フット・マニピュレーション系記事

三関節原理とトリガーポイント

 ここしばらくのテーマであるトリガーポイントですが、これをボクはトリガー理論と呼び、決してトリガー原理とは呼ばないのです。

 「理論」よりも「原理」のほうが格が上なのは当然。しかし、物理的に証明されているトリガーポイントに「理論」という名を与え、いまだ証明されていない全息胚や経絡に「原理」の称号を与えているのは、腑に落ちないことでしょうね。

 特にトリガーポイントをメインに据えている臨床家には納得できないかもしれません。
『なんだと!得体の知れない経絡や全息胚よりも格下だというのか!!』という声が聞こえてきそうです。

 そこで、リフレパシー整体の大きな比重を占めている三関節原理を例に取り、ちょっとした説明を加えて置きたいと思います。

 ご存知のように三関節原理とは、足関節、膝関節、股関節の三関節が互いに補正しあう関係で、どれかの関節に歪みが出た場合にそれを他の関節で代償し補正していく原理のこと。

 リフレパシー整体の中では大きなウエイトを占めている原理の一つです。
 ほとんどの腰痛や下肢痛はこの原理によって説明できます。
 また、実際そうなんです。

 さて、原理的に正しくても、実務上、それをどう処理するか?という方法論や技術論の問題が出てまいります。

 三関節原理によって腰痛が説明されました、じゃ、そのあとどうすれば良いのですか?と。

 ベルヌーイの法則によって飛行機が飛ぶ原理が分かりました、じゃ、あとどうやって飛行機を作るのですか?と似たようなことかもしれませんね。

 飛行機の場合は素材の耐久力や駆動方式の選択やら、またその周辺の膨大な工学的知識の蓄積によってしか、信頼性のある飛行機は生まれないわけです。

 しかし、ベルヌーイの法則が確立してなければ、そもそも飛行機を作る動機が生まれません。事故やミスでもないかぎり、科学的に絶対に飛行機は落ちない!という原理に支えられて初めて飛行機という存在が成り立つわけ。
 しかし、何度も言いますが、その法則だけで飛行機は作れない。

 翻って、三関節原理。

 この原理によって、三関節や腰が障害されうる・・・だから、腰そのものを押したり引っ張ったりするよりも、足首や膝や、股関節(殿部含む)の調整を行うほうがより本質的な治療になり得るし、また早く改善することもある・・・

 じゃ、具体的にどこをやる?という今度は技術論、エンジニアリングの問題に入ってくるわけです。

 そのときにトリガーポイント理論が非常に役に立つ。水先案内人みたなもんかな。

 腰痛の原因ナンバーワンは中殿筋の緊張、短縮。つまりトリガー形成と活性化によるものです。実はこの中殿筋はまさに股関節筋でございます。また小殿筋、梨状筋も堂々たる股関節筋ですよ。
 さらに腹部からアプローチする腸腰筋もまた股関節筋です。

 股関節関連の筋筋膜が直接的な腰痛の原因になることはトリガーポイント臨床家には常識でしょう。

 しかしリフレパシー整体では、それはエンジニアリングの問題であって、トリガーがありました、処理しました、良くなりました、良かったね!の話にはならないのです。

 そもそも、何故、臀部筋系や腸腰筋にトリガーポイントが発生しやすいのか、もとを辿ればどこからくるの?という問題にまで言及していくわけです。

 これで何か得があるんですか?トリガーポイントだけじゃダメなんですか?
 ええ、ダメなんです。

 これは臨床をやっていけば分かります。

 よって立つところの原理にはなり得ないんだな。
 エンジニア的な手法論としては非常に優れているんですけどね。

 まあ、我々は科学者じゃなくて、どちらかというとエンジニアですから、優れた手法が常に求められます。だから、原理などどうでもよく、見よう見真似でやって結果が出て結果オーライ!ということも多々あるのですが、原理をしっかり血肉にしていないと、難敵に出遭ったとき、自らの工夫によって、乗り切れないシーンが出てきます。

 症状というのは常に教科書のように出るわけじゃありませんからね。

 結局、何が言いたいかというと、トリガーポイントは技術論として、或いは施術上の具体的なポイントを決める『理論』として扱うのであって、なぜそこにトリガーポイントが出来たかという歪み方の問題、つまり筋骨格系の連鎖的原理とは別扱いなので、それを理論と呼ぶわけです。

モートン足

 「矛盾」の中国式発音はモートンだったような。

 そしてモートン式リフレっていうのもどっかにありましたっけ?

 モートンといえばモートン病で有名です(足先、趾先の痺れ)。Dr モートンという足病医の草分け的存在にちなんだ病名ですが、その病とは関係なくモートン足というのがあります。
 これもDr モートンにちなんで名付けられているのですが、足の専門家であるリフレクソロジーの専門家でさえ、あまり耳にしたことがないでしょうね。

 リフレの世界ではDr フィッツジェラルドの方がはるかに有名ですもんね。足病とリフレでは同じ足を扱うにしてもジャンルが全然違うわけでして、これはやむを得ない。

 さてさて、モートン足とはどんな足ぞや?というと、第ニ中足骨の方が第一中足骨より長いという足骨の構造的ヘンテコリンさを指していう言葉です。

 足指の長さじゃありませんよ。中足骨です、中足骨。
 だから見かけ上、母趾が第二趾よりも長くとも中足骨は第二趾側、つまり、第二中足骨の方が長いということもありえますし。逆に、明らかに第二趾の方が長いのに、中足骨は母趾側が長く正常ということもあります。

 したがって、趾の長さを比べてもモートン足かどうかはわかりません!

