リフレクソロジー系記事

HbA1c

HbA1c

そのままエイチビーエーワンシーか、ヘモグロビンエーワンシー呼ぶのが一般的なようです。

ご存知の方は、常識だ!くらいの勢いで承知しているでしょう。
糖尿病の指標になる血液検査項目の一つです。

逆に糖尿病と縁がない人は医療関係者でもない限り、聞いたことがないかもしれません。

よく聞く「血糖値」とはまた違う指標なのですよ。

詳しく知りたい方はネットでググれば小生などが説明するよりはるかに詳細かつ懇切丁寧に解説してあるサイトが多くありますので、ご参照ください。

通常この数値は4.3~5.8%が正常とされています。
糖尿病の方やその前段階にある人は確実にこの数値を超えています。

小生、実のことを言いますと「6.5」ありました。
リッパな糖尿予備軍ですね。

食事の改善によって様々な検査数値は改善したのですが、このHbA1cだけは中々改善しなかったんですねぇ。

HbA1cは過去2ヶ月くらいの平均が出てしまうので、すぐに改善するものではありません。
しかし、相当に節制していても半年以上に渡ってこの数値が全く改善しませんでした。

いやはや体質とはよく言ったもんだな、と。
そう思うほど努力が報われない検査数値でしたね。

結局、8ヶ月くらいでようやく「5.6」という正常範囲に収まってくれてホッとしたわけですが、話によると、小生は運が良いほうらしい。

何年にも及ぶ節制でもこの数値が一向に改善しないという一群の人々がいるらしいのです。

普通、高血糖状態はよろしくないので、薬の使用に踏み切ってしまうわけですが、そうなるともう一生服用を続けなければなりません。

インスリンがインスリンレセプターに働きかけて糖が細胞に吸収されていく・・・こういう話は聞いたことがあると思います。

このときに重要な事実は、インスリンは出ているということです。
インスリンが出ていないのであれば、これはⅠ型糖尿病といって、成人病のⅡ型とは区別すべきものですから。

インスリンは出ている・・・しかし、糖が処理されず残ってしまう。
細胞は糖が不足し元気がなくなるわ・・・血管は高血糖にさらされて傷んでくるわ・・・これが糖尿病ですよね。

実はインスリンとそのレセプターが結合するためには耐糖因子が必要と言われています。
GTFと略されるものですが、このGTFを構成する要素として重要なのが三価クロムという微量元素なんです。

この三価クロムはホントに微量で済むものなのですが、その分、吸収が悪いんですね。
だから、ある意味、乳幼児のときが勝負でございまして、母乳から摂取して積み立てて置くのです。そして、その在庫を消費していくということになるわけです。

じゃ、その在庫はどこにあるのか?

ちょっと意外なことに腎臓が主な貯蔵庫になっているのですよ。

足を揉みますと、血糖値が下がります。
この効果はかなりのものなのですが、すい臓が刺激されてインスリンの分泌量が増えたわけではないんですね。

むしろGTFが作られるように変化した、つまり、腎臓が活性化してGTFを作る材料の在庫が出てきた・・・と、こうなるわけです。

実際のところ、三価クロム不足が原因で糖尿病になっている人は驚くほど多いらしいのです。

じゃ、簡単な話じゃん!三価クロムを補給すれば良いのでは!ということになるわけですが、これがそう簡単ではありません。

微量元素というのは非常に吸収が悪い。
特にこの三価クロムはベラボーに悪い。

だから、考え方を変えなきゃいけません。

三価クロムという在庫が底をついてしまっているというよりも、残ってる在庫を利用できなくなっている、という具合にね。

腎臓を中心として、全身細胞の活性化が必要になるわけですね。

小生、ようやくこれに気がついて、遅ればせながら、足揉みのセルフケアーをしましたもの。

セルフケアーは大変ですが、自分の全身をセルフケアーするのは難しいでしょ。
足しかないじゃないですか。

これをやるようになって、実はHbA1cが下がったんですね。

三価クロムのサプリメントも良いのですが、前述のように中々吸収されませんから、気の長いスパンで服用していくべきでしょう。

その間、高いままなら大変ですから、足を揉んで在庫活用していくのがベストのような気がします。

以上、自分の体験からでした。

現在、小生は血糖降下剤や、糖を吸収しづらくする薬などの治療薬は一切服用しておりません。

それでも、このHbA1cは完全にコントロールされているのです。

反射区について思うところ

(一) 

 経絡が精神に反応するものなら、反射区はもっとスピリチュアルな存在でしょうね。

 なにせ、全息胚(ホログラフィック)原理によってしか説明できないものなんですから。

 そんなあやふやなものなんか信用できるか!という態度もありですが、人体は未だ謎だらけ、そういうこともあるかもしれない、と肯定するのもありでしょう。

 経絡と反射区を考えたとき、最初私は経絡の方に曖昧さを感じ、反射区の方がずっと身近で、実感的でした。

 ところが経験を積むうち、経絡のほうがはるかに実感的で、反射区はどんどん遠のいていったのです。実感が湧きづらくなってきましたね。

 そのうち反射区などというのは、壮大な架空物語じゃないのかぁ、と思い始めました。

 なぜなら、作用機序は増永師が全身12経を発表して以来、すべて経絡で説明できるんですもの。

 じゃ診断は?と問われれば、これまた足裏にある経絡が微妙に反射区と重複する部分があって、解釈の仕方によっては十分に経絡で説明可能です。

 ところが最近、またちょっと考えが変わってきて、あると信じている人にはあるし、ないと思っている人にはないんだろうな、と、まったくもって非科学的な結論に達しています。

