証整体

もともと小生の屋号枕詞は足心整体だったのですが、なかなか気にっておりました。
足心という言葉自体は江戸中期に活躍した禅僧白隠が最初に述べた概念(言葉)で、味わいのある文脈の中で使われております。
本来、昔からある言葉で、一般化されているものは商標権の対象にはならないのですが、一般化されている言葉とは言えない、と判断したのか、それとも知らなかっただけなのか、これは商標権の対象になってしまいました。

あとあとのトラブルを避けるべく、足証整体に変更したわけですが、もう変更後の名前の期間のほうが長く、愛着も出てきましたね。

考えて名付けたのですが、当初考えている以上に面白い内容を表しております。
証は一種のカテゴリーという意味ですから(病態の)、足、または脚からきている身体の不都合は一括して、足証と呼べるわけです。
頭からきているのは頭証、首からきているのは頚証、仙骨なら仙証とも呼べるのですが、聞きなれないわりにはリッパに意味は為しているのです。
もし、足心のままなら、頭心、頚心、仙心ということになって、造語としてはあり得るでしょうが、漢方的には意味の為さない言葉になってしまいます。

ですから、証という言葉を使ったのは正解でした。
それがそのまま、カテゴリーを表しますから、頭証というべき人もたくさんいますし、頚証という人も、仙証という人もそれぞれたくさんいます。
勿論、足証も。
ただ、身体は連動し大きなネットワークですので、どこかに不都合があれば、その影響はどこにでも及びます。
ですから、同じ人が頭の施術で良くなることも、足の施術で良くなることもあって、全然不思議ではありません。
アプローチをどこから始めるか、ということに過ぎなくなるのですが、それを足から始めるという意味において、まずは足証として診るという態度を表している枕詞なのでした。

施術家としての出発点が、足揉みであったという小生の特異な経歴がそうさせているのですが、これは類例があまりないでしょうね。
リフレはそれ自体が完結した療法ですから、他の施術を加える場合はまさに加えるだけであって、そこに連動性を見出すことはありません。
しかし、証として足を診るならば、カテゴリー1、カテゴリー2、カテゴリー3という風に原因になっているところを弁別することができるわけです。
弁別するだけではなく、そのまま足元から正すということも出来るわけですから、一石二鳥です。

小生が思う証(カテゴリー)は
1、 三関節+仙骨(仙腸関節含む)
2、 第一肋骨、胸骨、胸郭出口、肩甲骨
3、 頚椎
4、 頭蓋
と考えています。もっと細かく分類することもできますが、まずは大雑把な掴みが必要でしょう。漫才でも最初の掴み(つかみ)がもっとも重要視されるではないですか(意味が違うか、ゴメンチャイ)。

勿論、これらは連動しますから複数のカテゴリーに入る人もたくさんいるわけです。
そのうち、もっとも重症、あるいはそもそも原因であるところへ施術時間を割くのは当然です。
ここに胸椎以下の背骨が入ってないのは不服かと思いますが、背骨は常に脳脊髄液のリンパ交換行う部位として緩めねばならないところですし、椎骨が24個もあって、かなり個別的な分類になってしまうのと、腰椎の歪みがあっても仙腸関節を潤滑させるだけで、痛みがなくなるという事実を総合的に考えれば、最初のカテゴリーから外しても良いだろうということにしました。

ということで、名前自体がカテゴリー選択を意味することになったわけですが、あとはそれに対応する技法があれば良いことになります。
技法についてはまた別の機会に論じたいと思います。

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静止点誘導

クラニアルの動きを捕捉するのに、物理派とエネルギー派とがいます。
前者の代表はアプレジャーで後者の代表はフルフォードでしょう。
物理派というのは、脳脊髄液の循環が脳膜の膨張と収縮を生み出し、それが頭蓋を通じて物理的に感じられるというもので、エネルギー派はある種の生命エネルギーのインパルスをダイレクトに手に感じるというものです。
物理的な動きを捉えるのではなく、エネルギー波を捉えるという意味において、エネルギー派のほうが、よりスピリチュアルな感じがしないでもありません。
しかし、物理派においても、その動きは極めて微細なものですから、それを感知するには、これもまた無意識にスピリチュアルな感受性を使っているのかも知れず、その境界線はどこかで重複しているような気もするわけです。

脳脊髄液の物理的な動きがリズミックインパルスの正体であるとする物理派はその主張において独特な理論を展開します。
これが表題の静止点誘導という概念です。
基本的にどんな人でも頭蓋の動きはあるのですが(余程閉じている人以外は)、治療が成ったという目安として、リズミックインパルスが止まる時点を重要視するのです。
言ってみれば意図的に脳脊髄液の循環を止めるわけですね。
そうすると、リズミックインパルスが止まる瞬間を捉えなければいけません。
このとき、何かが身体の中で起き、良い機転につながると主張します。
「何かが起きる」と言われても何が起きる?反問したくなるような表現ですが、おそらくは“再構築”なのでしょう。“リセット”と言い替えても良いかもしれません。
何のリセットで、それがどうして治癒機序になるのかはさすがのアプレジャーでも説明できないところですが、本来科学者ですので、推測だけでは断定できないのでしょう。(そういう性(さが)ですわね、科学者は)

いずれにしても脳脊髄液の循環という物理的な現象を基礎とする理論は、静止点に導くということを眼目とするわけです。
この静止点というのものは、確かに存在します。
力強く、しっかり動いていると感じていたものが突然止まるというようなことが実際あるわけで、そういう経験をしている術者も多いのではないでしょうか。
しかし、静止点に達するにはかなり長い間、タッチしていなければならず、根気が必要です。
しかも、これは純粋な治療技術ですから、ただタッチされいる状態が15分も続くとクライアントとしては途中で目覚め、「何をやっているのかしら?」と感じてしまうことでしょう。
要するにクライアントをして考えさせてしまうような施術は、それだけで脳の働きを活発にし、副交感から交感へスイッチされてしまいかねません。
この辺は事前によく説明することでほぼ解決できると思いますが、問題は施術者の集中力が続くかどうか、ということです。
力は全く使わない施術ですが、多大な集中力を要する技法です。
集中力というのは肉体、精神のエネルギーが充実していませんと、中々持続できないものです。
ためしに、15分間同じところを押え続け、全く集中力が切れないかどうかやってみれば分かります。素人では絶対に無理です。たった15分でも無理なのです。
(多分、他のことを考えてしまうでしょう)

施術家は当然、プロですからそれを訓練によって克服しますが、よく鍛えられた施術家であっても、体調の波というのは誰にでもあるものですから、持続出来るときと出来ないときがあります。
単純な技ほど難しいというのは小生の持論ですが、単に頭蓋にタッチするだけという単純といえばこれほど単純な技法はもう他にありようがないわけです。
単純推圧でさえ、圧を加えるわけですから、頭蓋にタッチし続けるというのは如何に単純で如何に難しいかが分かって頂けるものと思います。

人というのは動きがあればその動きに集中できますから、ついつい手を動かしたくなりますわね。それが所謂マッサージ的な動きでもあり、アジャスト的な動きでもあります。
動きがある技法というのは難しそうに見えますが、実は単なる技術ですから、習得さえすれば難しくないのです。
スラスト系であっても、一見難しそうに見えますが、実はやるだけなら少しの訓練で出来るようになります。(中途半端に出来てしまうから事故が多かったのですが)

施術家を志す人でやはりこういう動きのある派手な技法を好む一群の人々がいますが、それはそれで否定するものではありません。
しかし、忘れて頂きたくないのは、動きのない、決して派手ではない技法にこそ、汲めども尽きぬ難しさと奥深さがあるということです。

小生思うに、静止点の発見は手技療法史上、「頭蓋は動く」という発見に匹敵するほどのものだと思います。
しかし、感受性とともにその技法が難しい(集中力の持続が難しい)
何事も一朝一夕では成し遂げられません。
使い続け、磨いていくより他ないのです。
それが楽しくなるまで(楽しいと集中力は持続しますわねぇ)

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仙気

実はこれ、もともとは治せない病の筆頭として挙げられてきました。
現代風にいうと、仙骨異常から発する病は治せない、という意味なのですが、どうしてそうなのか?
おそらくは仙骨形成不全があって、そのまま不整な状態で固まったものはどうしようもない、と考えたのでしょう。
もはや、修復すべき関節も消え去っている状態ですからね。
また、手技が廃れ、鍼灸、生薬がメインになっておりましたから、手技での方法論を考える人もいなかったのでしょう。

小生、カイロプラクティックに対して一定の評価をするのは、この仙骨形成不全に果敢に挑戦している、という事実があるからです。
Dr.Gonsteadはこれを重視し、何とかしようとしていました。
日本の仙骨療法家がもとはカイロプラクターであったという事実からもガンステッドの影響を受けているものと思われます。

