“たまご”さんの質問(への回答)

“たまご”さんから質問を兼ねたコメントを頂きました。
コメント返し欄は字数制限があるため、本文で回答させて頂きます。
質問の内容についてはコメント欄を参照してください。

東洋医学の肝(キモ)というのは、全体性にあると思っています。
身体のあらゆる部分は常に全体と一体であるばかりではなく、心とも密接にリンクして、それを切り離して考えることはできないと。
「心身一如」若しくは「身心一如」とも言うことはご存知の通りかと思います。
またその体系を為す思想が、科学ではなく陰陽思想という哲学であるため、形而上的な考え方の入る余地もあるわけです。
所謂、「科学」的なエビデンスは東洋医学ではその発生過程を考えると、求めること自体、無理があって、その実効性は現実の治癒という結果によってのみ、判断されることになります。
したがって、若し効いたという結果があるなら、それに対しての理由付として、科学的証拠を提示することなどできません。

実はこのことが多様な考え方を生み出すのです。
「丹田に神様を思い浮かべ施術する」「押してもらいたいと思うところを想像して施術する」云々はその施術家特有の考え方であって、それもありだと思います。
間違いだとは思いませんが、唯一正しい東洋医学的な考え方だとも思いません。
実績ある施術家なら「その実績の背景にある考え方はこうである」と表明するのは自由です。解釈の入る余地は西洋医学に比べてかなり許容範囲が広いものと申せましょう。
ただし、若しある考え方が唯一絶対正しいと主張するならば、それはもはや、東洋医学ではなく、宗教です。
自分の教義に従え、と主張することに等しくなってしまいますから、教祖になってしまうわけです。
これは考え方に自由度が認められている東洋医学の長所を殺してしまうことにもなりかねない、と個人的には思うのです。

東洋医学に限らず、何らかの行為を為す場合、人というのは必ずイメージを思い浮かべます。アスリート達がイメージトレーニングを取り入れて練習に励む姿は珍しいことではなくなりました。
手技もまたイメージが重要です。
これは東洋医学の経絡に限ったことではありません。
例えば、筋肉解剖を徹底的に学んだ施術家が、それこそ徹底すれば、被服の上からでも、その筋肉の有り様がありありとイメージされてくるはずです。
経絡をやるなら、その走行がやはりありありとイメージできるくらい徹底しなければなりません。
そのイメージ力というのは日常経験の思い浮かべる程度のものではなく、それこそ、現実に目の前に存在することを実感できるほどものです。
これはどちらかというと非日常的体験に近いものですから、それに到達した者は何か特別な力が備わったと勘違いしやすいものですが、徹底すれば誰でも身につくものです。

優秀な外科医は難手術の前、充分にイメージトレーニングをするそうです。仮に本番で不測の事態が起きたとしても、瞬時に対応できるとも言います。
またオステのフルフォード博士は触っただけで生命エネルギーの流れを感知することが出来るのは有名な話です。
手技法としては東洋的な手技の対極にあるカイロプラクティックにおいてさえ、達人は骨の亜脱臼をレントゲンよりも正確に触知し得るとのこと。
(でなければ単なる“鳴らし屋”でしょう)
これらはイメージの極限にある一つの到達点ではあるでしょう。
ですから、何も東洋医学だけが到達する境地ではなく、あらゆる方法論において、徹底すれば身につく、所謂「精神性の極み」になるわけですが、特別なものでもなく、その道を究めれば必然的に備わるものと言えるでしょう(ですから、人格とも霊性とも全く無関係です)
その手段として、「丹田に観音様をイメージして」でもいいのでしょうが、個人個人の個性というものがありますので、そのようなイメージが出来る人もいれば、違うイメージのほうが得意な人もいるはずです。
(無神論者なら神様、仏様のイメージはしづらいと思いますしね)
具体的にイメージする内容は実は瑣末な事柄であると思うのです。
施術者が何を習ってきたか、どのような思想信条を持つかによって、具体的に思い描くイメージが異なるのは当然です。
東洋医学は陰陽思想の臭みがあるにせよ、本質的に無宗教的ですから、万人が入りやすいものではあるとは思いますが、さらに臭みを抜くのであれば、オステ理論から入ってもいいでしょうし、カイロ理論から入ってもいいでしょう。
要は最後、具体的なイメージ力がものをいうことは間違いありません。
それをことさら、「精神性」だと強調し、主導者と同じイメージを強制するのは如何なものか、と個人的には思います。しかし、表現の自由が認められた国ですから、文句をいう筋合いのものではありません。

確かに、具体的なイメージが出来てくると、治癒効果が違ってくるものです。
それは施術の自信というところからも来ているのでしょうが、ある種の感応というものが働くような気がします。
自分の一つ一つの操作がビシバシと決まっていく感じがすることもあり、ほとんどが逸れてしまうような気がしたり、相手によって違うのですが、イメージがハマる、ハマらない、という主観が、相手もそう感じる客観性へと通じていくわけです。これが「精神性」への入り口です。何度も言いますが、特別なことではありません。
やっていくと必ずそうなります。最初は自己満足の世界で足踏みするでしょうが、やがて主観と客観の一致率が高くなってきます。
ですから、研究熱心でベテランの施術家なら誰でも感じていることなのです。
(流派が違う施術家でも尊敬できる人はたくさんいます)

個人的な意見ですが、生半可な精神世界にカブレタ施術家は好きではありません。
(それを言う前に技術を磨けよ、と言いたくなります)
or
(物質世界に生きているんだから、もう少し形而下のことも勉強しろよ)
かといって、「気」の概念や「生命エネルギー」の概念を認めない施術家も困ったものです。
(もう少し不可知なものに対する畏敬の念というか、謙虚さを持てよ)

これは個人的な好き嫌いを言っているのであって、善悪を言っているのではありません。
(善悪が判断できる、と言えるほど傲慢ではありません)

要するにバランス感覚なのですが、これは施術家個人の問題です。個人が考えていくより他ありません。

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休日

先週の日曜は宇都宮まで行って出張勉強会、今週の日曜日は授業の補講。
ということで、2週連続休日がありません。
20日間、休みなしで働くことになるのですが、さすがに老齢の身、いささかキツイ。
休み過ぎると、かえって調子が悪くなるものですが、やっぱり人間というのは最低、週に一度は休みを取らなきゃいけないものなんですねぇ。

しかしよく考えてみると、子育ての最中、ママは休みなしで育児に没頭せねばならないわけだし、家事にも休みはないですわね。
う~ん、女性は偉大だ!
育児ノイローゼで悲惨な結末を辿ったとのニュースがたまに流れますが、それだけ重労働ということなのでしょう。
若し来世というものがあるのなら、ボクは男でいいや。

ただでさえ物覚えが悪くなって、頭が混乱しているのに、休日がないと、この混乱に益々拍車がかかります。
休日というのは、身体だけを休めるのではなく、脳を休めるという意味もあるのでしょうね。仕事のことを考えない空白の時間。ブログの原稿を書いても、本を読んでも、テレビを観ても、何しても良いという時間は貴重です。
(家の中でやることばっかだなぁ、人によっては外出もいいわけだけど)
平日に暇でやることがないというのと、休日でフリーというのとでは全然違いますね。
自由意志が働くかどうかだもの。

しかし週一度の休日を楽しみに生きていたなんて、ボクには何の楽しみもないということがよく分かりましたよ。
考えてみれば悲しいかも。
仕事が生きがいなんて、そんなカッコいいものじゃないです。
要するに無趣味。DVD鑑賞なんて趣味でも何でもないし。
本は目がキツクて読めなくなってきているし。
旅行は嫌いだし。友達もいないし。
うわっ、段々、暗い人生であることが分かってきた。
結構、寂しい人生なのね、ボクの人生って・・・

そう言えば、この間、YさんとKさんといつもの食事会。
(Yさんいつもスミマセンね。オゴッてもらってばかりで)
たまに河岸を変えよう、ということで、5年ぶりに「山忠」(居酒屋)で鍋を食いました。
その名も「山忠鍋」。要は寄せ鍋なんですけど、結構なボリュームで美味そうなんですよ。
それでボクが「うわぁ~美味そう!」と言ったら、女将(?)が「美味そうじゃなく、美味いんですよ!」だって。
思わず「スミマセン・・・」と謝ってしまいました。
まあ、女将(?)が豪語するだけのことだけあって、確かに美味いのでした。
「こりゃホントに美味いですね~」と言ったら、その女将(?)は「他所ではできない味なんです」と述べておりました。しかも何回もです。
余程の自信とプライドを持っているのですねぇ。
でも、ホントに美味しかったですよ。
それで、(生きている実感がするなぁ)とシミジミと感慨に浸っていたら、(なんで鍋くらいで生きている実感するんだろ、ボクは余程生きていない実感を持って生活してんのかな?)などと思いながらもパクついていたのでした。