 いつだったか、反射区は術者がアクセスするものであって、コンタクトするものじゃないって書いたことがあります。

 振り返ってみると、この表現は的を得ていると思います。
 つまり、出逢い頭に接触(コンタクト)するもんじゃないってこと。術者の意志によって繋がる(アクセス)ものなんだ、と。

 経絡も幾分そのような傾向がありますが、無心にやれば誰でも経絡を作動させることが出来るという意味で、ちょっと違います。

 反射区は無心にやってもアクセス出来ないんですね。人工的な意志が要る。

 どっちが優れているとかいう問題じゃないんです。
 単純にそういう違いがあるっていうこと。

 実務的にどっちが使えるか、というと、こればかりは術者の好みですからね。

 私は経絡機序のほうが自然に入っていけて、かつ没入していけるので好きですが、反射区のほうがイメージが湧くって言う人も多いでしょうし。

 実は、反射区機序を使っているつもりでも、バックでは経絡機序が働いているものなんです。そんなこと言ったら、神経反射も血流、リンパ流の促進も同時に行われているのは周知の事実でしょう。
 したがって、どの原理が働いて実効果を挙げているのか、特定できるものではありません。必要なことは術者の確かな実感だと思います。それが反射区であっても経絡であっても構わないと思うわけです。

 一番避けなければならないのは、施術しました、作業を終えました、お客様が喜びました、お終い・・・・

 手応えというのは術者自ら感じるものであって、他人の評価ではありません。反射区を基にするのであれば、それにアクセスしたという確かな実感が必要でしょう。

 独りよがりで、思い込みが激しく、勘違いしやすい人間なら勝手に悟ったと思うのでしょうが、私の経験からいうと、この業界にいる人は一般的な人よりも内省的な傾向があります。ですから、施術がよく分からなくて悩むことのほうが多いでしょうね。それも必要なプロセスだと思います。たいして分かっていないのに独善的になるよりはるかに良い。

 この仕事は思考のバランス感覚を試されるようなもんです。

(二)

 足裏には心包経がドンと来ていて、経絡的にはこれが足裏の施術を行う意義の一つとなります。

 心包経は大動脈、冠状動脈等の中枢循環を表し、「足は第2の心臓」と呼ばれる根拠ともなるものです(もちろん、増永経絡での話ですよ)

 この走行位置は流儀によって多少の違いはありますが、ほぼ腎臓~尿管~膀胱のラインとなると思いますね(ヘディ・マザフレ系、つまり中国式の一部ではちょっと違うけど)

 最近ボクは、足裏を触ってもらうだけで癒されます。ツボに入らなくても全然構いません。
触ってもらうだけで、トローリ蕩けるチーズみたいなもんで、身体が溶解しそう・・・油断すると速攻で爆睡しかねません。

(なるほど~、冠状動脈反応・・・心包経が反応しておるんだなぁ~)と実感しますね。

 こんなこと滅多になかったんです。身体の反応というのは時期や年齢や既往歴によって変わってくるものだとしみじみ思います。

 あらてめて足揉みのファンになっている昨今ですよ。

 特にハートアタック系の既往歴を持つ人には足揉みは良いですね。
 複数の卒業生の証言によると、身内の方の延命にさえ効果があったということですから、心包経が足裏のほぼ中央に陣取って走行しているのはドンピシャ正解に違いありません。(それにしても増永師はどうしてそこに心包経が走行していると分かったのでしょう?天才にとっては当たり前でも凡人にとっては不思議で不思議で仕方がない)

 さて、足裏が心臓を助け、末梢循環のみならず、中枢循環にさえ働きかけることは今や周知の事実となりました。

 また陰陽関係にある小腸経が、微妙に小腸の反射区と重なり、心臓に効果があるのが、経絡なのか、反射区なのか、益々判断を難しくしているわけです。

 たまたま心臓を例に出していますが、肺の反射区と肺経ラインとは完全に重なりますし、甲状腺と肝経とも重なります。胆のうと胆経。子宮と脾経。卵巣と膀胱経。これらもかぶるわけです。

 そんなことから、ボク自身もそのアイデンティに悩む時期があったわけです。
 一施術家のアインデンティ・クライシス・・・思春期なら、グレてやる!と甘えることも出来ますが、大人がグレても自分が損するだけですから、悩んだだけで済みました。