仙腸関節はなんとかできるのですよ。様々な技法が考案され、不肖、小生も仙骨耳状面の潤滑を促す特異な方法を考え出しました。
しかし、仙骨自体の形成不全を治す方法論には苦労し、形成不全面に対して手技で一撃を加える、という動画でお馴染みの方法論になるより他ありません。
考え方は良いにしても、手技ですと精度に問題がありますね。
うまくスコンと衝撃を加え、それがキッカケで仙骨自体が動き出すというのはある意味、僥倖を期待せねばなりません。まあ、難しい。

そこで、本来は使い方が違うのですが、アクティベーターを使うことにしました。
痛くもないですし、かといって入力が不十分でもありません。
(狙ったところに打てるという精度の高さがいいですね)

これは中々良いですよ。
仙骨骨折の既往歴がある常連のクライアントさんに試したところ、カチャンという音が気になったらしく、施術後、「施術の最中、音がしていましたが・・?」と聞いておりました。しかし、いつもの施術よりも「抜けた感」が強いらしく、満足して帰っていかれました。

もう歳ですからね。これくらいの補助器を使っても許されるのではないかな、と勝手に解釈して使っております。お陰で施術が楽になりました。
仙腸関節の潤滑と仙骨自体に高精度でアプローチできる技法を持っていると、結構、強みですよ。

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不動関節

Photo 頭蓋縫合部についてはいつか書いたような・・・・
なにせ、270を超える記事を書いているものだから、読み返すだけでも本人でさえ大変。
ボツ原稿を含め、もう346ページもあるのですよ。(小説を除いて)
パソコン内整理が悪い(というか整理する方法がよく分からん)小生としては見つけ出すのは容易ではありません。

まあ、重複してもいいや。
頭蓋縫合関節が不動関節であるというのは医学的常識で、日本の解剖学の本にも書いてあります。
ところが、幾多の研究者の研究によって、頭蓋縫合は明らかに可動し、開存している、という結論が出ているわけですよ。
イタリアあたりの解剖書では可動関節であると明記されているそうな。
保守的な日本の医学界で、可動関節に変更されるのはいつのことになるやら・・・

まあ、小生は解剖学者でも医師でもありませんので、日本の解剖書にどう書いてあろうと、頭蓋は動くという前提で施術しても、村八分にされることはありません。
縫合が可動関節という前提に立つと、違った風景が突如として目の前に現れます。

普通の関節は(例えば肘とか膝とか肩とか)、動きが悪いと、自覚的にも他覚的にも感ずることができます。
ところが、頭蓋縫合はどんなに動くと言っても最大で250ミクロン。控え目の研究者はその10分の1しか動かないとも言います。
この程度では動きが悪いなどと自覚することも出来ませんし、他覚することも困難になります。
そこでCRI(リズミック・インパルス)を検出するために、大泉門(ブレグマ)あたりで指を静止させ、ず~っとただひたすら感じる手法を取るわけですね。
経験を積むと、確かに呼吸のリズムとも心拍とも違うリズムを感じてくるのですが、なにせクラニアルの技法そのものは静止系が多い。しかも軽いタッチで。これは何を意味するかというと時間がかかる、ということです。
(Dr.アプレジャーは5時間かけてやったなんて話もあるわけで)

全身的なアプローチをする施術家はやることがたくさんありますね。
時間に限りがあるというものです。

そこで全く違うアプローチを取ることを考えました。
頭蓋縫合が可動関節であれば、そこにサブラクレーションという概念の入る余地が入ります。正確ではありませんが亜脱臼と訳されます(この訳し方には異義があるのですが、話が逸れていきそうですから、不服ながら亜脱臼にしましょう)
これを探せば良い。そしてこの亜脱臼は大概の人で触知し得るものだと結論づけました。

頭蓋は大陸移動に似ています。
胎児のときは完全に23枚の骨に別れ、骨と骨の間には膜があります。
そして新生児から幼児、そして青年期にかけて頭蓋のそれぞれの骨が接近していき、ついには縫合部を形成するに至ります。
このとき、接近が強すぎると、ちょうどインド大陸がユーラシア大陸と接近しぶつかったときに生じたヒマラヤ山脈のような状態を呈します。
凸もあるなら、凹もあります。つまりイビツにくっついてしまっているわけです。
これは少しの訓練で誰でも触知し得るものです。
クラニアル施術者なら、経験していると思いますが、やけにブレグマを探しやすい人、逆に探しづらい人。同じ冠状縫合上でもある地点でははっきりとした段差があるのに、ある地点では縫合そのものを触知するのに苦労する場合とか。
縫合ドレナージュをかけていけば、余計なものが取れてかなり触知しやすい状態にすることができますが、それでも、縫合を感じるのに部位によって随分と違いがあるものですし、個人差がとてつもなく大きいものです。

さて、問題は技法です。
クラニアル系手技というのはスカルプ系とは違って、脳膜、さらにその奥、つまり脳そのものに働きかける技法です。表層部に対するスカルブ系が割りと力強い手技を用いるの対して、クラニアル系は深層部へ働きかけるにも関わらず、軽いタッチを用いるのは人体の不思議さを表していて興味の尽きないところですが、先人の経験知を信じましょう。
だから軽いタッチでやることは譲れない一点です。
頭蓋縫合部の凸凹を完全に取り去ることは軽いタッチであろうが、力ずくであろうが無理です。要するに機能障害の除去、つまり非線形機序が働けば良いのですから、凸凹は施術部位の基準にはなりますが、それをフラットにする必要はありません。
(線形機序と非線形機序についてはいつかアップしましょう)

見つけ出したヒマラヤ山脈なりグランドキャニオンなりに対して、時計と反対回りにドレナージュし続けます(あくまでも軽いタッチで)。それを次々と追っていくわけです。
これをやりますとね。クラニアル手技が何故、非観血脳手術と言われているのか実感できますよ。気持ち良いにも関わらず強力です。
こんな軽いタッチなので安全だと思うでしょ。
トンデモナイ。ある意味、スラストより危険かもしれません。
だから、良いこと聞いたと真似しないでください。責任は取れません。
あくまで基本、つまりオーソドックス・クラニアルを身に付けていないと危ない技法です。
その代わり、時間短縮の上、効果が高い。
明らかに閉存から開存への移行が施術後のクライアントの様子からも伺えます。

すでにクラニアル受講が終わった方はオブザーバー参加してくださいませ。
(いつになるか分かりませんが)

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陰陽

東洋医学は陰陽思想が基になっているのはご存知のとおりです。
何でも陰陽に当てはめました。当然、人間の身体もです。
病気のなるのはこの陰陽のバランスが崩れるからだ、としております。

身体の正面は陰、背中側は陽。
腰痛者に対して按腹を行うのは、腰(陽)に対してお腹(陰)のアンバランスを是正するという意味合いがあります。
これをそのまま言うとオカルトっぽくなるので、腹圧を調整し・・・というちょっと医学の臭いをさせた言い方になるわけです。
そうすると、噛みつく人たちもいて、「腹圧とは何だ!証明してみろ!」という話になる。
くだらない幻想など抱くな!猛烈な批判を加える人もいます。
しかし、腹圧云々は便宜上の言葉であって、ホントのところは先に述べたように、陰陽のバランスを取ろうとしているわけです。
陽は物理的で目に見える形ですが、陰はそれを支え、目に見えない、それこそ陰(かげ)の存在です。構造的な身体の仕組みが陽なら、心(こころ)が陰に相当するでしょう。
按腹はある意味、感情解放テクニックであって、心(こころ)-陰に働きかけるものと言えるのです。少しでも東洋医学に触れた者なら、それを理解することができるのですが、論語読みの論語知らず、で一応の知識を知ってはいても、敷衍できない人たちの批判としか言いようがありません。

身体を左右に分けると、左半身が陽で右半身が陰であることは、常識で知っていると思います。
左側だけに症状が出やすい人や右側だけに症状が出やすい人、など経験されている施術家も多いのではないでしょうか。
本来、代償的な歪みが発生し、左側だけ、とか右側だけというのは陽の世界ではあり得ません。にも関わらず、左半身だけ、右半身だけという症例が多いというのは何を意味するのでしょうか。
西洋的手技法では身体の部位によって左右、左右と症状が出るよ、と教えているのです。
この法則に当てはまる人もいるのですが、全く当てはまらず、左だけ、右だけに症状が出ている人も多いのですね。
ここに陰陽論の出る幕があって、陰陽のアンバランスとしか言いようがないわけです。
陽のエネルギーが減衰しているか、克ち過ぎているか、或いは陰でそれが起きているのか・・・いずれにしても、どちらかの減衰、過剰は相対的な減少を招くわけですから、全体としてのエネルギー不足に陥りやすいことは確かで、その時に初めて同じ身体で左右の症状が出てくるのだと思うのです。
人はどちらかにアンバランスを持つものですが、それが許容の範囲であるかどうかが、発症するかどうかにつながります。