あれで休日だということにしましょう。
美味いものは脳の休息にもなりますし。

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"今回匿名で失礼します”さんへ

“今回匿名で失礼します”さんからコメントが入っています。
「あの人」についてどう思うか?という趣旨ですね。
「あの人」とは多分、甲野善紀さんのことだと思うのですが・・・・
あの方もまさしく日本的身体動作の極致を求め、半生をかけて探求された人です。
そういう意味で敬意を表するにやぶさかではありません。

著作も読んでいなくて、テレビで部分的に放映されているだけの情報をもとに彼の評価をするのはオコガマシイかと思うのですが、まあ、知りえる限りのことで述べてみたいと思います。
コメントにもありますとおり、様々な身体動作に応用し、特にスポーツ、介護系の動作に大きな影響を与えているようですが、ボクが興味を持ったのはナンバ系の動きです。
昔の日本人は、手足を交互に振る西洋的な歩き方、若しくは走り方が出来なかったとか。
イメージ的には同側の手足を同時に動かし、西洋人とは全く逆の動作をしていたそうな。ホンマかいな?と突っ込みを入れたくなるところですが、江戸時代の風俗画などを見ると、まさにそんな感じの身体動作をしていて、どうもホントっぽい。
この動作がどういう過程で作られてきたのかは分かりません。
和服の影響・・とか、武士が刀をさしたまま歩くのが起源になったとか・・・
真偽は分かりませんが、江戸時代まではすべからくナンバ系の動きだったようですね。
(維新後、欧米の軍隊制度を取り入れたときから世界標準になったとかならないとか)
維新は身体動作のグローバリゼーションだったのですねぇ。

そのナンバウォークを見直したところ、実にエネルギー効率がよく、日本人に合った身体動作なので、それを取り入れると、より早く、疲れずに動くことが出来る、という趣旨ですよね。卓球の平野、テニスの松岡、野球の桑田、陸上の末続・・などファンが多いようです。

施術とは動きが違うものの、または応用できるかどうか分からないものの、よく自分のパワーの出所を観察しますと、どうも瀉の手と同側の足からきているようなのです。
特に足の施術-安定圧はそうなる気がします。
勿論、意識上に上がってくるほど明確なものではありませんし、逆側からのパワーが皆無というわけではありません。しかしやっぱり同側の下半身からのパワー伝達比率が高いようなのです。
なるほど、無意識にナンバ系なのだなぁ、と思ったことがあります。
あと相手との密着感。これも彼の主張する介護系の動きと共通する部分があります。
適度な密着感と適度な回転力が加わることは間違いありません。

ボクはアスリートでも介護者でもありませんので、そのことについての身体感覚を述べるには限度があります。
施術に関してのみ言えば、甲野氏がいうところの古武術的身体動作がかなり含まれているようです。

四足歩行から進化して二足歩行になったという生物学的な特性から言えば、手足は左右交互に出されるのが普通です。
故に対角線上の股関節と肩関節が異常を起こす(異常を起こすとすれば)。
これは構造医学の知見なのですが、臨床上、確認できることが多く、なるほど!と納得できるところです。
しかし、この法則に当てはまらない人もいて、これはかつて日本人が持っていた身体動作の名残なのではないだろうか・・・と思うこと度々です。
あくまでも推測にしか過ぎませんが・・・・

甲野氏の影響を受けているわけでもなく、研究したこともないのですが、少なくとも安定圧系の手技は、ナンバ系の動きが入っているということは確かです

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夢・・・・

目覚めると灯りがついていた。
そうか・・昨晩は酔って寝たんだっけ。蛍光灯を消すのを忘れて寝たんだな。
目覚し時計を見ると7時半。アラームが鳴るまであと30分だ。
勿体ない、あと30分寝なきゃ。
うとうとしているうちにまた目覚めた。時計を見る。7時40分。まだ10分しか経っていない。どうも中途半端だ。いっそアラームの前に起きてしまうか。
やっぱり勿体ないな。あと20分・・・寝よう!
目覚めた。時計を見た。
わぁー!大変だぁ!!12時15分!!
なんでアラームが鳴らないんだよ~!
どうしよう??午前10時の予約があったんだ!
スッポかした?
お客さん、怒って帰っただろうな。
何たる大失態!
うん?・・・なんか変・・・
おかしな感覚。テレビをつけてみる。
深夜番組だ。
えっ!?午前12時15分っていうこと?
あれ~・・・??
午後11時くらいに寝ているわけだから、まだ、1時間15分しか経っていない?
え?ということはさっきのは何?
時計が7時30分を指すはずが無い。
そこから10分寝て7時40分・・・
そんなこと物理的にあり得ない
そうか・・・夢か・・・
夢の中で起きた夢を見たんだ・・・
それにしても信じられないほどリアルな夢。

ということが昨晩起こりましたよ。
一人称小説風に書いてみましたが、実際ありました。
普通、夢は時系列もメチャクチャ。しかも飛躍した話になるでしょ。
でも時々、妙にリアルな夢を見ることがあります。
部屋の中の細部までリアルに出てくるんです。
現実と寸分も違わないほどに。
だから混乱してしまいます。
ホントは人間というのは全ての現実を細部に至るまで記憶しているのだとか。
ただ、それを思い出せないだけなのだそうです。
この説は納得できます。
だって、夢の中でどうしてこんなリアルに部屋の中を再現できるのでしょう?
赤い目覚まし時計の質感といい、存在感といい、蛍光灯のちょっとした汚れまで夢に出てきたんですから。
時々と言っても今回で2回目なんですけど。
こんなリアルな夢でしたら、例えば、宇宙人に誘拐された夢であっても、まさに現実として受け止めるでしょうね。
それほどにリアルなんです。

幻覚に悩まされる人って、こんな感じのリアリティがあるのでしょうか。
恐ろしいことです。

人間の脳って不思議です。

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感覚差による男女の社会性の違い

女性は嗅覚も当然ながら、視覚も触覚も男性より優れています。
にも関わらず、昔から医者や料理人や調香師が少ないのは、その感覚の変動幅が大きすぎるからに他なりません。
月経周期というのはホルモン周期ですので、このホルモンの影響を感覚というのは受けやすい。だから、いつも同じ感覚ではないわけですね。
あるときは極端に鋭く、なんていう感覚では一定の品質のものは作れないでしょ。または一定の判断ができない。
その点、男は性能は劣っていても一定であることは確かです。
一定であるということは基準が作れるということで、この基準というのはとても大事です。
基準がないと何事も始まりませんから。
ですから面白いんです。
この生理的な特徴から来ているんだな、と思うこと度々。
例えば、何かの審査をするとき、男は誰かを基準にして、他の者の評価をします。
これが最終的には「偏差値」という世界になっていくのですが、偏差値社会というのは男社会の賜物ですよ。
ルールを決めたがるのも男の特徴でしてね。基準というのはルールの基礎になります。とにかくこれを作りたがる。そして作ったくせにそれを破りたがる。作ることに意義があって、守ることに意義はないのです。
女性はあまり明確なルールを作りたがりません。なんとなく雰囲気で動く暗黙のルールを重要視します。がそれでも一度作られたルールには従う習性があります。

整体でもリフレでも教えていてホントそう思います。
女性は手順とか揉む順番とかそういうルールに従おうとするわけですよ。
男はあまり頓着しませんね。本音を言えばいつか自分でルールを作ろうと思っているのかもしれません。男は自分の基準で自分のルールを作りたいのですから。
裏を返すと、女性は自分の基準に自信がないのです。本質的に一定じゃないのですから。これを本能的に悟り、作られたルールには従おうという発想がある。良い悪いの問題ではなくて、感覚的な基準がグラついているのですから仕方ありません。
しかし、中年以降、生理的に落ち着いてくると、一気に自分なりの基準を持ち始めます。
今までのグラつきを取り戻すかのような執念で基準を作っちゃう。
あの素直だった乙女時代の片鱗さえ見せません。
こうして神をも恐れぬオバサン族が誕生していくのです。

