ボディ・マニピュレーション系記事

ムチ打ち

 先日、初検のクライアントさんの首を触っていて(なんじゃコリャ!)

 頚椎が整列していない感じなんです。ボコボコ・・・

 「首のこと言われたことありませんか?」と聞くと、言われるも何も自分でおかしいと感じているらしい。
 レントゲンも撮ってもいませんし、医学的な所見は分からないにしても自分で触って骨がズレているような感じがするのですから、やっぱり変ですよね。

 「ムチ打ちとか・・とかケガとかで首を傷めたことがありますか?」定番の質問です。

 しばし考えたのち、「そういえば、かなり小さい頃、車に跳ねられたことがあります・・・」

「それは何歳くらい?」

「少なくともまだ小学校には入学していませんでした・・」

「なるほど、で、身体はなんともなかったわけですね、少なくとも医学的には」
「たしか、数日の入院で済んだと思いますから」

「ところで、小学生の頃から肩こりを感じてませんでしたか?」
ちょっと驚いたような口調で「ええ!低学年の頃から、もう苦しかったのです」

 これで愁訴の原因がはっきりしました。幼少時の事故によるムチ打ちです。
 しかし、原因が分かっても、すでにこの時点で40代も半ばですからね。
 身体を一回バラバラにしてもう一度組み立て直す必要があります。
 それくらい歪みが多岐に渡るわけです。
 できないわけではないんですよ。しかし、バラバラにして組み立て直すわけですから、酷いメンケンが起きるでしょう。穏やかにやろうとすれば、長期間に渡る通院が必要です。

 そうでなければ、5時間くらいの施術時間を与えられるか・・・

 もともとボクはこういうタイプの症例は得意なほうでして、何故か施術しやすい。

 肝(きも)どころが分かる・・・勘が働くんですね。

 同じ状況のクライアントさんでも皮膚過敏がある人はちょっと苦手。別のところに気を回さなきゃいけなくて、施術に集中できませんから。
 根底に三焦経問題があるので、皮膚過敏として現れている人もいるんです。

 この人は特に過敏ではありませんでしたから、それなりの施術ができました。
 しかし、30分しか時間が与えられていません!
 30分で何ができる!てなもんですが、与えられた中で最善を尽くすのがプロですから、首と肩と肩甲骨を入念にやってタイムアウト。全身的にはできません、いくらなんでも30分では無理ですわね。

 それでも無数のマッサ体験の中でもNO1の楽チン感があったらしく、えらく感動しておりました。逆にいうと他の業者は一体、何をやってるんだろうと思いますね。
 ちょっと歪みが深くなるともう対応できなくなる。同じような技法を使っているんですけどね。

 ともあれ、過去の事故等が原因で、今なおその後遺症ともいうべき愁訴に悩まされている人が数多くいます。この症状の厄介なところは医学的には決して後遺障害だとは認定されないということでしょうね。あくまでも自然療法的なモノの見方ですから、医者も本人も気づいてないこと度々。

 原因が分かっていてさえ、治せないこともあるというのに、原因を知らなくては間違いなく治療難民化します。

 かつてのインチキ整体師達はこのような治療難民をクイモノにして生息しておりましたが、時代とともにそのような輩が生きづらくなっているのは歓迎すべきことです。

 しかし、治療難民が減っているわけではありません。ある一定数必ずいますし、むしろパソコン、ネットの発達で増えているような気配さえあります。

 対処しづらい人もいますが、中には劇的効果があって、生活の質さえ変わってくる人もいるわけですから、救いの手を差し伸べられるよう研鑽を積むべきでしょう。

肩甲骨外縁部

 肩甲骨内縁は「膏肓」(こうこう)というツボがあるように、よく響き、またその響きによりキツイ肩コリが取れたりします。肩コリ操作には必須の部位でしょう。

 さて、肩甲骨の外縁はどうでしょうか?
 この部位には胆経、三焦経、小腸が走行しており、意外にも頸部のコリと関係します。
また腕の疲れやコリ、だるさなどを取る部位としても有名です。