足脈で時々あるのは左右の脈の違いです。足脈は手首の脈とは違い、左右の足で取れる脈の盛衰を六臓六腑に分けて考えまいせん。同じ臓腑の脈と捉えるので、脈象の違いはそのまま、左半身と右半身のエネルギー差と捉えることができます。
そこで明らかな脈象の違いがあれば、左半身(陽)と右半身(陰)のアンバランスをキャッチしていることになるわけです。
施術後、脈が均等になればそれは一応の施術の成功でしょうし(陰陽のアンバランス解消)、
未だ、それが変わらなければ、的確な部位の選定を誤ったか?という反省にもなります。
手首の脈は高度で相当な経験がなければでき得るものではありませんが、足脈は東洋医学発祥時に存在した、極めて原始的かつシンプルな捉え方です。それは陰陽のアンバランスによって病気が起きるという原東洋医学の残滓とも言えるわけで、手技で活用するのは、生薬や鍼灸を用い複雑化していった前の姿として合理的ではあるでしょう。
東洋系の考え方を取り入れる手技法家は、まずもって足脈をとり、大雑把に陰陽のアンバランスを掴みとることが肝要かと思います。

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立方骨

足には無限の可能性がある!と言ったのは、カール・ルイスであったか、渡辺真千子であったか・・・定かには覚えていないのですが、同感です。
そもそも、反射区というものが設定されて、経絡ありの、骨、関節も四分の一以上の比率でありの、全体重の負荷を背負いの・・・で、軽視する理由が見当たりません。

足のどの部分を取り上げても大事なのですが、外反母趾を除き、変位しやすく影響がモロに出てしまう骨および関連関節構造体に立方骨というものがあります。
第四中足骨と第五中足骨との関節接触部をまとめて面倒みていますね。
反射区でいうと、「肘」「膝の一部」がこの立方骨を横からアプローチすることになります。
横からに限らず、この周辺痛がる人が多いですよ。
有害インパルスを放射しまくってます。

足甲では肩甲骨の反射区の後半部。足裏側からだと、上行、下行結腸の反射区の一部がアプローチしやすい。
しかし、中々、リフレでは関節構造体までは到達しづらく、この骨の有害インパルスを除去するところまではいっていないのが現状です。
(痛がれば手加減せざるを得ないですしね)

ところでこの骨の関節構造体は膝の内方変位ととても縁が深いくてですね。
膝が悪くて、膝の反射区に反応が出るのは、反射区機序じゃなく、構造的な神経インパルスの問題ではないかな、と思ったこともありました。
今もさほど考えは変わっていないのですが、どちらでも臨床上は問題にならないと深く考えていませんでした。ところが三関節原理やら、足心原理やらを取り入れるようになってくると、アプローチ部位とアプローチ法が変わってきますので、しっかりと考えを固める必要が出てまいります。

ふ~む、立方骨、キューブなヤツだ。しかもルービックなんだなぁ。
このルービックでキューブな立方骨の取り扱いをうまくできれば、「まず、足元を固めよ!」がさらに固まることになります。

まあ、答えは明日出します。三水会だもんな。一ヶ月早過ぎ。

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足の関節

足(脛骨、腓骨を含まない)の骨は全部で26個。
自動的に×2=52個(両足)ということになります。
身体の骨は成人でかつ正常者かつ耳小骨と種子骨を除けば200個ですから、足首以下の骨だけで実に四分の一以上の比率になります。
ちょっとこの比率多くない?
足が如何に微細なコントロールを必要としているか、という傍証にもなるのですが、骨の数で喜んでいてはいけません。
当然、付随する「関節」というものがあります。
それは骨の数だけあるわけですから、この比率もまた四分の一に達するはずです。
これだけの骨と関節が最下層にあって、いつも重力のイジメにあっているわけですから、只事ではありませんね。

リフレクソロジーも優れた療法だとは思いますが、上級者はバカの一つ覚えみたいに反射区、反射区と言ってないで(習い始めの方は仕方ないですよ、そこから始めるのですから)、筋筋膜、腱、靭帯のみならず、骨と関節にも目を向けねばなりません。
特に関節の固有受容器の機能障害は大きな問題になる可能性を秘めています。
有害反射弓を形成して全身に悪影響を及ぼすことになるのですが、それをアチラの言葉でいえばエネルギーブロック、サブラクレーションとなるわけですね。

ついでですから、足の関節を列挙しておきましょうか。
趾先からいきます。(片足)

IP関節(母趾)×1
DIP関節(母趾以外)×4
PIP関節(母趾以外)×4
MP関節×5
足根中足関節×5
横足根関節×2
距骨下関節×1
距腿関節×1

その他、名前のついていない骨の継ぎ目が7箇所あります
(あらら、それを入れると骨の数より多くなったわ。身体運動の機能解剖171Pでご確認くださいませ)
第一MP関節は外反母趾のときに大きく曲がる関節ですから、この歪みは、足底療法家ならよく目にするでしょう。
それ以外の関節はどうでしょうか。まあ、よく分からないというのが現状ではないかなぁ。
しかし、カイロ・ガンステッド法の創案者であるDr.Gonsteadが言うように、大きな歪みではなく、もっとも目立たない小さな歪みに着目せよ!ですよ。(物理的な歪みではなく神経の流れが問題なのだ!という信念があったらしい)
だから、脈を取ったり、硬さを調べたり、アーチの形成を診たり、趾の曲がり具合を診たりと中々忙しいわけです、小生も・・・レントゲンを撮るわけじゃないから。

反射区というものに基づいて施術をしても、筋筋膜、腱、靭帯に基づいて施術しても、結局、関節構造体に影響を与えております。(関節単体で存在していませんので)
様々な機序が働く中で、関節にも影響を与え、期せずして有害反射弓を除去していることも多々あるでしょう。
若し、関節を狙い撃ちできれば、他の機序プラスでオニニカナボーになるに違いありません。

経験からいうと、足根中足関節は臭いますねぇ。プンプンだ。
4番と5番の足根中足関節を潤滑したとき、タダチに頭痛が止まったことがありますも。
勿論、前から提唱しているように距骨下関節も重要です。

足の関節構造体から発せられる有害反射弓が身体に悪影響を与えている例というのは思いの他多いのです。

足下を掘れ!と言ったのは新渡戸稲造だったか、クラーク博士だったか・・・
まず足元を固めよ!のフレーズは無数の偉人達が言っています。
違う意味ですが、足証整体のキャッチもまた「まず、足元を固めよ」なのでした。

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足心の腱、靭帯

長趾屈筋腱長腓骨筋腱後脛骨筋腱、そして足底靭帯足心に位置する腱、靭帯です。
それぞれの筋肉は足首を底屈させたり内反させたり外反させたりと足関節を動かすのに大活躍する筋群です。それらの関連腱が足心一箇所に重複しながら位置しているというのは決して偶然ではなく、それであるが故に足心というのでしょう。

一連の足底腱膜、足底筋群に加え、これらの腱群もまた足心を通るわけですが、これほどの重複は他の身体の部位に比べ、ほとんど例外的でさえあります。
したがって足心は単なるツボではなく、三関節原理に応答しやすいZONEとも言え、また、膝蓋腱反射でお馴染みのように、腱は反射が起きやすいことを考えても反射機序が働きやすいわけです。

湧泉~足心~失眠をとおる一ラインが足底療法において如何に重要か、お分かりになるでしょう。
これらの解剖学的筋筋膜群、腱膜、腱群、靭帯を無視しては足底療法家の名が廃るというものです。

実はこれらの足底筋群一連のシリーズを書いてきたのは、6月18日に行う三水会で勉強する内容だからです。
出席メンバーはもう一度、「身体運動の機能解剖」で復習しておいてください。
(できればね。復習してきてないからと言って責めはしません。仕事後の晩酌が唯一の楽しみという方もいるでしょうし)

ということで次回の三水会は“R・T-Zone Reflex”のやり方を勉強します。

これにより、最小限の施術で最大の効果を生むものと思います。
手技にはベーシック基本手技と証対応のクリニカル手技がありますが、ベーシック手技は最小限の時間で最大効果があることに如(し)くはありません。

病態が複雑化している現在、手技は進化しなければなりませんし、術者自身の身を守る必要もあります。
“R・T-Zone Reflex”はその答えの一つになるはず。
ではではお楽しみに・・・・

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足底方形筋

短趾屈筋のさらに下層に「足底方形筋」という筋があります。
(これも「身体運動の機能解剖」190Pで確認してね)

働きは短趾屈筋とほぼ同じ。二趾~五趾の屈曲を担当します。
(厳密には多少の違いはあるのですが、ホントの解剖学をやるつもりはないので、ほぼ同じと考えて頂ければよいかと思います)

さて、この足底方形筋・・・だいたい腰方形筋にしても方形という名前がつくと、結構、隠れ急所みたいなところがありましてね。
おおおっ!そこ!そこだ!という阿是穴の巣窟。
まあ、急所だけに痛いという人もいますけど。
スポーツをかなり熱心にやった経験がある人たちは、短趾屈筋に留まらず、この足底方形筋までいっちゃっている人が多いものです。