 結局、前述の結論に落ち着くわけです。

 全息胚は「部分は全体」という思想ですから、理論上、いかなる部分においても全体にアクセスできます。

 極端な話、指を触って子宮にアクセスすることだって出来る得る原理なのです。

 我々が腎臓の反射区だと認識しているゾーンで脳にアクセスすることだって理論上可能です。
 初心者は「そんなバカな・・」と思うかもしれせんが、反射区理論を支えている全息胚原理そのものがそういう理屈なんですから、しょうがない。

 これを知っているリフレ者が意外に少ないのは、多分教えられていなせいでしょう。
 教えるほうも面倒くさいのかもしれません。
 術者がそう思い込むことによってアクセスできるのが、反射区の正体ですから、余計な知識は邪魔なのかもしれませんし。

 いずれにせよ、反射区というのは術者の思念を媒介として繋がるものだ、と理解して間違いはないでしょう。

 ときどき、足揉みを専業としている人で、恐ろしく治療実績を挙げる人がいます。
~~の観音様とか、~~の神様とか形容されている人が知る限り日本に複数いるはず。

 やっていることは大した変わらないのですが、こういう人たちはアクセスする体質なんでしょうね。霊媒体質に似ているのかもしれないなぁ、と思います。
(身体壊さなきゃ良いけど)

 反射区の正体がなんとなく分かりかけてきたところで、具体例にいきましょう。

(三)

 最近の流行は腎臓の反射区ではなく、副腎の反射区から操作するらしいのです。

 昔、昔、四半世紀ほど昔、心臓の悪い人に限って、そのような揉み方をしなさい!と習った記憶があります。

 ところが今は何でもとにかく、副腎からと揉めと・・・・(へぇ~そうなんだ)

 昔は素直でしたが、今はそれなりに齢を重ねておりますから、なんで?どうして?なんの意味があんの?へぇっ?じゃ証拠は?などと嫌われまくる反論をしないと気が済みません。

 揉む順番というのは、手技を覚える便宜上のものです。
 一通り覚えた後は自分の揉みやすいように改変するのも有り!ですし、なぜか、このクライアントさんにはここから揉みたい!という直感を優先させてもよろしいのです。
 むしろ、手技は直感が大事ですから、日頃から鍛えておくという意味でも、固定しないほうが良いのではないかと思いますよ。

 大勢の施術者がいるサロンで働く人は、人と違ったことをするとマズイかもしれんませんが、まあ、そこは限度を超えないように微妙にやったらよろしい。

 さて、逆に私が「なぜ副腎を最初に揉む?」と問われたらどう答えるでしょうか?
 もちろん「別にそんなこと言ってないけど・・・」という答えはなしとして。

 副腎には様々な働きがあり、それぞれに甲乙はつけ難いもの。
 その中でも、ストレス対抗作用は見逃せない働きの一つですね。

 細胞賦活作用とも言いまして、簡単に言えば、全身の細胞を元気にさせる働きです。
 皮質系(ステロイド系)のホルモンなのですが、このホルモンの特徴は働き始めるまでタイムラグがあるということ。

 放出されて3時間くらい経たないと全身に巡らないのです。
 現代はストレス社会・・・過度のストレスを受けないで生活できる人は幸運と言わねばなりません。受け止める個人の性格によっても違いますが、ストレスを受け過ぎて、副腎を酷使し、全身の細胞を疲弊させまくっている人々が世の中にどれくらいいるでしょうか?
 過半を超えるような気がします。

 であるならば、副腎の働き過ぎを癒し、また癒すことによって働きが回復するならば、ひいては全身の細胞が元気を取り戻すではないですか。

 これぞ予防医学と言わずしてなんという!

 施術に一時間かかるとすれば、術後、2時間くらいで効いてくるはず。
 まあ、3時間も2時間もタイムラグであることには変わりはなく、これじゃ最初に揉む意義はあんまりないな・・・とお思いのあなた!ごもっともな意見です。
 この説は引っ込めましょう。

 ということで速攻で効いてくる髄質系(アドレナリン)のホルモン作用を期待しての話ということになりますね。

 たしかにこのホルモンは強心作用があって、それ故、心臓に持病のある人には副腎から揉む、という理由づけがなされたものです。
 でも心臓に持病などない人には緊急性はありませんね。
 ということは、やっぱりすべての人に対して副腎から揉むというのは勇み足のような気もします。
 この説を擁護するのは無理があるかもしれません。
 こういうときは、困ったときの東洋医学!

 古来より副腎の反射区は「湧泉」という名で親しまれた名穴の一つ。
 命の泉がコンコンと湧き出る、という意味です!
 足裏を揉む以上、この湧泉にごあいさつせずしては、スジが通らんでしょ。
 なにせ2000年前から番を張っている老舗の組。これをないがしろにちゃ、この業界で生きていくには多少の不都合は覚悟しいや!って余計わけが分かんなくなってきました。

 結局、腎臓を最初に揉むという理屈より万人向けの説明はしづらいですね。

 どっから揉んだって良いと思いますけど・・・ね。ことさら、うちの流儀では云々カンヌンと主張するようなことではないと思います。

(四)