 分かる方法は、まず足でゲンコツを作ります。そうすると、MP関節が浮き出ますので、この関節の位置を見るんですね。

 母趾側(第一MP関節)が低い位置にあれば、モートン足の疑いが濃厚です。しかし、足の構造は複雑ですので、これだけでは決め手にならない。

 そこで、母趾内側や足底上部に慢性的なタコ(角質が厚くなっている)があるかどうかをみます。さらに、第二趾と第三趾の水かきがえらく発達しているかどうかを確認して、いずれも該当するならば、モートン足と断定して間違いないでしょう。

 もし、自分がモートン足なら皆に自慢しましょう!
 「へへっ、モートン足だもんね!どうだ!」

 冗談です。実際は自慢できません。
 なぜなら、本来、体重の五分の四が母趾側にかかるところ、モートン足の人は第二中足骨側にも体重がかかってくるからです。
 ということは足のアーチが潰れてきますし、歩行の仕方がおかしくなりますね。
 (だから、不自然なタコが出来てくるんですけど)

 足底内在筋も歪みまくりで、アスリートなら疲労骨折は避けられないところ。
 その前に足の構造上、充分なパフォーマンスを得られませんので、才能があっても一流にはなれず、どこかで競技を断念しているでしょう。

 一般の人も結構深刻でして、足から派生するところの不都合にいずれ悩まされます。

 膝痛、股関節痛、腰痛・・・・・

 でも生れつきの構造上の欠陥ですから、誰のせいでもありません。こういう人は足のケアーを他人さま以上に行っていかねばならないでしょう。とにかくカラダのトラブルが多くなりますから。足から上半身に行くことだって珍しいことじゃありません。

 カラダのあっちこっち、フシブシが痛いって訴える人はかなり高い確率でモートンな足の持ち主でございまして、足がカラダに与える影響っていうのは、やっぱり大きいんだな、とシミジミ実感します。

 因みに私もモートン足でして、半魚人のような水かきを持っています。
(そのクセ、カナヅチなんですから、なんという皮肉!)

 モートン足は全人口の25%、つまり4人に1人の割合で存在します。
 これは全人口に対する割合ですから、実際、身体のトラブルを抱えて来院する人達をピックアップして統計をとったら、25%以上の確率でしょう。場合によってが半分以上かもしれません。

 足の施術家(リフレ者含み)は素足を診ることができますので、注意深く診て頂きたいと思います。典型的なモートン足と典型的な症状を目の当たりにし、ちょっとした感動すら覚えるかもしれませんよ。

股関節の問題

(一) 

 股関節に隠れた問題があって、症状として出る症例は坐骨神経痛の大半、腰痛の一部、膝痛の大部分、足首、足底痛のかなり、そして、なんと!五十肩。

 五十肩の場合はどのような操作でも即効性がない場合が多いので、股関節に問題があると分かっていても、その場で満足させる結果にはならないものです。臨床的にはトリガーポイントを使うより他ありません。

 さてこの股関節。
 何度も紹介しておりますが、足関節と膝関節と股関節は互いに補正しあう関係、つまり三関節原理。この三関節原理の中でもっとも深刻な影響を与え、のっぴきならぬ状況まで追い込んでしまう関節が股関節です。

 なぜかと言うと、股関節は仙骨をテーパージョイントし、保持する役目があるからです。もしその支え(股関節)が狂えば当然支持されている仙骨の位置も狂い、その上部構造体である背骨も狂ってきます。つまり背骨問題は時として仙骨問題であると同時に股関節問題でもあるのです。

 仙尾骨~背骨~頭蓋に一連の関係を見出すことは、小周天(気功法)からもうなづけるところですが、小周天は閉じた系ではありません。当然ながら、股関節の狂いが小周天のバランスを失わせることがあってもおかしくはないのです。

 小周天を狂わせるとなるとこれは深刻!オステ的にいえば頭蓋-仙骨の一次呼吸阻害そのものです。

 ですから、頭蓋-仙骨のみのアプローチでは狂いを修正できない場面が多々あると感じてきました。そこでもともと出自である足揉みに注目し、そこから狂いを修正する方法論に行きついたわけです。頭蓋仙骨足底療法・・・前に述べたとおり。

 足底から股関節の狂いを修正するのは画期的ではあります。しかし、実際には時間がかかる場合も多い。直接的な股関節操作にその効果を一歩譲ること度々。

 ところが股関節操作は結構難しく、中々安全で効果がある方法を見出せずにおりました。

 股関節をもう一度入れ直すくらいの操作が必要ですからね。その語感からはどうしても暴力的な弄り方を連想してしまいます。
オステの技である「シカゴ」という技法を身につけようとしたり、私なりに必死でした。
(結局、これはかえって悪化させてコリゴリましたけど)

 そうこうしているうちに、日本ソフトボールのエース、上野某がオリンピックで身体を酷使しすぎ股関節の亜脱臼を患い、トレーナーが3時間かけてそれを治したというニュースを聞いたわけです。

 これは若干のヒントになりましたね。
 (そっか、一気にやろうとしないで、それなりに時間をかければよいのか・・)
 単純なことですが、それを「気付き」といいます。
 それに気付きさえすれば、そのトレーナーがどういう方法論を取ったかなど知らなくても全然構いません。それなりに経験を積んでいますから。
 仰向け、うつ伏せ、横向きの三方向操作を行えば矯正される確率が非常に高い。
 3時間はかかりませんが、重症なら、小一時間はかかるでしょう。

 ようやくの検証を終えて、この技法に自信を持ったのは最近です。
 技術に自信を持つようになればそれを使う頻度も多くなりますし、何よりも気持ちが入るんでしょうか。その効果は実に多方面にわたることが分かってきました。

 これは結構大変なことになってるかも・・・・。
 これほど多くの人が潜在的問題を抱え、現症状の原因、もしくは病の種になっているのに股関節療法がないのはなぜだろう?不思議・・・