別にオバサン族を蔑視しているのではありません。
感覚の変動幅が少なくなると、俄然、自分なりの基準が出来始め、しかも人生経験によってそれが裏打ちされ、自信を持ってくるのですね。
生理的な現象でもあるので止むを得ません。
(揺れる乙女心なんてものは存在しなくなるわけです)

勿論、例外もありますけど、一般論としてはそういう傾向があるなぁ、と日々観察していてそう思います。

感覚の変動幅があるかないかで、基準が出来るかどうかにつながり、基準のあるなしによって、ルールを作りたがるかどうか、という問題にもつながるという論点になります。

しかし、ヘディ・マザフレ、ユナイシス・イングハム、ドリーン・ベイリー、ハンネ・マルカート、これら、リフレクソロジーの世界に足跡を残した人達は皆女性です。
それぞれが独自の反射区チャートを残しているわけですが、反射区チャートというのは約束事、つまりルールですね。いずれも中年以降の仕事であるという事実は面白いものです。
女性は中年以降のほうが良い仕事ができるという好例ではないかと考えております。

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ぎっくり腰

国によっては「魔女の一撃」と表現するそうな。
イタッ!と言ったきり背を伸ばすことも、移動することもできず、そのままうずくまってしまう厄介な症状です。
むかし、ぎっくり腰治しの名人という人たちがいて、そこの施術院、結構賑わっていたようです。
しかし、治癒率は半分くらいで、あとの半分はかえって悪化したらしい。
まあ、そんな簡単なものではありません。
これ、やったばかりのときはなんせ炎症が強いですから、指圧や按摩、マッサージなどの局部的施術は禁忌となります。ある程度、炎症が弱まったときでないとこれらの治療はダメなのですが、やったときが一番楽になりたいわけで、無理して施術所に行き(これ自体が悪化させる)、さらにガンガン揉まれて、余計酷くなる、というパターンが多いですね。

ある程度やわらぐまでおとなしくしているより他ないですよ。
怖いのはぎっくり腰クセがついてしまって、慢性腰痛症、若しくは坐骨神経痛様症状に移行してしまうことです。これはマジにヤバイ。さらに放っておいたらリッパな難治性のヘルニアにもなりかねない。そうすると、治すのは結構大変ですね。手技では手に負えないこともあります。こうした方々の既往歴を聞くと、やはりぎっくり腰の経験があって、それも複数回であることが多いものです。

そうしたクライアントにあたったとき、将来の病を防がなければならないという意味で、施術者の考え方が重要になります。
言葉を替えて言うと、一種の「未病」として捉えねばならないわけです。

003 アプローチの仕方は四つあって、一つは腹部です。
ぎっくり腰に限らず、腰の症状を持つ方の大半は腹部と腰のバランスが悪い。腹圧の問題です。腹圧が強すぎても弱すぎてもバランスが崩れます。西洋的には腹直筋や腹筋膜のトリガーが発生していると表現しますが、東洋的にはもっと直截的な表現をとります。すなわち、「邪骨」の発生と。いずれにしても腹部の按圧は必要不可欠になります。
もし、ぎっくり腰の既往歴を述べているにも関わらず、そこの施術院で腹部操作を無視するセンセがいたなら、それはこの業界ではモグリだと判断して間違いないでしょう。そうそうに退散したほうが身のためです。

016 もう一つは横腰部です。ここに見事なくらい邪骨が発生している場合があって、まるで石かビー玉が入っているかのような人までおります。「諸悪の根源」という言葉がピッタリなくらい。こういう邪骨は中々溶けないものです。無理して押すと悪化することもあって、初回では慎重にやらざるを得ません。もし、通ってくるなら、段階的にアプローチして緩めていくことが望ましい。ただ、ここまでくると慢性化している可能性があるので、辛抱強さがクライアントにも施術者にも要求されるでしょう。

010 もう一つ。股関節前面の際。これも中には「諸悪の根源」であることがあります。多数派ではないですけどね。ボクはこのケースで手ひどい失敗を犯したことがありました。
すでに慢性腰痛症から手術へと移行したケースだったのですが、この部分がやたら反応するんです。ご本人は響いてとても気持ちがいいというわけですよ。それで調子に乗って、時間をかけて響かせ、緩めたのはいいのですが、手術後の気の通りの悪さを忘れていました。酷い瞑眩が出て、2度と来なくなってしまいました。施術に関しては割りと慎重な方なのですが、このときはばかりは調子に乗りすぎましたです。イタイ教訓ですね。
そこまでおバカなことは必要ないのですが、やはりこの部分を適度に緩めることは重要です(手術していなければそんな強い瞑眩は出ないものです)

012 最後の一つ。やはり三関節(足、膝、股関節)でしょうね。これは応用範囲が広い考え方で、当然、ぎっくり腰になりやすい方というのはこれらの関節の動きが制限されています。その歪(ひずみ)が腰に集中したときに、なにかの拍子でぎっくり腰を起こしてしまう、といことなんです。ですから、三関節の動きをつけるというのは、これはもう基本手技と言ってもよく、欠かせないアプローチと言えるでしょう。
ただ、ぎっくり腰の場合は操作中にかなり腰に響く可能性もありますので、クライアントに状態を聞きながら慎重に行わなければならない、と思います。

さて、自分がなってしまったらどうするか?
最初に述べましたようにおとなしくある程度軽減されまでジッとしているより他ありません。とにかく一番楽な姿勢をとりながらです。
もし、冬でしたら、コタツに入り込んで、お腹をコタツで温めるというのも一法ではあります。しかし、夏ですとコタツを引っ張り出すわけにもいかず、かりに引っ張り出したとしても暑くて耐えられないでしょう。
薬局で温灸かホットパックを買ってきてもらってやはり腹部を温めるとよろしいようです。
(勿論、ストーンでもいいですよ)
そして、ある程度動けるようになったら、足証整体のサロンに来て頂ければよろしいのではないかと思います。
お近くにないときは、評判のいい整体院に行かれたら良いでしょう。
そこの整体院なりマッサージ院なりのセンセが、ぎっくり腰の対処法が分からず、結構おバカ施術者であった場合は・・・まあ人生、運・不運が付きモノです。

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川柳もどき

2チャンネルの某系スレッドを見ていると、川柳のようなリズムを持つ文章が載っています。これボクの感性的には結構面白いので紹介しますね。
中には同業者もかなり混じっているんでしょう。どちらにしても面白い。
読むに堪えない暴言もありますから2チャンネル系はあまり見ないんですけど。
特に個人を特定する攻撃は嫌だな。個人を特定しないものに限っての紹介です。或いはその部分、伏字にしています

☆理屈にゃ強いが治療には弱いオステオパシー
(う~ん、分からんでもないなぁ、別に自称オステオパスだけに限ったことじゃないですけど。理屈ばかりで全然クライアントの満足を引きだしていない治療家全般に対する警告だな)

☆あそこ悪いここ悪いと言う前にちゃんと入れろよ下手っぴめ
(これもいえるなぁ、業界用語では口揉みっていうやつ。営業トークで顧客を不安に落としいれ、リピートさせるんだなぁ。仲間うちでは軽蔑の対象でした)

☆この道20年、ベテランといいながら、歳はまだ20代
(余程、若く見えるのか、会社の方針でベテランだと言え、と言われているのか。おそらくこの句者はお前は5歳からやっているのか!って突っ込みいれたんではないでしょうか、興味のあるところです。せいぜい5年くらいにしとけばいいのに)

☆臭い着替え、背中に広がる湿疹の後始末
(一部ではあるんですってね。一ヶ月くらい着替えを洗濯しないサロンが。これは笑い事じゃないなぁ。わがグループは毎回一回ごとに洗濯しておりますぞ。常識じゃん)

☆私の前世は※※よ、だから貴方達使い捨て
(これは内部情報だね。内部の者でないと分からないも。スピリチュアル系にハマっても経営とは別。経営者は都合の良いように解釈するという典型かな)

☆人間を辞めれば勤まる×××本部
(これも元社員だろうな、まあ、辞めた会社の悪口は見苦しいけど、そんな酷いのか、なんてちょっと思ってしまう)

☆施術者を替えてほしいとノドまで出かかり
(気の弱い癒し系ファンなんだろうな、まあ、でも普通は言えないわな。ボクも言えない)

