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胸椎と腰椎の反射区

(「膝の反射区」の続きです)

 胸椎の反射区は相当に応用できる反射区です。経絡的には脾、腎、が関連します。さらにやり方を工夫すれば足底内在筋が極端に緩む部位でもあるでしょうね。

 腰椎の反射区は腎の他、心包も関連してくるでしょう。そして何よりも距骨下関節を通っていきますので応用はかなりのものとなります。微妙に操作を変えると、それぞれ別の機序を働かせることが出来て、面白い反射区だと思います。足首の拘束もよく取れますしね。

(いずれも上級者用にはなりますけど)

 反射区を先に覚えている施術家はそれが共通語として機能しますから、後の上級バージョンを説明する際に便利なことこの上ありません。

 「一粒で二度美味しい」とは何かのCMであったような・・・
 いずれにしても、一つの目的だけに使うのは面白くないわけです。

 治癒機転の混乱を招かないか?という反論もあるでしょうが、そんなことはないと思います。経験で充分カバーできる問題です。

(偉い先生方は自分の技法に他の考え方が混じってくるのを極端に嫌う傾向がありますね。それこそ、治癒機序の混乱とフィードバックの不正確さを招くものとして一蹴します。小生は幸いなことに偉い先生ではないのでまったく気にしません)

 結局のところ、正確な治癒機序など解明されていないのが自然療法たる徒手療法の特徴ですから、思わぬところで思わぬ生理現象が起きるやもしれません。
 そういうとき、どう考えるか?これもまた、施術家の楽しみの一つではあります。

 

膝の反射区

先日のお客様。
「膝のお皿に来ました!そこどこですか?」
「膝の反射区ですけど・・・・」
「分かりやす過ぎ(笑)・・・」

 ところで、経絡的に膝の故障は脾経の問題が多く、続いて胆経でしょうか。勿論、この二つ以外にも様々な経絡の異常が絡んできます。先日のお客様は正確には膝の反射区ではなく、立方骨の外側の際の一点で膝に響いたので、経絡的には膀胱経、肺経、或いは若干位置はズレますが大腸経も候補に挙がります。
(腹証では大腸経が出ていました)

 確かに膝の反射区の範囲には含まりますが、むしろ、経絡や反射区のセオリーを超えて、天応穴の一種だろうと思います。それを説明するのは施術しながらは絶対無理ですから、分かりやすい反射区で説明したのですが、こういうとき反射区の存在は実に便利。無用な混乱を避けられます。

 その気になれば、立方骨変位から足関節→膝へと三関節原理でも説明可能です。その方、膝だけではなく、股関節周辺、腰の問題を抱えていたので、本来は三関節原理から説明したほうが理に適っているのかもしれません。

 考え方は色々あります。
 一つの反応がたまたま反射区と一致していれば、そう思い、そう説明してもなんら問題はありません。問題はセオリーから外れている場合です。
 しかし、良くしたもので、リフレは響かせる技法を使うことはありませんので、セオリーから外れているのかどうかなど、知る由もないことがほとんどでしょう。
 せいぜい有痛反応くらいのものです。ただ有痛反応は全息胚原理が元になりますから、治癒機序としては少し弱い。
 それでも様々な機序が働きますから、そのまま信じてやっても結果オーライです。

 ただし、結果オーライ=正しい!という考え方は面白味に欠けますね。
 発展もないし、応用も利かない。

 膝の反射区一つとってみても、実は応用が様々にできます。
 和田東郭という漢方医が一つ一つの処方を対応する病にだけ結びつけるのは面白味に欠けるとして「陶器鉢は水入れにもなるし、灰を入れれば炭で暖をとることも出来るし、逆さにすれば踏み台にもなる」という例を出して、応用が重要だと諭しています。
 彼自身は晩年、わずか30数種の薬方で衆病を治したと伝えられていますから、まさに達人のレベルだったと分かります。漢方という性質上、それが出来るわけです。(西洋薬は絶対できません)

 手技の性格は漢方薬よりもっと穏やかでしかも自在なものですから、一つの技法が一つの対症とするのは面白いわけがありませんし、むしろバカげています。
 鋭利な技法(スラストとかアジャストとか)は目的が絞られるのは止むを得ないところです。しかし、それ以外は様々な見方で使いこなせるものばかりです。