あるとき気付きました。
これは股関節療法ではなく、骨盤療法に名前が変わっているのだな、と。
 骨盤療法を注意深く見てみると、骨盤というよりも股関節にアプローチする場面が多いようです。しかし、名は体を表すの如く、骨盤ですからね、股関節へのアプローチが多いとはいえ、意識がそこに向かいませんし、中途半端感は否めません。
 股関節を入れなおすくらいの気持ちがないと・・・股関節の拘束は取れないものです。

 決して暴力的な操作ではありませんが、圧と伸展と運動法を上手く組み合わせる必要があって、若干の経験と熟練が要ります。

 骨盤の重要性を否定するつもりはありません。しかし骨盤は結果であって、原因であることは非常に少ないものだと経験上、分かるわけです。

 何度もいいますが、骨盤を狂わせているその原因-つまり股関節へのアプローチを優先させたほうが、良い結果を生むんです。

 股関節を経絡的に俯瞰すれば、これはもう全経絡が走行し、あらゆる証があり得ることが分かります。

 特に股関節支配が強い大腸経、胆経に出やすいのです。

 トリガーポイント理論において中殿筋や小殿筋のトリガー形成と活性が腰痛の過半、坐骨神経痛の過半の原因としているのは偶然ではありません。まさにそこに胆経や大腸経が走行しているからなのです。

 逆にいうと、股関節問題の肝(キモ)は中殿筋と小殿筋ともいえるわけで、施術家であるならば探求していかねばならないポイントでしょう。

 股関節に問題があるかどうかを知るには受療者の自覚症状だけに頼っていてはダメです。
 症状が表れているときはもう相当に進行しているときですから。
 自覚のない潜在的な歪みを発見する方法はいくつも考え出されていて、どれも有効だとは思いますね。

 私自身は増永師が診ていた各経絡ポジションによる判定が手軽でもあり、正確さもあるので採用している次第。

 小腸経ポジション、脾経ポジション、場合によっては肝経ポジションで診ます。
 どちら側がツレているかで判断しますが、時としてツレていない方、つまりねているほうの側に問題がある場合もあるので要注意です。
 ですから、両方やることになる。結局両方やるなら検査する必要ないじゃか!という批判は当たりません。術者の頭に入るかどうかだけで、結果が違ってくるからです。

 あとは左右の屈曲制限を診ます。

 せいぜいこんなもんで充分でしょう。
 これらは施術者が問題あり!と判断するためにやるのであって、人に見せるものじゃないんです。

 歪みあり!と判定できれば施術に気持ちが入るではないですか。

 股関節は複雑ですので、施術後、目に見えた物理的変化がない場合もあります。明らかにツレがなくなり、見た目も違うも場合も勿論ありますが、その部分だけを期待しないほうが良いでしょう。見た目云々よりも今起きつつある変化が大事なのです。

 どのような変化が起きているのかを説明するのは難しいものです。

 股関節があるべき位置に戻り、血流、リンパ流が確保されている状態。表現するとすればこういう物言いが一番落ち着くかもしれません。

 折角、施術し、柔軟性を確保しても、男性であればお尻のポケットに財布を入れたり、女性であれば足を組む習慣が止められなかったりすれば、簡単に元に戻ります。それはもうおそろしくアッサリと。

 余談ですが、仙腸関節の調整も股関節の操作の中でやりますと、比較的簡単にできます。

 仰向け状態で膝を内側に入れ込んでいきます。と同時に踵をベッドに外に出すくらい外側にもっていくわけ。極端な内旋状態orX脚状態を作り出すのですが、女の子座りを仰向け状態でやると言い換えたほうが分かりやすいかもしれません。
 両側いっぺんにやってもいいのですが、ここはセオリーどおり片側づつ。
 この体勢は仙腸関節が一番緩みやすいものですから、揺らしながら微調整していきますとあれほど動かなかった仙腸関節が少しずつ動いていきます。
 硬い人は多少痛いかもしれません。
 仙腸関節矯正の印は足裏がちょっと熱くなった感じが多いようですが、個人差があるので絶対的なものではありません。

 

外反母趾を見て思うこと

 我々、足揉み出身の施術者にとって、真っ先に目に入ってくる歪みがこの外反母趾です。

 完全に曲がってしまった外反母趾を元に戻すのはもはや、手技で不能の場合が多く、その処置を手術に委ねるより他ありません。

 先日、日帰りでできる手術の名医がテレビで紹介されていましたが、ホントに悩める人々にとっては朗報には違いないと思います。

 さて東洋医学的に外反母趾を考えると、まず母趾は脾経と肝経の支配を受けていることが分かります。

 膝の支配経絡も脾経ですから、外反母趾者の膝痛や、膝の補正機能を超えた応力転位が股関節に移動し、さらに腰痛になったりもするのは、身体力学的にも説明できますが、「脾経」というキーワード一つだけでも説明可能です。

 肝経が関係するのは、仙骨、尾骨に問題がある人が多いということからも分かるのですが、述べたような身体力学でも説明可能です。

 経絡というのは不合理のようですが、実は身体運動の応力転位で説明できることが多く、古人の知恵に敬服すること度々です。

 しかし、内臓などに繋がっていくことなどはまだ説明できないので、一種の迷信扱いを受けることもありますが、身体運動の癖が内臓の問題を惹起させない、という証明はなく、むしろ常識的にはあり得る話です。

 外反母趾を見て、単に脾経、肝経の問題だとするのは早計です。そもそも外反母趾になるきっかけというのは横靭帯の機能低下からくるもので、この横靭帯には肺経、大腸経が通っており、症状としては、喘息などを持っている方もいます。

 今まで、これは凄い!酷い!と思った外反母趾の方は膝痛も腰痛も、喘息も持っておりました。

 単一の経絡の歪みがあるから症状が出るというものではありません。
 様々な歪みが集積した結果として、一つの症状として現れるわけですから、外反母趾だけを診て、症状の推定、若しくは予測などできなことは当然ながら、すくなくとも四経絡の歪みが顕著だろうなぁ、というくらいのことは分かります。