☆着替えを選べる、それはいいが、全部垢だらけ
(結構、着替えの不満があるようですね。これはCMもやっている大手癒し系サロンだっちゅうところに救われなさを感じるな)

国家資格系の攻撃が激しいのも特徴。それに対する反論も面白い。まあ、法的問題はケリがついているので、結構楽しめる。

☆無資格者、お前ら全部詐欺集団
(この人大金払って国家資格を取ったはいいけど、クライアントを癒し系サロンに取られているんだろうね。すべてを詐欺集団と断ずるところが2チャンネラーらしい。どのみち、この人はこの業界では成功できないなぁ、可哀相に)

☆資格あり、それ以外何もなし
(これ以上の反論はないなぁ、結局、それに尽きる。悔しかったらウデを磨けよ、ていう意味なんだろうけど、クドクド反論しないで一言でばっさり。中々できるヤツだなぁ)

☆脱臼の患者にビビル接骨師
(自嘲しているのか、それを目撃したのか、はたまた自分が患者でビビル先生を見たのか、いずれにしても粗製乱造のつけだな)

☆痛み止め、バファリン出すバカ整体院
(ホントかよ~、でも実際あるそうな)

☆ポキポキ鳴らして15年、のちの人生償いの日々
(これは笑えないなぁ。事故でもあったんでしょうか。ポキポキ系の怖いところだ)

☆入れ墨が怖くてやってられるかこの仕事
(サウナ系のマッサージルームに勤めているんでしょうか、中々厳しい環境で頑張っているようですね。この人開き直りの境地に達しているなぁ)

とまぁこんな感じ。また見つけたら紹介しますね。

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そういえば・・・・

そういえば、このブログ、亜美之介のツボ探検っていう題名だった!
なんかツボに関したことを書かねばなんねぇべか?
文体も初期の頃に戻ってるしさ。
いや~、参ったなぁ。どうしよう。
ツボか~。
ツボについての話題ね。
ツボといえば、古伊万里でしょう。
いい仕事してますねぇ~
って中島誠之助かっ!オレは!
快うんこ―お宅のなんでも浣腸団。
す、凄すぎる!
快うんこ―お宅のなんでも浣腸団!
なんという語呂の良さと品のなさ。
これほど意味のない日本語は2度と思いつかない。

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さて・・・・

さてさて、次巻はどうするか?ですね。
構想は出来ているんですけど。
なにせ疲れましたよ。
休日に10時間もパソコンに向かって電磁波浴び放題。
夜中、コンビニへ菓子パン買いに走り、トランス脂肪酸取り放題。
健康によろしくない。
お陰でボクのお腹はもう少しで生まれそうな勢いで、妊婦してます。
このままいくと母乳が出そうな感じです。どうしょう。
ということで少し、小説はお休みにします。
そのかわり、似非エッセーでもちょこっと書いていきますか。
毎日、更新出来るかどうかはちょっと分かんないですけど。

なんかね、小説よりも似非エッセーのほうが評判良かったりするんだよね~。
小説のほうが余程苦労して書いているのにさ。
似非エッセーなんて鼻歌交じりでカシャカシャとキーボードを叩いているだけだもんね。
思いつくまま、勝手気まま。
分かった!エッセーの出来がいいんじゃなくて、小説の出来が悪いんだ!
なぁ~んだ、そういうことか・・・結構、重大なことに気づいてしまった・・

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やっと完結・・!

なにはともあれ出来はともかく一応やっとこさすっとこさ完結しました。
世界初の施術モノ小説如何でしたか。
(堂々の3万7千字余、分量だけなら中篇に近い)
ドラスティックな展開もなく、場面転換は鈍く、なんだかよく分からない小説でしたね~。
まあ、しかし、ボクの見解はほぼ網羅されておりますし、時代を先取りした症候群じゃなかったでしょうか(ジコマン)。
これ、腰痛とかじゃ面白くないもんね。っていうか原因が多様過ぎて絞りきれないです。
周期性四肢運動障害に限らず、神経伝達物質の異常ってこれから多くなりますよ。様々な形態をとって愁訴として表れることは間違いないです。
病態の解明が進むというのも要因の一つですが、米田吾朗先生がラストで頭をよぎったモノもそうですね。
30年前に比べると、人間が浴びる電磁波は数億倍になっております。
なんの問題もないなんて専門家は言いますけど、ペースメーカーの誤作動は招くし、電磁調理器(IH)にはなるべく妊婦さんは近づかないで下さい、なんて注意書きがあったりするし。妊婦さんがダメなら普通の人間だってダメだろうが・・・と思いますけど、そこは専門家の深い見識と日夜にわたる学問的研究の成果を踏まえて大丈夫っていってるんですから、信用しないほうがいいです。
トランス脂肪酸だって、最初は健康によろしいという専門家のお話でしたし。水俣病だって、最初は工場廃液とは因果関係がない、とご宣託遊ばしたのも専門家でしたね~。
最近では薬害エイズを蔓延させたのが他ならぬその道の権威だったって・・・冗談にも笑い話にもならないトンデモナイ専門家がおりました。死にましたけど。日本の伝統では亡くなった方は皆、仏で、悪口言わないのが美徳なんでしょうけど、あいつだけは許せないなぁ。連続殺人鬼並の業を背負うでしょう。

ただ、電磁波問題はどうしようもないですね。今更、パソコン、ケータイ禁止なんて出来るわけがない。パソコン禁止されたら、ブログ書けないじゃん。
これは自分で守るようにしなきゃイカン!
死海に身体をポカリと浮かせて、電磁波を身体から抜くか、我がグループの施術院に行って、体内浄化プログラムを受けるか、まあ、どっちかだなぁ。
温泉もいいかも。長湯できないのが難点ですけどね。
ともあれ、なんか考えたほうがいいですよ。

