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フェイス

 25年ほど前、初めてフット・リフレクソロジーというものを知ったとき、何が感動したって、身体の情報は足裏に出る!ということでした。
 難しい言葉でいうと「全息胚」原理というのですが、簡単に言うと「反射原理」(正確な言い方ではないのですが)。

 あれ以来、様々な足裏を診てきましたが、なるほど~、確かに足裏というのは個性があって、同じものは一つもないんだなぁ、という感想を抱きつつコンニチまでやってきました。

 足の裏をシミジミ眺める職業というのは、まず他にはないでしょう。
 顔と同じように、それぞれ個性があって、それなりの年輪が刻まれているものです。

 男の哀愁は背中に出るとかも申しますが、老若男女問わず、足裏に哀愁が漂います。
少なくとも疲労の蓄積、酷使状態は分かりますわね。老廃物のたまり具合、足底内在筋のコリの状態、趾関節の癒着・・・・・普段目に付かないところだけに、注意深く見るなどということはないでしょう。

これ対してフェイスはいつも人前に晒しています。
「あなた顔色悪いんじゃない?」
or
「どうしたの?元気ない顔して」
or
「なにか良いことでもあったの?」

 身体の状態から精神状態まで、観察の鋭い人なら素人でも分かります。ですから、もっとも感情面も含め身体の状態が出やすいところがフェイスと言えるでしょう。

 だからと言って、フェイシャル・リフレなどと聞くと、(何でもリフレにすりゃいいっちゅうもんじゃないだろ!)とその商魂に怒りを覚えることもありますけれども。
 フェイシャル・リフレは如何なものとは思いますが、フェイスを治療点として考えるのは賛成です。何せ、ここはクラニアルですからね。
 しかも、人間にとって欠くことのできない栄養&水分補給や酸素の吸入は口と鼻が一番最初に働くところですし、視覚や聴覚や嗅覚を使った情報収集もまたフェイシャル部分に最初のアンテナがあります。

 人間ってある程度年齢がいきますと、ハンサムであるとか美人であるとかはあんまり関係がなくなるような気がします。悪相か良相の違いくらいにしか感じませんねぇ。それは精神状態を含め全身状態を映し出す鏡だからなんでしょう。

 鏡をいくら磨いても本体まで綺麗になるわけじゃないと理屈をこねる施術家もいますが、ある一面の真理をついています。ただ治療原理は何も全息胚原理だけじゃないわけですから、治療点にならないということにはなりません。
噛み合わせの不都合が諸悪の根源と唱える治療家もいるくらいですから。
(個人的にはそうこともあるけど全部がそうだとは言えないと思います)

 経験則ですが、足裏のコリを取って、顔のコリを取るだけで、快調になる方もいるわけですから、表裏一体関係にあるんだろうなぁ、と。
 表裏、陰陽関係にあるのであれば、フット&フェイシャルっていうか、足をやれば顔もやって、顔をやれば足もやるべきじゃないかと・・・最近の実感です。

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