しかし、深層筋であるが故に普通は届きません。
欧米系での施術では無理ですし、台湾系の施術でも、ここに届く前に短趾屈筋や長趾屈筋腱を傷めてしまいます(強いフリクションであるが故に)。
足の施術のベテランを任ずるなら、この筋を素通りしちゃイカンぞぉ。
結局、単純推圧安定系で圧を浸透させるしか手立てがありません。
なかなか難しい技法ですが、この筋に到達すれば良いご褒美もあります。

「いやはやセンセ・・・こんな気持ちよい施術は初めて受けました・・・」
などとアメフト(バレーボールでも何でもいいのですが)経験者がのたまわってくれる。
のたまわなくとも、感じで大体分かります。
こういう場合は足底方形筋に固有スパズムが発生して、機能を損ねていると思って間違いないのです。
ただ、深層筋の機能障害を除去すると、瞑眩反応が起きやすい。
足底方形筋の場合は押されているときは気持ち良いのですが、足だけで終わらせると、首に違和感を感じたり、肩甲骨、場合によっては腰にモヤモヤした感じを受ける場合もありますし、頭蓋に来る人もいますねぇ。

放っておいても抜けることは抜けるのですが、不快な症状ですから、足の施術後、整体で取るに如くはありません。
瞑眩率はどれくらいでしょうか、10人~20人に1人くらいかな。
長く足底療法家をやっていて、そんな例に出くわしたことがない、という方。
多分、届いてないか、クライアントが遠慮して言わないか、どちらかでしょう。

いずれにしても、足底療法の場合はこの足底方形筋までしっかり届かせることが肝要。
それは良いことを聞いた!とばかりにウンウン唸りながら力んで押しても届きません。
第一、自分の身体を傷める。
あくまで身体の力を抜き、軽く深く入れることです。

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短趾屈筋

趾を屈曲させる短めの筋肉。但し、母趾以外の四趾のこと。
足底腱膜のすぐ下にある第一層目の筋です。
よく、土踏まずが盛り上がっているような足裏を見ることがありますが、大概はこの筋肉の発達によるものでしょう。
(図を見たい方は「身体運動の機能解剖」190Pで確認してください)

柔道家は畳に吸い付くような蛸のような足を持っていると有利だと言われています。
趾が屈曲して畳に食い込むかのような状態を指して言うのでしょう。確かに、柔道家はこの短趾屈筋が発達し、偏平足に見えることが多いものです。
足の機能を高めるためにタオルギャザー・トレーニングをするわけですが、この短趾屈筋を鍛えるのに一役かっていることになりまわね。

ほぼ中央部に短趾屈筋のメイン塊があるので、足心穴失眠穴がある部位でもあります。
足底腱膜とともにこの筋肉の障害も多くて足底腱膜炎と誤診する場合もあるそうです。
実際、足裏が痛いという症例を持っている方が足裏を揉んで貰おうなどとは考えませんので、リフレクソロジストには馴染みの薄い症候でしょうが、足のトラブルの中では決してバカにはできないものですよ。

重要穴があることを考えると、この筋筋膜の固有受容器の異常は全身に影響を与えると思って間違いありません。(趾の屈曲問題だけじゃないということね)
痛いという自覚症状があれば気づくのでしょうが、特に痛みもなく、それでいて、受容器の侵害があるという状態があるから問題なのです。
(全部の筋筋膜、関節に言えることなんですが、足裏は常に体重を受け止めてバランスを取らないといけない宿命をもっているので他より影響が出やすいのです)

足心から失眠にかけて押圧すると、やけに気持ち良いのですけどセンセ・・・と言う方がいます。短趾屈筋がコッている方ですよ。コリというのは固有受容器の異常を表すもっとも一般的症状ですから、この比率はもしかしたら、肩こり者のそれを超えるほど多い割合かもしれません。
足裏のコリが肩コリを超えるほど多いなんて、誰も指摘しなかったことですが、小生のように足裏も全身もする施術者が少ないことからきているのでしょう(しかも足裏安定圧系は非常に少ない)。

いずれにしてもこの短趾屈筋をよく解してあげれば、よく眠れるとか、身体全体が緩んで気持ち良いとか言ってくれる部位ですから、足底療法家には重要な筋筋膜なのです。

(さきほども酷い肩こり者の施術をしたばかりですが、その方、あまりにもコリ過ぎて、首、肩を揉んでもらうと貧血で倒れてしまうと仰ってました。首、肩の筋群を緩めて脳へいく血液が減少するわけがありませんから、揉むことによってかえって防御的に筋収縮が起きたものなのでしょう。当然、小生は足から緩めていくので、そんなことは起きないですから心配しないでと短趾屈筋群を入念に押圧しました。足の施術のあと、身体が緩んで気持ち良いと言い、そのあとの全身での施術を終えても当然ながら、貧血様の症状は起きません。ほらね、上手い下手の施術に関わらず、いきなりの首、いきなりの肩の施術に向かない一群の人々がいるのですよ。なにを隠そう小生もその一人で、上手い施術であっても、いきなり首、肩だと、筋収縮が若干起きてしまう体質なのです。色んな体質の人がいるんですよ)

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足底腱膜

Photo Photo         
 (それぞれワンクリック拡大可)

 足底腱膜の歪みは肋骨の歪みを招く・・・ということを唱えている人がいる-ということを知ったのはいつの頃だったでしょうか。世の中には変わったことを考える人がいるもんだなぁ、と思ったものです。


そして、足底異端者は小生だけじゃないんだなぁ、と。
小生はこういう意表を突くようなことを言われると弱い。結構、感動します。
当然反射理論でも全息胚理論でも説明できないのですが、経絡の三焦経関連では説明できるかもしれません。
肋間膜と足底腱膜は同じ膜つながりで三焦経と縁が深い。
まあ、でも少々、こじつけっぽいかな。

その是非については検証できませんが、足底腱膜の重要性だけはご存知のとおり是非もないわけです。
足のトラブルでも足底腱膜炎が多いですし。
安全無害なものが民間療法として認められている、という根拠を盾にとって、リフレクソロジーによって足底腱膜炎を起こさせる例が多いとし、リフレそのものを規制すべきだ、という論陣を張った御仁がいます。

実際、非常に強いフリクション系を多用する台湾系リフレではこのような例が後を絶たず、小生の知り合いでも、施術後、足底腱膜炎を起こし、三日ほど歩けなくなった人もいるくらい。
もし、もし足底腱膜の歪みが肋骨の歪みを招くなら、腱膜炎にとどまらず、胸郭の狂いを生み出し、胸部リンパ流を阻害しますわね。何年も経ってから現れる症状ですから、因果関係を証明するのは難しいのですが、肺炎とか肺がんとか、乳腺系疾患とかに罹ったとしたら、それは足底腱膜を傷めるような施術が原因だったということにもなりかねません。
ヒポクラテスの聖訓第一「まず傷つけることなかれ」に反するとんでもない行為と言わざるを得ません。ましてや自然療法でね~。そんなことが・・・・起きるなんて・・・

肋骨に限定された関連障害が起きるかどうかは述べたとおり、なんとも評価する手段を持たないのですが、少なくとも小生の経験では、足底腱膜反射は足首と膝、そして自律神経に影響を与えるようです。
特に自律神経系への影響は、ゆっくり系の施術を行う施術家にとってお馴染みのものではないでしょうか。
欧米系のリフレクソロジーが深くツボに入れることがないのに、効くことがあるのは、ほとんどの場合、この足底腱膜反射が起きているものじゃないかな、と思うわけ。
(足底腱膜は表層部にありますからね)
欧米、特に米国は訴訟社会ですから、過激なことをやって訴訟を起こされたらたまったもんじゃありません。強いフリクションを多用する台湾系リフレが広まらない要因の一つではありましょう。
日本でも台湾系といえど柔らかくなってきてますものね。

そういえば、米国ではカイロプラクティック大学が激減しているのだそうな。
これも訴訟問題からの波及でしょう。
賠償金を払うために賠償責任保険に入らないといけない。これがまた高い。医師賠責でさえ高いのですから、カイロプラクティックを担保する賠償保険が高いのは当たり前です。
そうすると、治療費を高くせざるを得ませんね。あんまり高い費用だと来る人がいなくなりますわ。当然ながら、やっていけなくなりますから、なり手が少なくなる→養成機関の減少ということになるわけだ。
別にカイロを否定しているわけじゃないんですよ。
カイロはカイロで精緻な手技体系を持っています。熟達すれば強力な治療手段になりえると思いますけど。

明生館塾も三水会のメンバーの紹介で、希望すれば卒業生は施術者賠償保険に入れることになったのですが、まず、事故は起きないでしょう。足底腱膜を強く擦るということもしませんし、整体でスラスト系の技法もやりませんしね。
面白いな、と思ったのは、この施術者賠償保険、カイロプラクティックと鍼灸は除外されているということです。保険会社は事故の統計をとってリスクの高低を計ります。それを料率に反映させますが、もはや、料率をアップさせてもペイしないという判断なのでしょう。ましてや、明生館塾で入れる保険は保険料が一ヵ月千円にも満たないわけですから、除外するのは当然です。