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ちょっと休憩タイム~6

ある友人が警察官になっておりました。
20年以上前になると思います。全くの偶然で彼と道で会ったんです。
「やぁやぁやぁ、××じゃないか!!元気だった??!!」
「○○か!!偶然だなぁ~お前こそ元気だったか??!!」
高校卒業以来、会っていなかったので、その時点で7~8年ぶりだったわけです。
その後は男の子ですから、再会を祝して一杯やりますかってことになって、当然のごとく飲みに出かけました。
彼の行きつけの飲み屋で昔話に花を咲かせていたところ、唐突にこんな質問をしたのです。
「お前さぁ~、レイカン強い方か?」
季節は晩秋。冷え込みがキツイ夜でした。しかも、暖房が弱い。さらには水割りでしたから、さっきから寒くて仕方なかったんです。それで「冷感?自慢じゃないけどオレは男の冷え性だ!」と威張ったら、「冷え性?なんだそれ?・・バーカ、レイカンだよ、レイカン!」
と言われ、さすがのボクも意味を悟ったわけです。
「あっ、霊感ね、霊感かぁ~、なんだ霊感。霊感?う~ん、他人がどう感じるか分かんないからな、自分で強い方なのか弱い方なのか、分かるわけないじゃん。でも幽霊は見たことあるなぁ~」
「幽霊みたことあるなら充分だよ」
「だから、なんだよ、それがどうした?」とボク。
すると彼はその質問の直接答えず、また質問しました。
「お前、ホテルに泊まることよくある?」
「出張で時々ね」
「そんときさ、やけに寝苦しかったり、金縛りに会うってことない?」
「ああ、あるよ。同じホテルでも部屋が違ったりすると、そんな目に会うことがあるなぁ~。だから、定宿だと、予約するときに何号室かも指定したりさ。寝やすいとこって経験的に分かってるからな」
「やっぱりな、お前、立派に霊感強い方だよ」
「だから、なんだよ?何が言いたいんだよ?」
「お前ら、一般人があまり知らないこと教えてやろうか」
一般人って言われて、ちょっとムッと来ましたけど、興味のほうが勝りました。
「何?」
「オレさ・・仕事辞めようかな、と思って」
また、彼は話の脈絡と全然関係ないことを言い出しました。
「さっきから、会話になってねぇじゃないか!」
「まあ、ホテルだよ。ホテル」
「ホテルがどうしたんだ?」
「自殺者が多いってこと」
「ああ、いるだろうな、よく有名人がホテルで自殺なんて報道されるもんな」
すると彼は小ばかにしたように、「そんな程度だと思うか?」
「そんな程度って・・どんな程度なんだよ」
「昨日も※※ホテルで遺体を下げに行ってきたよ」
「※※ホテル?・・ってあの駅前のか?」
「そうだ、今月だけで三件だ」
「三件?そんなこと報道されていないぞ」
「だから、お前らの知らないこと教えてやるって言っただろ?」
「※※ホテルがか・・・他にもあるのか?」
「あるっちゅうもんじゃない・・・」
(多いという意味)
「だって、何にもそんなこと報道されてないじゃん」と拘るボク。
「バーカ、有名人ならニュースの価値があるけど、一般人が自殺したくらいで一々報道するかよ。遺族だって嫌がるしな。ホテルだってそんなもん隠したいに決まってんじゃないか。誰も得しないってことよ」
「救急者も呼ばないのか、パトカーだっていくだろうがよ」
音で誰か気づくと思ったのでこういう質問をしました。
「サイレンは鳴らさないな。しかも、真夜中に行って、こっそり運び出すんだ。明らかに事件性がないってことが分かっている場合はな。そして、100%近く事件性はない。単なる自殺さ。少なくともオレが担当した分はな」
「お前、そんな担当なのか?」
「担当?たまたま夜勤だったりしたら狩り出されるのさ、オレ、会社じゃまだ下っ端じゃん、便利に使われるわけだ」
警察官はプライベートのときは絶対に「署」とか「警察」とは言わないのです。「会社」って言うのが通例なんですね。
「しかし、そんなに多いのか・・・?」
「ああ、どこのホテルでも必ずある。必ずな」
「じゃ、新しいホテルがいいなぁ。オレも定宿替えようかな?」
「新しいホテルが必ずしもいいってわけじゃないな。死ぬときくらいは新しくて、キレイなところっでいう心理が働くのか・・・狙われやすい・・・」
「じゃ、どうすんだよ!?」
「どうしようもないな、まあ、そんな部屋に当たったら不運だと思って諦めな」
全く不合理な話だとは思いませんか。そんな聞きたくもないことを一方的に話して、解決法がないみたいなことを言われ・・・しかも、寝苦しいとか、妙な違和感を感じるのだって、単に体調の問題かもしれませんし、枕やベッドの問題かもしれませんし、はたまた、頭を向ける方位の問題かもしれないじゃないですか。そんな感じを得る度に、ここで誰かが死んでいる・・・なんて考えてしまうなんて、冗談じゃありません。ボクはただでさえ怖がりなんですから。すこしばかり怒りを込めて、「なんだ?お前、ホテルで自殺者が多いから辞めたいってわけか?遺体を見るのが怖いのか?だからカイシャ、辞めたいんだな」
ボクは彼に合わせてカイシャという言葉をあえて使いました。しかも強勢を置いて。
「俺ら会社員が遺体見るのが怖いなんてありえねぇ~よ。それが仕事だからな。ただ腐乱死体は臭くてかなわん。でも、慣れるもんさ。そんなんじゃない」
「じゃ、どんなんだよ?」
「霊感強いかって聞いただろう?オレは困ったことに強すぎるのさ」
「なんだか分からんが、お前が霊感強いなんて聞いたことがなかったな」
「ああ、自分でも知らなかった。幽霊も信じないし、超能力も信じねぇタチだったよ」
「じゃ、どうして?」
「うまく説明できねぇな、なんちゅうか・・・現場に入った瞬間、死んだやつの思いとか、怨念だとか、絶望だとかまとめてオレの身体に入ってくるんだ。どんな気持ちで死んでいったか全部まとめてな。わりと悟りきって死ぬやつもいて、そういう場合はそんな感じはないけどさ。でも8割くらいは凄い思念の残存パワーだわな。気が遠くなるくらいだ」
「・・・・・・・」返答に窮しました。
「映像だって見えるぞ」と彼。
「お前・・・テレビか映画の見すぎじゃないのか・・・」
「なら、いいんだけどな。気のせいだと何度も思い込もうとしたさ。でも、一度、それが入ってきたら、一週間くらいは抜けないんだ。身体も精神もズタボロになる。よくもっていると思うよ、自分ながら」
「もし、お前の言うことが本当だとすれば、霊感が強いとかいうレベルじゃないんじゃないか。そりゃお前・・霊能者だ・・よ・・」
「なんと呼ばれてもいいけど、オレにとっては非常に困る性質だ」
「そうか?よく難事件を超能力だか、霊能力だかで解決したっていうテレビ番組やってんじゃないか。仕事に役立つかもよ」
「まあ、お前に相談しているわけじゃないんだ。事情わかんねぇだろうしな、会社の・・」
「そのカイシャの仲間には言ってないのか?」
「言えるわけねぇだろ、好ましくないんだよ、身内にそんな変なのがいたら。下手すりゃ病院送りだよ」
「う~ん、困ったな、なんとも・・アドバイスもできねぇ」とボク。
「だから、お前に相談してるわけじゃないんだよ。誰かに言っておきたいと思ってね」
「で、辞めんのか?」
「分からん。身体と精神がもつかどうかだな。つぶしが利かねぇ職業だしな、転職っていっても見当もつかないからな、決めかねているっていうわけさ」
「お守りとか身に付けるのはダメ?」
小ばかにしたように彼は「バーカ、そんなもん効くわけないだろ」
これで3回目の(バーカ)でしょ。一般市民に向かってバーカとはなんたることだ、しかも3回も・・・と、思いながら、まんざらウソ言ってかついでいるわけでもなさそうなので、ちょっと同情しました。
「まっ、この話はこれくらいにしよう。忘れてくれ」
忘れてくれって言われたって、ホテル云々はボクの日常生活にちょっとは関係があるわけだし、益々、怖がりになってしまったらお前のせいだ、と思いました。

それ以来、彼とは会っていません。年賀状で転勤したのを知ったのは翌年でした。年賀状のやりとりもいつしか途絶え、今、彼は警官のままなのか、転職したのか、占い師になっているのか、全く分からない状況です。
彼と飲み屋で話したわずか20分足らずの内容が今もトラウマになっています。20年以上も前の話ですから、細部では記憶違いがあるかもしれませんが、概ね、事実なのです。
なにせ、それ以来、ボクはホテル恐怖症に陥ったのですから。
あるときなど、頭蓋内で他人が話しかけてきました。頭蓋内でエコーがかかっているかのような幻聴です。話しの内容は全く分かりませんが、それが心安らぐものじゃないことは確かです。(クソッタレめが~、あいつのお陰で益々、神経質になってるじゃないか、もう、どうしてくれる!)呪詛のように心で喚いても、どうしようもありません。彼の言葉がしっかり住み着いてしまっているのです。『今月だけで三件・・・多いっちゅうもんじゃない・・・どこのホテルも必ずある・・・・』
彼の置き土産です。
なんでこんな話しをブログでしたのかというと・・・
皆さんにも恐怖のおすそ分けを、と思いましてね。
神経質な方や霊感の強い方にはたまりませんぞ、あの異質な時空間。
是非、共有して頂きたいものです。
ホテルに泊まる機会がありましたら、そういうお部屋である幸運を祈る次第です。
ヒヒヒ・・・ケケケケ

さてさて、今日も原稿書き頑張ります。

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ちょっと休憩タイム~5

最近のトピックは何と言っても「電気湯沸し保温ポット」がイカレてしまったことです。
人間でいうなら自律神経失調症の重症バージョンかな。
突然、お湯が出なくなった。いくら給湯スイッチを押してもダメ。
頭きて押し続けたら、なんと今度はポットが怒った。お湯が沸騰し始めて、それがいつまでも沸騰し続けているんです。お湯が空になるまでですよ。『ホットフラッシュの激しいやつだな』などと米田吾朗風に心の中でつぶやいたものの内心の焦りは隠しようもありません。
すぐに電源を切り、ほとぼりが冷めるまで待ったわけです。
そろそろ、機嫌直したかな、と思って電源入れたら、怒りはさらに増している!!
勝手にポット洗浄スイッチがオンになったり、ロックが掛かったり、外れたり。それで色々イジッテいるうちにまた沸騰しだした。こりゃイカンと思ってヤカンに替えました。しかもそれが夜間だった・・・って作り話じゃないよ。
しかし、ヤカンでお湯を沸かすなんて、随分やってないものね。だから、火にかけっぱなしにして火事になったら大変じゃないですか。ただでさえ、忘れっぽくなっているんですから。
仕方ない、お湯が沸くまでずっとガスコンロの前から離れず、見張っていたんです。これは結構、間抜けですよ。ジーっとお湯が沸くまで腕組みして待っているんですから。かと言って、沸くまで他の作業をしていたら、絶対忘れる、とも思うわけ。
火事につき亜美之介ブログ連載中止!なんてね。
普段意識しない便利さに慣れるとヤカン、じゃなかったイカンですな。