 例えば、ある人に「今、なにをやっているのですか?」と聞いたとき「内転筋のストレッチをしています」と答えるかもしれません。同じようなことをやっている別の人に聞くと「小腸経を伸展させています」言うかもしれません。また別な人に聞くと「股関節の位置異常を正しているのです」と答えるかも知れません。
 それぞれの答えは間違っているものではありませんが、見方によって何をしているかの認識が変わってくるわけです。
 認識が変ると、同じような操作でも微妙に違いが生じて、効果も微妙に変わってきます。
 単なるストレッチにしか過ぎない技法が経絡伸展に変化し得る場合もあるわけですし、股関節矯正技法にだってなり得るのです(証によってはまさに矯正技法になります。全然強い力を入れているわけでもないのにゴキッと股関節がハマル音を聞くこと度々)。

 たまたま今、膝の反射区が表題ですが、筋肉を緩めたいと思い、同時に刺激を送りたいとも思い、さらに骨格の変位を調整したい、とも思うはずですから、それらを同時に同じ技法で行うことなど、普通にやっていることと思います。
 要は意識しているかどうかの問題なのですが、こればかりは日頃の研鑽がモノをいうわけで、な~んにも考えていないと新しい発見はありません。

リセットサイン

 リセットサインとはそのまんま、です。身心がリセットされるときのサインのこと。

 一番分かりやすいのは治癒反応、東洋医学でいうところの瞑眩(めんけん)反応でしょうか。
 ただ、この術後リセットサインはある種の不快感を伴いますので、なるべく出さないように施術上の工夫が必要です。しかし、それでも15%~20%くらいの割合で出てしまいます(軽いのも含めて)。

 これは明らかに「揉み返し」とは区別できるものですから、「揉み返し」を治癒反応だ!と強弁する業者には納得できません。

 それはともかく、瞑眩反応などは術後に起きるものですが、術中に起きるリセットサインもあります。そう、例えば、原色の鮮やかな色が目の前に広がる(一色とは限りません)という現象。目を閉じていますから、瞼の裏に広がっていく感じでしょうか。
 結構います。つい先だってもそのような証言をしたクライアントさんがお見えになりましたしね。

 あとは、異次元にトリップするかのような感覚を持つ一群の人々。
 実際、異次元にトリップしているのですが、ここら辺をあんまり書くとスピリチュアル系の権化みたいだと思われますので、程々にしておきます。このような体験は重篤な病を経験された方に多いようですね。
(意識レベルが変容するのでしょうか)

 また、感情が刺激されて、わけもなくある感情が噴出する場合もあります。一種のカタルシス(浄化)でしょう。

 広い意味でいうと多幸感もその一つです。
上項線上の施術でそれを感じるという人もいますし、冠状縫合上の施術でそれを感じると言う人もいます。

 肉体的なもので言うと内蔵が動く感覚もまたリセットサインです。位置異常が矯正される場合ですわね。(文字通りのリセットだ)

 いずれにしても、ヒトによって様々なリセットサインがありますので、絶対こうなる!とは言えません。またその日の状態によっても違います。
 あまり注意深く感じようとしてもかえって感じられなくなりますから、リラックスして静かに受療するのが肝要かと。
(喋りながら施術を受けるとほとんど感じることは出来ません。まあ違う意味でストレスを発散してリセットしているわけですから、それはそれで良いでしょうけど)

 ほかにも重要なリセットサインがあります。それは響きです。

 敏感な方になりますと、神経的な響きだけではなく、細胞を伝わってくるかのような文字・言葉では表現できない独特なものを感じるはず。所謂、「気」の動きを身体で感じるような、そんな感じなのですが、それがどこかでブロックされる場合もあります。
こうなると、術中における瞑眩反応みたいなものですわね。
(こういう例もあるわけですから、施術というのは面白いものです)

 リセットサインさえあればたちまち良くなり、完治に至るという単純なものではありませんが、施術の効果が確実に身体を癒している、というシグナルではあります。
 そういう意味では第一歩を印したとも言えるわけで、感じるのに越したことはありません。逆にそんなもの感じなくても良くなったぞ!という反論もあるでしょうが、感じてないだけです。必ず、何らかのリセットサインは出ているはず。(身心共に健康体のヒトはないでしょうけど、ある年齢を過ぎてそんな状態のヒトはまずおりますまい)

 そんなこんなでリセットサインの概念を分かって頂くと、施術する側としてもやりやすいわけですし、施術される側も楽しみが増えるというものです。

親指の関節で足を揉む?