 内縁部ほど注目されない外縁部ですが、実は地味ながらも甲状腺や低体温症に影響力があると言われている筋群が集まっています。

 その一つである小円筋などは手のシビレの原因となることもあり、なかなか気付かれづらいのですが、そのことを知っていないとシビレを取ることができません。

 このようにして肩甲骨内縁のような派手さはなくとも、ある種の症状には必須的な部位になり得るわけで、無視するわけにはいきません。

 施術の方法はさほど難しいものではありませんから、その部位の重要性と適応症を知るか知らないかだけの話なのです。

 すくなくとも、小円筋の位置と、この筋の障害によって何が起きるくのか?くらいの知識は必要でしょう。

 もし低体温や肩の痛みや手のシビレで悩んでいたとしたら、この肩甲骨外縁部に問題の所在があるかもしれないのです。

 これを機会にその重要性を再認識して頂ければと思います。

腹証あれこれ・・・

 腹証を題材にして開催した三水会はもう一年も前になりますか・・・早いものです。

 前にも書いたと思いますが(或いはHPか)、小生に腹証の意義を再認識させた人は増永師の他にあと二人ほどいます。
 たくさんの記事があって、全部読んでいない人のために、もう一度簡単に書いてみましょうか。

 一人は出光興産の創業者(出光左七氏)。90歳を超えて尚、陣頭指揮を執っていたというもはや伝説上の経営者ですね。この方、幼少の頃より身体が弱く、20歳まで生きられないだろうと言われておりました。様々な病気に罹り、医者の予言が当たりそうな青年期を過ごしたそうです。
 そんな中での青年期、誰かから「腹を押す」と、これ以上の健康法はない、ということを聞いて、実践したそうです。

 すると様々な症状や病気が治っていって、一見腹とは何の関係もないような病気も治ったらしい(例えば歯槽膿漏とか)。それ以来、不調があれば腹揉み、小さな病気でも大きな病気でも腹揉みで全部治してきたそうです「あれはどんな病気でも治せるんだよ」と述懐しておりました(城山三郎との対談で)

 それを読んだとき、すでに増永師を通じて腹証のことは知っておりましたから、(なるほど、施術家じゃないけど、腹証の生きた実践者がここにいたんだなぁ、腹証ってやっぱ凄いんだなぁ)と再認識したわけです。

 90歳を超える天寿を全うしたのですから、大往生ですね。そして一代で築き上げた事業も現在後継者によって継続されています。
 出光の社員は腹証に感謝しなきゃいかんな-(小生、取引の関係で共同石油と縁が深かったのですが、出光石油にはそういう意味でシンパシーを感じているのです)

 もう一人は北里大学東洋医学研究所、初代所長の大塚敬節先生。
 この先生も文才があって書いたものを読むと、分かりやすくとても面白いのです。
「目が悪くても、足が悪くても、漢方では腹を診るんですよ、そこに原因があるんです」
と、目が悪いと言っている患者が怪訝そうに思っているのを察知して、優しく説明する件は人柄が滲み出ていて、名医だったんだなぁ、としみじみ思えます。

「中国においては滅んで伝わらず、日本人が日本人独特の感性によって作り上げてきた腹証は世界に誇る独特の診断法である」
 この一文に接したとき、小生日本人ですから、日本の先人達が並みの苦労じゃない苦労をしながら作り上げてきた腹証を無視することなど、絶対出来ない、と強く思った次第。

 漢方では腹を診ずして、診断が出来ないほど処方と腹証は密接です。
 逆にいうと腹を診ないで処方された漢方薬はかなりあてずっぽうで「証」が合わない可能性が高いわけだ。症状を聞いて、処方するのはまあ、医師でなくとも出来ます(薬剤師でも)

 腹部の施術だけ行って、処方しないのは手技の分野ですから我々も出来る。

 ところが、これが組み合わさったとき(つまり腹証によって診断し、処方すると)、医師できゃ出来ないというのが現行法での解釈です。
 しかし、医師の資格を得るのに腹証など必要ありませんから、これに通じている医師は極めて少ない、とまあ、こんな感じの状況なのです。
 だから、北里大学の東洋医学科などは予約しても三ヶ月も待たされる、ということになるわけ。

 せめて、手技において腹証を取り入れ、病気の根っこの部分に触れないとご先祖様に申し訳ないな、と、そんな風に勝手に解釈したわけです。

 よもや、出光の創業者も大塚先生も、一人の若き施術家(当時)がそんな勝手な解釈をして施術に取り入れるなどとは思ってもいなかったでしょう。

 優れた人の影響力というのは持続し、波及していくものですね。

 そんなこんなで、あれこれ・・・です。

 因みに腹部のリフレというのも最近あるらしい。
 人の商売にはケチはつけませんが、せめて、増永先生の著作や大塚先生の著作くらい読んでからにせい!と言いたくなるのは単なる僻みなのかな。