 それが頭にあって腕の施術や腹証をすれば、証が掴みやすいのは当然です。

 例えば、股関節痛の経絡的ファーストチョイスは大腸経なのですが、これを腕と腹証で確かめ、さらに外反母趾があれば主たる歪みの犯人だということが分かるわけです。

 ただ外反母趾は証を掴むヒントにはなりますが、これを治すということが出来ないので、応力転位が常に進み、再発することになるので楽な施術にはなりません。

 最後筋力強化ということになるのですが、そういう状態になれば運動がやりづらいという状況ですから、世の中うまいこといかないものです。

 完治させ得ないまでも、経絡的歪み、即ち「証」というものを掴んだ施術はある種の自信になりますから、施術効果も違ってくるのは当然。「証とは確信である」と増永師が喝破したように、何か違う力が働くような気がします。

 そうした意味で外反母趾は役に立つのですが、述べたように完治しえないところに腹立たしさがあって、外反母趾を見るるたび、こりゃ、楽にさせることができるなぁと喜んだり、再発するだろうなぁとため息が出たりと忙しい心の動きになってしまうのは私だけでしょうか。

 自分がリフレしか知らなかった時代、この外反母趾をどう判断していたか・・・・遠い昔のことで定かではないのですが、甲状腺とか頚椎とか、胸椎の問題として認識していましたような気がします。奇しくも甲状腺の反射区には肝経が通り、普通の甲状腺障害(バセドーを除き)は頚部肝経の問題であることは一致しておりますが・・・・

 反射区は反射区で入門編としては良いのですが、運動器や内臓との関連性についての機能的説明がなく、イマイチ底が浅い・・・使った!治った!効いた!という三タ療法にならざるを得なく、これは逆にいうと、使った!治らん!効かん!という一タ二ン結論になりやすいものです。

※古典経絡ではなく、増永経絡を基にして述べておりますので、ご了承ください。

脛骨後方滑動不全

 距腿関節(足首)が自由に動くのは、脛骨と距骨の間に潤滑油(滑液)があって、しかも歩くたびに脛骨が後方に滑走するからに他なりません。なんらかの原因でこの動きが阻害されますと、スムーズな関節の動きが確保できず、歩くたびに痛みが出たり、足首に異常感は感じずとも、膝に障害が出たり、股関節の症状に表れたりします。
(腰痛にいく人もいます。これぞ三関節原理)

 どういうわけかこういう状態になっている人が多く、小生もその一人です。
 小生の場合は左足で床が抜けるくらい踏み込む癖があったという卓球の古傷です。
(現代卓球はそういう癖を選手寿命を短くするとして矯正するようですが)
 その他、野球、サッカー、バレーボール、空手、バスケなどの経験者も脛骨後方滑動不全が多いですね。

 10代の頃の酷使が50歳近くになって出るのですから、普通は因果関係が掴めず、己の不運さを呪うばかりになってしまいますが、原因というのは意外なところに潜んでいるという典型ですね。

 3回目の大江戸散歩巡りを敢行した際に足首の異変を感じ、放っておいたら、二日後、突然この症状が出てしまいました。授業中でしたから、ゆっくり足を揉むという時間もなく、かと言って、放っておくには痛すぎです。何せ、歩けないのですから。こりゃ困った!

 そこで、応急処置として、スタッフKに距腿関節と距骨下関節へのスラストを教え、休憩時間にやってもらいました。初めての割には中々上手くいったようで、痛みは引き、歩けるようになったのは幸いでしたが、根底には、運動不足のくせして急に散歩し出した、という迂闊さがあったものでしょう。

 人間50歳にもなれば、運動も慎重に、という教訓を学んだわけですが、気持ちだけは昔のままなのですから、困ったものです。

 「年寄りの冷水」などという格言もあるようですが、小生、断じて年寄りじゃないぞ!とは思っても身体は正直なようです。

※因みにこの症状は股関節操作によっても治すことができます。具体的には股関節筋である小殿筋、中臀筋を強圧し緩めるのです。経絡機序も働くのかも知れませんが、ほぼ根治できるから不思議です。

魚の目から考えること

 魚の目は治りますか?という質問もまた困る質問の一つです。
 施術者よりもクライアントからの質問のほうが多いかもしれません。

 同じところを刺激され続けると、当然、皮膚は防御反応により硬くなって、角質化していきます。
 さらに、刺激を受け続けると、部分的にタコになってしまうでしょう。

 魚の目はタコ状態になったところで、陥没し、真皮以下へ入り込んでしまうわけで、前提に刺激を受け続ける部位だという環境がありますから、歩く度に痛い思いをする厄介なものです。
 タコや角質、そして魚の目が出来やすいところは大体共通していて、その大半が肺経、大腸経、胃経、三焦経、肝経、胆経につながる経穴上に現れるものが多いと言えるでしょうね。(古典経絡ではありませんけど)

 末端部は経絡の反応部位として本来、非常にデリケートです。ですから、これまた背景に内臓の歪みがあると、魚の目みたいなものが出来やすくなるわけです。

 もうすでに、出来てしまった場合、魚の目を刺激するのは得策ではありません。
 火に油を注ぐようなものです。
 ですから、足の施術で解決することはできません。お灸など刺激の種類が違うものなら、直接的に据えて、これを治すということは可能なようですが、先ほど申しましたように、足裏はデリケートなので、熱刺激は皮膚がんになる可能性もないわけではないのです。
 壮数(ドーゼ)などの問題がありますから、かなり熟達した灸師でないと安心して任せられないでしょう。

