技の組み合わせを変えていく必要がありますから、治し上手な人とそうじゃない人の差が出てきます。

技の精度は当然のこととして、それと同等以上に「組み合わせ」が重要になる所以です。
これはまさに「証」の概念に通じていきますので、日々の研究心が大切なことは言うまでもありません。

※合組を「ごうくみ」と発音するのは典型的な重箱読み(音訓併用)で違和感があるかもしれません。しかし、これは日本で作られた成句のため、この読み方で良いのだそうです。

« 粘菌と経絡 | トップページ | 魚の目から考えること »

リフレパシー随想」カテゴリの記事