 全息胚(反射区)は理論的には身体のどこでもあり得るものですから、腹部をリフレの対象にしても構わないのですが、それにしても安直過ぎる。っていうか浅い。

仙骨施術

小生の動画に仙骨無痛ショック療法と題したものがあります。
うつ伏せで2種類、横向きで2種類、計4回の試技をアップしました。

ここだけの話(と言っても動画を見る人はほとんどこのブログを読むでしょうから意味のないことですが)、実はあの4回の試技で成功しているのは1回だけです。

まあ、見た目分かんないから良いだろうとそのままアップしました。
難しいんですよ、あれ。特に年取ってくるとね、どうも早業系はタイミングを取るのに苦労します。運動神経が鈍るのでしょうね。

失敗すると、それまでの色んな施術が無効になるほど影響力があります。
アップしておいて無責任ですけど、挑戦しないほうが良いかも。

じゃあ、仙骨のアプローチはどうすればいいのか?ということなんですけど、構造医学的アプローチは力がいるし、AKAのアプローチは腰痛に限定されるし、オステのアプローチはクライアントから不信がられるし、中々良い方法がありません。

仙骨は施術者泣かせの部位でもあります。

結局、仙骨はあまりイジラナイほうが良いということになって、「触らぬ神に祟りなし」を決め込むか・・・

しかし、今そこにある仙骨ですからね。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず」に従うか・・・

実は仙骨というのは、生きているときに限り、最大で2ミリほど動きます。
(0.2ミリという説もありますが、生きている人間の仙骨の動きを正確に測る術はありません。死んで一日もたてば全く動かなくなりますので、即死したヒトをその場で解剖しない限り正確な解答は得られないでしょう)

人為的に動かすにはゆっくりと上から圧を加えます。すると、その分、2ミリ沈むのです。
これで終われば単なる仙骨押圧になるのですが、そうではなく、充分に沈めた後、ファッと離します。漸増漸減が押圧の基本なのですが、ここではその原則を破ります。

その離す際に逆ショックが加わり、無痛で目覚めさせるには充分な衝撃となるわけです。
衝撃の来る方向が全く逆になりますが、これもありなんです。

正方向の衝撃圧よりも難しくないですし、失敗も少ないものです。
ただし、衝撃が少し弱いので何度かやる必要はあるでしょう。

安全にこういう方法を取るか、リスクを犯してでも果敢に挑戦するか・・・それとも放っておくか・・・思案のしどころ。

時は江戸時代。
「先生・・・どうなんでしょ・・・娘は治りましょうか?」
「ふ~む、オハナはな、薦骨の証と申して、湯液の功はもはや見込めぬじゃ」
「せん・・こつ・・のしょう・・?」
「そうじゃ、薦骨じゃ、骨盤の要のな」
「先生はせん・こつ?をやらないので?」
「分野が違うて。揉み医者で良い医者がおればいいのだがな」
「先生、なんとかその良い揉み医者というのを紹介してくだせぇまし」
「そうじゃな、この近くじゃと越前屋嘉平が良いかの」
「えちぜんや・・・かへい・・そりゃまた悪徳あきんどっぽい名前で・・」
「この際、名など関係なかろう・・どうしても嫌なら明生屋網乃助という者もおる」
「語呂が悪いような・・」
「これこれ、この一大事にそんなこと気にしてどうする。あい分かった。少々、遠いが遊船屋辰五郎も良いと思うが、どうじゃ?」
「船遊びが好きそうな旦那ですね、こりゃ気が合いそうだ、一つそれくだせいまし」
「全くあきれた奴だ、菓子じゃないんだから、一つくだせいまし、はなかろう」
「ヘ、へぃ・・面目ねぇ・・」

というような会話がどっかで交わされていたかどうかは分かりませんが、少なくとも江戸時代から、仙骨は重要視されていました。因みに仙骨は昔、「薦骨」と表記しておりました。