副甲状腺

 この副甲状腺反射区の存在意義が分かりません。
 かつて副甲状腺腫瘍という珍しい病にかかったクライアントさんの足を診たことがありますが、ごく普通でしたね。

 しかし、副甲状腺そのものの存在とその機能について知り得たのは一重に反射区に出会ったおかげですから、なんとか意義づけてたいと念願しつつ25年・・・未だ果たし得ないのはまことに遺憾。

せめても罪滅ぼしに、副甲状腺賛歌でも歌いましょう。
♪あなたの萌える手で~わたしを刺激して~♪

 副甲状腺はその名前の如く、甲状腺の副長官でありそうですが、まったく別の組織です。なぜそれなのに、なぜ、副甲状腺という名なのか!
 それは甲状腺とほとんど同居しているが如くにへばりついているからです。

 しかしそんなことで副という冠をつけられるのなら、ボクの隣の人の名前は沢田さんというのですが、君は新参者か~、じゃ副沢田という名前で呼ぶからね、いいね!と町内会長に言われたようなもんじゃないですか。

 それじゃあまりにも気の毒なので、ついに正式名称を与られることになりまして、新名は上皮小体!(じょうひしょうたい)

 うわっつらのちびっこい物体!(これもなんだかなぁ~)
 副沢田が気に入らんのなら、そうだな、君は濃い顔して、足が短いから、今日から「濃顔短足」だと町内会長に言われたようなもんですよ。

 ホント気の毒な器官です。

 しかし、やっていることは重要な仕事なんです。カルシウムの血中濃度を一定にするホルモンを放出しているのですからね。
 しかも、内分泌器官としては稀なインディー系で、間脳、脳下垂体の支配を受けていません。つまり独自の判断で仕事しているわけ。その身分が個人として完全に保証されている検察官とか、麻薬取締官のような存在です。

 もし副甲状腺が仕事しなくなったらどうなるか?
 カルシウム濃度が生命を維持できるなくなるまで低下したとしても、補充する方法がなく、全身痙攣の果て、死に至るでしょう。
 実際、甲状腺除去者がそうした死に目にあってはじめてこの副甲状腺の存在が分かったわけでして、多くの犠牲の下、世に出た存在です。

 反射区の位置は流派によって若干異なるものの、第一MP関節-外反母趾で大きく変形するところ-あたりが標準でしょう。

 つまり外反母趾者は皆、この反射区異常を招いていて、カルシウム代謝に異常を来たしている可能性があるということになりますが、経験上、そうでもない。
(外反母趾は別の意味で骨格に影響を与えてしまいますけどね)

 副甲状腺の反射区は益々謎です。

 やっぱりリフレのような自然療法は機能系で診たほうが良いのだと思います。
 臓器と反射区を一対一で結びつけると、結構矛盾が出てきます。その矛盾の最たるものが副甲状腺ではないかな、と。

 機能系で診ると、甲状腺と同じように「肝」かもしれません。機能不全で痙攣が起きるというところから。
 肌肉を司る「脾」、これは走行上も近いので一つの候補でしょうな。

 腎も骨を司るので候補ですが、間脳、脳下垂体の支配を受けていないというところで、ちょっとイメージが違います。腎の支配はどちらかというと骨髄ですし。

 やっぱ肝脾あたりでしょう。

 肝脾だと、施術上、副甲状腺の反射区の位置に近いところを刺激することになって、大きな矛盾点が出ません。

 副甲状腺という反射区は肝という機能と脾という機能の中で考えていくしかないと思います。

リフレクソロジーにおける補瀉

 リフレクソロジーにおける補瀉。
 (この場合のリフレクソロジーは広義の意味で使っています、足もみ全般のことを指すと思ってください)

 すべてのリフレはリラクゼーションでしかないでしょう。

 なぜなら、補瀉の技術がないからです。
 仮にあったとしても、フリクションを強めにする!圧を強めにする!というような刺激の加減でしか行われていません。

 リラクゼーションで何が悪い!と反論されれば、一言もないのですが。
 別に悪くはありません。
 他人の生活の糧にケチをつける権利など誰もありませんからね。

 ただ、私が言いたいのは現代病のほとんどは足から始まっているということ。つまり、運動不足ですよ。かわりに頭であれこれ考えて・・・これではコリ症にならない方がおかしいですし、冷えにもむくみにもなるでしょう。根本的な問題を辿っていけば結局、足からの問題です。

 本能的にそれを理解できる人達がいて、多くの支持を集めました。それが、かつての空前の足もみブームだったわけです。

 しかし、人の好みというのは様々で、あるいはニーズも様々です。痛いのは嫌だという人もいますし、気持ち良く癒されたいと思う人も多くいました。

 そんな中でリラクゼーション化していくわけです。もちろんケチはつけませんけれども、本来の足もみが持つ実力を過小評価される原因ともなりました。

 どのみち、強い圧であろうが、弱い圧であろうが、強弱で補瀉を考えているうちはリラクゼーションです。
 補瀉とは強弱を超える概念ですから。

 そこでボクは純粋な瀉法を技法群の中に加え、これをコンビネーション化することを思いつきました(いつの頃かわかりませんけど)。

 その一つが「足首拘束のリリース」でして、出来は良くないですが、映像として発表してあります。

 あれをやられると、程よく気持ち良いものですが、純粋瀉法です。
 刺激を強めて瀉法化するのはかなり痛いものですが、運動法を交えて行うと適度に心地よいものです。無理なく瀉することができるからに他なりません。