話が逸れてしまいました。まんざら逸れてもいないのですけど。つまり、足底腱膜炎を起こさせるような施術が流行ったころは、お客様も訴訟までは考えない時代でした。だから、表面化しなかったという事実があります。今そんな施術をしていたら、結構表面化するでしょう。そうすると、保険会社はリフレ除外規定を作るかもしれませんね。
幸いにして、そんな無茶な施術をする足底療法家は少なくなりました。
(少数いますけどねぇ)

ともあれ(なにがともあれ、なのか分かりませんが)、足底腱膜が常に歪んでいる状態というのがあります。一つはご存知、外反母趾。
力学的に言っても、膝を傷め、股関節を傷め、腰を傷め、というのは理解できるでしょう。
これに腱膜異常反射という要因が加わると、問題が二重になります。
もし、肋骨に影響を与えるのなら、肺、気管支の疾病を増悪させますね。もとに乳腺系の問題がある人はそこにいくでしょうし。

もう一つの足底腱膜の異常はこれもご存知、偏平足
偏平足といっても、卓球の愛ちゃんのように筋肉が発達して偏平足に見える場合もありますから、こういうのは除外します。
真性偏平足(こんな言葉あるのかな)は結局、靭帯が弱っているという意味では外反母趾と同じ病態とも言えます。

昔の話ですが、空前にして絶後のような酷い外反母趾でかつ、ケタ違いな偏平足というクライアントさんを診たことがあります。この二つを同時に持っているのですから、一瞬、たじろぎましたよ。足を診るのが商売の足の施術家がたじろぐくらいですから、それがどれくらいなものか想像できるのではないかと思います。
この方、満身創痍という状態ではありましたが、特に酷いのは喘息と膝痛でしたね。
こういう症例もありましたので、足底腱膜→肋骨という作用機序を「世迷言を申すな!」と一蹴する気にはならんのですよ。

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携帯のデ・ン・ジ・ハ・・・・・

http://news.livedoor.com/article/detail/3674778/

驚いたな。是非、上記のURLをクリックして動画を見てみてください。

ニュースだから早く見ないと更新されて、消えてしまうかもしれません。

消えてしまった場合に備えて一言。

とうもろこしを四つの携帯で囲み、同時に鳴らすんです。

そのとうもろこしはどうなるか?!

な、な、なんと、電子レンジ効果でポップコーンになってしまう画像です!

ビックリ!仰天!

小説米田吾朗で携帯の電磁波について述べている場面があります。

しかし、乾いたとうもろこしがポップコーンになるほどのものとは思いませんでした。

内耳器官や脳ミソがポップコーンにならなければ良いのですが・・・・

Tちゃん、あなたの鼓膜肥厚は携帯電話が原因かも・・・だよ。

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やっぱ足からきているなぁ

小生、足の施術から入ったのは正解だったなぁ、といつも思うわけ。
骨格の歪みや自律神経の乱れは足元の歪みが原因であることが多いと今更ながら思いますね。
ヒトには適応力があって、多少の歪みなど屁でもない(下品で失礼)ほど応力吸収能力があるのですけど、人生50年の頃はその機能だけで一生を過ごせたものが、寿命が伸びるにつれ、問題が表面化してきます。
人類史上、平均寿命が80年もあったなんてことはないわけで、今でも、貧困国は30代とか40代で生涯を終えます。

足関節と膝関節と股関節の補正関係を述べたのはフルフォード博士をして嚆矢とするのですけど、これは強力な理論だなぁ、と臨床を重ねるたびに思うわけです。
足の施術=リフレという図式が成り立つ昨今ですが、リフレというのは反射区理論を用いますね。面白いのはこの反射区理論を否定する施術家がいるということ。
曰く、反射区というのは、確かに人体の投影図ではあるけれど、それは鏡に映った虚像に過ぎず、鏡に映ったものを何とかしようとして鏡自体を磨いたところでなんら本体には影響を与えないだろう、と。
これも一つの見識ではあります。
小生もそもそも反射区機序とは何だ?という素朴な疑問から、足証九大原理というものを考え出したわけで、圧痛点=治療点になるとは限らない、という有名な平田博士の理論にも影響を受けています。むしろ、その圧痛を消すのに全然違う部位の施術によって行うのがベストである、というのは経絡理論の骨子でもあるわけですし。
いずれにせよ、人体の投影図という考え方は神経解剖学的には是認されるはずもなく、東洋医学的に言えば全息胚理論になるわけです。しかし、東洋医学はこの全息胚理論を診断には用いましたが、やはり治療点としては用いてないわけです。
用い始めたのは最近ですね。耳針療法を人民解放軍の従軍医が考え出したのがおそらく最初のものではないかな、と。効くからという理由ではなく、行軍中に簡便だからという理由にしか過ぎません。だから、ちゃんとした鍼灸院で、耳針療法を行うところはないはず。
あるとすれば飢点穴(耳にありますけど)への刺激で食欲を抑えるというダイエット療法の一環でしょう。
このように全息胚理論というのはそのものの歴史が古い割には治療点としての歴史は浅いわけです。(脈診なんてのはまさしく全息胚理論なんですよ)

でも実際は分からないんです。その機序が働くかもしれません。何故、検証できないかというと、施術することによって、違う機序も働いてしまうからです。
体液循環が良くなりますしね。神経反射も起きます(ただしランダムなもの)し、経絡反応も起きます。
(詳しくは足証九大原理を参照して頂ければと思います)
このようにして全息胚機序だけを働かせるというのは不可能なわけです。

ようするに実効性があれば(実際ある)、どのような機序が働いていてもいいじゃないか、という妥協的産物なわけです、臨床家にとっては・・・(理論家にとっては問題でしょうが)
全息胚理論が治療点として有効か有効じゃないかの是非はこの際置いておいて、足には末梢神経が集合していることは間違いありませんね。
遠心性神経と求心性神経の交差点みたいなもの。しかも渋滞を起こしかけています。
これは直立歩行するという不安定な体勢で活動する人間の宿命みたいなものでしてね。
絶えず、フィードバック(求心性)と制御(遠心性)が行われていて、そうしなければ、バランスを崩して歩けなくなります。
もし、足の固有受容器の侵害があれば、それを代償しようとして、膝で補正します。膝の補正力を超えると、股関節・・・股関節はとんでもなく大事で股関節の歪みはタダチに仙腸関節の微妙な狂いを生じさせます。仙腸関節の狂いは仙骨自体を変形させ、代償させるわけですが、これも一重に直立歩行し活動するという人間の宿命を最優先させる結果です
なぜなら、野生動物をみれば分かりますが、活動できなくなくなると、それは個体の死を意味するからです。過酷な自然の中で生きているわけですから、捕食活動ができないばかりか、逆に天敵に捕食されてしまいます。いずれにしても極めて短期間で死ぬことにはなりますね。
人間もまたかつては立派な野生動物であったわけで、何よりも動いて活動することがトッププライオリティになるのです。
ですから、仙骨の歪みが生じて、エネルギーバランスが崩れ、または骨格自体が歪み、そのことが原因でどこかのリンパ流がブロックされて内臓に障害が出ようともプライオリティで言えば、低い順位でしかないわけです。
極端にいうと、歩けなくなるという機能障害よりも癌にかかるほうを選ぶように設計されているのが人体の基本的構造なのですよ。
しかも2足歩行を選んだわけですから他の動物よりもはるかに不安定で歩行機能障害に陥りやすいわけ。だから、人生50年のうちには問題化しなくても、寿命が伸びるにつれ、歩行を維持しようと代償作用が働き、ある人は内臓問題、ある人は内分泌、ある人は整形外科疾患などが多発してくるわけです。勿論、老化という素因もあるのでしょうけど、その背景には足の機能の代償として隠れてもっていたものが表面化したということです。

結局、先に首を傷めようと、腰を傷めようと、その結果として起きるバランスの崩れが歩行の障害を生むようにしたくないので、その部分で懸命に止めようとしているわけです。
(足の歪みは検出されますよ、ほぼ百パーセント。しかし歩行機能障害まで至ってはいません)
首や腰だけを下手にいじると歩行問題に現れるので、治療をはねつける頑固な症例も出てくる所以です。そう!この問題が施術家を悩ませる問題でしてね。とにかくトッププライオリティは歩行である!という概念が挿入されていませんと、治療の堂々巡りになってしまいます。首なら首の施術でもいいのですが、それは足の歪みとの兼ね合いで微妙に調整していかないと、首の施術をはねつけるのです。だから首と足の施術をする、腰と足の施術をする、頭と足の施術をする・・・こういう施術の仕方は適応進化論的にも発生学的にも基本構造的にも理に適っているわけです。

極論になりますけど、足元に注目しない療法は、それが如何に優れた理論を持つ自然療法であったとしても、対症療法にしか過ぎないと思うわけ。
対症療法であっても命を救う場合も多々ありますから、決してバカにしているわけではないですよ。だからこそ小生も、全身整体を行うわけですから。