「神に供える骨」という意味です。推薦の薦ですから、なんとなく理解できるのではないでしょうか。

英語表記でもセイクラム(sacrum)ですから、神聖な意味を持たせていたのは洋の東西を問わず、共通する認識だったというのが分かります。

それにしても不思議な骨です。
かつてリフレクソロジーを主体に施術していたとき、他の反射区に対して仙骨の反射区の地位が低いのを疑問に感じていました。

通り一遍というか・・・

これじゃ自然療法の名が廃るとばかりに、反射区の位置を再検証して、施術の仕方を変えました。反射区を離れた現在のスタイルでも仙骨の反射区に相当する部位は行っております。

反射を通した間接刺激であっても影響を与えられるのではないか、という経験則に基づくものです。

夏になると、仙骨の一部が見えるほど、腰の浅いジーンズと丈の短いシャツを着る女性が増えてきます。

例え、純粋な医学的興味であったとしても、ジロジロ見つめていると、危ない人と誤解されるかもしれませんから、気をつけましょうね。

按腹

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按腹は安福と音が同じでとても縁起が良い。(因みにアンプクと発音します)

そのせいか知りませんが、最初の系統だった文献は江戸時代に太田晋斎という人が著した「按腹図解」というもの。

按腹で安福!という願いが込めれらていたような気がしないでもないです。

この太田晋斎という人、日頃、賤技と卑しんでいた按摩を見直す機会がありました。ありがちなストーリーですが、この人自身が病気になってしまったんですね。

あらゆる医者にかかり、あらゆる方法を試してみたのですが、一向に治る気配がありません。

そこで藁をもすがる思いでもあったのか、按腹を継続して行ったところ、あ~ら、不思議、完治してしまいました。

すでに江戸時代は近代按摩の時代に入っていましてね。所謂、曲技曲手と呼ばれる技巧の限りを尽くした手の動きをするものに変形しておりました。 

これを晋斎は自身の経験から治病には何の役にも立たないと退けたのです。
そこで有名な「女子供でもできる単純推圧にかえれ」という名言が生まれるわけです。

実際、彼が行ったのは単純推圧が中心で、その啓蒙書ということで按腹図解が作られたわけです。単純推圧にかえれ、というぐらいですから、かつての古方按摩は単純推圧中心であったということが分かる貴重な文献でもあります。

手技法の中ではすでに用いられなくなった単純推圧ですが、漢方家は診断のために普通にお腹を単純推圧して処方の手がかりにしておりました。それを手技そのものの技法として復活させた功績はやはり大田晋斎に拠る所が大きいと思います。

これが後々大きな影響を与えましてね。按摩といえば、按腹、別名「腹とり」などとも言われ、簡便な治病法として広まることになりました。

しかし、時代は大きく動くことになります。維新の混乱や医制の改革などで埋没していくわけです。漢方医そのものまで廃止されたわけですから、按腹を行う医者など存在し得るはずもなく、細々と民間療法の中で生き残っていきました。

その民間療法の中で異彩を放つのが玉井天碧という人物です。彼は指圧という言葉を最初に造語しただけではなく、彼ほど、その体系の中で按腹を重視した治療家は他にいないのだとか。

当時の手技療法家で、直接間接を問わず、玉井天碧の影響を受けなかった者はいないとも言われておりますから、按腹再復活の立役者だったのかもしれません。

昔は家で一人でも病人が出るとその家の没落を意味するほど、経済的負担が大きいものでした。ですから、民間療法は何も物好きがするのではなく、切実なニーズとして求められていたのです。

現在、我々は国民皆保険制度の中で、最先端医療を誰でも受けられる立場にあります。こうした現代人からは分かりづらいものですが、家庭で行われる民間療法は今とは比較にならないほど、重要な地位を占めていたわけです。

しかし、これも時代の流れで、按摩などの手技法が治病効果を期待するものではないという考え方もごく普通に受けとめられ、そのニーズは変化していくわけです。

所謂、ストレス解消、肩こり改善くらいの認識です。
病気を手技で治すなどという考え自体がマニアックになった結果、結局、曲技曲手の昔に逆戻り。按腹など業者の間では見向きもされないという現代の状況になり、今に至っているのです。

業者のせいばかりではなく、一般の人のニーズも関係するわけですから、時代の変化としか言いようのないものです。

しかし、時代はさらに変化しつつあります。医療保険の破綻は早晩来ますし、事実、保険金負担は増え、格差社会と相まって国民保険にさえ入れない人が物凄い勢いで増えています。アメリカの悲劇が今日本で起こりつつあるのですから、恐ろしい時代に入ったものです。

病院外来に来る患者さんの9割は病院に来る必要がない人たちと言われています。
この9割の人のために本当に医療が必要な人達が犠牲になっているという現実は将来の日本を暗示していて暗澹たる気分にさせてくれます。

そこで思うわけ。
もう一度、按腹習慣を復活させれば、医療費削減は勿論、健康寿命も延びて、健全な皆保険制度が担保されるのではないかな、と。

現在の長命化は健康寿命とは対極にあるものだと思いますよ。70歳で倒れて87歳まで生きたとしても、17年間寝たきりであれば、どうでしょうか?