 足そのものを補瀉の対象とする施術を行いますと、段々と反射区から離れていきます。私が後年、反射区をほとんど使わなくなったのは、そういう理由もありますかね。

 気持ち良いかどうかは、施術の目的ではありませんが、効果が同じなら、そりゃ気持ち良いほうがいいに決まってます。
 反射区を基に瀉法を行いますと、かなり痛い部分が出てきます。それが快感だというクライアントもいますけど、個人的には嫌ですね。

 経絡的なアプローチと関節の整列を基にした方法論から補瀉を考えていったほうが、全体のコンビネーションを整合させるというのが経験則として分かりましたね。

 ボクの足の施術を受けると、かなり変わった印象を持つ方が多く、強めが好きな人も弱めが好きな人も、強さを変えているわけではないのに、それなりに満足を得ることが多いものです。これは補瀉を行っているからに他なりません。

 刺激の強さを変えることなく、ほとんどのクライアントに対応出来る方法論は施術家の見果てぬ夢でした。
 少なくとも足の施術に関してはナニゲに実現しているわけでして、これは歴史に残る偉業なはずですが、たぶん忘れ去られるでしょう。
 クライアントの問題じゃなく、施術者が理解できないせいです。

 理解できないほど難しいことを言っているわけではないんですけどねぇ。
 要はやる気と好奇心の問題です。

足に関しては施術すべき部位が限定されるので、補瀉の技術をコンビネーション化した施術映像として作れるかなぁ、と思っていますが・・・・

 これが出来れば業界的には画期的なんですが、リフレのDVDを作ってて思いましたよ。こういうのって大変だなと。あれだって8ヶ月かかっていますからねぇ。
もうそんな根性ない・・・やっぱり。

子宮が卵巣で卵巣が子宮

酷く込入った表題で申し訳ないのですが、反射区のことです。

子宮や卵巣の反射区はリフレクソロジストならご存知のとおり。

そう教えられてきましたし、そう教えもしているのですから、イマサラ変更するつもりはサラサラありません。

ただ、もう一つの見方、つまり経絡的な見方もあって、その見方をすると、これが逆転することになります。

反射区としての子宮の部位は脾経が通っていて、この脾経は主にすい臓を中心とした消化器系の総称と見ても間違いありません。しかし、経絡は一対一で臓器に対応するものではなく、全体の関連性の中で機能系として作用するものです。
(だから理解しづらいし教えづらい)

つまり、すい臓を中心とした消化器系の機能支配をしていることは間違いないのですが、それ以外の臓器にも関与していて、その他の代表的なものが「卵巣」になるわけです。

リフレクソロジストが子宮の反射区だと思ってそこを施術するとき、位置系である反射区では、その部位はまさに子宮反応zoneでしょう。

しかし、作用機序、或いは機能系としては卵巣に働きかけているかもしれず、効果があったとすれば、どちらが働いた結果なのか、じつは証明できません。

かつて、リフレ一本で施術を行っていたとき、子宮と卵巣の反射区はあえてその名前で呼ばず、生殖系2点と呼んでおりました。当時、経絡に対する深い知識などなく、おそらく本能的にこの二つの反射区は区別しがたいときがある・・・と思っていたのでしょう。

かつて子宮の反射区にぽっかりと穴が空いているような感触を得たクライアントさんに、子宮を摘出してませんか?と聞いたことがあります。
ところが、そんな事実はなく、しかし、驚くことに乳房を摘出しておりました。

はて、面妖な・・・・
子宮収縮と乳腺活動は同じホルモン(オキシトシン)で行われるため、部位は違うのに全く同じホルモンレセプターを持っていることが分かります。
ということで、部位が違ったとしても、その関係で同じような反応があるのかな、と。

まあ、それも一つの理由かも知れませんが、むしろ脾経反応であったと解したほうが自然だったような気がします。
(乳腺のど真ん中は胃経が通りますが、胃経と脾経は陰陽関係にもありますし、乳房外縁部を脾経が通ります)

さて、今度は卵巣の反射区なのですが、この部位の経絡は膀胱経が通っております。
膀胱経は水分代謝、自律神経系の統括などを機能させる経絡なのですが、子宮、卵管も支配している重要なエネルギーラインです。
腹証の膀胱経反応ZONEがまさに子宮卵管のある位置からも分かります。

外踝の下にかけてやけに膨れ、ボッタイ感じがするとき、古血が降りかねている子宮の状態、即ち、瘀血の証を表していると判断できることが多いことからも、反射区卵巣反応は実は子宮卵管反応の可能性が高いと思うわけです。