足の施術家は誇りを持ってやっているのでしょうけど、客観的には泥臭い施術ではありますね。派手さもありませんし。
「おまえ・・・なにが悲しくてヒトの足なんか揉むんだ?・・・」
リフレクソロジストになった娘にある父親が言った言葉だそうです。
我々はごく普通に人様の足を揉みますわね。そこには悲しさなんてありませんし、むしろ、喜びを持ってやっているわけなのですが、中にはこの父親のように、複雑な心境を持つ人もいるくらいです。
足揉み慰安婦や慰安夫じゃ悲しいかもしれませんが、述べてきたように明確な目的意識を持ち、それが最良の選択であると確信して行えば世界で一番有意義な仕事に従事していることになると思うのです。(足を揉んでいてもビル・ゲイツにはなれませんけどね)

三関節原理の一部として足首拘束のリリースという動画をアップしておりますが、見てお分かりのとおり泥臭い施術です(G線上のアリアで多少緩和されているかな)。
真に有益なものは泥臭いものですよ。
ただ、やはり体力の消耗は防がなきゃいけない。この仕事はともあれ長く現役を続けることですからね。施術家にとって経験知というのは重要なファクターではありますから。
そこで編み出した(亜美出した)のが逆Tゾーン反射療法というもの。
ここを抑えておけば、足裏の筋筋膜、腱、腱膜、靭帯の固有受容器の障害はほぼカヴァーできるなぁ、と。(当然、主要な経絡反応も得られます)
あと虫様筋反射も結構重要なのですが、これらは特殊な器具で代用できます。

明日は四十ムニャムニャの誕生日です。
段々と体力を使わない方向へ行っていますわね。
若いうちは気づかなかったのですが、体力と集中力は確かに年齢とともに落ちていきますよ。そのかわり、良くしたもので経験知が蓄積されてきます。
こうしてバランスが取れるのでしょうね。
「疲れきるまでエネルギーを使うわけにはいかないのだよ」とはフルフォード博士が晩年に近い頃、漏らした言葉だそうです。
同じ効力があればエネルギーを温存するに如くはないわけで、それだからこそ、90歳を超えて施術も出来たのでしょう。
四十半ばでパーカッションハンマーを使い出し、体力と時間を節約したそうですが、小生は四十ムニャムニャにして真剣に考えだしました。
教えた生徒さんが少しでも長く現役を続けられるように(できれば生涯)、せにゃならんなぁ、と自分の誕生日を前にシミジミ感じる今日この頃。
だからと言って、棒を使って施術するなんざ、原始人に大腿骨を与えたようなもので、さほど体力の節約にはなりません。(プロとしてカッコ悪ぃし)
パーカッションもいいのですが、足の施術の特徴である反射機序がイマイチ働きづらいですわね。ブロックは取れるでしょうけど・・・
検証に少し時間はかかりますけど、三水会あたりには発表できるかなぁ、と。

それはどうでもいいや。メンバーは分かることですし。
今回の趣旨はお誕生日記念ブログということで、もう一度、足の意義について今まで語ったことがなかったことを述べてみました。

もう一度復習しましょう。
人の身体というのは歩けなくなるということを選択しない、という基本的特性があるということです。ここから、全ての代償的歪みが発生し、病に至ることが多いのです。
膝が痛くて、股関節が痛くて、腰が痛くて歩けなくなる人もいるぞ!という反論もあるでしょうが、これにはちゃんとした理由があります。
心理的なものもあるのですが、それを除くと、怪我や出生外傷の後遺症である可能性が高い。若しくは不自然な使い過ぎ。腰は心理的なもののウエイトが高いのですが、三関節痛は絶対に怪我や出生時に問題があるはず。これは百%の確率で言えますよ。
三関節は一体ですから、足首を捻った経験があるだけでも、膝にきますし、膝を打った経験があるだけでも、股関節にきたり、腰にきたり・・・これはもう臨床上、ごく当たり前に見られる現象です。
前世で膝を打ちぬかれた兵士であった過去を持っているとか(これは冗談にしても)。
あとはある種のシグナルで出る場合もありますよ。放っておくといつのまにか治ってるというパターンに多いものです。
ある日、膝が痛み、放っておいたら、気にならなくなった、なんてね。
(おめぇ、最近、運動不足ちゃうの?)と膝が訴えるわけ。(あっ、小生のことだ・・・)
(慣れないヨガなんか急にやるなよな!)と股関節が訴えるとか。
これに耳を貸さないと慢性化します。

いずれにしても歩行障害=個体の死、という厳しい自然界の掟とともに生き抜いてきた人類なのです。その時期からさほど年月が経っていません(せいぜい数万年でしょう)。
基本構造が劇的に変化しているはずはないにも関わらず、足の機能を弱める環境自体は劇的に変化しております。それでいて、寿命が延びているわけですから、病態が複雑化していくのは、仕方がありません。一種のプロセスです。人類が精神体だけの存在に進化するまでは足の重要性は続きます。

追記
足首のリリースを行う場合はBGMとしてG線上のアリアをおかけください。
だって、味噌も醤油もお酒もバッハを聴かせながら発酵させると、良いものになるのですから(実際、商品として売っているぞ)。
足首だって拘束から解放されないとは言えないような気がしないでもないではないですか!
しかし、気をつけて頂きたいのは脳ミソまで発酵して、ナベアツが三の倍数をいうときの顔になってしまいかねません。これはとてもまずい事態です。

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老眼

先日、マサイ族の友人に会ったら、老眼で近くのモノが見えないとぼやいておりました。
なんでも、20代の後半から老眼が始まったそうです。
まあ、そうですわね。マサイの標準的な視力は5.0ですから。
5.0ってどれくらい見えるの?って聞いたら、土星の環が見えるけど、君達は見えないのかい?と少々鼻を膨らませて言っていたものです。
しかし、目が良すぎると老眼も早いですわね。
小生も日本人としては目が良いほうでしてね。社会に出るまで、1.5以下になった記憶はないんですよ。
そのせいか、ここ2~3年、老眼鏡なしでは社会生活を送れないほど、老眼が進んでいます。
まだ39なのに・・・(まあ気持ちだけ)

今のプロセスが一番ツライのだそうですね。
近くと遠くの切り替えが酷く時間がかかります。
中途半端に焦点を合わせるが故に起こるのだそうですが、これがホントの年寄りになると、もう焦点を合わせることさえしなくなるので、かえって良いのだとか。
微妙な距離の微妙な大きさのモノを見ると「あっ、段々ピントが合ってきたぞ・・・」なんてね。中途半端なんだよね~。イライラするくらいですよ。デジカメのフォーカス速度より遅いんだから。高性能のデジカメなど意味がありません。
でも今のところ、パソコン画面は裸眼で充分なので、これで良しとするか、と自分で慰めております。
ところが、パソコンを見終わってからがいけません。
全然、近くのモノが見えないのです。
昨日なんか、隣のチワワがベランダ伝いに訪問してきたのですが、小生、大アリクイと間違えてしまいました。

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人体で一番大きな骨

これは大腿骨で異論はないでしょう。
半世紀前の統計ですら、成人男子の平均が41センチ、女性で38センチもあります。
現在は身体が大きくなっていますから、もっと大きいでしょうね。
この大きな骨である大腿骨が事故や戦争など失われてしまった方もいらっしゃいます。
そこで、骨髄造血説に疑義を挟む余地がありましてね。
人体のかなりの分量をしめている下肢骨(勿論、大腿骨も含め)が両方、失われているのに貧血にならないのはおかしい!と言う具合。だから腸内造血説の根拠として言われていました。
ところが、脊椎骨での造血で充分間に合うようにヒトとは出来ているものだから、反証として両足切断の例を挙げるのは論外である、と骨髄造血説を支持する人は言うわけです。
東洋医学は2000年前から腸内造血説なんですけどね。
私見ですが、補完しあっているような気もしないでもないのですが、ホントのところはよく分かりません。

それはさておき、大腿骨は大きいので原始人が棍棒代わりに用いてたようです。
棍棒=お守り、というイメージなのでしょうか、今でも、身内の人が死んだら、大腿骨のみを保管しておく習慣のある地方があります。

Photo (写真は大腿骨を使ったペンホルダー。ワンクリックで拡大できます)

例えば、北海道では身内が亡くなるでしょ、そのとき、火葬する前に左の大腿骨のみを切断してもらい、肉をそぎ落とします。
そして、特殊な薬草から抽出した薬液に49日間漬けておきます。
49日経ちますと、四十九日法要の席上でそれを取り出し、皆で磨きあげるのですね。
磨きあがった大腿骨はお守りとしてもっとも近しい身内の玄関に飾っておくわけです。
これで、一家は無病息災!史上最強のお守りなんですね~。
北海道に旅行に行った際は観光地ばかりではなく、普通の民家を訪ねてみてください。
まず、そんなものを見ることはできないと思います。
だって大嘘なんだも。アハハのハ、騙されたでしょ。
(写真も本物じゃありません。プラスチック製だよ)

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骨の数

クイズ番組が流行っているようです。
あやかって問題を出しますよ。
さて、人体には幾つの骨があるでしょう?