 安全に治していくには体質改善していくより他なくなりますね。手技において体質改善するには経絡的歪みを診て、それを正すわけですから、全身的な処置が必要な所以です。

 さて、これらのことを説明するとなると、とても難しい話になってしまいます。また理解してくれたところで、訴の解消に至るまでは時間がかかります。

 普段の足の環境にも配慮しなければなりません。クライアントとの協力関係がなければ、とても覚つくものではないわけです。

 それやこれやがあって、こういう質問にはとても困ってしまうのです。
 結論をいうと、治らないことはないけれど、治るまでは時間がかかるが宜しいか?と
逆質問をしなければならなくなります。

 どれくらいの期間で?という質問にはこれはなんともお答しようがありません。
足 の環境を含め、どういうライフスタイルなのか、四六時中見張っているわけではありませんからね。その人の歪みの深さやら、ライフスタイルやら、様々な問題が関与してきます。

 だからこういう質問が飛んでくると、(ふう~、さても困ったものだなぁ)とため息が出てしまうわけです。ただ、一つだけ良いことは、魚の目が出来た部位から、どの内臓(経絡)がその人にとっての弱点なのか簡単に類推することが出来るということです。

 それが分かれば、下肢も上肢も腹証も背中も重点にすべきところが決定されるので、施術の効率化ができますし、そういう反応が出ているかどうか、という施術者にとっての知的好奇心が刺激されます。ですから、魚の目が出来ているクライアントが嫌だというわけではありません。

 結局、水虫の記事と同じ結論になるのですが、背景に隠された目に見えない歪みを感知し得るかどうかが、この仕事の面白さになるわけです。
 それを直接手で触って確認していくことが出来るのが手技の大きな特徴と申せましょう。
 医学的興味もなく(東洋医学、西洋医学、ホリスティック医学を問わず)、人の身体に触るのは単なる肉体労働にしか過ぎません。

 かつて按摩、指圧が畳の上の土方仕事などと揶揄されたのは、肉体労働の側面しか見ていないからです。カイロでもオステでも、まあ経絡でもリフレでも良いのですが、その体系の中で反応系統を確かめ、ある確信を得らると、肉体的な疲れなどさしたるものではありません。

 そこまで知的好奇心が続くかどうか・・・・或いは自分を訓練していけるかどうか、これがこの仕事の重要な要素の一つでしょうね。

足心を開く

実に東洋的な表現です
人によってはオカルト的というかもしれませんけど。

頭蓋-仙骨系は気功用語でいうと「小周天」循環になります。
当然、ここが中枢ですから、この循環の異常は生命維持に関わってくる重大な問題となります。中枢が狂うと、様々な症状となって現れてきますから、頭蓋-仙骨系の意義は大きいことは言うまでもありません。

中枢さえ生きていれば足が萎えて歩けなくなっても、つまり寝たきりになっても、何年か或いは何十年かは生存していられるわけです。

しかし、単に生きているというのと、健康で活動しているのとでは、ある意味生きているレベル若しくは意味が違ってきますね。
ですから、中枢さえ働いていればそれで良い!ということにはならないわけです。

健康で活動していく源泉は足にあることに異論がないでしょう。
その足は「小周天」を超え、「大周天」の要になるわけで、西野皓三氏が「足芯呼吸」を提唱したのは分かるような気がします。
(ソクシンを足心と表記せず、足芯としたのは商標の問題があったのでしょうか?)

さて、白隠に倣い、小生は足心と表記しますが、この足心の位置は足のほぼ真ん中と捉えても良いでしょう。HPに描かれているとおりです。

面白いのは、ヘディ・マザフレ以外の反射区チャートでは、腎臓の位置がかなり足心に近いということです。(ヘデイ・マザフレは湧泉に近い位置に設定しております)

こと腎臓に関する限り、湧泉は腎経ですので、より腎臓と関係が深いものですから、ヘディ・マザフレの反射チャートで全然問題はないと思います。

じゃ、他の反射区チャートは間違っているかというと、足心にかかるかぎり、別の機序が働いて効果があったものと思われますから、これもまた実効性があったことでしょう。

(今は反射区のことを論じているわけではないので、それについては別の機会に譲りたいと思います)

構造的、若しくは物理的に拘束されている状態が応力転位を起こさせて身体に悪影響を及ぼすことは本ブログでも書いてきたところ。

しかしそれとは別の「気」の理論で言っても、この足心が閉じていると、大周天循環が阻害され、これまた重大な悪影響を及ぼします。

頭蓋が閉じているかどうかは、極めて微細な動きを感知しなければいけないので、かなりの経験が必要なのは言うまでもありません。

しかし、足心の場合は、軟部組織であるため、あっさりとシコリを検出することができます。
昔、「なんでこの位置がこんなにシコッている?横行結腸の問題か?」などと??の連続でしたが、ここを足心と捉えれば、疑問が氷解します。

足心の位置は人によって若干ズレるのですが、この近辺が閉じている人が多いわけです。

手技でここを開いてあげると、気の循環が上手くいって、非常に爽快感が出るタイプの人と、逆に気が巡るために、別の阻害部位が俄然クローズアップされるタイプの人がいます。

首のモヤモヤ感を訴える人が多いかも知れませんが、場合によっては腰であったり、肩であったり股関節であったりと様々です。

モヤモヤ感を訴えるタイプの方がむしろ、その人の弱点が分かり施術ポイントが絞れるのでやりやすいと言えばやりやすいのですが、整体を使わない術者にとってはモヤモヤしたままで帰さねばならず、ストレスがたまることになるでしょう。

ですから、足だけで完結するリフレにおいては足心を開かせる手技はやりたくないという人もいるわけです。無理に薦める技法ではありません。

手技の方法論としても難しいもので、最低5秒以上の安定圧が必要です。
しかも、かなりの圧力が必要なので、慣れないと自分の身体を壊す危険性もありますから、強くその方法を薦めるということはなかったわけです。