実務的にはどちらがどちらでも、両方やるわけですから、さほど問題が出ませんが、知的好奇心を満たす意味で考える材料としては面白いと思いますね。

反射区と経絡

 踵(かかと)の荒れは脾経の問題であることが多く、踵が荒れているというだけで、7割~8割方脾経異常と判断して間違いないでしょう。

 踵といえば反射区では生殖腺になります。

 脾経は「子宮の反射区」を真ん中を通りますから、踵の荒れをみて生殖系に問題があるとご宣託するリフレクソロジストがいて、『ほら当たった!反射区理論は正しい!』ということにもなるのですが、違う可能性を考えてみても罰は当たらないでしょう。

 古典経絡は手技法家にとってはほとんど意味の為さないものですが、少なくとも増永経絡は非常に興味深いヒントを与えてくれます。

 ホントの踵の裏ということになると、これは心経になるのですが、古来より回春作用があるとされてきました。回春とはそのものズバリ性的能力なので、生殖器の反射区であることとは矛盾しません。
 しかし何故、心経が来ているのか。
 心経の心とは単に心臓のことをいうのではなく、まさにココロのことであって、心経異常は不安、ノイローゼ状態を招きます。
 ノイローゼ(古い言葉)状態で性欲がある人はまずいないところから、その部分の解消によって自然に帰するという意味合いがあるのでしょう。

 また心経と陰陽関係にある小腸経は「血」の運行に関係します。特に婦人の月経には深く関与します。

 陰陽関係も考慮すると、機能系としての生殖腺への影響はもっともなことであると思うわけです。

 反射区という全息胚的機序が働いたのか、経絡という機能系機序が働いた結果なのかを判断する、若しくは証明する手段を我々は持っていません。
 だから誰にも断言できることではないので、提示というか、提案というレベルに留まるわけですが、少なくとも、反射区とは違う可能性を考えてみなければ、施術家として真摯とは言えないと思います。

 台湾系、欧米系問わず、リフレ者が増永経絡を知っているはずもなく、それに触れたことさえないというのは、考える材料もなく、足の施術はそこで終わってしまう、という悲しい運命を辿ることになります。
 別に悲しくはないぞ!という反論も聞こえますが、いずれ行き詰ります。
 結局、人間を進歩させるのは好奇心ですから、好奇心がなければ、そこで終わり、と。
 ただ、それだけの話で幸せか不幸であるかは関係ありません(それは違う次元の話ですから)

好奇心を持ってくれる人がリフレ業界にもっと増えてくれたら、私も随分助かる、と思うのですが、リフレの世界は何故かそういう人が少ないですね。

胸椎と腰椎の反射区

(「膝の反射区」の続きです)

 胸椎の反射区は相当に応用できる反射区です。経絡的には脾、腎、が関連します。さらにやり方を工夫すれば足底内在筋が極端に緩む部位でもあるでしょうね。

 腰椎の反射区は腎の他、心包も関連してくるでしょう。そして何よりも距骨下関節を通っていきますので応用はかなりのものとなります。微妙に操作を変えると、それぞれ別の機序を働かせることが出来て、面白い反射区だと思います。足首の拘束もよく取れますしね。

(いずれも上級者用にはなりますけど)

 反射区を先に覚えている施術家はそれが共通語として機能しますから、後の上級バージョンを説明する際に便利なことこの上ありません。

 「一粒で二度美味しい」とは何かのCMであったような・・・
 いずれにしても、一つの目的だけに使うのは面白くないわけです。

 治癒機転の混乱を招かないか?という反論もあるでしょうが、そんなことはないと思います。経験で充分カバーできる問題です。

(偉い先生方は自分の技法に他の考え方が混じってくるのを極端に嫌う傾向がありますね。それこそ、治癒機序の混乱とフィードバックの不正確さを招くものとして一蹴します。小生は幸いなことに偉い先生ではないのでまったく気にしません)

 結局のところ、正確な治癒機序など解明されていないのが自然療法たる徒手療法の特徴ですから、思わぬところで思わぬ生理現象が起きるやもしれません。
 そういうとき、どう考えるか?これもまた、施術家の楽しみの一つではあります。

 

膝の反射区

先日のお客様。
「膝のお皿に来ました!そこどこですか?」
「膝の反射区ですけど・・・・」
「分かりやす過ぎ(笑)・・・」

 ところで、経絡的に膝の故障は脾経の問題が多く、続いて胆経でしょうか。勿論、この二つ以外にも様々な経絡の異常が絡んできます。先日のお客様は正確には膝の反射区ではなく、立方骨の外側の際の一点で膝に響いたので、経絡的には膀胱経、肺経、或いは若干位置はズレますが大腸経も候補に挙がります。
(腹証では大腸経が出ていました)

 確かに膝の反射区の範囲には含まりますが、むしろ、経絡や反射区のセオリーを超えて、天応穴の一種だろうと思います。それを説明するのは施術しながらは絶対無理ですから、分かりやすい反射区で説明したのですが、こういうとき反射区の存在は実に便利。無用な混乱を避けられます。

 その気になれば、立方骨変位から足関節→膝へと三関節原理でも説明可能です。その方、膝だけではなく、股関節周辺、腰の問題を抱えていたので、本来は三関節原理から説明したほうが理に適っているのかもしれません。