昔、一人暮らしを始めた頃、ゆで卵を作ろうとしてナベに湯を張り、卵を入れ、火にかけていたんです。それをすっかり忘れちゃいましてね。お湯がなくなり、空焚き状態!!!どうなったと思います?
卵が爆発したんですよ~!!生卵を電子レンジに入れると爆発するって聞いたことはありますけど、空焚きしても爆発するんですね~。壮絶な卵の自爆テロ。卵のひとかけらが蛍光灯に命中して蛍光灯まで爆発。バン!!ていうかドカーン!!ていうか。蛍光灯の爆発音って凄い音がするものなんです。その瞬間、降り注ぐ蛍光灯のかけらが運悪く額にグサッと突き刺さり、そのまま意識がなくなりました。気がつくと額から大量の出血の跡。床はヌメヌメと血で染まり、やっと起き上がったと思ったら、その血で足を滑らせ、今度は後頭部がキチンシンクの角に無防備状態で激突。そこでもざっくりと後頭部がはぜ割れて、脳漿と共に脳みそもはみ出し、あわてて脳みそを自分で頭に押し込む始末でした。それでも頭を押えながら這うようにして玄関を出て公衆電話へ向かいました(当時は携帯電話がなかった)。ようやく公衆電話に辿り着いたと思ったら、そこの公衆電話はまだ糸電話を使っているところだったんです(当時はまだ公衆糸電話っていうのがあった)。最後の力を振り絞り「た、たま・・ご・・じ、じば・・く・・」
これを聞き取った担当者は糸電話のせいもあって、「弾で自爆」と誤解したようなんです。警察は来るは、消防は来るは、公安は来るは、なんとFBIまで来て大混乱。しかし肝心の救急車が来ない。大家さんがおんぶしてすたこらさっさと病院に運んでくれたのはいいんですが、振動で限りなく脳みそがこぼれていくんです。病院に着いたころには脳みその半分が失われていました。
いや~、死ぬかと思うような夢でしたよ。あ~あ、夢でよかった!

ところでポットは現在、チビッコポットに替わりましたが、リッパに役目を果たしておりますよ。見張り役はもう必要ない。実に快適な生活です。
まる5年もの長きに渡って活躍してくれた例のポットは心からの感謝を込めもせず、燃えないごみコーナーに捨て去りました。

さてさて、今日も風林火山の時間までシコシコと原稿書きですよ。

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ちょっと休憩タイム~4

ちょこっと出てきましたね~。土古母 武(ドコモタケシ)。これから、この巻も次巻も米田吾朗ちゃんと絡み合っていく(はず)ですけど、どういう感じになるんでしょうか。書いている本人もよく分かりません。

マイケル・クライトンとシドニィ・シェルダンの小説を読みました。いずれもベストセラー作家ですわね。先日、シドニィ・シェルダンは亡くなりましたけど。
自分で小説(らしきもの)を書いていると、小説の読み方も違ってきます。
やっぱり、クライトンは上手いなぁ。逆立ちしても真似できない(真似できたら大変だけど)
シェルダンも読ませるテクニックは上手いけど、粗が見えてハマリ切れないですよ。
文学的には最低の評価しかなかったみたいだけど、それも分かるような気がします。脚本家出身なので、仕方ないんでしょうね。
というわけで、人の作品にはいくらでもケチがつけられるし、評論できますけど、実際、書くとなると、至難の業ですね。極めて限られた小数の才能の持ち主が書くものなんでしょう。取り立てて才能のないボクが小説を書くなんてやっぱり無謀だったかな。
まぁ、とりあえず、初巻は完成させなければなんねぇべさ。頑張りますわ。

いよいよ暑くなってきました。体調には注意しましょうね。
(昨日は一時エアコン入れました)
都心部特有のヒートアイランドもこれからガンガンくるでしょう。
局部的には熱帯地方そのものですもんね。
「雨に負けず、風にも負けず・・」が、東京の夏だと「暑さに負けず、熱さにも負けず・・」と詠んだに違いないですよ。賢治さん、キット。

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ちょっと休憩タイム~3

小説米田吾朗も(18)までいきましたね。
もう一人、登場人物が出てくるんです。それを今回の休日で書ければな、と思っているんですが、うまく進んでくれるかどうか、ですね。
なんせかんせ早く周期性四肢運動障害の巻を終わらせて、次巻へ行きたいんですけど、もうちょっとかかるみたいな雰囲気だな~。

最近、古代ローマ人の真似をしまして、ちょっと食生活を変えてみました。
小麦を挽いた粉体(日本では薄力粉と呼ばれているもの)を水で溶いて、単純に焼きあげる。あと、肉は食わず、魚を主体にしました。サロンで焼くと匂いが取れないので、出来合いのものですがね。
2日くらい続けると、なんかお腹が緩む感じです。便通が良くなるんですわ。
体重を量ったら、1キロくらい減っていましたよ。
古代ローマ人って60歳くらいで現役の軍団兵だったりもして、古代人としてはビックリするくらい健康で長命だったようですが、主食に小麦、副食に魚という食生活が影響しているのかな~と思ったりもします(あとオリーブ油と)。まあ、そこらへんは専門家じゃないので分かりませんけどね。専門家と称する人たちも学説がしょっちゅう変わりますので結構、意見の相違があるみたいですけど。
でも飽きたよ~。やっぱ肉を食わないとパワーが出ない感じです。
それと腹にドンとくるご飯。これも恋しくなります。ということで古代ローマ人の真似は2日で終わりにします。メタボ君にはちょうどいいのでしょうけど・・・
そのうち古代ローマ健康法とか、古代ローマダイエットとか宣伝する人が現れるかもしれませんね~。

さてさて、これから風林火山までシコシコとストック原稿を書いていきますか。

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ちょっと休憩タイム~2

難儀なこっちゃで

小説は苦行ですね。
トントントーンと話しが進んでいけばいいのですが、そうはならないんだな~これが。
だから、ボクの筆もトントントーンと進まない。考え、考え、ほんの少しずつ進んでいくのでした。文章を書く醍醐味は、まあその質はともかく、一気にトントントーンと進むことにあるんです。あっという間に3ページ分くらい(1ページ1260字換算で)書ききっちゃうこともあって、面白いんですが、小説はそうならない。ホント、カタツムリの歩みみたいなもんで、一行書いてしばらく考え、また一行書いてしばらく考え、なんてことの繰り返し。こんなに時間がかかるのだから、さぞや素晴らしいものに仕上がるだろうなんて、甘い話でね。かけた時間と質はあんまり関係ないみたいだな~
もう少しで小説スタイルに慣れてくると思うのですが・・
まあ、もう少し我慢してください。

今書いているようなスタイルだと、チャカチャカと打ち続けることが出来るんですがね~。これじゃ、文章とも呼べないようなシロモノですから、書いてもしょうがないような内容なんですが、息抜きにはいいものですよ。

ところで、原因不明の症状に悩まされました。身体じゃなくて、パソコンなんですけど。メールが入ってこないんですよね。ネットには接続出来ているんですけど、全メールを拒絶しているわけ。こんなこと初めてでしたよ。別に何をいじったっていうわけでもないんですが、突然、こんな症状が出ました。受信エラーになる。なんで???と思っていくら試してもダメ。どこかに原因があるに違いない(当たり前だ)。しかし、基本的なことを知らないわけですから、見当さえ付きかねている状態だったんです。そこで、スタッフが一回、プロバイダーのメールサービスの中に入って、溜まっているジャンクメールを削除してみたら、といわれ、そのとおりにしたら、なんとスンナリと解決しました。
推測でしかないんですが、多分、ジャンクの中にタチの悪いスパムか、ウイルスが紛れ込んでいるメールがあって、それをブロックしていたんではないかと思うのですが・・・真相は分からないです。
しかし、ジャンクメールは多いです。まあ、ボクはHPでメールアドを公開しておりますから、止むを得ないんですけどね。相変わらず、一日百通はくる。片っ端からサクジョ!をしているうちに大事なメールまでサクジョになっちまったこともあって、ホント、迷惑です。
先日、新聞を読んでいたら、世界中で行き交うメールの90%以上がジャンクメールになるようなことが書いてありました。このまま、増え続けると、ですよ。そうすると、E-メールという手段が信頼性を失い、何か別のコミュニケーション手段が生まれる可能性があるんですって。それがなんなのかは見当もつかないですけど。
IT社会も発展途上ということですか。