しかし、最近、足心近辺が閉じ気味の人がやたらと多い。
(だから、訳の分からない変な病気が多くなっているのでしょうけど)

安定持続圧を横向きにかけるという高度な技法を使わずとも足心を開かせる技法はないものか?と模索しておりますが、安定持続圧と全く同じ効果がある方法は考えついておりません。
うつ伏せにして押すと術者自身の負担は軽減されるものの、何故か気の巡りは仰向け時よりもかなり劣ったものになります。

次善の策として、どんな方法でも良いから、足心近辺を解きほぐし、柔らかくすることが必要かと思います。

その前に「足心」というものをまず認識するということが必要なのですが、所謂、科学的香のしない名称であると同時に古典経絡説にも説明されておらず、思い至ることさえ困難だったものと思われます。

なにせ、文献的には江戸中期の白隠禅師が書き残したものにしか、残っていないのですから。(だからといって白隠の造語だとは思いません)

これを独力で発見して施術に応用し、かつ実効性を確かめるなんていうことは無理というものかもしれません。
小生はたまたま足心道のルーツを調べていて発見しただけで、そしてたまたま足の施術が専門だったという僥倖が重なったに過ぎません。

まるで、前世から決められていたかのような宿命的なものを感じたものです。

足心の重要性はこれから益々クローズアップされてくると思いますね。

足首拘束のリリース

「足首拘束のリリース」という動画をユーチューブ上に公開したところ、現在18000件以上のアクセスがあって、この手の動画としてはまあまあのようです。

関連動画として「違う系の拘束」が紹介されているせいなのか、はたまた純粋に施術系として興味があるのか、どっちなのかわかりません。
小生としては後者であることを祈るのみです。

しかし、この動画、演者である小生の緊張が強く、後になってよく観れば、納得できるものではないなぁ、と、思う昨今です。
やり方もちょっと違うしね(映像向きにし過ぎ)

漢字が通用するせいなのか、アクセス解析を見ると中国でよく観られているようです。
今や中国はネット大国ですからね。
あとはアメリカでチョボチョボかな。

動画をアップした瞬間にどこの誰が観ても良いという意思表示になるわけで、どこで観られようと、どう評価されうようと、全然構いません。

映像の良し悪しはおいて置いて、足の拘束除去の重要性についての信念はいささかも揺らぐことはないわけです。

中長期のスパンで考えると、足骨の変位の整復、足首拘束のリリースの必要性は歴然とします(短期スパンでも著効があるときがあるくらいですから)

よそ様の施術についてどうのこうの言う資格はありませんが、背骨ばかりいじってないで、足を何とかしたほうが、いいんじゃないの?という思いは、今回のオリンピックを通じて確信に至りましたね。

人は皆、活動する限り「人生のアスリート」じゃないですか。
人間というのは足に負荷をかけて生きているのですよ。

その足を労わらずして、どこを労わるというのか・・・・

やっぱ足からきているなぁ

(一)

小生、足の施術から入ったのは正解だったなぁ、といつも思います。

骨格の歪みや自律神経の乱れは足元の歪みが原因であることが多いと今更ながら思いますね。

ヒトには適応力があって、多少の歪みなど屁でもない(下品で失礼)ほど応力吸収能力があるのですけど、人生50年の頃はその機能だけで一生を過ごせたものが、寿命が伸びるにつれ、問題が表面化してきます。

人類史上、平均寿命が80年もあったなんてことはないわけで、今でも、貧困国は30代とか40代で生涯を終えます。

足関節と膝関節と股関節の補正関係を述べたのはフルフォード博士をして嚆矢とするのですけど、これは強力な理論だなぁ、と臨床を重ねるたびに思うわけです。

足の施術=リフレという図式が成り立つ昨今ですが、リフレというのは反射区理論を用いますね。面白いのはこの反射区理論を否定する施術家がいるということ。

曰く、反射区というのは、確かに人体の投影図ではあるけれど、それは鏡に映った虚像に過ぎず、鏡に映ったものを何とかしようとして鏡自体を磨いたところでなんら本体には影響を与えないだろう、と。

これも一つの見識ではあります。
小生もそもそも反射区機序とは何だ?という素朴な疑問から、足証九大原理というものを考え出したわけで、圧痛点=治療点になるとは限らない、という有名な平田博士の理論にも影響を受けています。

むしろ、その圧痛を消すのに全然違う部位の施術によって行うのがベストである、というのは経絡理論の骨子でもあるわけですし。

いずれにせよ、人体の投影図という考え方は神経解剖学的には是認されるはずもなく、東洋医学的に言えば全息胚理論になるわけです。

しかし、東洋医学はこの全息胚理論を診断には用いましたが、やはり治療点としては用いてないわけです。

用い始めたのは最近ですね。耳針療法を人民解放軍の従軍医が考え出したのがおそらく最初のものではないかな、と。

効くからという理由ではなく、行軍中に簡便だからという理由にしか過ぎません。だから、ちゃんとした鍼灸院で、耳針療法を行うところはないはず。

あるとすれば飢点穴(耳にありますけど)への刺激で食欲を抑えるというダイエット療法の一環でしょう。

このように全息胚理論というのはそのものの歴史が古い割には治療点としての歴史は浅いわけです。(脈診なんてのはまさしく全息胚理論なんですよ)

でも実際は分からないんです。その機序が働くかもしれません。何故、検証できないかというと、施術することによって、違う機序も働いてしまうからです。

体液循環が良くなりますしね。自律神経反射も起きますし、経絡反応も起きます。
(詳しくは足証九大原理を参照して頂ければと思います)
このようにして全息胚機序だけを働かせるというのは不可能なわけです。

ようするに実効性があれば(実際ある)、どのような機序が働いていてもいいじゃないか、という妥協的産物なわけです、臨床家にとっては・・・(理論家にとっては問題でしょうが)