実はこの問題、愚問中の愚問。
およそ、とか約、という形容詞をつけるなら、おおよそ(約)200個ということになるのですが、答えにおよそ(約)という形容詞はつきませんね。
条件を限定しなければ正しい答えは出てきません。
まず、子供と大人では骨の数が違います。

骨盤と言われている骨は子供ころには三つに分かれていますよ。
つまり、腸骨。坐骨、恥骨、
ところが思春期を過ぎたあたりから、この三つの骨は癒合されてきまして一個の骨になるわけです。便宜上、成人でも腸骨、坐骨、恥骨とは言いますけどね。でも一個としか数えられないほど癒合が進んでしまっています。(左右あるから2個だけど)
また仙骨も幼児期には五つありますし、尾骨も三つ。これらも大人になって一個に癒合するわけです。

さらに骨の破格(奇形より度合いが低いもの)は結構ありましてね。
肋骨が一本多いとか少ないとか、尾骨なんてのも破格が多い骨ではあります。
そうすると、問題の出し方としては「成人で、かつ正常な人の場合は幾つある?」としなきゃいけません。
それでも、手指、足趾の付け根等にある種子骨を入れるか、耳の中にある耳小骨を入れるか、という問題も残されますから、これも、除外して考えてください!と条件をさらにつけなければいけないわけ。
以上の条件を満たせば、正解は200個。

子供と限定されれば210個。

種子骨と耳小骨をいれた場合は・・・・
どうのなのかな、耳小骨は片耳に三つだから、六つプラスされて、種子骨は母趾に二つずつ、膝蓋骨(膝のお皿)が二つ、手は・・・面倒っちぃ!!

ことほど左様に骨の数の問題は愚問なのでした。
答えを出すのに骨が折れる。ジャンジャン

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延髄

延髄。小生等の世代の男子ですと、なんといってもアントニオ猪木の「延髄斬り」という必殺技を思い浮かべてしまいます。
(延髄を斬っちゃうわけ?死んじまわないのか?なんだか分かんないけど、凄そうな技だ)
なにせ、ある種のスープレクッス系の技に「原爆固め」と命名したプロレス界のこと。
(原爆固めに比べれば延髄斬りなんてのはまだ可愛いほうですね)

それはさておき、アントニオ猪木氏のお陰で延髄という言葉だけは早くから知っていたわけです。
その後、この業界に入って延髄の一般的知識、つまり、呼吸中枢であるとか、嘔吐中枢であるとか、血流も調整するとか・・・それくらいの知識は自然に記憶されてきましたわね。
さらにクラニアル系の手技の中に「第4脳室」という言葉も出てきて、これは延髄とエラク関連するらしい、とか・・・なんとなく周辺知識も広がってきました。

ところで、延髄のくびれと小脳の間にある空洞-第4脳室は何のためにあるか、ご存知でしょうか?
空洞と言っても、脳脊髄液で満たされているのですが、何の組織もなくポカンと空いていることには変りがありません。
実は重要な役割がありましてね。
ここに溜まった脳脊髄液の二酸化炭素濃度を延髄はセンシングしているわけ。
濃度が高いと、酸素の量を増やし、二酸化炭素を排出しなきゃいけませんから、延髄が支配するところの横隔膜、呼吸筋群を使って、呼吸の深さや頻度を調節します。

してみると、クラニアル系の手技の中に「第4脳室コンプレッション(4VC)」という技法がありますが、脳性脊髄液を排出し、一旦リセットするという目的もあるわけですね。
(新たな気持ちでやりましょう、みたいな)
あとは頭を15度角に持ち上げることによって、頚椎の歪みをなくし、脳脊髄液の循環を促す目的もあります。
(勿論、掌で作った気のボールを脳幹部に当てるというエネルギー医学的な理由もあるのですが、ここでは触れないでおきましょう)

いずれにしても呼吸が要であるという発想から生まれ出でた技法であることは間違いありません。一次呼吸と二次呼吸は密接な関係、つまり、リンクし合ってるともいえるわけで、自分の意思で無理に呼吸を調節すると、偏差が生まれたりするのは、基本的に第4脳室の不都合を放っておいたまま行うことに原因があるような気がします。

下図はクリックで拡大してください。それにしても、第4脳室というのは小さい。こんなにチビッコなのに大切なんですよ~。見かけで判断しちゃイカンという見本。
Photo

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歯軋り

ブラッキーさんへ

歯軋りで思い出すのはウチの母のことです。
母は歯軋りが酷く、まだ母に抱かれて寝ていたほど幼き頃より歯軋りママでした。
物心ついた頃からですから、子守歌代わりに感じたくらいです。
ところがウチの母、顎関節症はおろか、虫歯さえなく、未だに全て自前の歯なんですよ。
ネアンデルタール人並みの顎と歯を持って生まれてきたみたいですね。
ホントは現生人類じゃないのかも知れません。
こういう例は異例中の異例でしょうから、歯軋りが酷いと様々な影響があるのでしょうね。
ブラッキーさんのブログを読みますと、もらい泣きするほどの愁訴で、気の毒で仕方がありません。
それでも一生懸命、工夫して過ごされているわけですから、頭が下がります。
小生、顎関節症の専門家というわけではなく、仕事柄、そういう方に接する機会が多いに過ぎません。
それでも何とか楽になってもらおうと、構造医学のTMJ対応療法を勉強したりと一応の研究はしました。
ただ、歯軋りからくるものは、歯軋りそのものをなくすことなしに根本の解決にはならないでしょう。
そんな簡単に治るものなら、とっくにブラッキーさんは治しているでしょうしね。

最近注目している学説は脳反射投影説です。
例えば、胃が悪くなると体壁反射を起こして、背中の筋肉が硬くなり、ひいては背骨まで歪んできますよね。このとき、硬くなった背中のツボを押すと、とても気持ちがよくて胃が動き出すことがあります。そしてそのまま胃の不調が改善されたりすることもあるわけです。
脳の場合もストレスで不調があった場合、脳には痛覚が全くありませんから、信号として頭蓋に反射を起こすしかなくなります。当然、頭部筋肉群や頭皮にも影響を与えるのですが、頭蓋骨そのものが歪む・・・と。
逆に胃の例の如く、頭蓋及び、頭筋群、頭皮から脳へのアプローチが可能であって、それにより脳の中で何が起きているか分からないにせよ、脳ストレスを除去できるのだという説です。
歯軋りは脳ストレスの一形態ですから、それにも有効であろうと思う昨今でした。
(ストレス)→(歯軋り)→(顎関節、頭蓋、頭筋、頭皮の歪み)→(それがまたストレス)→(歯軋り)→・・・・・悪循環ですね。
いわば、精神的ストレスと物理的ストレスのデュエット状態とも言えるわけで、アプローチは多角的でなくてはならない所以です。
医師であれば筋弛緩効果のある安定剤系から処方するのでしょうが、小生、医師ではありませんからなんとも言えません。

一度、筋緊張と頭蓋の歪み、そして頚椎の歪みをキレイに除去してみては如何でしょうか。
(整体的に)

亜美之介ブログのアクセス数はさほどでもありませんが、プロの方に固定ファンが多いようです。
そういう方にも参考になるかと思いますので、ブラッキーさんのブログURLを載せておきますね。

    http://blog.goo.ne.jp/bruxism/

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あごの話

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左図は下から見たもの。右は上から。(左図はクリックで拡大できます)

ボクシングでジョーと言えば、顔の三大急所の一つ。
他の二つはテンプル(コメカミ)とチン(あごの先端)。
ではジョーとはどこのことか?
わかりやすく言えば、ちょうどエラあたりでしょう。
あるリングドクターの話によると、このジョーを打たれと、他のどこよりも頭の回転が大きくなるため、脳震盪を起こしてKOされる確率が高くなるそうな。
そういえば「あしたのジョー」というボクシング漫画がありましたっけ。
してみると自らジョーという急所をさらけ出した名前ではあるなぁと妙な感動を覚えるのは小生だけでしょうか(小生だけに決まってるけど)。

ところで、あご(下顎骨)は薄めの一枚の骨で出来ております。
あの折れやすい鎖骨でさえ、百キロの耐圧力を持っているのに、この下あごはわずか数十キロの耐圧しかありません。
ボクサーのパンチ力は軽量級でも百キロを軽く超えますので、まともに当たれば、折れるどころか粉砕骨折ですねぇ。事実、引退に追い込まれた名選手が数多くいるそうな。

さて、日常生活の中で下顎骨を骨折したという話はあまり聞きません。
転ぶにしても顔は無意識に庇うものだからでしょう。
その代わり?と言ってはなんですが、顎関節症といわれる症候群がやたらに多い。
現代人の顎は急速に小さくなっていて、歯の大きさがそれに伴い、小さくなっていればいいのですが、歯だけは元のままということが原因の一つとのこと。
要は歯が邪魔になって噛み合わせが悪くなっている、ということなのでしょうか。
小生、エラだけは人並み以上に張っていて、実にリッパな下顎を持っています。
その小生でさえ、親知らずが正常に生えてこず、エラい苦労しました。
(もう少しで口腔外科のお世話になりそうでした)
顎が細くて現代的な顔をしている若者達は推して知るべし、です。