さてさて、今日は休日。いつもとおり、小説のストック原稿を書きますか~。これから風林火山の時間まで、パソコンに向かうことになりますです。

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ちょっと休憩タイム~

視点移動の禁忌(タブー)


いや~ご好評(でもないみたいだけど)頂いている「小説 米田吾朗」。
まずは(6)まで如何でしたか?まだ続きますよ~。
さて、ちょっと休憩タイムね。
視点移動のタブーというのは小説の作法でしてね。
例えば、Aさんという登場人物とBさんという登場人物がいたとするでしょ。Aさんという登場人物に視点を定めたなら、Bさんの視点で書いてはいけないというルールがあるのですよ。逆も同じ。少なくとも、転章させなければ視点移動はダメよってなわけ。
ところがボクの施術モノ小説、菊田洋子の視点で語られたと思ったら、米田吾朗の視点でも書かれ、視点が代わってますでしょ。これはタブーを犯し、禁忌に触れる結構重大なルール違反なんですね~。
いや~、これ迷いに迷って、ルール違反をすることにしたんです。直すべきか、直さざるべきか・・・・もともと、施術モノ小説なんて、どう考えても動きがあまりないですし、ドラマティックな展開も考えられません。百話のような叙述文章ではできない、施術する側と施術される側の心の動きみたいなものを同時に描いてみたかったわけね。そうすると、どうしても小説作法を無視するしかなくなる。ルールを重視するか、書きたいことを書くか、究極の選択です。
もともとこのルールは読者を混乱させてはいけないというところから、決められたルールですから、混乱させなければいいんでしょ、とばかりに、まあ、やっちゃったわけです。
で、ホントに混乱するといけないので、視点が変われば、一行空けることにしていますのでご了解ください。
なるべく、作法どおりに書きたいんですけど、最初はしょうがないかと思っている次第です。是非にご理解ください。これからも視点移動は出てきます。そのうち、ベースが固まってくれば、視点が固定してくると思いますけどね(勿論、米田吾朗の視点で)。

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再筆宣言!

再筆なんて日本語はないでしょうね。
まあ、意味が分かってくれればいいのです。
休筆宣言したときはともかくやることがあり過ぎでした。
原稿は休日に書くというのは言いましたっけね。
その休日にさえ食い込む程の分量の仕事をこなさねばならなかった訳です。
(ボクの能力では・・です)
その仕事も一段落し、休日に思い切りブログ原稿を書ける環境におります。
そこで、長年の懸案だった・・なんと!「小説」を連載することにしました。
小説と言っても、ミステリーものでもSFものでも恋愛ものでもなく、おそらくは日本で初めての、或いは世界でも類例がない施術モノ小説です。
私小説というジャンルもあるくらいですから、施術モノというジャンルがあってもおかしくはないでしょう、と独断で決め付けました。
何故、施術モノ小説を書こうと思ったのか?
こんな、決してメジャーな分野になるはずもない、そして、書いたからといって話題にもならない、限られた極小数の人にしか見られることのないジャンルの小説を、です。
これはですね。施術百話なんですよ。
HP上に施術百話と題して一応連載の形をとって載せているのはご存知のことと思います。しかし、百話と称しながら、まだ19話しか出来ていません。
現状で、百話というのは難しいのです。
これは事実に基づいて、自分の中では創作がないように書かねばなりませんでしょ。
ところが、施術者には守秘義務というものがある。そしてさらに今時では個人情報保護意識の高まりもありますね。
こうしたことから、ボカして書くしかなくなるのですね。そうすると、なんともしまりのない中途半端な書き方しかできなくなるわけですよ。
時代的に無理が出てきています。

ところが小説にするとどうか?これは当然、作者の創作が許されるわけです。仮にモデルの症例があったとしても、男性を女性に変えてもいいし、一人を複数にしてもいいし、複数を一人にしてもいいし、年齢を思い切り変えても、自由自在というわけです。
ということで小説という表現形式をとることによって、虚構にも関わらず、むしろリアリティを伝えられると気づいたのです。随分前に気づいてはいたんですが、中々、小説っちゅうもんは難しくてですね、そう簡単には踏み出せないというのが本音でした。
実際、書いてみると、表現が自由だから、書きやすいどころか、自由であるが故に書けなくなるんです。どういうスタイルでどういう風に話を持っていけばいいのか、見当もつかない状態です。施術者の内面も抉っていかねばなりませんが、心理描写こそが小説の命でしょ。これに本職達が四苦八苦するわけですから、本職じゃないボクなど到底及ぶところではありません。前にミステリーを書いてあまりの出来の悪さに失禁した経験を持つくらいですから。まあ、でもミステリーは書けなくとも、施術モノなら蓄積がありますからね。百話の代わりくらいに思って読んで下さればと思うわけです。

とりあえず、一週間分(7回連載)は書きました。7回連載くらいで一話を終えることが出来ればな、と思っていたところがとんでもない。最初の話ですから、状況設定やら、施術の説明やらで、やたら、書くことが多くなってしまって、本題に入ってもいません。
来週の日曜日にまた続きを書くことになるのですが、大丈夫かしらと、今から不安になっています。
単なる叙述文章やC調言葉で書きなぐっていくのと違って、小説は一気に筆が進むという現象がありません。苦労しますよ、実際。小説家はよくやるなぁ~っていうのが実感ですね。あれは特殊な才能です。そういう特殊な才能がないボクの施術モノ小説。もし、この小説を読んでハマッタなら、それは世界で初めての施術モノ小説のファンということになります。アキバ系など目じゃないほどにマニアなジャンルのファンになっちゃって、これ、友達から超マイナーなヤツって尊敬されるか、趣味の合わないヤツって仲間ハズレにされるか、どっちかです。ハイリスク・ローリターンですので取り扱いには注意が必要でしょう。ではでは明日からまずは一週間、お楽しみ下さい

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三水会

今月は予定を変更して三水会ならぬ四水会。
今日は所定の予定に入ることも出来なかったなぁ~。
構造医学的な発想での頚椎矯正に終止してしまった。
まあ、クラモミ(蔵揉み)にも入れたし、やりたいことはやったのでヨシとしようか。
しかしなんですな、真理は案外単純なところにあって、えっ~、こんなことで!なんて部分もあるから身体操作は面白い。
面白過ぎ!先人達の知恵に感謝、感謝です。
参加したメンバーの明日の糧になることを信じて止みませんです。
それにしても、首の異常が多過ぎの昨今ですな。
全息胚診断の所見とも一致していて、実に興味深い。
ストレートネック有りーノ、前方変移有りーノ、左右変移有りーノ、複合変移有りーノ。
コキッ、グキッって鳴らしても絶対矯正できない。
矯正できないてばっ!って声を枯らして言ってみても、詮無きことか。
そんなこと繰り返していると、首が回んなくなるぞい。

勉強会の後の懇親会は史上最低の参加者でした。タイミングが悪かったんでしょうね。
そこで、趣向を変えて、麻布らしい、ちょっと洒落た焼き鳥屋さんに行きましたです。
さすが、笑笑より倍ほどかかったけど、美味かった!。
レバーはタレ、ももは塩、つくねも塩だな。勿論、手羽は塩でござんす。
そもそも麻布の焼き鳥屋さんは美味いんだ。
鳥章しかり、アベちゃんしかり、ヒカリ鳥しかり。
どれもそれぞれの個性があって美味いんだけど、今日のモモタロウも美味いですぞ。
新しいお店だけど、時間によっては混みまくり状態になります。
麻布は焼き鳥屋さんの激戦区ですけど、需要が多いみたいね。
ボクが美味いと思ったお店は混みますもの。