 考え方は色々あります。
 一つの反応がたまたま反射区と一致していれば、そう思い、そう説明してもなんら問題はありません。問題はセオリーから外れている場合です。
 しかし、良くしたもので、リフレは響かせる技法を使うことはありませんので、セオリーから外れているのかどうかなど、知る由もないことがほとんどでしょう。
 せいぜい有痛反応くらいのものです。ただ有痛反応は全息胚原理が元になりますから、治癒機序としては少し弱い。
 それでも様々な機序が働きますから、そのまま信じてやっても結果オーライです。

 ただし、結果オーライ=正しい!という考え方は面白味に欠けますね。
 発展もないし、応用も利かない。

 膝の反射区一つとってみても、実は応用が様々にできます。
 和田東郭という漢方医が一つ一つの処方を対応する病にだけ結びつけるのは面白味に欠けるとして「陶器鉢は水入れにもなるし、灰を入れれば炭で暖をとることも出来るし、逆さにすれば踏み台にもなる」という例を出して、応用が重要だと諭しています。
 彼自身は晩年、わずか30数種の薬方で衆病を治したと伝えられていますから、まさに達人のレベルだったと分かります。漢方という性質上、それが出来るわけです。(西洋薬は絶対できません)

 手技の性格は漢方薬よりもっと穏やかでしかも自在なものですから、一つの技法が一つの対症とするのは面白いわけがありませんし、むしろバカげています。
 鋭利な技法(スラストとかアジャストとか)は目的が絞られるのは止むを得ないところです。しかし、それ以外は様々な見方で使いこなせるものばかりです。

 例えば、ある人に「今、なにをやっているのですか?」と聞いたとき「内転筋のストレッチをしています」と答えるかもしれません。同じようなことをやっている別の人に聞くと「小腸経を伸展させています」言うかもしれません。また別な人に聞くと「股関節の位置異常を正しているのです」と答えるかも知れません。
 それぞれの答えは間違っているものではありませんが、見方によって何をしているかの認識が変わってくるわけです。
 認識が変ると、同じような操作でも微妙に違いが生じて、効果も微妙に変わってきます。
 単なるストレッチにしか過ぎない技法が経絡伸展に変化し得る場合もあるわけですし、股関節矯正技法にだってなり得るのです(証によってはまさに矯正技法になります。全然強い力を入れているわけでもないのにゴキッと股関節がハマル音を聞くこと度々)。

 たまたま今、膝の反射区が表題ですが、筋肉を緩めたいと思い、同時に刺激を送りたいとも思い、さらに骨格の変位を調整したい、とも思うはずですから、それらを同時に同じ技法で行うことなど、普通にやっていることと思います。
 要は意識しているかどうかの問題なのですが、こればかりは日頃の研鑽がモノをいうわけで、な~んにも考えていないと新しい発見はありません。

親指の関節で足を揉む?

 親指の関節を曲げ、足の反射区に入れるという方法を知ったのは15年程前でしょうか。
雑誌での台湾式足揉み特集で知った次第。実に奇妙な感覚を覚えましたが、小生、他人のやっていることにケチをつける性格ではありません。(余程、不合理な場合&害を与える場合は別ですけど)

 それから、何度かテレビで足揉み師が登場する場面を観てきましたが、たまにこの方法で行う施術者もいたりしました。

 まあ、ヒトの指は皆同じようでいて、実は個性があります。親指が思いっきり反るタイプ(甘手)、逆にほとんど反らないタイプ(苦手)。小生はさほど反るタイプではありません。
 ですから、親指を伸ばして行う施術は、その指の特性に応じて、やり方が異なります。これは経験から学んだもので、自分とは違う個性を持っているにも関わらず、自分のやり方を強制するのは如何なものか?ということを思い知らされてきました。

 しかし、親指を曲げその関節を使う方法は初めて見るものですから、興味深く試した次第。親指を鍵型に曲げると不安定になります。そこで人差し指で支えを作り、鍵型を維持するようにすると、まあ、それなりに出来る。

 それなりには出来ますが、基本的にはフリクション用の指の使い方で、深く入れる方法には向きません。無理やりやると、指を傷める(少なくとも小生は)ので採用する気にもなれませんでしたし、ヒトに薦める気もしませんでした。
 そもそもの考え方の違いがあるわけですから、指の使い方の違いがあっても特に問題はないのです(だからヒトのやり方にケチをつけないんですけど)。

 ところが新たな問題が・・・
 ウチで習った人が、この親指関節で揉むのを強制するお店に勤めた場合です。これは無関心でいられません。
 たださえ、継承者が少ないところへもってきてこんなところで技術が断絶されては実に困ります。そこで、小生、この指の形で突き抜ける圧が使えるようになるかどうか、15年前とは違って、真剣に取り組んでいる昨今です。

 今のところ、上手くいかないのが現状です。『やっぱフリクション用の指だなぁ』と思う反面『何事も訓練かな』とも思ったりして、テコの支点を変えてみたり、様々な工夫を凝らしています。
 無理なものは無理なのか、工夫次第で何とかなるものなのか。こんなところで過去の亡霊のような技術を変法させるのに苦労するとは思いませんでした。