 親指の関節を曲げ、足の反射区に入れるという方法を知ったのは15年程前でしょうか。
雑誌での台湾式足揉み特集で知った次第。実に奇妙な感覚を覚えましたが、小生、他人のやっていることにケチをつける性格ではありません。(余程、不合理な場合&害を与える場合は別ですけど)

 それから、何度かテレビで足揉み師が登場する場面を観てきましたが、たまにこの方法で行う施術者もいたりしました。

 まあ、ヒトの指は皆同じようでいて、実は個性があります。親指が思いっきり反るタイプ(甘手)、逆にほとんど反らないタイプ(苦手)。小生はさほど反るタイプではありません。
 ですから、親指を伸ばして行う施術は、その指の特性に応じて、やり方が異なります。これは経験から学んだもので、自分とは違う個性を持っているにも関わらず、自分のやり方を強制するのは如何なものか?ということを思い知らされてきました。

 しかし、親指を曲げその関節を使う方法は初めて見るものですから、興味深く試した次第。親指を鍵型に曲げると不安定になります。そこで人差し指で支えを作り、鍵型を維持するようにすると、まあ、それなりに出来る。

 それなりには出来ますが、基本的にはフリクション用の指の使い方で、深く入れる方法には向きません。無理やりやると、指を傷める(少なくとも小生は)ので採用する気にもなれませんでしたし、ヒトに薦める気もしませんでした。
 そもそもの考え方の違いがあるわけですから、指の使い方の違いがあっても特に問題はないのです(だからヒトのやり方にケチをつけないんですけど)。

 ところが新たな問題が・・・
 ウチで習った人が、この親指関節で揉むのを強制するお店に勤めた場合です。これは無関心でいられません。
 たださえ、継承者が少ないところへもってきてこんなところで技術が断絶されては実に困ります。そこで、小生、この指の形で突き抜ける圧が使えるようになるかどうか、15年前とは違って、真剣に取り組んでいる昨今です。

 今のところ、上手くいかないのが現状です。『やっぱフリクション用の指だなぁ』と思う反面『何事も訓練かな』とも思ったりして、テコの支点を変えてみたり、様々な工夫を凝らしています。
 無理なものは無理なのか、工夫次第で何とかなるものなのか。こんなところで過去の亡霊のような技術を変法させるのに苦労するとは思いませんでした。

(塾生がいると成長させてくれますわい)

 このやり方以外「絶対ない!」と言い切れる所謂「勉強バカ」経営者が実に羨ましい。この世は理想と現実の狭間の中で、どう工夫して理想を追求していくか?結局それが実体です。
 小生、小さな塾の運営者で、少ないとは言え、卒業生がいるわけですから、この問題にいつも直面します。その度に技法のバリエーションが広がっていくので、不服あるところではありませんが、親指関節の問題は結構難儀しております。

 難儀しておりますが、今までそうだったように今回も何とか解決できるのではないかと・・・・ふ~む・・・・何とも言えません。

心療歯科

読売新聞の連載、健康コラム。
現在は顎関節症を取り上げています。
全六回のうち、昨日は五回目でした。

その中で心療内科ならぬ「心療歯科」という言葉が出てきて、びっくりです。
何かこう自分の臨床経験を西洋医学が追試してくれているような感じ。

 精神的なストレスや鬱傾向が顎関節症を悪化させること度々で、それが嵩じると、いかなる物理的な対処でも良くならない、ということを経験してきました。
  非常に高額な歯科的治療や整体、マッサージ、鍼、どれを試しても、一向に良くならないというクライアントさんに出くわしたことがあります。家庭内の悩みなど、抱えているものが大きく、悩みは尽きないようでした。これは精神科か心療内科(当時)に行ったほうがいいのでは?今でもハッキリ思い出せるのです。

 勿論、純粋に顎関節の問題だけで発症している人もいるので、なんでもそれで解決できるなどというつもりはありません。しかし、少なからず、精神的なものが絡んで憎悪させている例もあって、今、そのことに注目して心療歯科なる言葉が生まれているのですから、世の変遷をシミジミ感じるのです。

 当時、若し、このような考え方があればそのクライアントさんは莫大な治療費や周囲の無理解に苦しむことなく、対処できだろうに、痛切に思うわけですよ。しかし驚きました。心療歯科ですよ~、心療歯科。