前にも書いたと思いますが、顎の開閉は中部頚椎が基点となって行われるため、ここの調整をするだけで、症状が楽になったりもします。
他には咬筋に緊張があったりする例も多いですね。
頚椎の調整と咬筋の緊張除去によりその場での楽チン感は出せるにせよ、中々完治に至らない困った現代病の一つではあります。

ところが、顎関節症だとずーっと思っていたものが、中部頚椎のズレが原因で口が空けづらかったに過ぎない、ということもあります。
顎関節症を適応症に挙げている整体屋さんが結構おりますが、これは真性顎関節症ではなく、頚椎からくる仮性のものを治したという経験からだと思いますよ。
仮性にせよ、真性にせよ、頚椎が一つのポイントになることは間違いありません。
ただし、真性の場合はかみ合わせそのものが狂っているため、歯医者の世話にならねばならないでしょう。
またまたところが、歯医者でかみ合わせを治したと思っても頚椎のズレが直されていないので、症状に変化がない、という人もいます。
ややこしい話ですわね。
両方のアプローチが必要なのですが、歯医者さんは整体に興味を示さず、整体師は歯医者さんとのコネなどなく・・・ということで上手く連携できていないのが現状です(一部ではあるようですが)。
患者の不利益はこうしていつまでも続くのでした。

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チャングムはいたか?

何度も言いますが、小生、ドラマは観ていません。
しかし、小説を読む限りにおいてもチャングムの天才ぶりには驚かされます。
あんな小さい頃から、診立てが出来て、生薬一つ一つの薬効についてもスラスラと諳んじることができるのですから驚きです。
実在のモデルはいるにせよ、所詮は小説。作者の想像力の賜物のような気がしないでもありませんでした。
ところが、日本でも漢方の名医の中には早熟の天才ぶりを発揮した人の記録が残っているのです。たとえば・・・

大塚敬節先生といえば、初代北里大学東洋医学研究所の所長をつとめた近代漢方の大御所であったことは関係者なら周知の事実です。
この先生の曾祖母に当たる人がよく言っていたそうです。
「私は八歳で医者をやった」と。幼なかった大塚先生、「そんなの大嘘に決まってる!」と、ハナから信用しません(まあ、当然ですわね)。
ところが、後年、大塚先生が漢方に興味を持ち独自の研究をすることになるわけですが、あながち曾祖母の言は嘘ではなかったのではないかと思うようになります。
そのキッカケはある書物に出会ったことでした。
「尾台榕堂」という幕末に活躍した名医がいます。
この人の残した「方伎雑誌」という書の中に自分の医者としての初陣の様子が書かれているのです。「尾台榕堂」は医家出身です。祖父、父、長兄いずれも漢方医でした。
たまたま、急患が出て往診を頼まれました。ところが折り悪く、それぞれが患者を抱え忙しく、往診することが出来ませんでした。そこで祖父がまだ幼い「榕堂」に言いました。「お前が行って診てくるように」と。
そのくだりを大塚先生が現代語に訳して書き残しているので、そのまま紹介しましょう。

“私が十三歳にとき、病家から往診を乞うてきた~中略~祖父の紫峯翁にお前が往って診てこいと命ぜられた。そこで往診して帰ったところ、祖父が、どうっだったと尋ねるので『傷寒で、頭が割れるように痛み、悪寒、発熱し、喘鳴もあり、身体中が痛み、脈は浮数で力がある』と報告したところ、お前はどの薬方を用いるかと訪ね給うたので『麻黄湯ではいかがでしょう』と伺ったところ、祖父は顔に笑みを浮かべて、よくできたと誉めて頂いたので三貼調合して、これを温服してウンと汗を出すがよいと、使いの者を帰した。翌朝また往診したところ、ウンと汗が出、苦しいところはなくなったという。ただ余熱が少しあるから、小柴胡湯に転じ、まもなく全快した。これが私の初陣である”

一家が医家ということを考えても、現実に患者を診立て、処方する、となると門前の小僧云々・・とは次元がまるで違います。この「榕堂」という名医、紛れもなく十三歳にして医者になったわけです。
このことから類推するに、大塚先生の曾祖母もまた、八歳で医者をやったというのは事実なのかもしれないと思ったそうです。

では、名医と言われている人は皆、そうであるか?というとこれがそうでもありません。
かの天才漢方医、吉益東洞、彼は一説によると、四十歳から医者になったと言われております。当時の平均寿命で考えれば、現在なら60歳くらいで医者になったようなものかもしれません。それでいて、現在の日本漢方にもっとも影響を与えている業績を残しているのですから、むしろこちらのほうが驚くべきことでしょう。

人には早熟型と晩成型があるようですが、漢方界にはその両極端があって、面白いものだなぁ、と思う次第です。

話を戻しましょう。
チャングムは少なくとも、当時の男尊女卑の風潮の中で医界の頂点まで上り詰めた人です。
如何に大変なことであったか。現在では想像もできないくらいのものだそうです。
それを可能にし、事実として歴史に残っているわけですから、作者の脚色があるとはいえ、チャングムの能力は抜きん出ていたことに間違いはないようです。
まさに十三歳で患者を診立て、生薬の効能など童謡を歌うかのような流暢さで説明できたものでしょう。
イ・ヨンエさんばりに美しかったかどうかは別にしても、小説に描かれているチャングムの能力はほぼ事実であったと思う次第。というか、小説の描写さえ上回っていた可能性さえあります
世に早熟の天才とはいるものですねぇ。

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プチ更年期

若い女性でも、まるで更年期のような症状を訴える人が増えています。
更年期障害は不定愁訴というくらいですから、その症状はヒトによって様々です。
例えば・・・

慢性的肩、首こり
頭痛
冷え
のぼせ
めまい
生理不順
イライラ
疲労、倦怠感
不眠
ウツ的気分
睡眠中、何度も目を覚ます
etc(要するに病気じゃないのに具合がよろしくないという症状です)

普通は閉経をはさんだ前後に起きるものですが、今や、20代から30代でも起きてしまう例が多いのです。
それで付いた名前が「プチ更年期」。名前の可愛さに惑わされてはいけません。
結構、深刻な問題ですよ。

病院などでよく言われる原因は、過労、ストレス、過激なダイエットなどです。
異論はありません。引き金にはなるでしょうね。
(その他、パソコンワークも関係すると思う)

本当の更年期障害とプチ更年期障害は少し発症メカニズムに違いがあります。
本当の更年期障害は卵巣の役目を終えたため、女性ホルモンの放出を命ずる脳幹部(間脳-視床下部)が混乱してしまい、自律神経の運営に支障をきたすというもの。
プチ更年期障害はまだ若い状態ですから、卵巣の老化はありません。成熟し安定しているはず。
つまり、卵巣自体(当該部に病変がないとして)には問題がないわけです。
どこに問題があるかというと、脳幹部(間脳-視床下部)に一方的な原因があることになります。その原因を作る原因として、先に挙げたものが列挙されることになります(過労、ストレス、ダイエット)

放っておくと、最悪の場合、若くして閉経が起きてしまいます。その弊害として、確実に不妊にはなりますし、骨粗鬆症にも動脈硬化にも罹ってしまうわけですね。
30代で閉経はツライものがありますよ。
ホルモン療法が主になりますが、ホルモン療法を忌避する方も多いようです。
しかし放っておいて最悪の状態になるより良いとは思いますね。

さて、卑しくも自然療法家の立場である小生が、病院通いだけを薦めて終わらせるわけにはいきません。
反射区療法家なら、脳幹部が重点となることは言わずもがな、でしょう。
もう少し突っ込むと、視床下部の働きには腎経が大きく関与しておりますから、腎経も重点ポイントとなります。
何度か書いていますが、子宮の反射区に腎経の要穴が集まっておりますし、外踝下の卵巣の反射区には腎経の陰陽関係にあたる膀胱経の要穴もあります。
リフレクソロジストなら期せずして、腎-膀胱経ポイントを押えていることになるわけで、ことさら、これを強調するつもりはありません(そういえば、腎臓の反射区そのものも腎経の要所ですわね~。輸尿管も尿道の反射区もそうです。こうして見ると、反射区機序が働いたのか経絡機序が働いたのか、区別がつきませんね)

そんなこんなで「プチ更年期障害」にはリフレクソロジーが結構効くのでした。

リフレとは全く違う視点で見ますと、経験上、プチ更年期障害の方や不定愁訴の方は上部頚椎に問題がある場合が多いものです。
ここの微妙なズレが脳幹の働きを低下させているようなのです。
ネックセラピーの中で調整し、クラニアル系で脳幹そのものを活性させると、リフレクソロジーだけでは対応できない方にも効果的。

※上部頚椎とは1番、2番頚椎のこと。環椎、軸椎とも言います。