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リフレクソロジーのDVD

やっと、やっとリフレクソロジーのDVDが納品されました。撮影開始から軽く半年はかかってしまいましたが、これで一段落。
ジャケットはテキストに合わせてブルー地に黒文字、実にシンプルです。シンプル イズ ベスト!頬ずりしたくなりますです。
しかしなんですなぁ~。DVDっちゅうのはビデオテープと違って、重量感がありませんなぁ。ズシッとした重みがない。あれっ、かるぅ!っていう感じ。ところが、でーぶぃでーはビデオなんか比べ物になんないほど便利。なんせ、メニュー画面から必要な場面に瞬時に飛べますもの。この機能はリフレを学ぶためにこそあるような気がしますです。いや~便利!便利!
ちょっと恥ずかしいのは、撮影に長い期間がかかっているため、最初に撮った「ごあいさつ」と最後に撮った「おわりに」のシーン、ボクの髪型が全然違う。これは結構笑える。そう考えると役者って結構大変ね。
しかしボクの面が公になってしまった。こんなんだったらダイエットしときゃよかった!福福しい丸顔が登場しますぞ。くそ~昔はもっと精悍だったのに(誰でもそうですわね)

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あれもこれも

あれもやらなきゃこれもやらなきゃそういえばあれは途中まで手をつけてほっぽてるし。
どうも昔からプライオリティをつけるのが苦手だ。非差別主義者なんだろうなぁ。
そういえば、前回変なことを書いたけど、これ「笑笑」で飲んでいい加減酔っ払ったあと酔いに任せて一気に書いたもの。酔っ払ってもそこそこ書けるのは分かったけど、一体何が言いたかったのか自分でもよく分かりましぇん(なんかとてつもなく楽しいことを思いついたような気がするんだけど)。文章は素面で書かねばならないという教訓です。ということで前回分の記事はサクジョッ!そのうち新しい連載が始まったら、全部削除しようかと思っている次第。

ようやく、DVDの納品日が決まった。
撮影から半年は優に超えているもんな。
デジタル化された映像は劣化しづらいので、自分が死んだ後も、47歳のまま残っていくんだろうなぁ~と思うと、複雑な気持ちがするものですよ。それでも形に残せたということでいいとしようか。それにしても紆余曲折があった映像だけに感慨もヒトシオっていうところ。続いて本の編集の仕事が待っているんだけど、これがソフト変換を伴う作業で壁にぶちあっております。パソコンに詳しい人は難なく出来るのでしょうけど、こちとらズブの素人。ワードでさえ使いこなせてない人にとっては分かって当たり前のところが分からない。なんだこういうことだったのか!とそのときは理解できてもすぐに忘れる。どうだったけ?なんてね。自分がバカであることを再認識するにはパソコンで新しいことをやるより有効な方法はないですな。

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休筆宣言

2月14日から一日も記事を落とすことなく深い(不快)感動を与えてまいりました亜美之介ブログを今日よりしばらくお休み致します。
全国2000万の亜美之介ファンの皆様、真にゴメンチャイ。
その代り、日曜夜8時からのNHK大河ドラマ「風林火山」を撮りなおし、もっと面白くするよう手配致しました。今後、「風林火山」が面白くなって益々ハマルようになったとすれば、陰に亜美之介がいたということを忘れないで下さい。

まぁ、冗談はともかく、やることあり過ぎ状態なんです。
休日にまとめて原稿を書いていましたが、次の休日はちょっと時間が取れないみたい。
だからしばらくお休みかなぁ~と。
でも再開しますからね。連載モノも途中まで書いていますし。
パワーアップして帰ってくる亜美之介!乞うご期待!
I’ll be back!

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癒しのトランペット

毎週土曜日の昼下がりになると、どこからともなく「ぷぅ~ぷぅ~、プゥ~プゥ~」という音が聞こえてきておりました。
「おお、珍しいな、豆腐屋さんが下まで来ているようだ」と最初思ったものです。
しかし、ここは6階。どう考えても道路からの音とは思えません。もっともっと近く感じるのです。よく耳を澄ませて聞いてみれば、どうやら隣のビルからの音のようです。さらによ~く聞くとなんとトランペットの音色ではありませんか。

ボクが豆腐屋さんと間違えるほどの音色ですから、とてもじゃありませんが、トランペットの音と呼ぶにはトランペットに気の毒なくらい酷い音を出しておりました。醜音という言葉があるのなら、まさに醜音と呼ぶにふさわしく、あるいは臭音とでも言ったほうがいいのかも知れません。燃えるゴミの日に生ゴミと一緒にまとめて出さなければいけない程のものなのです。ドレミの音階なのか、はたまた何かの練習曲なのか、それともただ単に音を出しているだけなのかさえ判別できないくらいです。

たまたまウチのスタッフは日本でも数少ない「絶対音感」を持つリフレクソロジスト(絶対音感を持つヴァイオリニストやピアニストは普通にいるでしょうけど、絶対音感を持つリフレクソロジストはあんまりいないでしょう)なので、彼女の感想を聞くと“音符にならない音を出している”とのこと。

トランペットという楽器は本来、音符に基づいて演奏する楽器です(当たり前だ)。にも関わらず音符にならない音を出すとは・・う~ん、只者ではないな。
相当なツワモノに違いありません。2~3時間ほどで止めるのですが、毎週、毎週、決まって土曜日なのです。あの音が聞こえてくると、今日が土曜日であることを再確認できるのでした。

ある土曜の日、施術の合間に身体を休めて横たわっておりました。すると、例のトランペットが、爪の垢ほども上達することなく、蟻のウンチほども進歩がみられない音色に己の全存在をかけて音を垂れ流してくるではありませんか。

ところがボクはイライラするどころか、その音色に身を任せ、ナントその音符にならない音を再現しようと口ずさんでいるではないですか。「ぷぅ~ぷぅ~、プゥ~プゥ~」と。
スタッフは大笑いしながら“そっくり!よくあんな音符にならない音を真似できますね!”
聞くところによると絶対音感の持ち主は音符にならない「ゆらぎ」があり過ぎの音は真似できないらしい。自慢ではないですが「かもめが翔んだ日」を歌いこなすのに10年もかかったボクですから、絶対音感どころか、相対音感さえありません。あるのはなんとなくこんな感じっていうフィーリングのみでございます。そんなボクでさえ不快に感じたそのトランペットの音色がその日はやけに心地良くココロに染み渡ってくるのです。

施術の後の疲労感を優しく癒してくれるのでした。何度も何度も聞いているうちに馴染んできたのでしょうか。それとも美輪明宏や宇多田ヒカルの歌声のようにある音程の「ゆらぎ」は人を癒す力を持っているのでしょうか。なんにせよ完全にツボにハマッたことは確かです。

それ以来、ボクは秘かに癒しのトランペッターと呼んで半ば尊敬しながら半ば同情しながらも、土曜日が来るのを楽しみにしておりました。どんな人が吹いているのだろう?男性だろうか?女性だろうか?土曜日であるということを考えれば、サラリーマン又はOLの可能性が強いな・・そんなことを考えながら癒しのトランペットに身を委ね、癒される土曜を過ごすのが習慣になっていたのです。

ところがどうしたことでしょう。最近、土曜になっても全然トランペしないのです。苦情が来て止めてしまったのでしょうか。それともどこかに引越したのでしょうか。あるいは冬眠に入ったのでしょうか(冬眠ならばそのトランペッターは月の輪熊に違いありません)

トランペされない土曜は如何に味気ないものであるか、シミジミ感じる今日この頃です。トランペされないばっかりにノロにも罹リーノ、血圧も上がリーノ、首も肩もコリーノ、イタリヤーノ!(失礼しました。ローマ人の物語リーノの読みすぎです)

しかし、あのトランペッターは気づいていないでしょう・・自分のトランペットが疲れた中年のオジサンを秘かに癒していたことを・・自分のトランペットの音色を心待ちにしていた人間がいたことを・・彼又は彼女が生涯気づくことはないと思います。しかし、レクイエム的にもここに記さざるを得ない心境です。感謝の念を込めて・・そして、またどこかで、あの音色で人を癒していてほしいという願いを込めて・・(迷惑がかからない程度に)

※トランペする=トランペットで人を癒す。トランペされる=トランペットで癒される。90年代のはじめ、スタンフォード大学の学生達が使い出した言葉で、現在、麻布の極めて限定された地域で一般語として定着している。尚、使い手は一人だけ。因みにトランプで負けた罰としてシッペされることをトランペされると表現する地方もある。これも使い手は一人だけ。―ウィキキぺディア大辞典より―

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