全息胚理論が治療点として有効か有効じゃないかの是非はこの際置いておいても、足に末梢神経が集中していることは間違いありません。

遠心性神経と求心性神経の交差点みたいなもの。しかも渋滞を起こしかけています。
これは直立歩行するという不安定な体勢で活動する人間の宿命みたいなものでしてね。

絶えず、フィードバック(求心性)と制御(遠心性)が行われていて、そうしなければ、バランスを崩して歩けなくなります。

もし、足の固有受容器の侵害があれば、それを代償しようとして、膝で補正します。膝の補正力を超えると、股関節・・・股関節はとんでもなく大事で股関節の歪みはタダチに仙腸関節の微妙な狂いを生じさせます。仙腸関節の狂いは仙骨自体を変形させ、代償させるわけですが、これも一重に直立歩行し活動するという人間の宿命を最優先させる結果です

なぜなら、野生動物をみれば分かりますが、活動できなくなくなると、それは個体の死を意味します。過酷な自然の中で生きているわけですから、捕食活動ができないばかりか、逆に天敵に捕食されてしまいます。いずれにしても極めて短期間で死ぬことにはなるでしょう。

人間もまたかつては立派な野生動物であったわけで、何よりも動いて活動することがトッププライオリティになるのです。

ですから、仙骨の歪みが生じて、エネルギーバランスが崩れ、または骨格自体が歪み、そのことが原因でどこかのリンパ流がブロックされて内臓に障害が出ようともプライオリティで言えば、低い順位でしかないわけです。

極端にいうと、歩けなくなるという機能障害よりも癌にかかるほうを選ぶように設計されているのが人体の基本的構造なのですよ。

しかも2足歩行を選んだわけですから他の動物よりもはるかに不安定で歩行機能障害に陥りやすいわけ。だから、人生50年のうちには問題化しなくても、寿命が伸びるにつれ、歩行を維持しようと代償作用が働き、ある人は内臓問題、ある人は内分泌、ある人は整形外科疾患などが多発してくるわけです。

勿論、老化という素因もあるのでしょうけど、その背景には足の機能の代償として隠れてもっていたものが表面化したということです。

結局、先に首を傷めようと、腰を傷めようと、その結果として起きるバランスの崩れが歩行の障害を生むようにしたくないので、その部分で懸命に止めようとしているわけです。
(足の歪みは検出されますよ、ほぼ百パーセント。しかし歩行機能障害まで至ってはいません)

首や腰だけを下手にいじると歩行問題に現れるので、治療をはねつける頑固な症例も出てくる所以です。そう!この問題が施術家を悩ませる問題でしてね。とにかくトッププライオリティは歩行である!という概念が挿入されていませんと、治療の堂々巡りになってしまいます。

首なら首の施術でもいいのですが、それは足の歪みとの兼ね合いで微妙に調整していかないと、首の施術をはねつけるのです。だから首と足の施術をする、腰と足の施術をする、頭と足の施術をする・・・こういう施術の仕方は適応進化論的にも発生学的にも基本構造的にも理に適っているわけです。

極論になりますが、足元に注目しない療法は、それが如何に優れた理論を持つ自然療法であったとしても、対症療法にしか過ぎないと思うわけ。

対症療法であっても命を救う場合も多々ありますから、決してバカにしているわけではないですよ。だからこそ小生も、全身整体を行うわけですから。

(二)

足の施術家は誇りを持ってやっているのですが、客観的には泥臭い施術ではありますね。派手さもありませんし。

「おまえ・・・なにが悲しくてヒトの足なんか揉むんだ?・・・」
リフレクソロジストになった娘にある父親が言った言葉だそうです。

我々はごく普通に人様の足を揉みますわね。そこには悲しさなんてありませんし、むしろ、喜びを持ってやっているわけなのですが、中にはこの父親のように、複雑な心境を持つ人もいるくらいです。(実は私の母も言った)

足揉み慰安婦や慰安夫じゃ悲しいかもしれませんが、述べてきたように明確な目的意識を持ち、それが最良の選択であると確信して行えば世界で一番有意義な仕事に従事していることになると思うのです。(足を揉んでいてもビル・ゲイツにはなれませんけどね)

三関節原理の一部として足首拘束のリリースという動画をアップしておりますが、見てお分かりのとおり泥臭い施術です(G線上のアリアで多少緩和されているかな)。
真に有益なものは泥臭いものですよ。

若いうちは気づかなかったのですが、体力と集中力は確かに年齢とともに落ちていきますよ。そのかわり、良くしたもので経験知が蓄積されてきます。
こうしてバランスが取れるのでしょうね。

「疲れきるまでエネルギーを使うわけにはいかないのだよ」とはフルフォード博士が晩年に近い頃、漏らした言葉だそうです。

同じ効力があればエネルギーを温存するに如くはないわけで、それだからこそ、90歳を超えて施術も出来たのでしょう。

泥臭いがゆえに有意義な仕事であって、多くの貢献を人々に為すことができると思うのです。ですから、各自工夫し、疲れない方法で末永く施術に関わって頂きたいと切に思いますね。

もう一度復習しましょう。
人の身体というのは歩けなくなるということを選択しない、という基本的特性があるということです。

ここから、全ての代償的歪みが発生し、病に至ることが多いのです。

膝が痛くて、股関節が痛くて、腰が痛くて歩けなくなる人もいるぞ!という反論もあるでしょうが、これにはちゃんとした理由があります。

心理的なものもあるのですが、それを除くと、怪我や出生外傷の後遺症である可能性が高い。若しくは不自然な使い過ぎ。

腰は心理的なもののウエイトが高いのですが、三関節痛は絶対に怪我や出生時に問題があるはず。これは百%の確率で言えますよ。

三関節は一体ですから、足首を捻った経験があるだけでも、膝にきますし、膝を打った経験があるだけでも、股関節にきたり、腰にきたり・・・これはもう臨床上、ごく当たり前に見られる現象です。