(塾生がいると成長させてくれますわい)

 このやり方以外「絶対ない!」と言い切れる所謂「勉強バカ」経営者が実に羨ましい。この世は理想と現実の狭間の中で、どう工夫して理想を追求していくか?結局それが実体です。
 小生、小さな塾の運営者で、少ないとは言え、卒業生がいるわけですから、この問題にいつも直面します。その度に技法のバリエーションが広がっていくので、不服あるところではありませんが、親指関節の問題は結構難儀しております。

 難儀しておりますが、今までそうだったように今回も何とか解決できるのではないかと・・・・ふ~む・・・・何とも言えません。

リフレクソロジーの反射区-膀胱

膀胱は尿を溜めておく役目のみ、それだけです。

しかし、排尿反射の起きる神経が膀胱の内壁にあって、尿のたまり具合から刺激を受け、大脳に伝達されることを知っていたらどうでしょうか。

排尿障害は年齢につれ非常に多い病態です。
若し、膀胱内における神経異常であれば、きっと有効であるに違いありません。
(脳に問題があればこの限りではありませんが)

しかし、もっと重要なのは膀胱自体が腎経の要「然谷」というツボにほぼ等しく、このツボは昔から腎経異常が現れやすいとしていることです。

原因不明の熱は肝であることが多いものの、子供などは腎の場合も多いものです。
若し、子供の熱が下がらず、医者も首を捻るばかり、という状態になったとき、どのような処置をすれば良いのか?
この場合は膀胱「然谷」を揉むと解熱されることがあります。

北里大学東洋医学研究所の先生は誰も下げることの出来なかった熱を、ここを揉むだけで下げたとの由。
医師が足を揉むというのは珍しい図ですが、東洋医学の先生なら、さもありなん、ですね。

このように知っているのと、知らないのとでは生死を分けることさえあるのです。

膀胱炎という病気があります。慢性化すると、繰り返す厄介な病気であることはご存知のとおり。抗生物質が原因となっている細菌を全て殺すことができない、ということを知っていると、結局、残ったわずかな細菌群を殺して完治させるのは、自分自身の免疫力に頼るしかないと自覚できます。

また、何故、発症を繰り返すのかも知ることになります。

そう!薬で全て殺すことなど出来ないからなのです。
そうすると、冷えや過労によって、抵抗力が落ち、また細菌が増殖し暴れだすということを理解することになるわけですね。

そこで、症状が薬によって治まったとしても、まだ火種を抱えていることになりますから、充分な休養を取り、免疫力を高める方法を採ることになるでしょう。

リフレクソロジーの知識があるなら、その療法自体に免疫力を高める効果があることを知っているので、症状が治まってからも、継続して5~6回の施術を薦めるかもしれません。

かくして、その人の膀胱炎の再発に悩まされるという苦悩を人生から取り除いてあげることができるかも知れないのです。

リフレクソロジーの反射区-輸尿管

輸尿管とは腎臓で作られた尿を膀胱まで運ぶ導管のこと。
(普通は輸尿管とまでは言わないで尿管で済ませることが多い)
役目はたったこれだけです。

尿管結石という病気は腎臓で作られた石が尿管に引っ掛かって出る症状ですから、尿管自体の病気とは呼べないもの。

もし、尿管結石なら、反射効果で石が出る場合もありますが、もし出ないとそれだけ処置を遅らせ、腎臓に尿が逆流して、腎臓を傷めることにもなりかねません。
石だけに医師に任せる意思の強さが求められます(・・・・・・)

すると応用範囲があまりない2級反射区だということになって、重視しないかもしれません。

しかし!反射区が作用系ではなく位置系であるということを知っているならば、断じて軽視できない部位の一つ。

位置系というのは、その位置に働きかけるということです。
例えば子宮を全摘した人に子宮がないから子宮の反射区は無効だとは言えないのです。

かつてあったその位置に働きかけるものですから、そこに子宮がなくても瘀血があるかもしれません。変性し癒着した組織があるかもしれません。ですから、臓器を摘出した人にも依然、反射区は有効なのです。

尿管の位置をあらためて見てみますと、腎臓から膀胱に至るラインになっています。
ここに何があるでしょうか。
極めて重要な腹腔内臓器があるのが分かるでしょう。

尿管の問題があろうとなかろうと関係ありません。
腹膜、小腸、大腸を縦断するラインとして捉えれば、その重要性が分かります。

そこにコリコリとした索状物があれば若しかすると、腹膜の問題かもしれません。
或いは腸の癒着の問題なのかもしれないのです。

既往歴を把握していれば、手術の有無は分かるわけで、その問題が出ているのかもしれないと判断できるのです。

さらに東洋医学の経絡説を知っていれば、このラインは紛れもなく腎経であると分かります。腎経が生命力のエネルギーラインであると知るならば、余計に軽視できるものではありません。

基本ゾーンの中に尿管を含める所以です。