小説 米田吾朗(44)
周期性四肢運動障害の巻(完)
2週間後・・・・
菊田洋子は約束どおり来院した。
ニコニコと笑顔で、峰子や米田に挨拶をしながら、着替えをして、足浴を終え、施術される体勢に入った。
米田の経験からいうと、こういう雰囲気を漂わせている再来のクライアントは体調もよく、前回の施術が上手く行っている例が多い。
「如何でしたか?」と米田が問うと、待ってましたとばかりに「お陰さまであれ以来ずっと、調子がいいんです。夜も眠れるようになりまして、本当に有難うございます」と弾むような声で答えた。
米田は手応えを感じた前回の施術を思い出して、予測どおりであることに満足を覚えた。
「そうですか!それは良かったですね」
勿論、だからといって有頂天になるわけでない。土古母から聞いていた周期性四肢運動障害の概略について分かりやすく洋子に説明した。そして、専門医の受診を薦めたのである。
ところが、洋子はもともと薬や医者嫌いでもあるらしく、ましてやかなり大掛かりな検査の説明を受けて、あまり気乗りしない様子であった。
米田としてもそれを無理強いする立場にはないわけだし、言うべきことは言ったので、あとはクライアントの選択次第だということを知っている。
一応の選択肢を提示した後、早速、施術に入っていった。
2回目であるから、洋子も最初からリラックスしている様子。米田としてもやりやすい。
決して気を抜くというわけではないが、初見での緊張感からは解放されるのである。こういう場合の施術は非常に楽でもあり、楽しいものだ。
心地よい緊張感と適度なリラックス感で予定どおり、そして難なく施術を進めていった。
ここに至れば、出産云々のことを聞くというのもヤボな話しではあろう。
かえって出産時のトラウマなどを思い出し、悪影響が出る可能性さえある。米田は土古母との話で出た出産時腰痛のことは言うまいと思いながら施術していった。
しかし、思うわけである。
脳膜の歪みが最終的に神経伝達物質ドーパミンの分泌異常として出るパターンがあることはまず間違いないだろう。そしてそれは個人差があるということも理解できる。
昔は検査方法や、病態の研究が充分でなく、周期性四肢運動障害などという症候名さえなかったものだというのも分かる。しかし、しかしである。果たしてそれだけであろうか。
そもそも、頭蓋系の歪みで周期性四肢運動障害が出てくるというのは本当に昔からあったのであろうか。米田は土古母と話した内容を思いだしながら、それなりに理屈は通っているものの、どこか、まだ釈然としない思いに駆られるのであった。どうしても現代特有の病としか思えないのだ。
そんなことを考えているとき、聞きなれない音楽が聞こえてきた。
「あら、ゴメンナサイ!ケータイ、切っておくのを忘れていました!」と洋子が申し訳なさそうに言った。携帯電話の着信音だったのだ。
「あっ、ケータイね。どうします?出ますか?」
「いえいえ、大丈夫です。すみません、ちょっと切ってきますね」
施術が中断され、洋子が携帯電話の電源をオフにして、帰ってくるのを待った。
(携帯電話か・・ケータイ?携帯電話?まさか・・真の原因はケータイの電磁波?!)
了

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