あとはある種のシグナルで出る場合もありますよ。放っておくといつのまにか治ってるというパターンに多いものです。

ある日、膝が痛み、放っておいたら、気にならなくなった、なんてね。
(おめぇ、最近、運動不足ちゃうの?)と膝が訴えるわけ。
(慣れないヨガなんか急にやるなよな!)と股関節が訴えるとか。
これに耳を貸さないと慢性化します。

いずれにしても歩行障害=個体の死、という厳しい自然界の掟とともに生き抜いてきた人類なのです。その時期からさほど年月が経っていません(せいぜい数万年でしょう)。

基本構造が劇的に変化しているはずはないにも関わらず、足の機能を弱める環境自体は劇的に変化しております。それでいて、寿命が延びているわけですから、病態が複雑化していくのは、仕方がありません。一種のプロセスです。人類が精神体だけの存在に進化するまでは足の重要性は続きます。

足首の施術

動画で最初にアップしたのが「足首拘束のリリース」ですが、ちょっと題名が悪かったかもしれません。

関連動画として「人妻拘束」などというちょっと違う系の動画が紹介されているではないですか!拘束という言葉に反応して、小生の動画を開いた人達がかなりいたようなフシがあります。

世に拘束マニアという人達が存在するかもしれないということを初めて知った次第。
超(ド)S級の人達であることは間違いないでしょうけど、そういう人達が小生の動画を観て、何を思ったのか、是非、知りたいところではありますねぇ。

勿論、小生がいう拘束は組織拘束、エネルギーブロックの意味なのですが、一般にはあまり馴染みがないので仕方ないのかも知れません。

どうしても誘拐系を思い浮かべるのでしょうね。日本語は難しい。
特に整体で使う用語は一般語とは違う意味で使われることが多いものです。

業界にどっぷり浸かっているせいか、「違う系」までは思いが至りませんでした。不快に思われた方、ゴメンナサイ。

さて、この足首の拘束というのは基本的に何を表しているのか?
解剖学的な具体名でいうなら、距腿関節と距骨下関節に他なりません。

付帯する様々な靭帯群、そして筋群も勿論含まります。
足首の動きが制限されているというのは、この部位の制限をいうわけです。

実は普通のリフレクソロジーであっても、この部分の制限をある程度取ることができます。
足裏が柔らかくなったとか、足首の動きが良くなったとか、リフレクソロジストなら施術の結果としてのフィードバックをそこに求めること度々のはず。

これはとりもなおさず、距腿関節、距骨下関節の不都合を除去した結果として得られる感触なのです。

リフレクソロジーにはリフレクソロジー特有の機序が働くのでしょうが、期せずして、拘束除去の効果もある、ということです。

小生がこのことを意識しだしたのは、自身が左足首の違和感を感じたあたりでしょうか。
フルフォードの三関節原理と相まって、足首のカルマは意外に多いことが分かるようになってきました。

中年まで生きてきて足首を捻ったとか、捻挫したとか、そういう経験が皆無のヒトはあまりいません。しかし、症状が出づらいところでもあります。

むしろ、膝や股関節、腰の部位に転位しているケースが圧倒的に多いのですが、元を質せば、足首の拘束である、というケースがバカにできないくらい多いのです。
(当然、逆バージョンもあるでしょうけど)

施術キャリアの中で一時期、膝痛のクライアントがやたらに多かった時期がありました。
割と素直な時期でもありましたから、反射区理論の基づいて一生懸命施術していたことは言うまでもありません。

当然、それなりに効果があって喜ばれていたものです。
しかし、あまりにも多く続くと、持ち前の好奇心(悪く言えば、天の邪鬼的性格)が次第に首をもたげてきました。
(この治癒機序は反射じゃないんじゃないか?)

検証するために施術家としてはあるまじき行為を行ったのです。
膝痛のクライアントに対して、あえて膝の反射区を抜かして施術する、というようなことをです。クライアントは実験材料ではありません。施術家はベストを尽くすのが正しい態度なのですが、検証するという誘惑には勝てませんでした。

結論を言えば、膝の反射区を入れようが、抜かそうが、治療効果には全く関係ないということが判明しました。

では何か働いているのか?経絡機序か?
(大いに考えられます)

単に循環が良くなっただけか?
(これも考えられます)

その当時は未だ、三関節原理などは思いもよらない時期でしたので、まあ、施術という行為は一つの理論では説明しきれない複合効果が働くのだろうなぁ、というところで打ち止め。

そして前述のように、自身の左足首の違和感とフルフォード理論に出会ったわけですが、これは後年のことです。

リフレ施術の大方をやれば、拘束除去の働きをすることも分かってきましたが、折角、足の施術をするのですから、そのプロセスにおいて、拘束除去をメインにおいた施術があってもいいのではないか?と思いはじめました。

試行錯誤を繰り返しているうちに、やがて現在の方法になったのです。
勿論、動画で紹介しているものが全部ではありません。

特にチャプター7(距腿関節、距骨下関節)のアプローチはもう少し合理的な方法があります(ちょっと難しいですけど)。

また膝の動きと密接にリンクしておりますから、膝の制限を解除しなくては、片手落ちになることでしょう(これは動画には全く含まれておりません)。

時間制限がありますから、気がついてみれば、リフレクソロジーとは似ても似つかぬ方法論になってしまいました。

しかし、ベースにはリフレ手技があることは間違いありません。
これなくして、現在の手技はないわけで、基礎としての手技はリフレに全て含まれているような気がします。

あまり考えるのが好きではないヒトは、教えられたとおり、リフレ手技を行えば良いと思いますが、拘束状態が酷いクライアントには不十分だと思います。

取り入れれば、違う可能性も見えてきて楽しいかもしれません。

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