 全国に500人くらいの歯科医が取り入れるべく勉強しているそうな。提唱者の歯科医は、何でも顎や歯をいじれば良いというものではない、よく問診して原因となっている心の問題を洗い出すべきだと、言っていますが、良心的な医師だと思います。
(お金にならないだろうに-メイセイカンの院長みたいな奴だな)

 時代は心ですね。憂鬱な気分が蔓延している昨今、益々その重要性が高まっているようです。うつ状態が症状を憎悪しているなら、首の問題を解決すればかなり緩和されるはず。当時、全身整体をしていなかったわけで、ちょっと心残りです。

 あのようなクライアントさんにこそやってあげたかったなぁ、と。
 こればかりはご縁とタイミングだ。

気まぐれな天応穴(てんおうけつ)

天応じ、地響く処の穴、即ち「天応穴」。
以前書いたとおりの天応穴ですが、人によって現れる場所が全然違ったりして気まぐれです。それどころか、同じ人でも現れたり現れなかったり、と益々不可解なシロモノ。
今日はそんな気まぐれな天応穴に関する話題を一席。

先日のクライアントさんは右五十肩の症状に今年の一月から苦しめられています。 足裏は反応がありませんでした。どこの部位でも響くところなし。

右前頚部(斜角筋)は、ほとんどの場合、響きますから、前回の処置はこの部位と腕の経絡が重点でした。

今の状態では即完治など誰がやっても無理ですから、痛みで夜中に目を覚ましてしまうという状況を少しでも改善できれば、という思いでした。

一週間くらいは何とか夜中の目覚ましから逃れたものの、それを過ぎればまた戻ります。そんな中で再度来られたわけですが、さて、今度は天応穴が現れていました。

右足裏です。湧泉~足心~失眠のラインはほぼ肩に響きます。そして、足心からやや外側にズレた一点に強烈に響く天応穴が出現していたのです。これには驚いた様子でした。

小生も驚きました。前回は全くなかった穴なのですから。

劇的!ドラマティック!と何度もおっしゃっておりました。

「こんなんだったら、施術の期間をもっと短くすれば治るんじゃないかしら!」
「まあ、世の中、そんなに甘くないですよ、でも治癒までの期間は短縮されるでしょうね」
「じゃ!回数を増やします!こんな状態が一年も一年半も続くなんて考えただけで気が狂いそう」
「でも半年は覚悟しないとね、夜痛みで何度も目覚めるのは重症の方ですから」
「半年でもいいわよ。響いて肩がスッと軽くなったんだですもの」

というわけで施術から施術へのスパンを短くしたわけです。

シミジミ思いましたねぇ。天応穴は気まぐれだなぁ、と。
(今度は右足裏で足心外側かぁ)
しかも劇的というくらい響く。
神経解剖学では決して説明できない現象でしょうね。さらにトリガーポイント理論でも全く説明できません。なにせ足裏ですからね。

そもそも響きという言葉は鍼で使われた言葉です。
それを増永師が転用して手技でも使うようになったのですが、足裏の世界で初めて使ったのは小生です。

しつこいようですが、世界中で知る限り、小生が最初なのです(他にいたら浅学菲才をお詫びしますけど)。

リフレには響きの概念がありません。現在のリフレではいかに的確な部位を押さえたとしても、そういう技術が存在していないのです。それなりに長い歴史の中でさえ、響きによる治癒機序に到達していないというのは未だ技術的に未完だということでしょう。

秘かにオステのスラストやカイロのアジャストに匹敵する発見ではないかと・・・・(ちょっとだけ自負しています)

小生の代では蜃気楼のような足裏天応穴の発見がやっと、というところですが、次世代は的確な位置を知る方法論が確立されるのを期待しています。しかし、如何せん、継承者の数が少ない。何万というオーダーのリフレクソロジストがいるにも関わらず!

やがて伝承が途絶えてしまうかもしれません。
(そうなるととても寂しいのですが止むを得ません)

強い圧じゃくて突き抜けていく圧を使うのですから、技術的には難しいものです。複雑なテコの原理を我が物にしなきゃいけないわけでして・・・

なにはともあれ、天応穴、これからもどんな気まぐれぶりを見せてくれるのか、楽しみなところではあります。

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