統計上は87歳まで生きたと処理されますが、これを単純に長命であったと喜んで良いものでしょうかね。

こんにち、アルツハイマー、ウツ、依存症など精神、若しくは「脳」の働きに関わる病気が猛烈な勢いで増え続けております。
アメリカでは合計1億2000万人がこれらの病気で苦しんでいるのとのこと。
(なんと国民の三分の一強!)

ウソだろ!と思うのですが、ブッシュ元大統領はアル中でしたし、ジム・キャリーも重度のうつ病に苦しんでいるとカミングアウトしました。
(レーガンもチャールトン・ヘストンもアルツハイマーでしたしね)

有名人はあまりそういうことを公表したがりませんから、氷山の一角と見るべきでしょう。
アメリカのあの異常なほどのカウンセリングセラピー流行はなんとなく理解できなくもありません。

有名な分析医ですと、1時間300ドル、普通でも100ドルが相場だそうです。それでもクライアントに苦労しないほど盛況なのですから、ある意味、宗教的な懺悔の習慣があるアメリカならではなのかな、と思ってしまいます。

私見を言うなら、これほど増えた要因として一つ挙げられるのは内臓の負担が増えたということでしょう。飽食と栄養バランスの偏り、それらによる内臓負担の増大。行き着くところは内臓疾患ということになるのですが、たまたま内臓が丈夫な人は違うところに症状が出てしまいます。

なにせ、発生学的に「腸は脳の母」なのですから。
(この場合の腸はそこから派生するところの内臓器を全て含みます)

内臓の機能低下は脳の機能低下を生む・・・逆じゃありませんか?という反論もあるでしょう。

確かに子の問題で母がオカシクなってしまうこともあります。しかし、母がオカシイお陰で子供がオカシクなる例だって一般的でしょう。

ましてや各臓腑に脳の機能を配当した東洋医学では、精神疾患でさえ臓腑の異常と捉えるのを何の矛盾もないことと考えるわけです。
東洋医学は元祖ホリスティック医学ですからね。

だから按腹を習慣化すれば良い。
勿論、自分でやるより他人にやってもらうほうが何倍も効きます。しかし、やらないよりやったほうがいいですから、家族がやってくれないなら、自分でやるしかありません。そしてタマにプロにやってもらえば良いわけ。

足のセルフケアーよりも短時間で済み、かつ疲れません。
(足のセルフケアー習慣もいいのですが、身体が硬いと疲れてしまいます。結局、長続きしないのでセルフケアー機器の購入ということになるのですが、機械的なフリクション刺激は皮膚を厚くしてしまうので、毎日するのは如何なものか、と思います)

舶来のものを有難がるのもいいのですが、按腹のように日本で見出され、日本で独自に発展し、日本人の証にあった療法を見直すべきだと思いますねぇ。

その効果が広まってくるとまた言われますよ。
「按腹はもともと中国起源のものであって、日本人は真似したに過ぎない」とか、「按腹は我が朝鮮半島より起こり・・」とかね。

それを聞いた一般の人は、なるほどそうか・・と納得するに違いありません。
なにせ、「演歌の故郷は朝鮮である」という妄説を簡単に信じちゃう国民ですから。

良いものならどこが起源であっても構わないのですが、日本人ならもう少し日本という国に誇りを持てないものかなぁ、と思うわけですよ。

少なくとも、按腹を取り入れる業者は、それを「中国から古く伝わる秘伝」とかウソ八百並べて権威付けするようなことがないように願いたいものです。

※按腹は腹証と同義だと思って頂いてよろしいかと思います。腹証は「証」の字が入るように診断技術を含むニュアンスですが、按腹はお腹の施術そのものを表現したものです。施術を行っている外見上の違いは全くありません。